差別と魔法と劣等者
「噛んだ!?」
「おい、起きろ」
「むにゃ」
眠い目を擦りながら起きると、時間は朝の9時半、エリフさんが出場する祭りの開始30分前だ。
「す、すいません。よく眠れなくて……」
「まったく、遠足前日の子供じゃあるめぇし」
「ちょっと急ごうか」
宿から出ると、都市の景色がガラリと変わっていた。 いつもより華やかに飾り付けられ、屋台などが出ている。
「すごい…!昨日はこんなのなかったのに」
「朝6時から準備してたぜ、しかも2時間くらいで終わってた」
「本当にお祭りですね」
「本来は魔術の発表会みたいなものなんですけど、マジクの趣味でこんな派手にして祭りのようにしたんですよ」
「へぇ…発表会って、何を発表するんですか?」
「魔術の威力を競う威力部門、魔術の実用性を競う実用部門、魔術による芸で競う曲芸部門、魔術の面白さを競うギャグ部門の4部門あります」
「エリフさんは何に出るんですか?」
なんとなく察しがつくけど。
「なんとなく察しがついてるでしょうけど、ギャグ部門です」
やっぱり
「やっぱりって顔に書いてますよ」
「あ、あはは」
「おやぁ?エリフくんじゃないかぁ!」
「ゲッ」
振り向くと、やけに派手な格好をしたエルフが立っていた。
「久しぶりじゃないかぁ」
「そうですね、ミラカラル」
「劣等エルフの君がここに来るなんて!!今日の祭りは中止になるかもしれないなぁ今日の祭りは!なんせあられが降ってくるだろうからね!」
「そうですか」
「だが、そうはさせない!このキセキの森のミラカラルが阻止して見せようではないか!」
「そうですか」
「まぁ見てたまえ!今回こそは4部門全てを優勝して見せようじゃないか!!」
そう言うと、派手なエルフは高笑いをしながら去っていった。
レガムさんほどではないが、うるさい人だったな。 それに、エルフらしさのかけらもないやけに鼻につく喋り方をする人だ。
「あの、知り合いですか?」
「まぁ、はい」
「なにか因縁でも?」
「因縁というか、イチャモンですね」
「なにがあったんだ?」
「一度、祭りのギャグ部門に出場したんですよ。それで優勝したら、彼がイチャモンをつけてきて、4部門全てを優勝するのは私であるべきだ。とか言い出して。その後、私はこの都市を離れたんです。嫌がらせがしつこかったから」
「それは嫌な記憶だね」
「あの、言いたくなかったらいいんですけど、劣等エルフというのは?」
「…………」
「あ、やっぱりいいです」
「エルフにおける地位は魔力の多さです。魔力の少ないエルフは差別の対象なんです。それに、彼の苗字、あれは古いエルフの名前の特徴なんです」
「キセキの森…でしたかね?」
「えぇ、エルフは森の奥深くに暮らす種族でしたから、自分の所属を示すために苗字をその森の名前にするんです。そして、古いエルフは血を重んじます、だから私のようなハーフは差別されるんです」
「二重で差別されたわけか」
「はい」
「じゃあ、マジク・マジカに来るのは嫌だったんだね。ごめんよ、気づけなくて」
「いえ、仕事ですから。それに、決着は自分でつけます」
「エリフさん……」
エリフさんの目から、鈍い光が揺らいだ。
「それでは始まります!!マジ祭り!!!司会を務めますはみんなのアイドル、マリマちゃんでーーす!!!」
「うぉーーーーーっ!!!」
「マリマちゃーーーーん!!!!」
「すごい勢いだなぁ」
「エリフさん、大丈夫ですかね?控室で、あのミラカラルって人にいじめられてないといいけど」
「まぁ、大丈夫だろ。あいつなら」
「それでは始まります!まずは威力部門からでーす!ルールは簡単!レガムさん特製、サンドバッグゴーレムちゃんに攻撃を打ち込むだけ!威力を計算してくれます!それではまず1番のミラカラルさんどうぞ!!」
「みせてやろう!我が最強の魔術!ギギガガゴ!」
「名前ださっ!?」
だが、その威力は名前からは想像できないほど強力で、まともに当たれば骨すらも残らないような炎の球が放たれた。
ていうか、あれで壊れないゴーレムすごいな、さすがレガムさん。
「威力は596!!早くも優勝はきまったかー!?」
その後の威力部門はほぼほぼお通夜状態だった。
どれだけ頑張っても400以上の記録が出ることはなく、棄権したり、逃げ出す参加者さえいたくらいだ。
ミラカラルというエルフは満ち溢れる自信に引けを取らないほどの実力を持っているようだ。
「さ、さて気を取り直して次いきましょう!!お次は実用部門です!1番のレガムさん、どうぞ!!」
「お集まりの皆さん!!今日集まってもらったのは他でもなぁーーーーい!!!!」
あれはあの人なりの挨拶みたいなものなのだろうか、声量だけでいえばミラカラルよりも主張が強い。
それにあの人マイク持ってないのにすごい声量だな。
「見たまえ!!!自立型のメイドゴーレムだ!!!」
「おぉ!!」
「可愛いぃーーー!!」
「すごい!!」
「これは私がゴーレムに自由に行動していいと命令し、長年共に暮らした結果、メイドとして私の役に立とうと動き始めたゴーレムだ!!!炊事 洗濯 掃除、なんでもできるぞ!!!」
「すげぇ!!」
「欲しい!!」
「これはかなり好評です!これはどうやって作るのですか?」
「そうだな!!現状これしか成功例がないからわからない!!!研究中だ!!!!」
「なんだよ…」
「自慢かよ……」
発表会としては間違ってないんだろうけど、人を楽しませる祭りとしてはとんだ大失敗のようだ。
本人全く気にしてないけど。
「お次は2番!ミラカラルさんです!」
「またあいつかよ…」
「またお通夜になるぞ……」
「今回私が発明したのは、洗濯を一瞬で済ませる魔法だ。しつこい汚れもさっぱりと、シワだらけの服もパリッと仕上がり、当然乾燥機能つきだ」
「欲しいわーーー!!!」
「あたしにも教えてーーー!!」
主婦層に大受けした結果、この後はご存じの通りお通夜状態になった。
「お、お次は曲芸部門です!!えーと、ゲッ、い、1番のミラカラルさんどうぞ!」
この後の展開は皆さんの予想通りなので、割愛します。
「あー、最後はギャグ部門、えー、チッ、1番」
「さぁ!刮目せよ!私が全てにおいて1番を手に入れるところを!!前回、私が唯一1番を取れていない部門、その理由は私にユーモアが足りなかったからだ!見よ!私の!下着の色がわかる魔法!」
「エッ!」
「この司会者の下着の色は……黒だ!!!」
「「「「ウオーーーーーーーッ!!!!!」」」」
「やりやがった!あいつ、やりやがった!!」
「おい!おれはこいつが一位でもいいぜ!」
「あぁ!俺はもう悔いはねぇぜ!!」
女性陣からの軽蔑の視線をものともせず、ミラカラルは紳士一同から歓声を受けている。
正直、こんな素晴らしい魔法を出されてエリフさんに勝ち目があるのか不安になってきた。
「次!次次次!!2番!フロード!」
「は、はい」
「ん?あの人って…」
協会の人とダンジョンの調査をするときにいた、フード被ってた人じゃないか?
「わ、私の魔法は、ケモ耳が生える魔法です」
フードを貫通してぴょこん、とケモ耳が生える。
「カワイイ!」
「カワイイ!」
「いいね!」
あぁ、この人たちもう賢者タイムに入ってるな。
その後も、テンションは変わることなく、残すはエリフさんのみになった。
「えー、最後、エリフ」
「どうも」
「やっと終わりか…」
「早く帰りたいぜ」
ミラカラルは勝ち誇ったニヤニヤ顔でエリフさんを見ている。
腹が立つが、正直僕もエリフさんがどうやって勝つのかわからない。
「私の魔法は、対象が昨日着けていた下着が上下ともわかる魔法です」
その瞬間、会場の空気が張り詰める。
そこにいる男どもは、そこまでいってイイんですか!?という顔をしている。
「この人が昨日着けていたのは…」
「エッ?ちょ、ま」
「着けていない……!?」
「エッ?」
「えっ?」
「エッ?」
えっ?
『えぇーーーーーーーー!?!!!?』
「がっ!ちょっ!まっ、マリマちゃん?!?」
「うっっっそだろぉ!!!」
「やぁったぁ!!」
「きたきたきたきたきたきたきたきたきたきたきたきたぁっ!!!」
紳士共大興奮、司会者は顔を真っ赤にしながらステージ裏に逃げ込んでしまった。
「あっ!マリマちゃん逃げた!!優勝がわからないぞ!」
「もう決まってんだろ!!」
「「「優勝おめでとーーーー!!!」」」
「エリフ!!」
「エリフ!!」
「エリフ!!」
「エリフ!!」
「エリフ!!」
「うるさぁーーーーい!!!!」
ミラクルマンがステージに立つ。
ギリギリと歯を食いしばってエリフさんを睨む。
その手にはギラギラにデコられた杖が握られている。
「エリフ!私と決闘しろ!!」
「いいですよ」
「決闘!?」
「決闘だ!!」
「大丈夫なんですか!?エリフさん戦えるんですか!?」
「まぁ、大丈夫だろ」
「でもあいつの攻撃魔法やばいですよ!」
「大丈夫だよ、エリフは強いから」
「えぇ?!」
「まぁ見てな」
「くらえ!ギギガぎゃっ!」
「噛んだ!?」
「これが私の、大事なセリフで噛んでしまう魔法です」
「くっ!ならば声を出さずとも!ごぁっ!!」
「足を挫いた!?」
「これが私の、第一歩目で必ず足を挫く魔法です」
「〜〜〜〜ッ!!」
ミラカラルが手を広げると巨大な魔法陣が瞬時に展開された。
魔法陣は光を増していき、今にも爆発してしまいそうだ。
「魔法陣!?」
「ここも巻き込まれるぞ!?」
「死ねっ!!」
「そしてこれが!!」
激しい爆発と土埃、巻き込まれた僕たちはバリアによって守られていた。
「まったく、強い魔力を感じたから来てみれば、こんなことになっているとは」
そう言いながら、空からノウさんが降りてきた。
どうやら、ノウさんが僕たちを守ってくれたらしい。
「の、ノウさん……エリフさんは?」
「ほら、決着はすでについたようだよ」
土埃の中には、ただ1人、勝者となったエリフさんが立っていた。
「エリフさん?勝ったんですか…?」
「な、ぜ…お前のような劣等に……!この私が…!」
「言ってませんでしたか?私の母、呪術師なんです。私は私を敵対視する人が私に向ける感情の分、私の魔力が高くなる呪いを持ってるんです。あなた達のようなレイシストが私を劣等と呼ぶ限り、私は負けないんです。あなたのような人に勝てるんならいくらでも劣等と呼ばれますよ」
「く……そ…!」
辛うじて立っていたミラカラルは糸が切れたように地面に倒れ込んだ。
「ふむ、彼は出禁だな。怪我人は私の元へ来てくれ、治療しよう」
結局、事態はノウさんの迅速なフォローによって収束した。
戻ってきたエリフさんの顔は心なしか晴々とした表情だった。
「良かったですね」
「まぁ、スッキリしました」
「ここにいたら、あいつがまたイチャモンつけそうだから、今日中に発つか」
「あ、待ってくれ」
「なんです?ノウさん」
「君たちに依頼が来ているよ
「え!?」
「君たちの功績を遠方の友人に伝えたんだ。是非とも依頼がしたいと返事が返ってきたよ」
「場所は?」
「亜人の街、デミュール。馬車を手配しておいた」
「亜人か……」
「亜人ですか、会ったことないなぁ」
「トラン、平気か?」
「何がですか?」
「いや、なんでもない。じゃあ行くか!」
「は、はいっ!」
「あ、トラン君、待ってくれ」
「はい?」
「先行ってるぞー」
「はい。なんですか?」
「レスキュー隊に感謝をするとともに、君個人にも感謝している。これは心ばかりのお礼だ」
「これは、手甲?」
「そうだ、手首部分の裏に、隠密魔法陣を刻んでいる。君の魔力量だと、一回だけ消えることができるはずだ。再使用まで3時間ぐらいはかかる」
「わぁ…!ありがとうございます!!」
「あぁ、この先も頑張ってくれ」
「はい!では!」
手甲を身につけて、ドンさんの背中を追いかける。
手甲から暖かさと頼もしさとほんのちょっとのこそばゆさを感じた。