軌道衛星基地に到着、そして、出会う
到着した軌道衛星基地ツクヨミは、日本支部単独で保有する巨大な軍事基地で、日本支部の本部と言っても良い。
何が言いたいのかと言うと、とにかくデカくて広い基地なのだ。ここまで広大だと、先に地図アプリを支給品のスマホにインストールしていないと、迷子になるレベルだ。授業の一環でこれまで何回か来ているけど、基本的に正規兵しかいない場所なので、恐ろしく目立つ。独りだと猶更だ。正規兵は軍服に見えるデザインだけど、訓練生は学生服に見えるデザインのものを採用されている。スーツ格好の大人しかいない会社に、学生服を着た子供が混じっているような状況だから非常に浮く。一目で訓練生と判るから、迷子になっても近くの誰かに声を掛ければ、大人の対応をして貰える利点は在る。
専用機から降りる前に、ボストンバックから命令書の書類を取り出す。話し掛けて来る輩は、支部長からの命令書を見せて黙らせた方が早い。手元に来た時こそ『何で支部長から?』と思ったけど、煩い輩を黙らせる事が出来るのならどうでも良く感じる。
案内所で命令書を見せて、どこに行けば良いのか尋ねる。
命令書を見た案内人は怪訝そうな顔をしたが、問い合わせた結果本物だと知ると血相を変えた。そして、自分を上級士官向けの待合室に案内すると、逃げるように去った。不審な行動に、室内にいた面々からの視線を一身に集める。
……何なのだ、あの反応は? 命令書に不備は無かった筈。問い合わせてから血相を変えるって、何が起きたの?
疑問の答えは無い。端の方に大人しく座り、命令書を見直す。特に変な事は書かれていない。
何故と、首を傾げていると、自分のあとに待合室に入って来た男性将官の一人が『訓練生が何故ここにいる?』と声を掛けて来た。慌てて対応してから、『案内所で命令書を見せて、どこに行けば良いのか尋ねたら、ここに連れてこられた』と回答してから、支部長直々の命令書を見せる。
怪訝そうな顔をされるも、スマホを使って支部長に問い合わせを始め――ギョッとした顔になって『済まなかった』と口にしてからそそくさと待合室から去る。男性将官の謎の反応に、思わず目を点にする。
おい、何だ、その不安を煽る反応は?
周囲を見ると、男性将官の行動は不審なものだったのか。室内にいた誰もが怪訝なそうな顔をして、去ったドアを見つめていた。自分は興味を無くして早々に命令書に視線を落とす。
暫くして、待合室に新しく誰かがやって来た。新たに現れた人物を見て、室内にいたもの達からどよめきと小さな悲鳴が上がる。小さな悲鳴を聞いて顔を上げると、皆慌てて顔を背けた。室内にいた全員が階級に関係無く、一糸乱れぬ動きで目を逸らした。『完全に調教された動き』とも取れた。新しく入室して来た人物は、どれ程恐れられているのだろうか。
しかし皆が、一斉に顔を背けた対象は自分だった。ここで疑問が残る。訓練生の自分を見て、何故こんな行動を取るのか。
その答えはすぐに判明した。何故なら、新しく入室して来た人物は自分に近づいて来ていたからだ。
近づく足音に気づき、こちらに向かって来ている人物の顔を見る。
おかっぱに近い髪形の黒髪の、年齢不詳の男性。中性的で恐ろしく整った容貌をしている。美形が見慣れている自分でも驚くレベルの美貌だ。男性だけど。でも、周囲の反応を見るに『美形過ぎて怖れられている』感が有るな。でも、この男性の階級は大佐だ。自分から目を逸らしている人物の中には、将官階級の人もいる。
自身よりも上の階級の人に怖れられるって、ヤバいのか?
疑問の回答は無く、自分の傍にまでやって来たので慌てて立ち上がる。思っていた以上に背が高く、距離が近過ぎると、少し仰け反るようにしないと顔が見えない。自分と視線が合うと、僅かに目を眇められた。この男性大佐は、自分に用が有ったのか、命令書を見せるようにと言われた。手にしていた命令書を素直に渡す。
命令書に視線をとした男性大佐は、ぽつりと呟く。
「内容に不備無し。正しい命令書が届いていたか」
突っ込みどころしかない台詞が飛び出した。どう言う意味なのか、是非とも尋ねて見たい衝動に駆られるが我慢。
命令書を小脇に抱えた男性大佐は、自分と再び視線を合わせた。
「自己紹介がまだだったな。私は試験運用隊隊長の松永だ。階級は大佐だが、他にも色々とやっている」
「……訓練学校、柊学園中等部三年生、星崎佳永依です」
若干投げやりな自己紹介だった。自分は敬礼してから名乗った。
「不躾ですが、質問をしても宜しいでしょうか?」
「言わずとも分かる。十年振りの選抜クラス編入に当たり、授業内容を変更する必要が無いか、私のところで確認する事になった」
試験運用隊で、授業内容を見直すの? 普通の部隊じゃダメなの?
「事前説明をしても正規兵が受け入れるか、少々雲行きが怪しくなってしまった。こちらの都合による決定だ」
説明を聞いて何となく解った。面倒な軋轢、やっかみ、虐め、嫌がらせなどを警戒した――要するに、気を遣われている状況なのだ。大人が子供を虐めるのは外聞が悪いし、選抜クラスに編入出来る訓練生が『使いものにならなくなっては困る』意図も含まれるのだろう。
現に、室内にいる他の面々が聞き耳を立てて、『訓練生がいる理由』を探っている。移動せずに、今ここで言ったのも、彼らが勝手に情報を広めてくれる事を期待してなのかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます」
ここは、気遣いに礼を言うに限る。素直に頭を下げた。すると、松永大佐に不思議そうな顔をされてしまった。深読みし過ぎたかな?
「まぁいい。移動するぞ」
「はい」
言葉に応答を返して、先を歩く松永大佐の後ろを追う。歩幅が違うので、ちょっと小走りになってあとを追った。