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モブキャラとして無難にやり過ごしたい~あの日、巻き込まれなかったら~  作者: 天原 重音
夏休み編

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14/15

緊急事態発生

 翌日の七月二十二日の午前中からの予定は前日の午後と変わらなかった。

 操縦訓練は佐々木中佐の『模擬戦をやれば判る』の一言で無くなり、シミュレーターすら触っていない。途中から模擬戦の相手は中佐コンビの他に、松永大佐と飯島大佐も混ざるようになった。変化はこれしかない。

 あ、そうそう。

 偶然再会した沢城先輩だが、あの日以降会っていない。『対戦しよう』とこちらに突撃して来るんじゃないかと思っていたのに、何だか拍子抜けする。一度だけ、松永大佐経由で飯島大佐に尋ねようとしたが、『向こうも訓練をしなくてはならないんだ。今は訓練に集中しろ』と言われてしまった。

 松永大佐が言うには、『正規兵の訓練内容は訓練学校の授業よりも厳しく、こちらに来る余裕は無い』と言われた。

 でもあの先輩、フルマラソンを完走した直後の疲労困憊状態でも、自分が暇だと判明するなりシミュレーターの対戦を申し込んで来たぞ。そんな先輩がこちらに来る余裕無し? 一体どんな訓練をしているの?

 松永大佐の言い分を聞き、首を傾げて沢城先輩絡みの過去の事例を挙げた。自分が挙げた事例を聞いた松永大佐は半目で口元が引き攣ると言う変な顔をした。

 たまたまやって来た飯島大佐にも沢城先輩について尋ねたが、松永大佐とほぼ同じ事を言われた。目を逸らしての発言だったので、反射的に『口裏合わせていませんか?』と言いそうになった。しかし、自分から目を逸らした飯島大佐の視線の先には松永大佐がおり、松永大佐は威圧感の有る笑顔を浮かべていた。『余計な事を言うな』と言わんばかりの笑顔だ。これ以上質問を重ねると面倒な事に発展しそうだ。

 ただ、沢城先輩には『署名の巻物が支部長の手に渡った事を女子の先輩に伝えて欲しい』と頼んでいる。その結果がどうなったのか知りたかった。

 飯島大佐に沢城先輩に頼んだ事を教えて、女子の先輩の反応がどうなったのか知りたいと訴えた。ありがたい事に、飯島大佐はその日の内に聞き取り調査を行い、夕食時に結果を教えてくれた。

 結論を言うと、女子一同は喜んだ。諸手を上げて喜んだらしい。それでも、間宮教官の渾名を広げる運動は止めないらしい。

 アレか? 虐められた側が死ぬまで怨むのと同じか? その辺は喪服淑女の会に所属する女性を見て同じ事思ったけど、向こうは名誉毀損とかにまで発展しているから違うか。



 時間は流れて七月二十六日。

 ツクヨミに来た日(二十日の夕方)から数えると、今日で七日目になるのか? 日数計算は変なところでややこしいな。

 今日の午前中も変わり映えしない模擬戦だ。

 午前の予定を消化し、お昼を食べて、食後のデザートに前夜に作って冷やしていたティラミス(購買部でマスカルポーネチーズを見つけたので作った)を食べた。流石に一人で食べていないよ。

『黒焦げになっていない菓子を始めて見た』と言った中佐コンビと松永大佐にも分けた。甘いものが苦手と言った飯島大佐は味見程度に食べたが、『これなら俺でも食えそうだ』と感想を零していた。松永大佐も少量食べているよ。

「菓子が普通に美味いって、凄い事なんだな……」

「毎回言っている気がするけど、佐々木と同意見だ。物体✕としか言いようの無いあの黒焦げは、どうやって作ったんだ?」

 中佐コンビが宇宙猫みたいな顔でティラミスを食べている。

 自分が作ったデザートを食べた二人の反応は毎回これだ。何時になったら止めるんだと思ったけど、二人から物体✕の中身を聞いて同情してしまったので、何かを思っても言うのは止めた。



 昼休憩が終わったら、午後の予定を消化する。中佐コンビは急ぎの仕事が発生したからいない。

 朝から夕方まで、ずっと模擬戦を行っている。一対一だから良いけど、これが二対一とかだったら、模擬戦が終わる度にため息を吐くところだった。

 未だに一度もガーベラを全速力で飛ばすようにと、指示も受けていないので、体への影響は無い。

 予備の機体が無い=追加の相手が不在=一対一のままで模擬戦続行。ただし、相手機のパイロットは交代制の注意書きが付く。

 松永大佐の発言を真実のままにする為か、この図式が成り立っている。

 エースパイロットを目指すような人からすると、贅沢な状況なのは解っている。

 でも、ワンオフ機を始めとした、この種類の専用機は『パイロットに合わせた調整』に時間が掛かる。

 自分が搭乗する機体を一から己の手で創った方が、別の意味で時間と費用が掛かっても、精神的にまだマシなんだよね。整備兵には悪いんだけどさ。

 模擬戦を四度行い、長めの休憩を挟んでから五度目の模擬戦を行う。

 松永大佐が乗るナスタチウムと代わり映えの無い模擬戦を行っていた時、警報音と共に空中ディスプレイが投影され、緊急連絡が表示された。慌てて操縦の手を止める。

 映し出された文字を読んで、目を見開いた自分は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「襲撃ぃ!?」

『司令室! 襲撃はどこからだ!!』

 驚きの余り変な声を上げた自分とは違い、松永大佐は声に焦りを滲ませるも司令室へ通信を繋いでいた。場数を踏んでいるからか、真っ先に取るべき行動が身についている。

 通信機からオペレーターの焦った声が漏れた。焦っているが、報告すべき報告だけは確りと行い、松永大佐とやり取りを行っている。

 訓練生の自分はサボらずに、松永大佐とオペレーターのやり取りを聞きながら周囲を警戒していた。手持ち無沙汰でこれしかやる事が無かった。緊急事態が発生した時に、訓練生が勝手な行動を取るのは良くない。

 松永大佐が乗るナスタチウムに背を向けて、ガーベラに搭載されているカメラを使い周囲を調べる。

 ……それにしても、こんな時に襲撃か。

 最悪の一言に尽きる。こんな時に発生しなくても良いのに。

 僅かに目を細めてため息を吐きそうになった時、視界の隅で何かが動いた。カメラを操作して拡大表示に切り替えて、動いている対象の詳細を見る。

 モニター画面上で徐々に大きくなる『それ』は、見た事の無い黒い機体だった。

 初めて見る機体だ。訓練学校の授業で見た映像の敵機とは、全く違う機体だ。

 敵か味方か不明だが、現時点で判明している事は、猛スピードでこちらに向かって来ている事だ。ガーベラに搭載されている通信機を操作して、未だに司令室と何やらやり取りをしている松永大佐に報告する。

「割り込み失礼します。松永大佐。ガーベラから見て十一時の方向より、所属不明の黒い機体が一機、こちらに向かっています。接敵まで、残り六十秒弱」

『何だとっ!?』

 通信機から聞こえた松永大佐の声は、どう聴いても『絶叫』としか言い表せなかった。それだけ、本気で驚いているんだろう。

 松永大佐が本気で驚くような機体。

 それは、数いる敵機の中でも――新型機の可能性が高い。

 技術の差が開いているのに、新型機までもが投入される。

 控えめに言って悪夢だが、唯一の救いは『敵機が遠距離攻撃用の武器らしきものを持っていない』事か。

 思っていた以上に敵機の速度は速く、接敵まで残り三十秒に修正した。

 模擬戦用に刃を潰した剣しか持っていない以上、実戦で使える武器は左肩の陽粒子砲のみ。ガーベラを操作して、敵機に向けて陽粒子砲を構えてチャージする。

『星崎!?』

 松永大佐が慌て始めたけど、残り二十秒弱で逃げる事は不可能だ。逃げると言っても、逃げる先がツクヨミである以上、逃げ場など無いに等しい。

 そもそも、軍人に敵前逃亡は許されない。

 運の良い事に、敵機は一機だけだ。この一機をどうにかして、ツクヨミへ武装交換と補給に戻れば良い。

 さて、狙いは外せない。

 ギリギリまで引き寄せて撃つしかない。

『星崎! 先に戻れ!』

「無理ですよ。先に接敵します」

 松永大佐の叫び声に対して、冷静に返してから引き金を引くタイミングを計る。

 ……五、四、三、二、一。

「っ!?」

 引き金を引こうとした瞬間、一直線に動いていた敵機が頭上へ移動した。移動速度が速いので、一瞬消えたように感じた。

 ――これはもうしょうがないな。

 内心で悪態を吐き『壊れないように』と祈ってから、直上に向かってガーベラを『全速力』で飛ばす。体に想像を超えた負荷が掛かるも、歯を食いしばって耐える。

 僅かな時間を空けて、コックピット内にまで衝撃が届いた。

「タックル、成功」

 上から両手に剣を持って下りて来るのなら、先にタックルをかまして距離を潰してしまおう。

 よくある手段だと思う。成功したからこの際どうでも良い。そのまま移動して、松永大佐から距離を取る。

 モニター画面一杯に敵機の頭部が写っている。

 左右から衝撃が交互に走り、敵機が全て無人機だった事を思い出す。

 速度を使って敵機を振り回すようにして離れて背後を取る。エンジン部分と思しきところにチャージしたままの陽粒子砲の砲門を押し付けたまま引き金を引き、即座に離れる。

 一拍の間をおいて、敵機は爆散した。

 残骸が宇宙空間を漂う。意外な事に、敵機が持っていた二振りの剣は原形を保ったままだった。素材が違うのか?

 撃破を確認してから、深く息を吐いた。

『星崎! 無茶をするな!』

 息を吐いた直後に響いた大声を聞いて、余り距離を取らなかったかと考えた。

 通信機から漏れた声より数秒遅れて、モニター画面に映ったナスタチウムは模擬戦用武装のままだった。応援では無い。恐らくが付くけど、松永大佐の機体だ。ツクヨミに戻らずに追い掛けて来たのか。

 合流するまでの時間で残された剣を観察しようとした時、再度警報音が鳴り響いた。

 周囲を確認すると、たった今、破壊した敵機の同型機がこちらに向かっている。しかも、三機で一組構成だ。松永大佐が乗るナスタチウムではなく、ガーベラに向かっている。一機を撃墜した事で、完全に最優先破壊対象と見做されたか。

 覚悟を決めてガーベラを操作し、残された剣を掴んだ。

「松永大佐! 装備を取って来て下さい!!」

 本来ならば、大佐階級の人には言ってはいけない台詞だ。

 けれど、この状況ではガーベラで敵機を引き付けて、その間に、松永大佐が乗るナスタチウムに装備を整えて来て貰うしかない。そうしないと二機一緒に撃墜されかねない。

『くそ。……応援要請を出す! 戻って来るまで撃墜されるなよ!』

 松永大佐は自分の考えを理解したのか。悪態を吐いた松永大佐が乗るナスタチウムの姿が遠のいて行く。その数秒後、通信機から応援が来ると連絡が入った。

 自分はその連絡を鍔迫り合った状態で聞く。勿論、返事を返す余裕は無い。

 三機に囲まれ、絶え間無く剣戟が襲い掛かって来る。敵機が銃火器系の武器を持っていない事だけが救いだ。剣のみの攻撃だけど、流石に三方向からの攻撃なので、全部を捌き切るのは厳しい。

 三機に囲まれたと判断した時に魔法で知覚を強化し、荒っぽい操縦を行ったので、どうにか対応だけは出来ている。ありがたい事に、ガーベラは自分の操縦に応えてくれた結果だ。

 このまま『早く応援来い』と思いながら、敵機の攻撃を捌いて行くしか撃墜されない手段は無い。

 敵機の総数は知らない。追加で何体来るのかも不明だ。

 燃料切れが起きる前に、ツクヨミに戻りたい。


 佐藤大佐が乗るナスタチウムの支援が到着したのは、追加の四体目を相手にしている時だった。


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