UNION(2)
「さて、どうぞ座って」
星降神社に連れてこられた南達は社務所の応接間へと通されていた。福田に促されるまま、南達は応接間のソファーへと腰を落とす。その直後、応接室の襖が開き、隣から年若い男女が一人ずつ入ってくる。襖から覗き見ることが出来る隣の部屋には、大量のディスプレイやノートPC、それにVR用のガジェットなどが転がっており、とても神社の一室には思えなかった。
「福田さん。この子が例の?」
「そうみたい」
男の問いかけに福田は頷く。
「この二人は澤野太陽君と西山茜君。どちらも今、私の『仕事』を手伝ってもらっている」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
澤野は軽く片手をあげ、西山はおどおどしつつも頭を深々と下げる。それを聞いたみさが首を傾げる。
「じゃあ、そういう場に司馬君を連れてきた……ってことは、彼もその『仕事』とやらに関係しているってことですか?さっき炎上動画がどうとか変なこと言ってましたけど」
みさの問いかけに福田はにやりと笑う。
「察しがいいね、お嬢さん」
それを聞いた南は湧き上がる不安を押さえつけながら福田に問いかける。
「福田さん……俺の身に何が起きているか知っているんですか?」
「……」
福田は無言で電子タバコのスイッチを入れ、一服し、そして吐き出す。
「その話をするまえに、一つ確認をしたいことがある。司馬君、悪いんだけど君のスマホ、見せてもらっても良いかい?」
福田に問われた南は一瞬戸惑うも、スマートフォンの画面ロックを解除してから福田に手渡す。
「悪いね」
福田はスマートフォンのホーム画面を一瞥し、そして一言ぽつりともらす。
「やっぱりか……」
それから福田はスマホの画面を南の方へと向ける。
「司馬君、このアプリさ一体どうやっていつインストールした?」
福田はそう言ってホーム画面上に存在する『Stargazer』を指さす。それを聞いた南は頭をポリポリと掻く。
「……いや、それが……自分もいつ入れたかわからなくて……。なんかさっき気が付いたらいつの間にか入ってたというか……」
それを聞いた福田はもう一度一服する。
「それじゃあ、質問を変えよう。君、昨日とかSDカード拾ってスマホに入れたりしなかった?」
福田の質問に南ははっとする。
「はい、しました……しました!でも福田さん、どうしてそのことを?」
南は首を傾げる傍らでみさが真顔になる。
「ちょちょちょちょちょ!あんた一体何してんのよ!コンピューターウィルスとか入ってて感染する可能性があるんだからスマホに無暗に拾ったSDカードとか入れちゃダメって常識でしょうが!!」
「え……そうなんですか?」
みさのことばに南はきょとんとした表情で驚く。そんな南の反応にみさは片手で頭を抱えてため息を漏らす。
「呆れた……あんた何年スマホ使って、どこのキャンパスに入学してるのよ……」
「まあまあお姉ちゃん。司馬君は大学入って、昨日初めてスマホ持ったみたいだから」
あいねのフォローを聞き、みさがぎょっとする。
「ええ……今時そんな奴いるんだ……」
「ははは……」
どう反応したものかわからず、南は苦笑する。そんな会話を転換しようと福田が割って入る。
「とりあえず話を戻そう。とりあえずこの『Stargazer』だが、ある目的のために私が依頼して澤野君や西山君に開発させたものだ」
「え?そうなんですか?」
福田の言葉に南はまた驚く。先ほどからずっと驚きっぱなしだ。
「一体何のためのアプリなんです?」
みさが福田に問いかける。みさの問いを聞いた福田はまた軽く一服する。
「まあ、それを説明するためには色々な前提から話す必要がある。だから事前にちょっと聞きたいんだけど、君たちはククライのチャンネルを見てるかな?」
唐突に出てきたククライの話題に、南達は顔を見合わせる。一体、Stargazerと何の関係があるというのだろうか。
「今日初めて概要を知りました」
「私達は趣味と実益の調査を兼ねてちょっと見たことがあるくらいね。キャラクターのデザインやモデリングは悪くないけど、内容が悪趣味すぎてちょっとね……」
みさがそういうと、横であいねがうんうんと首を縦に振る。
「そうですよね~……。アレはちょっとひどいですよね~……」
西山は消え入りそうな声で、みさの言葉に同調する。そういった話題で積極的に同意をしたりするような人間に西山が見えなかった南にとって、そのように同意をするのは意外だった。
「それは結構。じゃあ、ククライの配信で断罪された人間が意識不明になるという噂が現実であるということは知っているかな?たとえば昨晩の深夜に配信で断罪された青年……彼も今朝から意識不明となり病院に搬送されている」
福田の言葉に一瞬三人の表情が強張る。
「ちょっと待ってくださいよ」
そしていち早く反応し、福田に疑問をぶつけたのはみさだった。
「炎上したりして晒し上げ喰らっただけで人間が意識不明の重体になるなんてあり得るんですか?」
みさの疑問はもっともである。物理的に危害を加えられたりしたわけでもないのに、人間が意識不明になるなどということが起こりうるモノだろうか。
「普通ならありえないだろうね、普通なら」
福田はそう応じながら人差し指で電子タバコ本体をニ、三度叩く。
「尋常じゃないストレスで参ってしまってる……ってことでしょうか?」
今度はあいねが尋ねる。
「いや」
福田はあいねの考えも淡々と否定しながら、再び電子タバコを咥え、吸い込み……そして吐き出す。
「まあ、君たちではこの件について色々と想像するのは難しいと思う。だが……君はどうだい、司馬君」
そう言って福田は意味ありげな目線を南に送る。
「えっと……」
福田の意図を図りかねている南は言い淀む。
「今この街で起こっている"ありえないこと"の一端を君はみてきたんじゃないかい?」
そう言われて、その時初めて南は福田の言わんとしていることを理解した。
「俺が見た……夢のことですか?」
福田は無言で頷く。
「夢って……そういえば司馬君、さっきも倒れている時にとてもうなされてたけど……」
あいねに聞かれて南は頷く。
「はい。その時、夢を見てたんです。牧野さんと一緒に炎上事件を起こした人……動画を撮影してた人ですね、その人が人型の化け物たちに襲われる夢を。それにさっきだけじゃないんです。昨夜も炎上事件を起こした一人が同じように化け物に襲われてました」
「ちょっとまって……どっちもククライチャンネルのライブ配信があった時間に同じような内容の夢を見ていたってコト?」
みさは配信アプリのアーカイブで、過去の配信が行われた時刻を調べながら驚愕する。そんな各々の反応を確認してから福田は切り出す。
「……」
南達のやり取りを聞きながら福田はつぶやく。
「なるほど……”ジモク”とも遭遇したことを認識している……だとするとやはり素養があるということか……」
そんな福田の独り言をみさは耳ざとく拾い反応する。
「ジモク?ジモクって何ですか?」
みさの言葉と、夢の中で見た光景が南の頭の中でつながっていく。夢の中で見た人間の耳と目が大量に生えている黒い人影の化け物……もしもそれが福田の言う”ジモク”なのだとしたら……
「ジモク……もしかして漢字で書いたら耳と目……ってことですか?」
「!」
南の言葉に福田は大きく目を見開く。
(こんな人でも驚くことあるのか……)
南の中で失礼な感想が沸き起こるが、それをを知る由もない福田は質問を投げかける。
「司馬君、君が夢の中で見た人型の化け物にどんな特徴があった?」
そう言ってから福田は南の回答を待ちつつ、新しい煙草を電子タバコに差し込んでから電源を入れ、そして深く吸い込み始める。
「……人間の目や耳みたいなものが大量についていました。あと、人を攻撃するときは人の口が大量についたような剣を使っていました」
「なにそれ、気持ち悪いわね……」
南の説明を聞いてみさは悍ましい化け物を想像したのか、げっそりとした顔をしながら舌を出す。そんなみさの反応は一旦置いといて南は流れでそのまま自身の疑問を福田にぶつける。
「福田さん。あの化け物は何なんですか?」
南の問いに答えず、福田は一度ゆっくり煙草の煙を吐き出す。それから電子タバコから吸い殻を取り出し、そしてゆっくりと答える。
「ジモクってのは俺たちがあの化け物にとりあえず、勝手につけた名前なんだがね……まあ、あいつらはどうやら、人の心の中の悪意のような存在なんだ」
「悪意……?」
福田の言わんとしていることが理解できずに南は首を傾げる。
「人の心の中にある他人を攻撃したいとか、嫉妬している他人を引きずり下ろしたい……そういった衝動が怪物となったような存在だと思ってくれればいい」
「ああ、よくゲームとかである人の心の闇から生まれた化け物とかいるけど、そういう感じのやつか」
みさはそう言って一人納得する。
「そういや昔図書館で読んだライトノベルとかにもそんな設定のやつありましたね」
南の反応にみさがつっこむ。
「ライトノベルを図書館で読むって……自分で買わないタイプ?」
「いや……ああいう表紙の本、家で読むと親がどうにも反応が良くないというか……なんで図書館でちょっと目についたら読むくらいだったんですが……」
「本当に親御さん厳しかったんだねぇ」
あいねは南の回答に相槌をうつ。
「……」
そんな三人の様子を見て福田は軽く咳ばらいをし、それに反応した三人は佇まいを正す。そして、改めて福田は説明を始める。
「ジモクに襲われた人間は精神……その根源の魂ともいうべき部分に傷を負い、意識を失ってしまうんだ」
その内容にみさは矢継ぎ早に疑問を投げかける。
「そうはいっても、そのジモクに人が襲われたのってあくまで司馬君の夢の中の話ですよね?現実に影響なんてあるんですか?そもそも彼の夢がククライの配信と同じ内容なのも謎なんですけど……」
福田はそれらを聞いて軽く笑みを浮かべる。南達は彼の笑顔の裏にある感情は読み取れず困惑する。
「ジモクに人が襲われたのは現実の出来事で、それを司馬君が夢を通してみていた……としたら?」
「あれが……現実?」
福田の言葉に南は夢の内容を思い返す。たしかに、被害者がジモクの群れに怯える様子や、ジモクを襲われたときに上げた悲鳴には嫌な現実感、生々しさを感じていた。
「仮に、貴方の言うジモクに人が襲われたのが現実だとして、その『現実』ってのは一体どこの話なんです?私はそんな化け物を見たことないんですけど」
「その現実っていうのはあそこだよ」
これまで、ほぼ無言だった澤野が会話に割って入る。そして、澤野は隣の部屋の方を右手の親指で指している。澤野が何を言わんとしているのかわからない三人は目線を、澤野の親指が向く方向へと向ける。その先にはPCのディスプレイがある。PCのディスプレイがなんだというのかわからず南は困惑する。しかし、みさは画面に表示されているものを見てあることに気が付く。
「デジタルツイン……?」
みさの言葉に南ははっとする。たしかにディスプレイ上に表示されているのは、朝の講義で見たデジタルツインと同種のものであるように思われた。一方で、福田はみさの反応に首を縦に振っている。
「そう。このデジタルツイン上では星降スマートシティの人、それに車やロボットなどをはじめとした様々なモノの情報がマッピングされている。だけど、ちょっと前からククライの配信が行わている時間帯、断罪が行われている場所について、識別不能な人と思しきものがいたというエラーが発生したというログがデジタルツイン上に出力されるようになっている」
「……それが、そのジモクだと?」
「私はそう踏んでるよ」
福田の回答にみさは指を顎に当てて考え込む。その様子を見て南とあいねは顔を見合わせる。
「先輩のお姉さん、ここまでの話全部理解して質問出来ててすごいですね」
「でしょ~。お姉ちゃんすごいんだから」
あいねはそう言って自慢げに鼻を鳴らす。
「でしょでしょ!すごいでしょ!流石あいね、わかってる~!あとお前はうるさい、黙ってろ」
「えっ!?」
あいねからの賞賛は素直に受け取りつつも、自身からの賞賛を無下に扱われた南は一瞬唖然とする。しかし、そんな南に構うことなく、福田への質問を続ける。
「仮にその不審なエラーログとして現れているのがジモクだとして……襲われた被害者は?デジタル空間上でククライが擁護した本人のものかどうかも怪しい、あの変な袋を被らされたアバターが攻撃されたところで本人がダメージを受けるとは思えないんですが」
みさの言葉を聞き、福田は電子タバコを吸い、吹き出す。
「まあ、ここまでもだいぶ信じられない話だったとは思うけど、ここからはさらに突拍子もない話になる。心して聞いてほしい」
福田の前置きに三人の表情が若干強張り、姿勢が前のめりになる。
「端的に言うと被害者の魂が、あのアバターに憑依させられているんだ。呪術的な力を使ってね。要はあのアバターは形代ってわけ。ほら、呪いの人形とかあるでしょ、人の髪の毛とか使ってさ。あんな感じ」
福田の説明が腑に落ち切らず、南は首を再び傾げる。
「でも福田さん。アバターってただのデータですよね?髪の毛とかみたいな触媒もなしに人を呪ってデータに魂を乗り移らせるみたいなことが起きるんですか?」
南の質問に福田の眉が一瞬ピクリと動く。
「まあ普通ならおきないだろうね。だが、それを可能にしているギミックがある」
「ギミック?」
「君達も見ただろう?ククライの配信さ」
福田の回答の意味が理解しきれず、南は首を傾げ、みさは腕を組んで考え込み、あいねはぽかんとしている。そんな三人の様子を見ながら福田は言葉を続ける。
「ククライの配信で提示されるのは被害者の周辺情報だけだけど、炎上した本人がどういった人物であるか……ということはリスナー全員が共有しているでしょ。そして、そのイメージを共有している対象への呪詛をみんなで吐き出すことによって霊的な力を高め、その力を以てアバターに魂を引きずりこんでいるのさ。つまり、あの配信は呪術的な儀式の場なんだ」
「……」
南の中で福田から聞いたこれまでの説明、そしてこれまで見聞きしたことや自身に降りかかったことが有機的に結びつき始める。そして、Stargazerについてある一つの結論が脳内に浮かび上がり始める。
「福田さん……じゃあ、Stargazerを作った目的は……」
そこまで言いかけた時、突如として南のスマホから地震速報のようなアラーム音が鳴り響き、再び聞いた記憶のあるガイダンス音声が流れる。
『緊急事態コード4Sです。至急担当部署に連絡の後、当該事象への対処をお願いいたします』