それは吉報か、不穏な知らせか~佐久間視点~
七月一日。軌道衛星基地ツクヨミ、支部長室にて。
日本支部長の椅子に座る佐久間は、来年度の選抜クラス編入者の存在を知らせる書類を見て、思わず眉根を寄せた。
十年振りの吉報だが、対象となる生徒の事を知る身として、佐久間は素直に喜べなかった。
優秀なのは良い事だと、佐久間は思考を切り替えて、書類に添付された成績表などにも目を通して行き、とある訓練の成績結果を見て眉間を揉んだ。
どうするか悩み、次の定例会議で同意を得ようと決めた。
それから時間は過ぎて、毎月七日に行われる、七月の定例会議の最後。
佐久間は出席者たる、日本支部の幹部達に『来年度の選抜クラス編入者の扱い』に関する意見を求めた。
出席者達は皆一様に驚くも、佐久間が己の一存で『何かを決めている』と察したのか、必要な同意は何かと逆に質問した。
「私が欲しいのは意見だよ?」
「支部長。俺らが黒と言っても、支部長の鶴の一声で黒も白になるんですよ。支部長の腹の中で既に決まっているのに、今更になって議論も意見も要らんでしょ!」
佐久間に向かってそう言い放ったのは、思った事を口にするの工藤中将だ。佐久間が会議室内を見回すと、皆頷いている。そんな中、冷静なものが佐久間に問い掛ける。
「選抜クラス編入者の訓練生は、どんな生徒ですか?」
「中等部三年生の生徒だ。今日話題に出したのは、夏休み中にツクヨミに呼び寄せて、為人を見ようかと思っている。ついでに、とある成績が日本支部一だったから、倉庫で埃を被っている機体のテスト操縦をさせたい。これに関して意見が欲しい」
「ついでから先が本音ですか」
思惑を読み取られた佐久間は咳払いをして誤魔化す。
「んんっ、機体のテスト操縦をさせるから、夏休み期間中は試験運用隊――松永大佐の許に預けたいと思っている」
『……え?』
上がった困惑の声を無視して、佐久間は己の意見を言い、名を上げた人物を見る。中性的で恐ろしく整った容姿の男性が、火山が噴火している光景を背負い、更に噴火に伴う擬音を轟かせて、背筋が凍るような笑みを浮かべた。視線を逸らしたくなったけど、佐久間は我慢した。だって、会議のあとで行われる床正座の説教が怖いんだもん。
「佐久間支部長。私のところでなければならない理由は何でしょうか?」
大噴火している火山を背後に従えた松永大佐から質問が飛ぶ。噴火による噴石の被弾を避ける為か、他の幹部は松永大佐から目を逸らした。
「女子生徒で、性格にちょっと問題が有る」
佐久間の回答の女子生徒のところで、松永大佐は前髪から僅かに覗く眉根を寄せた。一方、周りの面々は『性格にちょっと問題が有る』の辺りで人選に納得した。
松永大佐が隊長と務める試験運用隊に、問題は無い。所属の隊員が極端に少なく、閉鎖的な環境である事から、他の部隊で問題を起こした隊員を一時的に預かる、所謂『問題児の性格矯正所』のような事を現在引き受けている。大体の問題を引き起こす隊員は男性だったから、このような状態になっている。女性だった場合、別の女性幹部達が行っている。女子生徒だが、抱えている問題を考えると松永大佐に預けるのが最良だと佐久間は判断している。
「ただし、シミュレーターの対戦成績は一年生の頃から、教官や最上級生と対戦しても完全無敗。更に、一年生の六月辺りから上級生とチームを組んでいる。加えて、座学総合平均は常に八十点台をキープしているな」
「マジですか!?」「ガチで優秀な訓練生じゃねぇか!」「教官とやっても負け無し!?」「い、一年の頃から!?」「嘘っしょ!?」
一部が興奮から驚きの声を上げる。
優秀なのは佐久間も認める。訓練学校の教官一同が選抜クラスの授業内容に頭を悩めた理由にも理解を示せる。卒業生を含む、過去のどの訓練生よりも優秀過ぎる事から、予定していた授業内容では『訓練にならない』と判断される程に。
「ただまぁ、チームメイトの人選に問題が有ってな。実力の釣り合わない生徒と組んで、ずっとフォロー役をやらされていた。それが原因かは不明だが、恐ろしくやる気が無く、自己評価が低い。やる事なす事は的確・最適・最良だが、どんな時でもマイペースに動く。そして教官に対して反抗的で、毒舌が酷いらしい」
『……』
興奮が冷める暴露情報を聞き、一同は沈黙した。噴石の飛来を警戒して、何人かは松永大佐をチラチラと見る。
本当はもう一つ、非常に大事な問題を抱えているが、佐久間は敢えて口にしなかった。一朝一夕でどうにかなる問題では無いからだ。あとで松永大佐にこっそりと教えて、対策を考えて貰う事になる。
「さぁ、皆の意見を出してくれ」
「不要ですね」
佐久間は格好を付けて両手を広げて発言した。しかし、松永大佐に一刀両断されてしまい、佐久間はしょんぼりと肩を落とす。
「本人に会って見なければ分からない事が多過ぎます。まぁ、私のところで預かる分には構いません。ですが、何のテストパイロットをさせるのかだけは、今ここで教えて下さい」
うっそりと笑みを浮かべた松永大佐は、その美貌と相まって魔王のような威圧感を放っている。佐久間も背中に思わず冷や汗を掻く迫力に、周囲は目を閉じる事で他人事扱いで回避を試みる事にしたのか、皆目を閉じている。佐久間が悩む振りをして黙ると、雷鳴の幻聴と共に松永大佐の威圧が強まった。精神的な危険を感じて、佐久間は口を開く。
「耐G訓練成績日本支部一だった事から、ガーベラのテストパイロットをさせようかと思っている」
このあとの会議は大いに荒れた。けれども、全員で一度本人を見る事で、意見が一致して終わった。
本人を召喚した日。想像以上の混乱が齎されるのだが、現時点で誰もそんな事は予想していなかった。