UNION(5)
視界に現れるナビゲーションに導かれるまま、南は走る。直後、警告音が鳴り響き、自身の足元に赤い領域と上方向を指し示す矢印が現れる。
「だぁっ!!」
それを確認した南は勢いよく飛び上がる。直後にジモクが手にした巨大な剣を振り払う。しかし、当の南は既に空中におり、ジモクの腕による攻撃をやり過ごしている。
「あぶなって……あれ?」
そんなことをつぶやきながら南は足元を見る。自身の下方にいるジモクが視界からどんどん遠ざかっていく。どうやら、自身の想定の何倍もの高さに跳躍していたらしい。
「うわわわわっ!?なんだこれ!」
思わず南は悲鳴を上げるが、そんな南を再び頭の中に鳴り響く声が宥める。
『落ち着くんだ。今は君の身体能力は普段と比較にならないほどに強化されているんだ。それも、すぐに慣れるはずだ』
そんな言葉を聞きながら、南は徐々に落ち着きを取り戻すのと同時、南自身の高度上昇も徐々に緩やかになる。そして、そのまま今度は重力に引かれて地上へと加速度を増しながら落ちていく。
(デジタルツイン上でも重力ってあるんだな……)
そんなことを考えながら南はジモクに向かって落下する。
『いまだ』
南は声に導かれるがままに、勢いよくジモクに落下の勢いを活かした飛び蹴りを叩き込んだ。ジモクは南の蹴りの衝撃を受けて、地面へ仰向けに倒れこむ。その時、ジモクの大量の目が南を凝視する。そのことにどこか気持ち悪さ、息苦しさを感じながらも南は着地する。地面が、そしてその上にあるビルが、巨大な二体の質量を受け止めた衝撃に激しく揺れる。直後、南の視界にふと『原因不明の局所地震発生・災害による影響シミュレーション用のプログラムを起動します』というログが現れる。直後、ビルの中の家具等が振動に合わせて激しく揺り動く。さらに、次々とビルのガラスが割れて地面へと降り注ぐ。大量のガラス片が光を反射しながら地面へと落ちていく様子が南にはとても美しく感じられた。
(……これが全部データで再現されたものなのか……)
そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えていると、再び警告音が鳴り響き、あたり一帯の地面が赤く塗られる。どうやら、頭上から危険物が降り注ぐ可能性があるため、注意を喚起するためのメッセージのようだ。
南がジモクと戦いを繰り広げていたその頃、飯塚は市内を自動運転車で移動していた。
「あとは寮に戻ったら明日の準備をして……」
彼は車内に設置されたディスプレイには、配車をした飯塚の個人情報に基づき関連するコンテンツが表示されているようで、現在は彼が受講している講義の課題や、翌日の授業に必要なテキストなどの情報が映し出されている。しかし、その時突如ディスプレイと彼のスマホから警告音が鳴り響き、そして警報のメッセージが映し出される。
『現在、市内で大規模な地震が発生しましたため、一旦停車します。また、近隣のビルから窓ガラスなどが降り注ぐ可能性があるため、警報が解除されるまでは車内から出ないでください』
そのメッセージを見た飯塚は首を傾げる。そして、目線を上にずらし、歩道橋を歩いている人達を観察する。彼らも警報の内容を確認しつつも首を傾げてはいるが、地震にあったような様子はない。しかし、よく見ると周辺のいくつかのビルの電灯が消えている。停電でもあったというのだろうか。
「誤報……か?」
飯塚は一人つぶやきながら、スマートフォンを操作し、ARアプリを起動する。そして、飯塚はARアプリ越しに窓の外を眺める。すると、外の空間には実際は何もないにもかかわらず、ARによって現実空間と重ね合わせて表示される情報には、雨のように大量の赤い塊が降り注いでいた。どうやら、デジタルツイン上で破壊され、降り注ぐと予想されたガラス片の情報が警告と共に表示されているらしい。
「なんだこれ?」
しかし、そんなことは露と知らない飯塚はただただ車内で一人首を傾げる。
「……ん?」
さらに、一瞬ARアプリ上に一瞬巨大な脚のようなものが表示される。誤表示か、見間違いの類だろうかと飯塚は一瞬考える。しかし、彼は知る由が無かった。その巨大な脚が、親友の憑依しているアバターのものであると。
南とジモクの戦いの様子をディスプレイ越しに眺めていた福田は、デジタルツイン上で大地震が発生し、ビルのガラス片が大量に市内に降り注ぐ様子を見てため息を漏らす。
「こりゃ市民にも相当のアラートが発せられてるだろうな……。これを誤報でしたって謝って回るのはなかなか大変だ……」
「なにか対策を考えないといけないですね……。まずは、この戦いに勝てたら……ですけど」
澤野は福田の言葉に応じながらも南の戦いを凝視した。
再び声が南に攻撃を促す。
『相手は倒れている。そのまま畳みかけるんだ』
「わ、分かりました!」
南は駆けだし、相手にとびかかる。
「!?」
直後、アラート音が鳴り響きジモクの身体に赤いエフェクトがかかる。そして、倒れたジモクは体の一部を変形させ、触手のような器官を形成する。ジモクはそのまま新しくできた触手を振るい、駆け寄る南の顎に攻撃を叩き込む。
「へぶっ!?」
想定していなかった衝撃と痛みに南は思わず奇声を上げる。そして直後、身体に浮遊感を感じ、そしてそのまま地面に叩きつけられる。
「痛あ!?」
その間に立ち上がったジモクは南の方へと近寄り、そのまま南の身体を跨ぐと、剣を構える。それと同時に再びジモクの大量の目が南を凝視し、剣についた大量の口が動き出し、なにやらノイズのような言語を発し始める。口が発する言語一つ一つは南には聞きとりわけは出来ないが、それらが明確に自身に向けて敵意を向けていることを感じる。
「ひっ!?」
自身の危機的状況と、ジモクから発せられる敵意のようなものに恐怖を感じた南は思わず小さく悲鳴を上げた。その直後、ジモクは剣を叩きつけてくる。
「がああああああっ!!」
剣を使った攻撃を身に受けた瞬間、激痛が走り南は絶叫する。幸いにも身体が一刀両断されるようなことはないらしいが、それでもダメージを受けたことには変わらない。しかし、それだけでは終わらない。ジモクは何度も剣を南の身体へと叩きつけてくる。
「ああああああああっ!」
その度に激痛が走り、南は声を上げる。
「いいぞ、やれやれー!」
一度は動揺したような挙動をするククライだったが、南に対して有利な体制を確保したことを確信すると、一転して騒ぎ始める。そんなククライの挙動に呼応するようにライブ配信のコメント欄も盛り上がり始めた。
『殺せー!』『斬れ!斬れ!』などと物騒な言葉が大量に流れ始める。
「ああもう、あいつら勝手なこと言って盛り上がって!」
ククライのライブ配信の様子をスマホで確認しつつ、ディスプレイを眺めていたみさは怒りを露にする。
「福田さん、司馬君は大丈夫なんですか?」
いつも通りのゆっくりしたあいねの口調の中にも、どこか不安や焦りのような色が混ざる。それだけ、素人が傍目から見ても南の状況は危機的なように思えた。普段飄々としている福田があいねの質問に答えることなく、いつになく険しい表情でディスプレイを見つめていた。
(……こ、このままじゃ……!)
圧倒的に不利な体勢で攻撃され続け、激痛を感じている状況に南は恐怖と焦りを感じる。さらにその恐怖が、過去にジモクに刺された人々の姿を想起させ、南は自身の鼓動が早まり、心音が大きくなるのを感じる。身に着けているスマートグラスから取得した脈拍情報に基づき、彼の視界の中で警告が発せられる。しかし、そのメッセージをまともに読んでいる余裕が南にはなかった。そんな南を、声は再び優しく導く。
『落ち着いて。君ならば奴の攻撃は回避できる。よく見てみるんだ』
そう言われた直後、南の視界に警告音と共に攻撃の軌道予測が表示される。南はその軌道予測に従い、それを回避するようにひたすらに身を左右によじる。すると、相手の攻撃は悉く空を切る。さらに、空を切った攻撃を観察していた南はあることに気が付く。
(……思ったより相手の攻撃が遅い……これなら)
南はそう考えると、相手の攻撃の軌道を今度は回避せず、ぎりぎりまで実際の相手の攻撃を引き付ける。そして、剣を白刃取りの要領で両手で挟み込む。南の予想外の防御に、一瞬ジモクの体勢が崩れる。
『今だ』
「はいっ!」
声に促されるまま、南はジモクの腰に勢いよく蹴りを入れる。蹴りを受けたジモクは前方へとよろける。それと同時に南は身体を逆方向へと軽く滑り込ませたのち、即座に立ち上がる。
『右手に腕輪のようなものがあるだろう。そこから光線が放てる。相手に腕輪の水晶部分を向けて構えるんだ』
「はっ、はいっ!」
南は言われるがまま、腕輪の水晶部分を向ける。直後、水晶部分から光線が迸り、それがジモクへと直撃する。光線を受けたジモクは全身が青く光ると、霧消していく。それを見た南の口から思わず言葉が漏れる。
「……倒した……?」
『ああ。君の勝ちだ』
「そ、そうか……良かった……」
声にそう言われた瞬間、緊張の糸が一瞬で全てほどけて全身から力が抜けるのを感じる。視界には相変わらず大量の情報が表示されているが、その中に緊張感のある警告メッセージの類は表示されていない。
「もーっ!なんなのよっ!」
ククライは頭を抱えて声を荒げる。
「……許さないっ!絶対あいつ許さないんだから!」
そんな悔しがるククライの様子に、事情を露と知らないリスナー達は呑気にコメントする。
『いやー、面白い突発イベントだったな』
『たまにはこういうのもいいな』
『悔しがるククライ可愛い』
そんなコメントに気が付いたククライは叫ぶ。
「こんなの全然っよくなーい!!」
『お疲れ様でした。緊急事態コード4Sへの対処、これにて完了です』
ガイダンス音声が流れる。直後、南の視界が急速に切り替わる。
「……あれ?」
気が付くと、南は星降神社の客室のソファに視界が戻っていた。
「お、こっちに戻ってきたか。お疲れ」
そんな南に隣の部屋から戻りつつ福田が声をかける。
「福田さん……」
「お疲れ様、司馬君!無事で良かったよ~」
さらにあいねが優しく南を労う。
「すみません、ご心配おかけしたみたいで……」
「本当よ!こんな訳の分からない話に首突っ込んであんな危ない目にあってんだから……全くこっちの身にもなってよね!」
「……ごめんなさい。軽率でした」
憤慨しながらも自身を気遣ってくれるみさに、南は素直に謝罪する。
「……よしっ!これから無暗に訳の分からんSDカードをスマホに差したり、得体のしれない案件に首を突っ込んだりしないこと」
怒られていても、素直に頭が下げられるのは納得できる理由があるからだろうか。そんなことを考えた一瞬、半狂乱になりながらも怒りを自身にぶつけてきた母の姿が脳裏を過る。
「分かりました。こんご気を……つ……け……」
しかし、そんな過去の苦い記憶も、今のよくわからない達成感もすべて、急速に遠のいていく意識の奥底へと沈んでいく。
「……」
南は最後まで同意の言葉を言い切ることなく、意識を失った。