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曇天(1)

 ――朝の騒動から数時間後、南は大学内に入っているコーヒーチェーンに来ていた。南は注文したばかりのコーヒーが入った紙カップを片手に周囲を見回す。周りには知人や友人と談笑をする者や、講義の復習やレポート作成に勤しむ者等といった思い思いの時間を過ごしている学生達によって席の大半が埋まっている。その近くて遠い喧騒が、どこか心地良く感じられた。

(どこか席、空いてると良いんだけど)

 だが、このままその心地よさに浸って立っているわけにもいかない南は、自身が座れそうな席を探す。

「あそこが空いているぞ」

 その時、突如として肩の辺りから声が、そしてその後に空いている席を指し示す小さな手が現れる。

「へ?」

 驚いた南は思わず自身の肩に目線を向ける。そして、自身の目に映ったものに南は唖然とする。そこには、南の肩の上に楽しそうに座る、三頭身のデフォルメされた姿となった遠渡星がいた。

「あれ、遠渡星……様?」

 驚いて一瞬大きくなった南の声が徐々にトーンダウンしていく。

「うむ」

 小さい遠渡星が楽しげに頷く。

「どうしたんです、こんなに小さくなっちゃって……」

「分霊だ。本体はいつも通りの姿で星降神社にいる」

「分霊……要は分身みたいなもんですか」

 知らない単語ではあったが、語感から南は何となく意味を察する。

「最近は配信などにより信仰が増えて力が増してな。おかげで余裕が出てきたから作ってみたのだ」

「なるほど。で、自分についてきてたんですね」

 南の言葉に遠渡星は頷く。

「この大学も出来てからは星降神社から見てばかりだったからな。折角、縁が出来た者が通っているのだ。これを機会に、その者に近い目線で見て回るのも良いかと思ってな」

「なるほど」

 南は頷く。

「時に南」

「なんでしょう?」

「一度、席についてはどうだろうか。周囲の目線が集まっているぞ」

 遠渡星に言われて、南は改めて辺りを見回す。すると、周囲にいる人達の一部が南を見て首を傾げている様子が視界に映った。

「……そうか。遠渡星様の姿は普通の人には見えないんでしたよね」

「ああ。このままここで私と立ち話をしていると、不審人物と思われてしまうぞ」

「なるほど」

 南は頷くと、先程遠渡星が示していた席へと座る。そして、自身のノートPCを広げ、テレワーク用のイヤホンマイクを繋げる。

「これでまあ、喋っていてもおかしい人とは思われないでしょう」

「そうだな」

 南の対応に遠渡星は満足気に頷く。それを見た南は手にしたコーヒーに軽く口をつける。

「ふぅ……」

 朝の突発稽古、その後のレポート作成や受講などで疲れた身体にカフェインが染み渡るような感覚に、南は思わず小さく息を吐いた。

「大分疲れているようだな」

「ええまあ」

 遠渡星の言葉に南は苦笑する。

「辛いか?」

 遠渡星の問いに、南は少し俯いて考え込む。そして、それから顔を上げて答える。

「……そうでもないですね。こういう習い事とかしたことなかったので……なんだか新鮮な気分です」

「そうか。それは良かった」

 南の回答に遠渡星は穏やかな笑みを浮かべる。

「楽しめると良いな」

「楽しむ……ですか」

 遠渡星の言葉に、南は再び考え込む。戦うための技能を身につけるのは、自分がジモクを倒せるようになるためだ。そのための稽古を楽しむということは許されることなのであろうか?

「……」

 そんなことを考える南を、遠渡星は無言で見つめる。


 ――その結果生まれた、しばしの沈黙の時間。しかし、それは予期せぬ来訪者によって崩れることとなる。


「し、司馬っちぃぃぃ……」


 地の底から這い上がってくるかのように低く響く、自身を呼ぶ声。それに驚いた南は思考を中断し、声の方へと視線を向ける。

「ひぇっ……」

 そこで目にしたものに、南は思わず小さな悲鳴をあげる。そこには、目の下に大きなクマを作り、覚束ない足取りで自身の方へと向かってくる飯塚の姿があった。


 ――その頃、星降神社の社務所の玄関ではみさと光司が頭を下げて一人の男性を見送っていた。

「ふぅ……」

 石段を降りて行った男性の姿が見えなくなったことを確認し、みさは小さく息を吐いた。

「いやー、君が配信活動やら何やら仕切ってるとは聞いたけど、こんなところまで話が進んでたなんてなぁ。帰ってきて早々に大事な企画の会議に出ろなんて福田さんに無茶振りされてどうなるかと思ったけど、どうにかなったね。VRを使った名所紹介ツアーと、それをとっかかりにした観光ツアーの提案の企画、中々向こうも食いついてたじゃない?」

 その横で光司が感心しながら、懐から名刺を取り出す。そこには星降市の観光協会の会長の肩書と名前が記されている。その言葉を聞いたみさは、自身の両頬を勢いよく叩いた。神社の境内に乾いた音が小気味よく響く。

「いえ、福田さんのおかげで引き合わせてもらったところになんとか最初に指先引っ掛けられたってレベルです。ここから頑張らないと……!」

 その様子を見た光司は小さく感嘆の息を漏らす。

(なるほど、中々どうして気合の入ったお嬢さんだ)

 そんなことを考えていると、光司の視界が観光協会会長と入れ違いに階段を登ってくる福田と西山の姿を捉えた。そして、光司の視線に気づいた福田が軽く片手をあげる。

「お疲れ様。打ち合わせどうだった?」

「大・丈・夫!です!」

 無理して気勢を張るようなみさ、そしてそんな彼女の態度にどこ吹く風と行った福田を見て光司は納得する。

(なるほど、そう言う距離感か)





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