3番目くらいになりたくない状態異常
「なにチンタラしてるんですか!さあ行きますよ!」
冒険、この言葉に心を震わせない男はほとんどいないだろう。
そしてダンジョン、この言葉に心を震わせない男もほとんどいないだろう。
恐ろしい魔物や危険なトラップ渦巻くダンジョンで宝を手に入れるためハラハラドキドキの冒険を繰り広げる、聞けば誰もが憧れる、もちろん僕も憧れた。
危険とは程遠い僕の故郷に別れを告げ、ダンジョンで賑わう街メイリルに辿り着き、ダンジョンに挑んだ。
記念すべき冒険者としての第一歩、それは同時に最後の一歩となった。
「あ、ムリだ」
一歩目に感じた異様な気持ち悪さ、このまま進めばお前の命はないぞと誰かに告げられたような気がして、僕は慌てて逃げ出した。
周りの冒険者がなんだコイツみたいな視線を向けてきていたがどうでもよかった、僕は命からがら宿に逃げ帰り、布団にくるまってこれからのことを考えた。
このままおめおめと故郷に逃げ帰るようじゃ末代までの恥、でもお金を稼がないと宿賃を払えなくなる。
親と友人にダンジョンに潜ると言った以上、ダンジョンに潜るような仕事をしたい、ダンジョンで行商人でもやろうか、いやでも行商のノウハウは僕には無い、どうしよう?
そんなこんなで悩み続けて3日間、ある張り紙を見つけた。
「ダンジョン……レスキュー?」
初心者歓迎!入隊者募集中!ダンジョンで動けなくなった冒険者を救助するお仕事です。給料は救助した冒険者の稼ぎの50%ベテラン3人が補助しますので安全にお仕事ができます。応募者はロイの酒場のバツ印のついた椅子にお座りください。
「50%、へえ!」
ダンジョンの冒険者が一回の冒険で稼ぐお金は農民の一生分の稼ぎの約3倍に匹敵すると言われている。 これが50%も貰えるのだ、まず文句はない、その上初心者歓迎、僕は迷わず応募することにした。
冒険者御用達の酒場の指定席で人を待つ、冒険者達は冒険を始める前にこの酒場に寄って計画を立て、そして冒険が終わった後もここに寄り祝杯をあげる。
憧れるなぁ、まあそれをする前に冒険者辞めたんだけど。
「あんた、席を間違えちゃいないか?」
「え?」
「ここは、うちのチームの応募席なんだ。もしあんたがその気が無いのなら、どいてくれないか?」
「え、その気がありますけど」
「だろ?その気がないってんなら…エッ?」
「僕、応募者です」
「ほっ、ホントか!ちょ、ちょっと待っててくれ!」
男はドタドタと走って外に出たかと思うと、2人の男を連れてきた。もしかして、この3人がベテランの人たちなのだろうか。
「ほんとにいた」
「な?だから言っただろ、ほんのちょっとの可能性にかけてみるべきだって!」
「信じられませんね」
え、もしかしてこの仕事って人気ない?
「おっとすまねぇ、まずは自己紹介からだな。俺の名はドン、ドワーフと人のハーフだ。よろしく」
差し出された手を握るとドワーフらしいごつごつしてがっしりとした手の感触が伝わってくる。
背は低いががっしりとした体つき、だがドワーフの特徴である剛毛は生えておらず、かわりにサラサラとした髪が生えている。
「ぼくは大西 良介。鬼と人のハーフ、どうぞよろしく」
「オーニシ、りよう、ん?」
「あはは、やっぱり発音しにくいよね、オーニシでいいよ」
オーニシ、変わった名前だ。それにオニ?ってなんだ?
「あの、オニってなんですか?種族名?」
「あぁ、鬼はここで言う……なんだっけ?」
「オーガだよ、オーガ」
「そうそう、オーガ」
「へぇ、オーガ…!」
オーガと言えばツノが生えててすごく力が強い種族って聞いたことがある。
確かにこの人、優しい顔に反してすごく体が大きい、ツノが生えていないのはハーフだからだろうか。 ていうかハーフが多いな。
「私はエルフと人のハーフで、エリフと申します。よろしくお願いします」
この人もハーフなのか、よく見ると一般的なエルフより耳が短い……気がする。
というか名前ややこしいな。
「あなた今、私の名前がややこしいと考えましたね」
「えっ!?あ、いや、そんな」
「私の魔法でお見通しですよ」
「す、すいません、考えました」
「でしょう」
「すごいですね、心を読む魔法なんですか」
「いえ、相手が考えそうなことを予め予想しておいて、もし相手が自分の予想したことを考えた場合、それがわかる魔法です」
「…………」
すごいけど欲しいかって言われたら微妙な魔法だ
「あなた今すごいけど欲しいかと言われたら微妙な魔法だと思いましたね」
「うっ!」
もう余計なこと考えないようにしよう……
「こっちの自己紹介は済んだな、んじゃ今度はあんたの番だ」
「えっと、僕の名前はトランです。トラン ハイランダー」
「かっこいい名前だね」
「はは、名前負けしてますけどね。実を言うと僕もハーフなんです、ハーフリングと人の」
「「「ハーフリング?」」」
「あぁホビットのことか」
「小人のことかな?」
「ハーフフットのことですか」
「まぁ、全部一緒ですね」
毎回こうなるんだよなぁ。
「まぁいいや、同じハーフ同士仲良くしようや」
「採用ってことですか?」
「そんなもんここに来た時点で採用だ。うちは人手不足だからな」
「あの、もしかしなくてもこの仕事って人気ないですか?」
「そりゃそうだろ、ダンジョン潜って人助けるよりも金助けたほうがいいだろ」
確かに
「こういう仕事してるやつは、ダンジョンの稼ぎが欲しいけど実力のないやつとかだしな。他種族とのハーフってのはその種族に比べて力が劣っていることが多い、だから俺たちはこの仕事に就いたってわけだ。あんたもそういう口だろ、ん?」
「えーと…その」
仕方なくこれまでの経緯を説明した。
「ははははははは!そりゃあいい!あんたこの仕事向いてるぜ」
「ほ、本当ですか?」
「そうですね、臆病なのは生存本能が強いということですから」
「自分の身は自分で守らないといけない仕事だから、ほんとに向いてると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「うちはちょうどあんたみたいな小柄ですばしっこそうな人材が欲しかったんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、俺がトラップの解除、エリフが魔法でのサポート、そしてオーニシが力仕事を担当している。あんたには偵察を頼みたい」
「は、はいっ!頑張ります!」
「よし、それじゃあお手並み拝見といこうか」
「え?」
「実はな、これから仕事なんだ」
「え?」
「これから仕事に行くって時に、この人が応募者がいないか確認したいと言うからここに寄ったんです」
「え?」
「で、運良く君がいたんだ」
「え?」
「そういうこった。じゃあ早速初仕事といこうか!」
「え?!」
当然非力な僕がドワーフの力に敵う筈もなく、ずるずるとダンジョン前まで引きずられた。
「よし、着いたぞ」
3日ぶりに見たダンジョンは相変わらずその地獄への大口を開けている、僕みたいなチビは飲み込まれてすぐさま消化されてしまいそうだ。
で、そんな場所に説明も装備もなく連れてこられたわけなんだけど。
「え、本当に入るんですか?!僕説明受けてないし、装備もないですよ!?」
「大丈夫!説明はダンジョンを進みながらするし、装備はエリフの魔法道具さえ持っておけばいい」
そうやってポケットに道具を詰め込まれる。
でもこの人の魔法かぁ、不安だ。
「今あなた、この人の魔法かぁとか考えましたね」
「すいません!でも不安なんです!」
「しょうがねぇなぁ、ちょっと耳貸しな」
「はい?」
「ここはな、罠やカラクリのダンジョンなんだよ」
「尚更やばいじゃないですか!?」
「まあ聞けよ、でな、未発見のトラップも多いわけだ。つまり男の大好きなムフフなトラップがあるかもしれん」
「!?」
「そして今回の要救助者は女性だ」
「なにチンタラしてるんですか!さあ行きますよ!」
「単純だな」
「単細胞ですね」
「欲望に忠実だね」
薄暗いダンジョンをずんずんと進む。
僕のイメージしたダンジョンと違って綺麗に石で舗装されている。
「僕、ダンジョンってもっと土っぽくてジメジメしてるイメージでした」
「あぁ、ここトラップダンジョンだしな」
「ダンジョンにも種類があるんですか」
「そりゃあるさ、ここはな、大昔の金持ちが自分の財産を盗まれないようにつくったダンジョンだ。だからトラップだとか魔法生物が多い」
「人が作ったダンジョンなんですね、他にはどんなのがあるんですか?」
「自然発生型のダンジョンとか、悪魔のダンジョンとか、細かく分類したら途方もない数あるな」
「へえー、知らなかったなあ」
「あっ、おい待て!」
「へ?」
突然の呼び声に体を硬直させる。
踏み出そうとした足のすぐ下には怪しげなでっぱりが見える。
「危なかったですね」
「これが、トラップなんですか?」
「あぁ、踏んだらワオ!だ」
「Wow!?」
想像つかないけど想像したくない…!
「ま、あんた軽そうだから作動しなかったかもな。待ってな、解除しとくから」
そう言うとドンさんは懐から大量の道具を取り出し、作業を始めた。
暗い中、細かい作業を黙々と続けている。
「すごい、薄暗いのによくできますね」
「ドワーフは元々洞窟で暮らしている種族だから暗闇でもよく目が見えるんだ。それに、ドワーフにしか作れないような工芸品があるほど手先が器用なんだよ」
「だからトラップにも気付けるし、解除とかもできるんですね」
「よし、オッケーだ。行こう!」
苦難を乗り越えダンジョンの奥へと進む、冒険者らしいその行為に胸を踊らせながら僕はダンジョンの暗闇に呑まれて行った。
しばらくして……
ダンジョンに入ってからどれほど時間が経っただろうか、僕たちはようやく第二階層に来た。
「42分ですね」
「あ、ハイ、どうも」
それも読まれてるのか、凄いなこの人。
「というか、メチャクチャ時間かかりましたね」
「うん、道中の罠全部解除したもんね」
「全部で18個だったな」
「他の冒険者が解除とかしないもんなんですか?」
「ん?あぁ、ダンジョンは基本的に一定周期でリセットされるんだよ」
「え?なんでですか?」
「理由は様々ですけど、ここの場合解除された罠が再度動作するように魔法がかけてあるんです」
「どんな魔法なんですか?」
「魔法で状況を保存して、任意のタイミングでその状況に戻す、一種の時間魔法ですね。このダンジョンでは3日ごとにリセットされるよう魔法が組まれてます」
「なるほど、大体わかりました」
「平たく言えばセーブとロードです」
「完璧に分かりました!!」
魔法って凄いんだな、僕にも使えたらよかったのになぁ、ていうかそもそも武器が使えるかどうかも怪しいし、最初にここに踏み込もうとした時に持っていたブロンズソード、振り回せる気がしなかったもんな。 よくこれで冒険者目指そうとしたよな、僕。
今から魔法を習得できないかな…
カチッ
「ん?」
「お?」
「あ」
「えっ!?なんかヤバいの踏みましたか?!」
「あぁ、だいじょぶだいじょぶ、ここの罠は確か作動しなかったはず」
「そう、なんですか?」
「そうだ。ここの罠は元々作動すると爆発する罠だったんだが、誰か1人でも引っかかると瓦礫が通路を塞いで通れなくなって面倒だから作動しないように解除されたんだよ」
「でも、解除してもリセットされるんじゃないですか?」
「他の魔術師が解除された状態でセーブの上書きをしたんですよ」
「そんなこともできるんですか、じゃあ、ここのダンジョンの罠全部を上書きすれば良いじゃないですか」
「セーブスロットには限りがありますし、それに難しい魔法だからできる人も限られるんですよ」
「なるほど」
「ていうか、宝にその魔法かけてりゃ盗まれねぇんじゃねぇか?」
「確かに!」
「それ、本人も取り出せなくなるんじゃない?」
「あ……」
「頭いいな、オーニシ」
「まあ、罠が解除されてるなら安心して進めますね」
「でも気をつけろよ?浅い階層でも未発見の罠とかザラにあるしな」
「そうだね、ベテランの冒険者でも引っかかる場合があるからね」」
「あれ、トランさん?」
「オアーーーーッ!!」
気づいた時には床に暗闇が広がり、立つべき地面を見失った僕は、手足をばたつかせながら真っ逆さまに落ちて行く。
頭の中に様々な映像が流れる。
初めて乳歯が抜けた時のこと、蝶の蛹を何も知らずに割ってしまった時のこと、レアな形をしたお菓子を姉に自慢したら食べられた時のこと。
「走馬灯がショボいなぁ!グェッ!」
体中に痛みが走る。
僕がまともな冒険者であれば着地なり受け身なりができただろうが、残念ながらここにいるのは痛みに呻き声を漏らすことしかできない貧弱な存在だ。
永遠にも思えるような痛みを乗り越え、立ち上がって辺りを見渡す。
かろうじて自分の手が見えるくらいの薄暗さ、迂闊に行動したら別のトラップが作動しそうだ。せめて明かりがあれば…
「あっそうだ」
そういえばエリフさんの魔法道具を貰ってたんだった、壊れてないといいけど。
ポケットを探って役に立ちそうなものを探す、ポケットの中には道具が3つ入っていた。
そのうちの一つにスイッチのような突起物がついている、一縷の望みを賭けて押してみる。
「お!おお?」
明かりはついたが、光が弱い。常夜灯レベルだ。
いやまぁ無いよりかはマシだけど、微妙だ。
辛うじて見える壁伝いに移動する。
部屋は思ったより狭い、落とし穴専用の部屋なんだろうか。
も、もしかしてこのまま餓死するのではなかろうか、いやでもきっとドンさんたちが見つけて…くれるかなぁ?
「ん?」
足先に何か当たる、感触からして石?みたいだ。
屈んで頼りない明かりを恐る恐る近づける。
材質は石だが、手触りは滑らか、彫刻か何かだろうか?持ち上げるとずしりと重い。
「ん?」
よく見たら靴のようなものを履いている。
なるほど足か、これ。しかも女性の足だ。
よくできてるなぁ、ふくらはぎの曲線とかすごいぞ、もしかしたら価値のあるものなのかもしれない、足があるってことはそれ以外のパーツもあるよな。もしかしたら僕の落下の衝撃で倒れて壊れたのかもしれない、だとしたら悪いことしたなぁ。
しかし本当に凄いぞ、靴の造形なんか石とは思えな……ん?
「石じゃない……」
瞬間、脳内に思い浮かぶ一つの可能性。
人が石になるという、僕が3番目くらいになりたくない状態異常、その被害者の足を今持っている。
震えと冷や汗が止まらない、石を手放すか、意識を手放すか、もしくはその両方か。
このままだと僕もこうなってしまうのではないか? 不安が頭を駆け巡る、やばい視界がぐるぐるしてきた。
ゴシャッ
「え?」
石が砕ける音がする。
だが自分の手はまだ石を握っている。
音の聞こえる方へ向くと壁が壊されており、その奥にはオーニシさんが立っていた。
「お、オーニシ…さん?」
「よかったぁ、無事だったんだね!」
その笑顔を見ると体から力が抜け、へたり込んでしまった。
「な、なんでこの場所がわかったんですか?」
「ん?あぁ、これのおかげさ」
ドンさんの手には水晶が埋め込まれた石が握られている。
「これな、探している人が同じ階層にいると光るんだ。で、近づくにつれて光が強くなる。お前も持ってるんだけどな。使い方教えてなかったっけ」
ポケットから取り出すと確かに光っていた。めちゃくちゃ光弱いけど。
「教えてもらってませんよそんなの」
「あはは、そりゃすまなんだ。ところでお前何持ってるんだ?」
「おそらく、石化した人の足です」
「なんだって!?じゃあ早くパーツ探さねぇと!おいエリフ、光くれ!」
「わかりました」
エリフさんの手から光の球が出る。
蝋燭くらいの明るさをした光の球はふよふよと部屋の中を漂い始める。
照らされた部屋の中には、たくさんの石が転がっていた。
しばらくして……
「よし、これで全部か」
バラバラのパーツを全て集め、元の形になるよう並べる。顔は驚きと苦悶の表情を浮かべている。
「ん?この顔は…」
「知り合いですか?」
「エリフ、照合してくれ」
エリフさんは石像の顔に手を当て、目を瞑る。
「どうだ?」
「間違いありません。要救助者です」
「やっぱりそうか、おい急ぐぞ!」
ドンさんは石像を風呂敷に包み、部屋を出て走り始めた。
エリフさんとオーニシさんはドンさんに追従し、反応が遅れた僕は慌てて追いかける。
見かけの割に足が速い三人を必死に追いかける。
「こっちだ!早くしろ!」
3人は扉を開けて部屋に入る。
遅れて僕も部屋に飛び込む。
心臓が痛い、足の速さには自信があったんだけどな。
そう思いながら顔を上げると、そこはトイレだった。
「トイレ!?」
困惑している僕を尻目にドンさんは開けた扉を閉め、また開ける。
すると、そこはロイの酒場だった。
薄暗いダンジョンから一変して、明るく賑やかな酒場になっている。
酒場にいた冒険者のほとんどが驚いた顔をしていたし、僕も驚いている。
「ロイ、急患だ!」
「症状は?」
「石化だ!」
素早いやり取りと共に2人は酒場の奥へ入っていった。
理解が追いつかない僕はトイレの前で呆然と立っている。
「トイ…え?なんで?」
目まぐるしい景色の変化にまだ目が驚いている。
トイレに入って開けたら酒場?意味がわからない。
「彼の魔法だよ、転移術ってやつ」
疲れた顔をしたオーニシさんが教えてくれた。
転移術、いわゆるテレポートってやつ。
微妙な魔法しか使えないのかと思ってたけど、すごい魔法もあるんじゃないか。
「転移するのに開閉可能な扉が必要なのと、転移先が指定した場所近くのトイレにしか転移できませんがね」
涼しい顔をしたエリフさんが少し引き攣った声で答える。
いや、十分凄いな、僕なんか足元にも及ばない。
しばらく待っていると、汗でびっしょりになったドンさんが帰ってきた。
汗を拭きながら椅子にどっかと座る。
「どう、なったんですか?」
「ん?あぁ、何とかなった。今はロイに様子を見てもらってる」
「よ、良かったぁ〜」
「危ないところだったよ、後一歩遅れていたら完璧に石化していた」
奥から酒場のマスターが出てきて言う。
「あの、完璧に石化ってどういうことですか?」
「あぁ、彼女の石化は石化毒によるものでね、左手首に咬み跡がついていた。石化毒の場合、体の表面からじわじわと固まっていって、最終的には内部まで完璧に石化するんだ。こうなると助けるのにだいぶ手間がかかる」
「ヒェッ、ど、どうやって治すんですか?」
「完璧な石化の場合、一番手っ取り早いのは魔法だけど、治すのには技術がいる。だから薬草とか薬を塗って治すのが一般的かな。その場合、早くて一週間、遅くて一ヶ月はかかるね」
「じゃあ、進行中の石化の場合は?」
「これを使うのさ」
机にゴトリと注射器のようなものが置かれる。
ただ、普通の注射器と比べてかなり大きく、この上なく針が頑丈で鋭い。
「これが…重っ!?」
「これを使って体の内部の石化してる部分としていない部分の隙間に薬を注入する、成功すれば1時間とかからず石化が治るよ」
「よくできましたね、そんなこと」
「やったのは僕じゃない、ドンがやったんだよ。こんな事、並のドワーフじゃできないね」
視線を向けると、ドンさんは恥ずかしそうな顔で頭を掻いている。
戻ってきたドンさんが汗でびっしょりだったのも頷ける。
石化してる部分としてない部分の隙間にあんな重い物を打ち込むだなんて、僕だったら100億%失敗する。
「俺なんか褒めなくていいんだよ。褒めるべきは発見者のトランだろ」
「え?」
「そうですね、トランさんが見つけなかったら間に合わなかったかもしれませんからね」
「初仕事でお手柄だなんて、凄いよ」
「あ、いや、そんな…」
そんなことないですよ、と言おうとしたが、込み上がった感情が僕の喉を詰まらせる。
冒険者らしいことができたこと、人の命を助けることができたこと、皆んなに褒められたこと、雪崩れ込む感情が目から溢れ出てきた。
「よーし、仕事の成功と、新たなメンバーの加入を祝って、乾杯だ!ロイ、酒持ってきてくれ!」
「はいはい」
「ほら、トラン君、顔拭いて」
「ありがどうございまず」
「ほら、お酒きましたよ」
お酒が並々と注がれたジョッキを掲げ。
僕が憧れ、待ち望んだ瞬間がやってきた。
「「「「乾杯!!」」」」
ジョッキがぶつかる音、溢れるほどの酒、この先何が起こるか分からないが、今の僕にはこれで十分だった。