不穏な気配を感じる放課後
六月三十日。年末によく聞く、『お正月まであと何日? お正月になったら凧上げするんだ』って内容の童謡の調子で、夏休みまであと何日かを数える頃(残り二十日)になった放課後の職員室。他の教官達から『一番手か』みたいな視線を貰う。
星崎佳永依が所属する、チームメンバー全員がチーム専属教官の高城教官に呼び出された。
「チームの今後に関してだ。その前に、伊藤と小島は知っているだろうが、高等部の三年生は同学年で一年間チームを組む事が決まっている。そのチーム編成を決める為に九月、早くても七月から色々と行う」
神妙な顔をしていた高城教官はそこで一度言葉を切り、自分達五人を見た。伊藤と小島の理解度の確認だろう。
もったいつけずに、『チームの再編成を行う』と言えば済むのに。
自分は中等部の三年生だ。残りの二人は高等部一年生。再編成では無く『二人追加になるのかも』と、推測して興味を無くす。すると、高城教官が睨んで来た。
「星崎。話は最後まで聞け。言いたい事が有るのなら今聞くぞ」
「では、お言葉に甘えて発言します。『チームの再編成を行う』と言えば、時間の短縮になるのではありませんか?」
何も口にしていないのに、発言許可が下りた。自分の考えをそのまま発言すれば、チームメンバー四人がギョッとする。
「「「「はぁっ!?」」」」
「確かにそうだが、物事には順番と呼ぶものが存在し、前置きと言うものが必要な時も在る」
「チームの今後に関してと、わざわざ暈す必要が有るのですか?」
「それは……確かに無いが、心の準備と言うものがな」
「何時解散するか分からないチームなのに、心の準備って必要ですか? 指示と命令が暈して出て来る事自体無いと思います」
「それはそうだが、そうなんだけどっ、くっ、言い返せん!」
高城教官は額に青筋を浮かべて、地団駄を踏んで、悔しそうに肯定した。体育会系教師、高城教官は血涙を流さんばかりに悔しがっている。他の教官達が生暖かい目でこっちを見ている。その中の一人の教官が近づいて来て、高城教官の肩に腕を回して絡んだ。
「高城ー。ちったぁ、落ち着――ぐぇっ」
「……間宮。お前に絡まれたら落ち着いた。礼を言う」
高城教官に間宮と呼ばれた、脇腹を抱えて蹲るこの教官の見た目こそ日に焼けたガラの悪い外見だが、性格は単純素直で、女子生徒へのセクハラ常習犯の一人だ。
間宮教官の脇腹に一撃加えた事で高城教官は調子を取り戻したのか、元の神妙な顔に戻った。でも、前置きで話が進まなそうなので、質問を飛ばす。
「チームの今後は、二名抜けて、二名補充されるのですか?」
「いや、中等部と高等部の混成チームを無くす事になった。また、来年度のチーム編成と混成チームの再編成を同時に行う事が決まった。これに伴い、混成チームは全て、一時的に解散する事が職員会議で決まった」
「解散だから、チームの今後でしたか」
一人納得し、高城教官が肯定する。残りの四人は、どんな理由が在ろうとも解散はしないと思っていたのか、動揺している。
「そうだ。星崎以外は同学年とチームを組む事になり、八月中に決まる。星崎に関しては、夏休み前には決まると思うが、詳しい事はこのあとに説明する」
「分かりました」
連絡事項を言ったからか、質問タイムとなった。四人は動揺が抜けきっていないのか、オロオロするだけだった。自分は気になった事を聞こうとしたが、高城教官に制されて、先に四人は帰された。
四人がいなくなってから改めて質問タイムとなる、前に別の決定事項を知らされた。
「選抜クラス? そんなものが存在したのですか?」
「高等部にのみ存在する。十年以上このクラスへの編入者は出ていない。星崎。お前で十年振りの編入となる」
「さいですか」
微妙に嫌な情報を聞いた。周囲に知れ渡ったら面倒臭い事になりそう。手を抜いている今でも煩いのに。
「ただ、十年振りと言う事で、十年前の授業内容で良いか議論している最中なんだ」
授業内容は一年毎に変わっているらしい。そんな事を一度だけ聞いた。十年前の授業内容がどんなものか知らないけど、通常クラスとの違いは知っておいた方が良い。今後の身の振り方について、考え直す必要が出て来るかもしれない。
「通常クラスと、どう違うのですか?」
「そうだな……」
質問すれば、高城教官は腕を組んだ。回答を待つ間、視線を感じて下を見る。ヤンキー座りの間宮教官を視線が合い、質問を飛ばす。
「セクハラ常習犯の間宮教官。『育ってねぇな』みたいな顔をして、何をしているのですか? 去年から高等部の女子生徒が『卒業後に間宮教官の渾名を、エロ猿にして広めよう』運動の協力者を募っているので、名誉棄損阻止の為にも、即刻止めた方が良いですよ」
「無愛想な顔で何言ってんだよ!? ってか、何でそんな運動が広がってんだ!?」
「日頃の行動を見直して下さい。一部の男子生徒も『エロ教祖』呼びしています」
「辛辣だな!? つうか、誰が教祖だ!?」
「高等部の男子生徒と、肌色率の高い雑誌を回し読みをしていればそう呼ばれます。日頃の行動の見直しを勧めます」
「な、何も言い返せねぇ……」
ギョッとしたり、脱力したりと、リアクションに忙しかった間宮教官は、最後に胸を押さえて項垂れた。ヤンキー座りのままで。哀れだけど事実なんだよなぁ。
「う~ん、星崎。悪いが、内容の変わり具合をどう言えば良いのか判らん。正規兵と変わりない授業だとしか俺も知らない」
「知らないのに悩んでいたんですか」
高城教官の回答を聞き、思わず突っ込みを入れた。知らないんだったら悩む意味無くない?
「そう言うな。学長もどうするか悩んでいるんだ。支部長に判断して貰うのが良いんじゃないか、って流れになっている」
「何故、そんな偉い人に判断して貰う必要が有るのですか? 訓練学校の事は、学長か職員会議で決めるのではないのですか?」
一生徒の授業内容を決めるだけで、何故日本支部で一番偉い人の名が出て来るのか。そんな人の介入とか不要でしょうに。
「それがな、選抜クラスの授業に、軌道衛星基地で『正規兵に混ざって』の訓練が在るんだ」
「……正規兵と一緒に訓練を行うのですか?」
とても嫌な事を聞いた。正規兵と一緒に訓練をするのなら、日程合わせは確かに必要だろう。でも、支部長に判断を仰ぐ必要は無い。
「そうだ。十年前まで、な。今は通常クラス共々、授業の内容が大分変わっている。十年前の授業内容のままで良いのか結論が出ていない。支部長には意見を貰うだけだから、そこまで身構える必要は無いぞ」
「そうだと良いですね」
高城教官の言葉を肯定するも、知らない間に嫌な未来がひたひたと近づいて来ていた事実を知り、人目を憚らずにため息を吐きたくなった。
こうなったら、気分転換にパワードスーツを使った自主練をこなして、ジョギングをしよう!