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UNION(3)

「これって……」

 自身のスマホから流れる聞き覚えのある、しかし聞きなれないガイダンス音声に南は身構える。そして、福田は頭を掻きながらつぶやく。

「どうやら、噂をすればなんとやらということか」

「そういうことみたいですね」

 澤野はそう言って自身のスマホの画面を見せる。スマホ画面には起動された動画視聴アプリのGUIが表示されている。そして、そのGUI上ではククライのライブ配信が映し出されていた。


「やっほー!今日もみんな元気かなー?みんなのAIバーチャルストリーマー、ククライちゃんだよー!」

 ククライはそう言って勢いよく右手を振る。GUI上には「可愛い」「こんやっほー!」などといった視聴者のコメントが次々と流れている。

「それじゃあ、今日も元気に~断罪断罪~!」

 いつも通りの断罪を告げるククライの発言に、動画のコメントが盛り上がる。そんな様子を受けてククライはニンマリと笑みを浮かべる。

「それじゃあ、今日はなんと連続で~ロボットいじめ騒動の続報、やっていくよー!」

 ククライの発言に「待ってた」「助かる」などといったコメントが溢れかえる。

「今回、ついにロボットいじめの主犯格が誰か突き止めたよ~!この人、コンビニのバイトだったんだって!でも、勤務態度は最悪で仕事はいつもいい加減、それを店長に注意されても不貞腐れた態度をとるだけだったんだって!最悪だよね~?」

 ククライはニヤニヤと笑いながら、身体をくねらせてながら視聴者に問いかける。そんな彼女の問いを受けて「最悪」「つぶすべき」といったコメントが溢れかえる。

「そんなやつが、ちょっとうまく動かなかったロボットを出来損ない扱いして、いじめるつもりだったんだって。何様のつもりだって話だよね~?」

 コメント欄は相も変わらずククライの発言に賛同するようなコメントが流れ続けている。

「そんな思いあがった勘違い君はぁ……ダ・ン・ザ・イしないとだめだよねー?」

 ククライは囁くような蠱惑的な声で視聴者に問いかける。そんな声を受けてコメント欄の熱はさらに加速していく。


「うーん、こりゃまずいねぇ」

 ライブ配信動画を見ながら福田は漏らす。

「本当にまずいって思ってます?声色に危機感感じられないんですけど……」

「こらこら」

 みさのあまりに直球な質問に、澤野は苦笑しながら彼女を嗜める。一方で、南は自分なりの理解に基づく事態の推移の予測を述べる。

「でもこれ、さっきの話の通りなら本当にまずいですよね……。配信を見ている人たちの熱狂やばいし、この動画見てる人たちは牧野さんのことある程度知っていて人物像を思い浮かべられますよね」

「直接店に抗議とか質問の電話がいっぱいかかってきてたくらいだからねえ」

 そんな南の予測にあいねは先ほどまでの店舗での大騒ぎを思い出していた。

「そういうこと」

 そんな二人の言葉に福田は頷く。それから福田は澤野の方を見る。

「とりあえずまあ、ドンピシャのタイミングでこういうこと起きちゃったしさ、ちょっと彼に"実践"をしてみてもらおうか」

 そう言って福田は南を右手の親指で指す。しかし、それを聞いた澤野は抗議の声を上げる。

「ちょっと待ってくださいよ、福田さん!テストだってまだ不十分なんですよ!?それにアバターの方だって過去の文献の画像を基にAIで自動生成したものしか……」

「まあ、それでなんとかなるんじゃないかな」

「なんとかなるってそんな……」

 澤野は唖然とした表情で福田になおも抗議をしようとする。しかし、そんな彼を福田は手で制する。

「既に彼はStargazerの力によって向こう側へ意識を飛ばすことに成功している。だとしたらアバターとの同調も含めてうまくいく可能性は高いんじゃないか?」

「なるほど……。とはいえ仮に同調がうまくいったとしても危険が伴うオペレーションになります。それをこんな今日ここに連れてきたばっかりの子にやらせるなんて……」

 福田の意図を察した澤野は、しかしそれでも納得がいかず、不満げな表情をする。

「とりあえず時間もないんだ。悪いが、彼にやってもらうしかないだろ」

 

「あの……」

 福田と澤野が何を話しているのかわからず、しかしどうも自身について話をしているらしいことを理解した南はおずおずと手を上げる。

「結局お二人は……なんのお話をされてるんですかね……?」

 そんな南の反応に福田と澤野は一度顔を見合わせる。それから二人は南の方に目線を向けると、福田は口を開く。

「司馬君、君を実直な青年と見込んで聞くが、君はバイト先の先輩である牧野さんとやらを助けたいと思うかい?」

「分かりません」

「あらま」

 南の剛速球過ぎる、かつ予想外の即答に福田は若干面食らう。

「しかし、意外だね。君はそういうのは助けると即答するタイプかと思ったが」

 その驚きを隠しつつも福田は引き続き南に問う。

「いや、牧野さんのことはよく知らないので……」

「なるほど」

 そんな南の回答に福田はうんうんと頷く。福田は南に対しては情に訴えかけるような手段は適さないことを察し、次の手段を考える。

「まあ、牧野さんのことは置いとくとして、何が起きているのか、そしてStargazerが何なのかということを君は知りたがっていたね」

「ええ、まあ……」

 今度は南は素直に頷く。それを聞いた福田は、この路線からなら南を説き伏せることが出来ると確信する。

「ククライによるライブ配信が行われている今なら、そのアプリを想定した目的に則って正しく使うことが出来る。そして、アプリを利用すれば、君の知りたかったことも知ることができる。唐突で悪いがどうだい、今から君はこのアプリのモニターになってくれないか?」

「アプリのモニター?」

 福田からの説明に南は疑問の声を上げる。

(う、うさんくせぇ~!もうオカルトだのなんだの出てきてただでさえ怪しいのに、こいつは何興味引かれてんのよ……)

 三人のやり取りを横で聞きながらみさは額に手を当ててため息を漏らす。

「分かりました。俺、それやってみます」

 しかし、そんなみさの考えなど知る由もなく、南はアプリのモニターになることに同意する。

「あ、ほんと?ありがとう」

 そして、それを聞いた福田は笑みを浮かべる。その笑みは人を操ることに長けた人間特有の邪悪さのようなものがどこかにじみ出ているように澤野やみさには感じられた。

「それじゃあ、はい、これかけて」

 福田は懐から眼鏡ケースのようなものを取り出すと、そこから眼鏡を取り出して南に手渡す。

「これって……」

 受け取った南が疑問を口にしようとすると、横からあいねが口を挟む。

「あ、これ新しく出たスマートグラスですよね。たしかアクロスでしたっけ?」

 あいねの質問に福田は頷く。

「そそ、ARとかVRにも使える最新のスマートグラス。軽量だし使いやすいと思うよ。とりあえずそれつけて、それからアプリを起動してみてくれる?」

(一体何をやらされるんだろ?)

 状況は理解できないままだが、南はとりあえず言われたとおりにアクロスをかけ、スマートフォンを手に取る。スマートグラス越しに見るスマートフォンの画面がいつもと違って見える。この胸に湧く感情は期待なのか、不安なのかは南自身にも分からない。だが、迷うことなく南の指はホーム画面上のStaragazerのアイコンをタップする。

『コード4Sへの対処のため、Stargazerを起動します。起動まで少々お待ちください』

 直後、アクロス上にメッセージとプログレスバーが表示される。

「あ、これって……」

 南は画面上のプログレスバーの割合が上昇をしていくのを見て、先ほど自分が倒れた時のことを思い出していた。『今回もこのまま気絶するのかな』等と考えていると同時、南の意識が遠のき始める。薄れゆく意識の端で、南はククライの配信の音声が聞こえてくる。南の意識が沈んでいくのとは裏腹に、ククライの断罪と叫ぶ声のボルテージがどんどん上がっていくのが感じられた。それら二つが混ざり合い、意識がぐちゃぐちゃになる。

「やっぱり……」

 そんな言葉を口から漏らした直後、南はソファの背もたれに倒れこみ、意識を失った。

「おおう!?司馬君!?」

 そんな南の様子に驚いたあいねは思わず驚きの声を上げる。

「ちょちょちょちょ!ちょっとこれ大丈夫なんですか!?」

 みさも抗議と疑問の目線を福田に向ける。

「うーん、どうだろう。ちょっと澤野君、西山君、状況確認してもらって良い?」

 しかし、それらに対してもどこ吹く風といった様子で福田は澤野と西山に指示を出す。

「わ、分かりました!」

 西山は返事をすると、隣の部屋へと向かっていく。

「もう見てますよ!……これ、想定以上の同調率です!」

 直後、既に隣にいた西山からは返事が来る。一体西山は何をしているのかと思ったみさは、隣の部屋を除く。そこでは、西山がディスプレイに齧りついて必死にデジタルツイン上に表示される情報を読み取っている。

「あ、気絶しちゃったのはそういうこと?うまくいきぎすってのも考えもんだねえ。それに……これじゃアクロスかけさせた意味もあんまないかな?」

「いや、こちらの世界に同調する過程に影響もあるので、一概に不要とも……」

 澤野の回答を聞きながら、福田はソファから立ち上がり、後頭部を掻く。

「そう。なんにせよ、今後の話は今回の起動がどこまでうまくいくか次第かね。それじゃあ様子を見るとしますか」

 福田はそう言って隣の部屋へと向かう。

「え?え?」

 話についていけていないみさは戸惑い、福田と眠り込んでいる南を交互に見る。

「ねえ、あいね……」

 どうする?とあいねに聞こうと、みさは彼女の方を見るが、既に彼女はその場にいない。まさか……と思い、福田達が入っていった隣の部屋を見ると……

「えー?これから何が始まるんですか?」

 などと呑気に福田に聞いているあいねの姿があった。それを見たみさはため息を漏らしつつ、隣の部屋へと入っていく。隣の部屋で福田達が真剣にのぞき込んでいるディスプレイには、デジタルツイン……そしてその上に巨大な人型のようなオブジェクトが表示されていた。

「あれって……」

 そのオブジェクトを見たみさは、宇宙から来た特撮ヒーローを思い出していた。

 

 ――一方その頃、客間には、スマートグラスをつけたままぐったりと寝込んでいる南だけが取り残されていた。

 

「……」

 ――ふと気が付くと、南は星降神社の客間とは異なる場所に立っていた。

(やっぱりさっき倒れた時に似てるなあ……)

 そんなことを考えながら周囲を見回す。しかし、その瞬間に自身が先ほど倒れた時とは異なる状況に置かれていることに気が付く。

(何か……身体が大きい?)

 周りにある建物がまるでミニチュアのように小さい。足元を通り抜けていく自動運転車もまるでおもちゃ屋で見たことのあるミニカーのようだ。

(これは……)

 そして、自分の姿がビルのカーテンウォールに映っていることに気が付く。そこに映っているのは、自分とはまるで異なる人型の姿をした存在だった。昔、テレビで見たことがあるヒーローモノの番組で見た強大な宇宙人のような姿だ。

「んんっ!?」

 驚いた南は改めて自分の姿を見る。そして、顔に手を当てる。カーテンウォールに映っている巨人も同様の動作をしている。なるほど、どうやら自分は狂人の姿になっているらしい……と、南は理解する。

『あーっ、あーっ。本日は晴天なり。本日は晴天なり。司馬君、聞こえるかい』

 混乱している南の脳内に、突然福田の気の抜けた声が鳴り響く。その声に驚いた南は思わず直立不動になる。

「!?は、はいっ!!」

『OK、OK。うまくいったみたいだね』

「うまくいったって……これ、どういう状況です?」

 状況の理解が追い付かないなりに南は福田に疑問を投げかける。

『今、君はデジタルツインの世界にいる、さっきと同じようにね。だた、さっきと違うのは今回は君の意識は我々が作ったアバター……つまりデジタル空間上での仮想の姿に憑依していることだ』

 福田の説明を聞いて、南は改めてビルのカーテンウォールに映った自分の姿を再び見る。なるほど、デジタル空間上で活動するための仮初の姿であれば、自分と同じ姿である必要は無いということかと南は一人納得する。

「これがStargazerの本来の機能……ってことなんですか?」

『そういうこと』

 南の問いに福田が答える。

「でも福田さん、何のためにこんな機能を持つアプリを作ったんですか?」

『それはすぐにわかるよ。とりあえず、右の方をちょっと見てもらえるかな?』

「右?……ってアレは……」

 南は福田に言われるがままに右を向く。そこで南の視界に映ったのは、あるビルの屋上で十字架に磔にされた牧野の姿と、そしてそれを取り囲むジモクの群れだった。

『司馬君。このStargazerはこの世界に引き込まれた人間の魂をジモクから救い出すために作ったのよ。そして、君が今憑依しているアバターには、ジモクを倒す力が宿っている。と、いうわけで急にこんなことを頼んで悪いとは思うけどさ、そこで捕まってる彼女、助けてくれない?あんま時間なさそうなんだわ』

「は……はあ、分かりました」

 疑問に思っていた点に対する回答はある程度開示されたが、事態が急に展開され過ぎたせいで理解が追い付かない南は気の抜けた返事をしつつ、牧野の方へ向かって歩き出した。

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