二人が去った会議室では~佐久間視点~
時を少し遡る。
佐久間は、松永大佐と星崎がドアの向こうへ去った事を確認してから口を開いた。
「諸君。感想を述べてくれ」
「松永以外に手綱が握れそうにないガキ」「愛想が無い、過剰防衛癖が在る」「言動がさり気無く鬼畜過ぎて、何と言えば良いのか分からない」「毒を吐き過ぎ」「大人しそうな見た目なのに、喋るとキツ過ぎて引く」「セクハラの受け過ぎが原因だとしても、アレは無い」「松永には頑張って手綱を握って貰わないとだな」
先に感想を述べたのは、数名の男性陣だった。最後に他力本願な事を言ったのは、工藤中将だった。
再生された音声データに出て来た『なよっとしたヘタレもやし』が何を指すのか佐久間には想像出来ない。確かに工藤中将の体格は痩身中背だが、軍人なので相応の筋力は保有しているし、ナイフを使用した格闘戦も得意としている。
寧ろ、格闘戦を不得手とするのは運動音痴の佐久間の方だ。日本防衛隊の『事務職』を目指したのに、ある日の出会いが原因で国連防衛軍の艦長育成コースに飛ばされ『首から上しか使えない』と酷評を受けて数十年。気づけば日本支部長の椅子に座っている。
余り知られていないが、佐久間の右目は生まれつき見えない、身体的なハンデが存在する。成人してから義眼にしたので常人と変わらないが、隠す為にサングラスを四六時中掛けている。片目だけで仕事が出来そうな事務職を選んだのに、どうしてこうなったのか。生涯を掛けても、謎は解けないだろう。
「支部長! 星崎の感想よりも、爛れた猿の元上官の沙汰を決める方が先です!」
女性将官の一人が挙手してそんな発言をした。残りの女性陣も頷いて同意を示し、高橋大佐の顔が青くなる。
「いやいや、落ち着きなさい。熊を用意する事は出来ないし、月面基地駐在交代要員の高橋大佐が使えなくなるのは困る。明日、星崎に別案を聞くからね。認識を一致させる為にも、今は、今だけは、感想を言ってくれ」
『ちっ』
「音声データにも在ったけど、不服の舌打ちは私に聞こえないようにしてね? それから、草薙中佐。使わない警棒を握り締めるんじゃない。仕舞いなさい。高橋大佐を威嚇するんじゃない。他の女性陣も野次を飛ばすんじゃない!」
佐久間は幼子に言うように、低い声音で舌打ちを零した女性陣を宥めに掛かった。特に、伸縮式の警棒を握り締めている草薙中佐を名指しして『警棒を仕舞え』と言い聞かせる。
男性陣は目を逸らして、女性陣が落ち着くのを待った。
そんな中、空気を読まずに挙手したものが出た。いや、あえて空気を読んだと言うべきか。
挙手したのは男女の性別を超えた神崎少佐だった。
「支部長。あたくしから感想を述べても良いでしょうか?」
「構わないぞ。星崎の性格把握の為にも、言ってくれ」
「暴力に訴える癖を持っているようだから、狙って良い急所と、狙ってはいけない急所を教えるべきだと思います」
「……そう言えば、風呂を覗いた教官を、洗面器で気絶するまで殴っていたな」
忘れていた事を思い出して、佐久間は内心で『どうしよっかなー』と丸投げしたい気分になった。
「でも、元々、別件で呼び出していたからな。高橋大佐の体を見本代わりにしても良いけど、やるなら来月の定例会議後だな」
「支部長! 俺を何だと思っているんですか!?」「支部長! 遅すぎです!」
「どっちにしろ、高橋大佐の沙汰を決めるのは明日だ。本人不在で決める事になるが、精神的な負担が少ないものになるように、努力『だけは』する」
佐久間は途中で上がった声を無視して、話を切り上げた。
「さて、明日の午後にシミュレーターの対戦と実機での模擬戦のどちらかを計画している。見学は受け付けるが、相手役は佐々木中佐と井上中佐のどちらかに頼む予定だ。他からは受け付けん。それから、佐藤大佐は明日の八時から十八時まで、書類仕事と食事休憩以外の行動を禁止する。隊舎からも出ない事。部下と他の手を借りずに一人で仕事をしなさい」
「支部長。何故、俺だけ名指しで禁止命令が出るのですか?」
「明日一日で、溜まっている書類の八割が終わるようだったら、明後日の模擬戦の相手をして貰おうと思ったんだが、嫌かね?」
「……前向きに検討します」
佐藤大佐の返答を聞き、佐久間は『出来ないんだな』と判断した。流石、書類仕事が嫌で昇進を拒み、大尉でいる事を選んだ男だ。佐藤大佐が腕を組んで渋面で黙り込んだ。その時、佐久間の視界の隅で挙手して発言の許可を求めた人物が出た。童顔で線が細く小動物を思わせる人物だが、本人の身長は百八十センチと長身なので、小柄な印象は無い。
「支部長。俺と佐々木のどちらかで、星崎の相手を務めるのですか?」
「そうだ。井上中佐、交代にするか?」
「出来る事ならそうして欲しいです」
「ふむ。佐々木中佐はどう思う?」
「俺も同意見です。シミュレーターの対戦にしろ、模擬戦にしろ、操縦訓練の時間は欲しいです」
「そうか」
井上中佐の隣に座る、老け顔の佐々木中佐からの意見を聞き、佐久間は少し考えた。訓練時間が欲しいと言うのは、書類仕事に追われて個人の訓練時間が取れていないとも取れる。佐々木中佐も書類仕事を苦手としているが、佐藤大佐のように部下に押し付けるような事はせずに、一人で頑張って処理している。佐藤大佐に佐々木中佐の爪の垢を煎じて飲ませたい頑張り振りだ。
ちなみに、この二人は訓練学校の卒業生で同期だ。井上中佐が二十代後半、佐々木中佐は四十代半ばに見えるけど、二人揃って三十五歳だ。
「支部長! そこの童顔老け顔コンビの意見を聞き入れるんだったら、俺にやらせて下さい!」
佐久間の決断を待たずに、高橋大佐が挙手と同時に要望を口にした。室内にいるほぼ全員から、冷めた視線が高橋大佐に集中するも、何故か必死な形相をしている本人は気づきもしない。そんな状態の高橋大佐の思惑を見て察した佐久間が、彼に返す言葉は一つだ。
「却下だ。星崎に模擬戦を挑んで負かせて、『何でもする』の撤回を『認めさせそう』だし」
「そんなぁ……」
却下を受けて気力を無くしたのか、高橋大佐はテーブルに突っ伏した。そのまま動かなくなったが、進行に問題は無いので、佐久間は無視して話を進めた。
そして、明日に関する細かい通達をしてから、佐久間は今度こそ、参加者達を会議室から帰らせた。
なお、署名の巻物は佐久間が持って帰った。色んな意味で重かった。