HATENA(2)
青年と南が挨拶を交わす様子を見たみさが南の背中をバシバシと叩いてから小声で話しかける。
「なに、あんたの知り合い?」
「いえ。ただ、昨日、たまたまここでお会いしただけです……」
「じゃあ他人か」
「そういうことです」
などとやり取りをしていると、会話の内容を聞いていた福田が茶々を入れる。
「他人じゃなくて他神かな」
「他神って……それにさっき遠渡星って……まさか」
南は昨日の大学のオリエンテーションで教わった、この地に祀られた神の名前を思い出す。空から降り立ち、人と共にこの地に災厄をもたらした龍を討ち取ったという神の名を。南の反応に福田は意外そうな顔をする。
「お、この地域の伝承について知っているのかい?今時の若い子は勉強熱心だねぇ」
福田はわざとらしく感心する。
(あぁもう、このオッサン……)
あくまですっとぼけた態度をとる福田に、みさはため息を漏らす。
「えー?お兄さん、本当にこの神社の神様の遠渡星様なんですか?ただのイケメンにしか見えないんですけどー?」
しかし、南達のやり取りを他所に、あいねが青年の横に立って話しかけていた。
「いつの間に……!?」
南はあいねの行動に驚く一方、みさは頭を押さえてため息を漏らす。
「あの子はほんとこう……警戒心が薄いというかなんというか……」
そんな二人のリアクションに構わず、青年は穏やかに笑いながらあいねに返答する。
「ふむ……私が神かと言われたら神の定義にもよるだろうな。だが、君達と同じ人間であるか……と問われればそれは否である」
青年の独特の返しにあいねは思わず吹き出す。
「あはははは!お兄さん面白いですね!」
そう言いながらあいねは青年の肩を軽く手で叩こうとする。しかし、あいねの手は青年の身体に触れることなく、そのまますり抜ける。
「おりょ?」
想定外の事態にあいねは驚く。
「へ……?」
「今……人の身体を勝間先輩の手がすり抜けた……?え……幽霊?」
目の前で起こった事態が信じられず、南は一度頭を左右に振る。
「幽霊という定義は確かに近いかもしれないな。確かに一度私は死んで実体を失っている」
その言葉に、南は目の前の青年が確かに人外の存在であることを認識させた。そして、同時に彼の脳裏に今朝のオリエンテーションの内容が蘇る――かつてこの地に空から降り立った星が人々を守るために戦い、死に、そしてこの地で神とし祀られたという伝承を。
「……じゃあ、あなた、本当にあの遠渡星……?」
南は恐る恐る青年に問う。
「いや、どうだろうな。かつてこの地に降り立った者と、今の私……必ずしも人格……いや、神だから神格とでも言えばよいのかな?とりあえずそういったものの連続性が保証されているわけではない」
青年が何を言わんとしているのか、南にはよく理解ができず、南は首を傾げる。そして、彼は正直に思ったことを口にした。
「どういうことでしょうか?」
そんな南の素直な疑問に青年は穏やかに微笑む。その表情は福田とは異なる意味で感情が読み取りづらい。
「かつてこの地には、外宇宙から飛来した存在がいた。彼はこの地に住まう命を守るために、様々な脅威と戦い、そして戦いの中で命を落とした。この地に住まう者たちは、その功績を讃えて神社を建て、彼を神として祀った。それからしばらくの時が経ち、様々な人々の信仰の積み重ねがこの神社に一つの神を自覚する意識を産んだ。そして、その意識は確かに外宇宙から飛来したもののを記憶を受け継いでいる。しかし、彼のその意識は、それに基づく思考は……果たして宇宙から飛来した存在と同一のものであると保証できるだろうか?」
青年が穏やかに語る内容は長く、そして馴染みも薄い内容であったために理解も追いつかず、どう回答したものかと南は困惑する。しかし、そんな南の困惑など知る由もなく、興奮気味にみさが青年に食いつく。
「ちょちょちょ!今外宇宙って言いました!?つまりあなたは……元は宇宙人ってことですか!?」
しかし青年は動じることなく、あいも変わらず穏やかにみさに返答する。
「君たちの言葉を借りれば、私のベースとなった存在はそう表現することになる」
青年の穏やかな回答にみさは思わず額に手を当てる。
「おおう……ただでさえ呪術的な力によってデジタルツイン上で処刑された人間がダメージを受けるなんてオカルトバリバリな展開で頭が痛いのに……さらに宇宙人が神様になったと来たか……。ちょっとオカルトとSFの得体の知れないミックスは流石に理解の範疇超えてくるわね………」
「??えっと……つまりどういうことです??」
いまいち話の内容を飲み込みきれない南は、みさが何に一人納得をしているのか理解ができず、思わず説明を求める。それを受けたみさは、人差し指で頭を掻き、ため息を漏らしつつ応える。
「私も正しく理解できている自身はないけど……とりあえず、遠渡星の伝承と、今聞いた話を合わせた私なりの理解を順を追って説明するわよ。まず、平安時代くらいに宇宙人が後に星降市となるこの地に降り立ったのよ」
「……いきなりぶっ飛んでますね」
出だしの説明から理解が追い付かない南は正直な感想を口から漏らす。
「言わないでよ……私だって半信半疑で説明してるんだから」
「すみません」
南の素直な謝罪にみさは鼻から息を漏らす。
「でよ、この宇宙人は現地の人々を守るために、天司希継と協力して色んな脅威と戦ったわけよ。そしてその戦いの中で宇宙人は命を落としてしまう」
「悲しいですね」
「うむ、悲しいことだ」
南の相槌に、青年も腕を組んで頷く。その何とも言えない会話にみさは若干の苛立ちを覚えつつも、それを抑える。
「で、天司希継は共に戦った仲間への感謝を込めて、共に戦った宇宙人を弔い、そして神様として祀るための神社を建立したわけよ。それでその時、はるか遠くの星から来た宇宙人だったから、彼を遠くから来た星、遠渡星と名付けたんでしょうね。そんで人々がその神社の神様を信仰していたら、ある時神様という自覚を持った存在がこの神社に生まれたのよ。それが……」
そう言ってみさは青年を指さす。そして青年は再び穏やかに何度も頷く。
「うむ、私というわけだ」
「なるほど……」
遠渡星の説明に南は二度三度と頷く、再び首を傾げる。
「でも、そんなみんなが信仰したから神様って出来ちゃうもんなんですか?」
そんな南の疑問に、福田が割って入って応える。
「日本の神様ってのはそういうもんらしいよ。信仰されることで神様は存在が明確化し、力を得て、その力を以て人に恵みを与えるといった感じなんだとか」
「へー……神様と言っても色々なんですね」
南は福田の説明にも納得し、頷く。
「で、ここで一つ問題なのは『信仰する人々のイメージ』によって、この神社の遠渡星の人格とかが形作られているってことよ。そうすると、みんなのイメージが本来の遠渡星と乖離していたら、ベースとなった宇宙人とは似ても似つかない存在になってしまう可能性だってあるわけでしょ?」
「ああ、だから人々が遠渡星としてあがめている存在の生前の人格と、今の神様の神格は必ずしも一致するとは限らないよと話していたわけですね」
「そういうこと……」
話しながらも、自身も半信半疑なみさは頭を掻きながらため息を漏らす。
「そこまで理解できちゃうんだ!お姉ちゃんすごーい!」
しかし、あいねに褒められた瞬間、みさは生気をみるみると取り戻す。
「んふふふふふ!あったりまえじゃなーい!私はなんたってあいねの自慢のお姉ちゃんなんだから!」
そんなみさの豹変ぶりに南は呆気にとられる。そんなやり取りをしていると、福田が再びわざとらしげに咳ばらいをする。それを聞いたみさはバツが悪そうにし、佇まいを直す。呆気に取られていた南も我に返って椅子に座りなおす。あいねも一度、空いている椅子に座る。その様子を見届けた遠渡星は、優しく微笑んだ。
「それじゃあこれから説明しよう。この地域だけ何故、デジタルツインの世界に人の魂が引き込まれ、そしてジモクに襲われるようなことが起きるのか」
そう言われて福田以外の三人は無言でうなずいた。
「ことの始まりは約八〇〇年ほど前のことだ。私は元々、超次元平和維持エージェントとして世界の平和のために戦っていた」
「いきなり特撮みたいな肩書が出てきたわね……」
みさは思わず率直な感想を述べる。それに構わず遠渡星は説明を続ける。
「当時、宇宙を荒らしていた宇宙邪龍マガヒュドラを追って、私はこの地に降り立ったのだ」
「マジで特撮みたいな展開じゃない……」
みさは眉間にしわを寄せながら、自身の人差し指でこめかみを軽く何度もたたく。
「そして、この地に降り立ち天司希継と出会い、彼と融合しマガヒュドラをはじめとした外宇宙や別次元からくる様々な脅威と戦ったのだ」
「はー……」
想定外のスケールの大きな話に、南はただため息を漏らす。それと同時に、ふと気になったことがあり、南はそれを遠渡星に問う。
「ちなみにその時の姿って、人間とは大分違うんですか?」
遠渡星はゆっくりと首を左右に振る。
「いや、君が昨日憑依したアバターがあるだろう?あれが元の私の姿に近い」
「あれが……」
南は昨日の戦いの直前、デジタルツインのビルの窓ガラスに映っていた自身の姿を思い返す。確かにあの姿は子供の頃に見た巨大特撮ヒーローのようであった。
「あの姿っていったいどうやって起こしたものなんです?」
「ああ、過去の文献にはいくつか絵が入っていたからね。それらを澤野君達に頼んでデータ化して読み込ませて、生成AIで3Dモデルに起こしてもらったんだ」
みさの問いに福田が答える。福田の回答に、みさは腕を組んで考える。
「なるほど。その姿を遠渡星様も自身の過去の姿だと説明した当たり、ベースとなった絵の出来やモデルの生成の精度がかなり高いんですね」
「そういうこと」
それを聞いて、南の脳内に再びある疑問が湧き上がったため、それをそのまま言葉にする。
「じゃあ、遠渡星様の今の姿は何がベースなんです?」
「これか?これは希継の姿だな。もっとも、彼の髪はこんな色ではなかったがな」
どこか懐かし気に遠渡星は答える。
「おそらくだが、信仰の影響だろうな。当時の人々は遠渡星様と天司希継は同一人物と認識していた人が多かっただろうからな。この地域の伝承の研究でも、天司希継と遠渡星を同一視する学説は結構あるんだとか」
その回答に福田が補足を加える。
「やっぱりそうだったのか……」
その一連の情報に、昨日の講義で見た天司希継の3Dモデルを思い起こしつつ、南は納得する。
「さて、話を本題に戻そう」
そうしていると、再び福田が再び脱線した話を元に戻すように促す。遠渡星は頷くと、再び続きを話し始める。
「私と希継は最後に、地球で進化したマガヒュドラと戦って相打ちになってしまったのだ。その時、この地にはマガヒュドラの力が色濃く残ってしまってな。それが霊的な性質を持つようになり、この地の様々な事象に影響を与えるようになってしまった。私がこの地に祀られたのは、そのマガヒュドラの力を鎮めるためでもあったのだ」
「はー……事実は伝承よりも奇なりですね……」
歴史の授業のつもりで聞いていた話が想像以上のスケールを持っていたSFだったことに、南はただただ感心することしかできなかった。
「まあ、元々は希継は私に『この地を見守ってほしい』という願いを込めて祀ったので、この地によほどのことが無い限りは特に何もしないつもりだったがな」
「つまり、今は貴方が何かしないといけないことが起きている……?」
みさの問いに、遠渡星が頷く。
「ああ、この地のデジタルツインが出来た時、この地に残った霊力の影響を受けてしまったのだ。その結果、デジタルツインにジモクのような精神世界の存在や人間の魂が引き寄せられるようになってしまったのだ」
「そして、ククライの配信はそれを指向性を持たせ、助長するように働きかけてしまっている……というのが現在の状況だ」
福田の補足まで含めて聞き、南達はようやく事態の概要を把握する。
「なるほど……」
南は右手の親指を顎に当てつつ、一人そう呟く。一方で、みさは腕を組みながら遠渡星に問う。
「じゃあ、デジタルツインの世界に人の魂が引き込まれる事件が起きるのが星降市だけ……というのは……」
「あぁ、マガヒュドラの強い霊力を受けている地は、ここしかないからだ」
遠渡星は頷きながら回答する。
「そういうわけで、我々はデジタルツインに引き込まれた人たちを助けるために活動をしているというわけだ」
福田はそう言ってこれまでの経緯をまとめた。