亜人と勇者とケモナーと
「そうだ!エリフさん紙あります!?」
「トラン、起きろ」
「んにゃ、つきましたか?」
「いや、まだだ」
「じゃあなんで…」
「お前に説明しとくことがある」
「なんですか?」
「亜人についてだ」
僕たちは亜人の街と呼ばれている街デミュールに向かっている。
だが、さっきからドンさんの態度が変だ。
「どうしたんですか、さっきから変ですよ?」
「トラン、お前は差別はしないよな?」
「人と付き合いを持つときはまず中身から、父さんがよく言っていました」
「えらい、じゃあはっきり言う。亜人を差別する人は多いんだ。亜人のほうも少なくとも俺たちにはいいイメージは持っていないだろう。俺たちが行くのは、そう言った亜人達がたくさんいる場所だ」
「迂闊なこと言ったりしたらやばいってことですね?」
「その通り!」
「そもそも亜人っていつからいるんですか?」
「トランさん、亜種族ってわかります?」
「わかると思います?」
エリフさんがでしょうね、という顔をしながら説明を始める。
「二足歩行をして、人と姿や文化、価値観はかけ離れてはいるが、人と同じように集団を形成して暮らす種族のことを言います」
「???」
「オークとかゴブリンとか、獣人とかです」
「なるほど、確かにゴブリンが人を襲った話とか聞いたりしますね」
「そうですね、基本的に人とは相容れない存在とされていますね」
「そして、亜種族と人のハーフが亜人だ」
「ハーフ?」
「あぁ」
「人との?」
「はい」
「よく関係が持てましたね」
「あぁ、勇者がいたからな」
「勇者!?」
「はい」
「勇者といったら、御伽話とかによく出てくるあの……!なるほど、種族間の橋渡しをしたんですね!」
「いや、ちょっと違うかな」
「え?でも勇者なんでしょ?」
「確かに勇気はありますよね」
「じゃあ勇者じゃないですか!」
「う〜ん」
「もう!なんなんですか!?」
「耳貸せ…」
「はい?」
(ここでいう勇者はな、亜種族に手を出した異常性癖者のことを言うんだ)
「あっ……」
「そういうことだ」
「まぁそのおかげで、ただ人間にとって害としか考えられてなかった亜種族が亜人となって歩み寄りができるまでになったわけですが」
「確かにそう考えると勇者ですね」
「だな」
「あっ、ついたみたいだよ」
ここが亜人の街デミュール、メイリルほど賑やかじゃないし、マジク・マジカほど派手じゃない、でも素朴で落ち着いた雰囲気の街だ。
「わぁ、素敵だなぁ。故郷となんだか雰囲気が似ているよ」
オーニシさんが穏やかな表情で呟く、そういえばオーニシさんの故郷ってどこなんだろ?
「人がいませんね」
「確かに、どこにいったんだろう?」
「あんたらこの街になんのようかね?」
「はい?」
いつのまにか後ろに腰の曲がった老人が立っていた。
顔はフードのせいでよく見えない。
「お、俺たちはレスキュー隊だ。ノウ・レッジという男から紹介を受けた」
「ノウ?そんな男知らんが?」
「そんなはずはない、友人がいたと言っていた」
「そんなもんは知らん、帰ってくれ」
「ぐぬぬぬ……」
「何か手違いがあったのかもしれません、ここは大人しく帰りましょう」
「そうだな」
帰ろうとしていた馬車を呼び、乗り込もうとする。
「待て」
「なんだ?まだ何かあるのか?」
振り向くと、そこにいたのは腰の曲がった老人ではなく、シャキッと背を伸ばした青年が立っていた。
「思い出したよ、ノウ・レッジ。それは確かに私の友人だ」
「え、ええ?」
「私たちを試したんですね」
「すまない、こうでもしないとみんなが安心できないからね。みんな!出てきていいよ!」
建物から多種多様な亜人がでてくる。
懐疑的な表情や不安げな表情で入り乱れている。
まだ信用はされてないみたいだ、まぁ当たり前か。
「私の家で話そうか、ここでは視線が気になるだろう?」
僕達は男の家に移動した。
移動したはいいが、あちこちから視線を感じるあたり、覗き見されてるみたいだ。
「私の名はエミアン、この街で亜人と共に暮らしている研究者だ。君たちのことはノウから聞いているよ」
「あぁ、それで?依頼はなんだ?」
「その前に、いくつか質問をしたい」
「なんだ?」
「君たちが本当に信用に足るか、最終試験をしたい」
「試験?」
「あぁ、亜人達は君たちがしたことを忘れちゃいない、もちろん、君たちがそれに直接関与していないことも十分に理解している。だが、頭では分かっていても、どうしようもないこともある。不安要素はいつだって消し去りたい、わかるだろう?」
「まぁ…そうだな」
亜人達は本当に僕達に怯えてるんだろうけど、この人は僕達で遊んでるような印象を受ける。
ノウさんの友人である以上、この人も一癖も二癖もある変人ってことか。
「そこの失礼なことを考えてそうな君、君に質問をしよう。君はとても素直そうだ」
「は、はい!」
「君は亜人についてどう思う?」
「今まで会ったことがなかったのでなんとも言えないですね」
「そうか。君は人間は好きか?」
「嫌いだったら、この仕事してないですよ」
「確かにそうだ。もし、君の目の前に崖から落ちそうな人間と亜人がいたらどうする?もちろん、どちらかしか助けられない。両方助けようとした場合、どちらも崖から落ちるとしよう」
「その質問はどの答えでも僕が不利になりますよね?」
「ほう。じゃあ君は人間と亜人、どちらが怖い?」
「人間ですかね」
「それはなぜ?」
「僕は未知に対する恐怖より、既知に対する恐怖が強いと思います」
「なるほど。じゃあ、今から君に亜人のことを教えてあげよう。モナ、入ってきてくれ」
奥の扉から、女性の狼の獣人が入ってくる。
「彼女はモナ、気立てが良くてナイスバディだ。だが、彼女には鋭い爪と牙、そして普通の人間よりはるかに強い力を持っている。これで亜人のことは少しは分かったかな?」
「はい、少しだけ」
「じゃあ、その彼女が君の首筋に手を這わせたらどう感じる」
「あまり良い気分ではありません」
彼女の手に力が入っていくのを感じる。
「そうか、君は」
「僕は首が弱いですから、仲の良い人にすら触られたくありません。それに、女性からのボディタッチには耐性がないもので」
エミアンさんは一瞬目を丸くした後、口を大きく開けて笑い始めた。
「アッハッハッハッ!!いやすまない!疑った私が馬鹿だった、許してくれ!ハッハッハッ!」
首に入れられた力がフッと緩む。
「ごめんなさいね、怖かったでしょう?」
耳元でそう囁かれる。
声が色っぽいし、その姿は本当にナイスバディだ。
「女性に首を触られるなんて初めてのことでしたから……」
視線を感じなくなった。
疑いが晴れたってことでいいのかな?
「よし、じゃあ依頼内容を話そう。事態は一刻を争う」
「それなのに、俺たちを試してたのか。」
「我々は全てにおいて慎重にならないといけない立場だからね」
「そうか、まぁ仕方ないな」
「よし、君たちを呼んだのは他でもない、救助してほしい人がいる」
「ここにダンジョンがあるのか?」
「あぁ、自然発生型のダンジョンがな」
「そりゃやばいな」
「要救助者は、ネコのケモ人の子供、ウサギのケモ人の青年だ」
「ケモ人?」
「あぁ、獣人は亜種族のときの名称だ。亜人となった今、名前を変えた方がいいと考え、ケモ人と呼ぶようにした。まぁ、亜人は種類が多いから、あまり浸透してないがね。でも、なかなかにキャッチーだろう?」
「まぁ、そうですね」
「依頼内容はわかった、出発するぞ」
「案内しよう」
エミアンさんにダンジョンの入り口へと案内してもらう。
一見するとただの洞穴に見えるが、中からはダンジョン特有の威圧感が流れてくる。
「彼らを助けてくれ」
「もちろんだ。よし、気を引き締めていくぞ!!」
今までのダンジョンと比べ、異様な気配を感じる。 生き物達の息遣い、鼓動をすぐ近くに感じ、一歩進むたびに底なしの沼に足を踏み入れていくかのような感覚。
「トラン、顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「無理もないよ、自然発生型は初めてだもんね」
「私たちもあまり経験はありませんからね」
「無理はしなくていいぞ?」
「しますよ、救助者はこの瞬間にも危険な目に遭ってるかもしれないんだから」
「そうか、立派なレスキュー隊の顔になったな」
強がりでも言わないと、進む意思が消えてしまいそうだ。
大丈夫、仮に大丈夫じゃなくても、大丈夫。
「ところで、僕、自然発生型のダンジョンについてよく知らないんですけど」
「そうだな、自然発生型は名前の通り、なんらかの要因で自然にできたダンジョンだ。そのほとんどは動物が作り上げた巣のようなものだな。つまり、俺たちは敵の巣にお邪魔してるってわけだ。それだけでもうやばいだろ。その上、生き物が使ってるわけだから、建物のように馬鹿正直に階層を分けたりしない、複雑でややこしい、だから迷いやすい。迷った挙句、生物に襲われて死亡なんてやばいだろ?」
「そっすね」
カッコつけたのを後悔するぐらいには帰りたい。
「今回はなんの生物の巣なんですかね?」
「わからん、けど、さっきから毛のようなものが落ちている」
「さっきから獣の臭いもしてますから、なんらかの肉食獣とかじゃないですか?」
「そうかもな…ん?」
「どうしました?」
「そこの地面、怪しくないか?」
ドンさんの指さす先には、地面に葉っぱが積み重なっている。
「……トラップ、ということですか?」
「かもしれん」
「で、でも動物がトラップを仕掛けますかね?」
「用心に越したことはないと思うな」
「オーニシの言う通りだ。ほりゃ」
ドンさんが葉っぱに石を投げる。
その瞬間、横穴からオオカミが飛び出してきた。
「オオカミ!?」
「とりゃ!」
オーニシさんの剛腕によってオオカミは無力化された。
「まさか、落とし穴を仕掛けてたとは」
「あの対応を見るに、意図的にトラップを作ってますね」
「あ、そうだ」
オオカミにポケカンを向ける。
(ネストウルフ オオカミの中でも最も大きい群れを作り、穴の中や木の上に巣を作る。非常に知能が高く、獲物を捉えたり、侵入者を迎え撃つための簡易的な罠を作る。ただ、四足歩行が仇となり、作りは雑なものとなっている。しかし、雑とはいえ、トラップはトラップであり、引っかかった場合、甚大な被害を被る可能性がある。石を投げてトラップを作動させると、獲物がかかったと勘違いしたオオカミが出てくるのでその隙に仕留めるのが最適解)
「だそうです」
「やっかいだな」
「用心が1番の対抗手段ですね」
「そうだね」
その先、僕達は慎重に、そして素早く進んでいった。
幸い、トラップを熟知しているドンさんのおかげで、トラップにかかることなく進むことができた。
「ここは広いですね」
「おい見ろ、またトラップだ。」
いかにも何かありますといった雰囲気の地面がある。
その上には足跡がまばらについている。
「落とし穴っぽいが、足跡の上を歩けば安全そうだ」
足跡がわざとらしい……
「ドンさん待って!」
「うぉあ!」
ドンさんが落ちた瞬間、周りのたくさんの穴からネストウルフが出てくる。
「オーニシさんドンさんを引き上げて!僕とエリフさんで援護する!!」
牙を剥き襲いかかるオオカミに刃を突き立てる。
くそっ、集団を相手したら勝ち目はない、だからといって一体一体相手してたらキリがない!
「そうだ!エリフさん紙あります!?」
「え、はい!」
「貸してください!」
エリフさんから紙をひったくって、乱暴に描き込む。
「よし、これだ!」
たしか簡易魔法陣はこんな感じだったはず。
◯に少し雑なℓ、これで発動するはず!
「くらえ!」
魔法陣から光が放たれる。
オオカミ達は突然の閃光に怯んで動けなくなっている。
「今だぁ!」
9匹のオオカミを倒し、ドンさんを引き上げる。
「すまねぇな、足引っ張っちまった」
「そんなことないですよ、相手が思ったよりも手強いことが分かりましたし」
「ですね」
「だね」
「へっ、ありがとよ」
「先を急ぎましょう」
僕の身を包んでいた恐怖が薄れた気がする。
感覚が麻痺しただけかもしれないけど。
「しかし広いな」
「帰り道覚えてます?」
「一応、私の魔力糸を入り口からひいてありますので、大丈夫だと思います」
「気づかなかった…!」
「でも、これで安心だね」
「あとは要救助者を……」
「どうした?」
「何か聞こえません?」
「うん?」
「唸り声みたいな」
「またオオカミが狙ってるのか?」
「いや、僕達に向けてじゃない」
「じゃあ、まさか?」
「急ぎましょう!」
微かに唸り声の聴こえてする道を進む。
僕達はさっきの部屋よりもより広い部屋に出た。
「いたぞ!」
要救助者の2人が壁によじ登り、オオカミの魔の手から逃れようとしていた。
「く、来るな!来るなよ!!来るなったら!!!」
ケモ人2人はやつれており、子供の方は息も絶え絶えだ。
「どうする!?」
「トランさん、さっきの魔法陣頼めますか?」
「いけます!」
「それをどうやって奴らに浴びせましょうか」
「あの、実は」
僕はノウさんから貰った手甲のことを話した。
「なるほどそりゃいい!」
「奥の手ですか、いいですね」
「トランくん、やれそう?」
「もちろんです!」
「よし、作戦開始!」
魔法陣を描いた紙を持って、手甲に念じる。
自分の体が空気に溶け込む。
オオカミ達の隙間を縫って、要救助者のところまで辿り着く、よし準備OK。
今だ!!
「あれ?」
魔法陣が発動しない…!?
しまった!魔力が今の隠密魔法で尽きたんだ…!
作戦変更!
「エリフさん!魔力を!」
「はい!」
エリフさんの手から放たれた魔力の塊が、僕が持つ魔法陣に当たる。
魔法陣から出た眩い光がオオカミを包むと同時に刃を次々と突き立てる。
倒しきれない分はエリフさんが魔法でカバーしてくれる。
程なくして、オオカミは殲滅された。
「な、何が?起こって…?」
「こちらダンジョンレスキュー隊です!あなた達を助けにきました!!」
「た、助け!よかっ…」
「ワワッ!」
「オーニシ、キャッチ!」
「よいしょ!」
「状態が良くない、急ぐぞ!」
「それに今の騒ぎでオオカミも集まってきてますしね」
僕達はエリフさんの魔力糸のおかげで迷うことなく脱出できた。
街に戻ると、僕達と要救助者の帰りを待っていた亜人達が出迎えてくれた。
「手当を頼む!」
「わかった!私に任せてくれ!」
そういうとエミアンさんは、2人を抱えたオーニシさんとともに彼の家へ入って行った。
「これで解決か?」
「そうだね、あの人の腕は確かだよ。あんたたちほんとによくやってくれたね!」
モナさんに背中をバシバシと叩かれる。
ケモ人だと実感するくらいには痛い。
「痛いですモナさん」
「あぁごめんなさい、興奮しちゃって。私たちみたいな亜人のために動いてくれる人なんてエミアン以外にいなかったから…」
「疑って悪かった。あんたらサイコーだぜ!」
「人間にもいい人はいるんだねぇ」
嫌悪だったムードが一転して歓迎ムードになった。
僕達を疑いの目で見ていた彼らはもういない、やっぱり笑顔が1番だ。
そう思っていると、エミアンさんとオーニシさんが戻ってきた。
「どうでした?」
「ボロボロだったのが、エミアンさんの魔法ですぐ治ったよ」
「君たち、本当にありがとう」
「俺たちはいつも通り仕事をしただけだぜ?」
「君たちにとってのいつも通りは、我々にとっては偉大な一歩なのだよ。これで少しは亜人の、人間に対する印象も良くなるかもしれない」
「まだ全部の人間を信じ切れるわけじゃないけど、あなた達のことは信じれるわ」
「よし、この人の活躍を祝して、宴会だ!!」
「「「「おーーーっ!!」」」」
その後、亜人達が作ってくれた料理は肉に香辛料をすりこみ、丸ごと焼いたものなど野生味を残したワイルドな料理だった。
「美味い!」
「おぉよかった!」
亜人達が飲めや食えやと騒ぎ立てているのを見ると、亜人も人間もそこまで変わりはないと思う。
「楽しんでるかな?」
「エミアンさん」
「今夜はうちに泊まるといい、客人用の部屋があるから」
「あ、ありがとうございます」
「どうかね、亜人も人間もそこまでかわらないだろう。」
「そうですね、ただ……」
「ただ?」
「全体的に服の布面積が小さいですよね」
「まぁ、亜種族のほとんどは全裸だからな、亜人達も服を着るのに抵抗がある人が多い」
「目のやり場に困るんですよね」
「はは、もしかしたら勇者とは君のようなことなのかもしれないな」
「えっ!?」
「悪い意味ではないよ?」
「良い意味でもないですよね!?」
「アッハッハッハッ!!!」
その後、宴会が終わり、僕達はエミアンさんの家の客室に案内された。
部屋は思ったよりも広く、清潔に保たれていた。
ベッドに腰掛け、リラックスする。
「はーーっ、お腹いっぱい!」
「結構食ったな、お前」
「人の善意だから残すのもったいなくて…」
「トランくん優しいね」
「そんなことないですよ」
「優しさの感じ方は人それぞれですよ」
「人それぞれ……か」
「どうしたの?」
「いや、あの人達は、僕達にとって当たり前の仕事対して、すごく喜んでいた。僕達にとっての当たり前はあの人達にとっては当たり前じゃないんだなって……」
「そうだ、こういった仕事をしている以上、俺たちはそういった違いを理解していかないといけないからな」
「明日、エミアンさんに亜人の話を聞いてみようかな」
「勇者の話も聞けるかもな」
「それは遠慮しときたいですね」
「とりあえず寝ようか」
「そうですね」
その日、僕達が使ったベッドは、マジク・マジカで泊まった宿のベッドより硬く感じた。