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UNION(4)

 ――昔から生きていて楽しいと思うことなんてなかった。どれだけ頑張ったって人並みにも満足になれない。勉強も、運動も。そんな私に両親は何も期待をしていない。

『お前はどうせ大したもんになれはしない』

『お願いだから何とか人並みくらいにはちゃんと働いて生きてちょうだい。貴方なんてそれですらおぼつかないんだから』

 ――だから努力して何かになるなんてくだらないと思った。ただ何となく自分の成績で入れるFランと呼ぶのすらおこがましい大学に入って、似たような奴らとつるんで適当に生きる。今、自分を対等な仲間として見てくれる奴らの中で面白いって思ってもらえれば良かった。ロボットを蹴ったりする動画を上げるのだって、そんな風に内輪で受ければよい、ただそれだけだったはずなのに……。


 ただ、それだけだったはずなのに――。


「ん……」

 そんなこれまでの人生を振り返るような夢を見ていた牧野の意識が、ふと覚醒をする。

「ここは……」

 いつの間に自分は寝ていたのだろうか。そう思いながら周囲を見回すと、自身の身体の自由が十字架のようなものに磔にされて奪われていること、そしてそんな自分を取り囲んでいる人影があることに気が付く。そのことに気が付いた牧野は周囲の人影に悪態をつく。

「な、なんだよお前ら!?それにこれって……」

 しかし、周囲の人影はそれには答えない。その直後に返事がない人影の体中から、まるで反応をしているかのように無数の目と耳が現れる。

「な、なんだよお前らっ!?」

 その異様な姿に生理的嫌悪感を催され、さらに混乱していた牧野は悪態をつく。しかし、人影達はそんな牧野の反応を気に留める気配もなく、じりじりと彼女に近づき始める。

「やめろ……おい……近寄るな……やめろ、なんなんだよお前ら!キモイキモイキモイキモイ!」

 しかし、そんな牧野の口から発せられる罵詈雑言も、人影達の手に大量の口が付いた剣が握られ始めたのを見た瞬間におとなしくなってしまう。

「ひっ……!」

 人影達は、そんな牧野の様子を気に留めることもなく、剣を握ったまま徐々に彼女に近づいてい来る。


 そのころ、ククライの配信のテンションは最高潮になっていた。彼女の背後に浮遊している映像表示用ウィンドウ上では罪袋を被せられた人物に、剣を持った人影達が迫りつつあった。ククライは、そんな様子を見ながら楽しそうに笑いつつ、断罪コールをしてリスナーの熱狂を煽っていた。

「だーんざい!あそれ、だーんざい!」

 そんなククライのあおりを受けて、ククライの配信のコメント欄の熱狂が増していく。

「だーんざい!だーんざい!」

 その熱狂と呼応するかのように、画面上の人影達は手にした剣を罪袋を被せられた人物に突き刺そうとする。


 牧野の目の前に人影達が握った刃の切っ先が迫る。

「助けてっ!誰か助けてっ!」

 目の前で起こっている理解不能な事態に牧野は半狂乱になりながら助けを求める叫びをあげる。しかし、そんな彼女の思いもかなわず、無数の刃が無慈悲にも彼女に突き刺されようとしたその時――


 突如として巨大な手が現れて牧野を包み込み、周囲の人影と彼女を分断する。

「……えっ?」

 予期せぬ事態に驚いた彼女は頭上を見上げる。

「……えっ!?」

 そこには、子供向けの特撮ヒーロー番組のヒーローのような巨大な顔があった。次から次へと起こる理解不能な事態に……彼女は再び意識を失った。

「すみませーん。牧野さん、気を失っちゃったんですけどどうしましょう?」

 その様子を見た巨大なヒーローみたいな存在こと、南は福田に確認する。

『そうね。とりあえず彼女をどこか離れた場所に連れて行こう。今から指定する場所に向かってくれるかい?』

 それを聞いた南は一体どうやって場所を指定するのかと考えたが、直後に視界に現在地の周辺の地図画像が現れる。さらによく観察してみると、地図には現在位置や目標地点と思しきマーカーが表示されている。

(……この指定した目標地点に向かえってことかな?)

 そう思って、地図上の目標地点マーカーがある方向へ目線を向ける。すると、目標地点と思しき場所から光の柱が立ち上っている。

『それじゃあ、司馬君、これから目標地点を伝え……』

 福田の発言を南は遮る。

「それって、今俺が向いている方の先にある公園ですよね?なんか目標地点マーカーみたいなのが見えるんですけど」

 南のいうことに驚いた澤野が二人の会話に割って入る。

『え?じゃあ君は俺が設定したマーカーが今見えているのかい?』

「はい、見えてます。でっかい光の柱みたいなのが立ち上ってますね」

『おお……すごいけど想定外だな。一体どうしてこんなことになってるんだ』

「さあ?」

 南は澤野の疑問に首を傾げつつ、牧野を運びながら歩きだす。


 南の挙動は全てククライの配信でも表示されていた。

「ちょちょちょちょ!何なの、アレ!?」

 想定外の事態に直面したククライは配信のリスナー達に問いかける。しかし、リスナー達にも乱入者の存在は想定外であり、コメント欄は今までと違った興奮に包まれる。

『なにあれ?』『仕込みのイベント?』『こんなイベント初めてじゃない?』

 どうやら視聴者は、南の登場をサプライズイベントと認識したらしい。流れているコメントからそのことを『理解』したククライは、咄嗟に怒りの矛先を牧野から南へと切り替えるように誘導する。

「ねえみんな―!なんか急にやってきたあいつ、みんなが断罪しようとしていた奴を連れ去っちゃったよ!あいつきっと悪い奴だよ!だってあんなロボットいじめるひどい奴の味方するんだもん!」

 そんなククライの煽りに、配信のリスナー達は様々な感情が入り混じったヘイトを南へと向ける。

 興味や驚き、呆れ、嘲り……そういった感情が南へと発せられるのと呼応するように、ジモク達が集まり始める。


「えーと、とりあえずこれで良いのかな?」

 目標地点として指定されていたのはビルの屋上に設置された公園だった。南は気絶している牧野をそこに降ろすと一息つく。

『おー、ご苦労さん』

 そんな南に福田はねぎらいの言葉をかける。

「どうも。しかし福田さん、これってこの後どうすれば良いんですか?」

 一体、いつになったらこの活動が終了になるのかわからず、南は福田に問う。

『んー、分かんない』

 福田のあっさりとした回答に南は絶句する。

「分からないってそんな無責任な!?」

『いやー、とりあえず被害者は助けたけどさ、そこのデジタルツインに結びつけられてしまった魂をどうやって切り離して元の身体に返すのかって、まだ俺たちも把握していないんだよね』

「ええ……?じゃあ、どうやって牧野さんを助ければよいんですか……?」

 南は不安げに福田に問う。福田はそんな南とは対照的にいつもの落ち着いた様子で回答する。

『そうねえ……これはまだ現時点での仮説ではあるんだけど……まあ、リスナー達が落ち着くまで待てばいいんじゃないかな。リスナー達の強い敵意が呪術的な力となって、被害者の魂をデジタルツインに縛り付けているっていうなら、逆に言えばリスナー達の敵意が被害者から離れると、魂は一度デジタルツインから解放されるんじゃないかなと踏んでるんだよね』

 福田の回答に南は納得する。

「なるほど、それなら理屈は通ってる感じがしますね」

『だからまあ、ククライの配信が終わるまで、もしくはグダグダになってリスナーのテンションが沈静化するまでうまく逃げ回ってよ』

 福田からの依頼に南は首を縦に振る。

「……しかし、ヒーロー然とした格好なのにやるべきことは逃げ回る……なのはちょっと悲しいですね」

 そんなことを言っていると、二人の会話に突如としてみさの声が割り込んでくる。

『ちょちょちょ!何アレ!後ろ!司馬!後ろ!後ろ!』

「後ろ?」

 みさの声の様子から焦りを感じた南は、何事かと思いつつも言われた通り後ろを振り向く。

「なっ!?」

 直後、南は目にした光景に思わず驚きの声を上げる。


 そこでは大量のジモク同士が次々と結合し合い、混ざり合い、巨大な人型へと姿を変えつつあった。

『あらあ……くっついちゃったよ』

 流石にこの事態は福田にとっても想定外だったのか、間の抜けた驚きの声を上げる。

『ちょっとこれ、まずいんじゃないですか!?』

 澤野が緊迫した声で会話に加わる。

『だろうねえ。澤野君、西山君。ちょっとあのジモクのモニタリングよろしく』

『了解!』

『わ、分かりました……!』

 福田からの指示に澤野と西山はそれぞれ了解の意を伝える。そんなやり取りをしていると、巨大ジモクの全身から無数の目が開かれ、耳が向けられる。

『うげぇ、あれがジモク……なかなかに気持ち悪いわね……』

 みさがげんなりとした様子で正直な感想を漏らす。

「そうですね」

 そんなやり取りをしていると、巨大ジモクは南の方へと歩きながら近づいてくる。その足取りの重さもデジタルツインで物理的に再現されているため、足元から揺れが来るのを南は感じる。しかし、この揺れが大きいもののように感じられるのは、物理の再現の結果なのか心理的な問題なのかは南自身にも測りかねていた。そんな南に澤野が緊迫した声で指示を出す。

『司馬君!奴が狙っているのは被害者の方だ!間に入って止めてくれ!』

「わ、分かりました!」

 南は受けた指示の通りに巨大ジモクと牧野を下したビルの間に割って入る。

(なんかラグビーみたいだな)

 そんなことを考えながら、高校時代にグラウンドで練習していたラグビー部達を思い出す。直後、巨大ジモクの手に大量の口が現れる。

「うわっ」

 そのグロテスクさに南は思わず小さな悲鳴を上げ、思考を現実に戻される。今、自身の目の前にいるのは理解の範疇を超えた化け物であることを南は再認識する……と、同時にその口が現れた手で南は打ち据えられる。

「おうわっ!?」

 全身に衝撃が走り、勢いよく吹き飛ばされる。そして、その吹き飛んだ体は街中のビルに受け止め……られ切れず、そのまま盛大に崩れ落ちる。そして投げ出された南の足に何台かの車がつぶれている。

(すごい……まるで砂糖菓子みたいだ……)

 背中や尻に痛みを感じつつも、南は心のどこかでそんな呑気なことを考える。

(……これ、データで良かった……)

 あくまでデータの世界の中での出来事であるため、リアルに人が死んだりするような事故にはならないだろうと考えた南は一人でほっと溜息を洩らした。


 一方、福田達がいた社務所の一室では澤野が見ているディスプレイの画面に赤文字で記述された大量のシステムトラブルを告げるメッセージで溢れていた。

『車両データ同期異常。 車両破損の信号を受信したため、全車両を緊急停止させます』

『ビル管理情報異常。 ビル設備・配管データ破損との連絡につき、設備を一度緊急停止します』

 それらのメッセージを見た澤野が目を見開く。

「ふ、福田さん!これまずいですよ!アバターとジモクの戦闘でデジタルツイン上で損害が発生すると、リアルの世界の該当する設備などの動作が止まってしまうみたいです!これ、一歩間違えれば都市機能がマヒしちゃうし、なんかの拍子に人死にが出る可能性だってありますよ!」

 澤野の言葉に福田はため息を漏らす。

「まるで幻肢痛だな……都市にネットワークという神経が通ったことで、実体のない痛みを感じるようになったのか」

「んな洒落たこと言ってる場合ですか!早くデジタルツイン上の戦いを何とかしないと……!」

 澤野の焦る様子を見ながら福田は後頭部を掻く。

「まあそこらへんはなんとくなると思うよ。なんたって彼、神様憑いてるだろうし」

「そうは言いますけど……」

 澤野は福田の言葉に対して不安がぬぐい切れず歯噛みする。直後、再びディスプレイから警告音が鳴る。どうやら南を無視して、巨大ジモクは牧野の方へ向かうつもりらしい。

『とりあえず司馬君、立つんだ!相手は被害者を殺すつもりだ!』

 澤野は南に向かって叫んだ。


 澤野の音声を聞いた南は思わず飛び上がり、そして急いで巨大ジモクの眼前へと先回りをする。

「とりあえず何度も目の前で人が殺されるのを見るのは気分が悪いよね……」

 南は彼なりに腹を括り、目の前の巨大ジモクと対峙しようとする。そんな南の意図を悟ったのか、巨大ジモクは両手に剣を生成し、そして握る。その両方の剣にはもちろん大量の口が付いている。先ほど巨大ジモクから受けた攻撃を思い出して、みなみは一瞬身がすくむ。しかし、そんな南の背中を後押しするかのように優しい言葉が突如として彼の頭の中に鳴り響いた。

『大丈夫だ。私が力を貸そう。そうすれば奴の攻撃を予測し、対処することが出来るはずだ』

「!?」

 福田や澤野のものとも違う、しかし聞き覚えのある声に南は一瞬戸惑う。そんな南の内心を察しているのか、声は優しく南を宥める。

『突然のことに驚いているのは分かる。しかし、敵は眼前だ。事情を事細かに説明してる余裕はない。さあ、目の前の敵に集中するんだ』

「は、はいっ!」

 声に導かれた南は背筋を伸ばし、改めて構えを取る。


「?司馬君?」

 突如として誰に向けたものかわからない返事をする南を澤野は訝しむ。

「ああ、大丈夫。あの方が力を貸してくれてるんでしょ」

 澤野は福田の言葉を聞き、得心が言った顔をし、再びディスプレイの情報へと目を走らせ始める。


 改めて南が構えをとると同時、南の視界に突如として変化が訪れる。大量のデータと思しきものが浮かび上がり始めたのだ。しかし、それらのデータ一つ一つの意味は南には理解することができない。

『大丈夫だ。大量の情報の中で、今なすべきことのために知るべきことは限られている。ほら、今のように……」

 声が告げると同時、南の耳に警告音が鳴り響く。そして、目の前のジモクに赤いエフェクトがかかり、同時に巨大な線が二本現れる。南にはそれが、相手からの攻撃に対する警告、そして予測される攻撃の軌道であることが直感的に理解できた。

『そう。それでいい』

 南は身を屈めて予測される攻撃の軌跡を回避し、更に横に転がる。途中、ジモクの剣が頭上を掠め、更に転がる直前に地震がいた場所に剣が振り下ろされる。

「なるほど……」

 要点を理解し、敵と戦えるという実感が得られた南から肩の力が抜ける。

『さあ、まずは一度奴を倒そう。君ならやれる』

「はいっ!」

 南は勢いよく声に応えると、一度跳びすさり、構えて体制を整えた。

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