その8 死ぬ前の準備について
ああ、ワンコ、いいなあ。
やっぱりすぐにでも引っ越さないと。
「ああ、そうされてると気持ちよくて、話が進められん。」
「もういい加減、殿下を撫でまわすのはやめて。本当に話が進まないよ。それに、あなたはもうすぐ死ぬんだから引っ越しは考えなくて大丈夫。」
「さっきから、君、俺の心読んでるよね。そう言うことも出来るもんなの?」
だからこの一連の出来事が夢だと思ってる。
いや、だからってこの少女にディスサイズに殴られたいわけじゃない。
「雰囲気はわかるけど、ここまで何考えてるかわかるヒトの方が珍しいわ。」
そういうことですか。
俺が単純だという事…。
「いちいちツッコんでると本当に夜が明けちゃうから、今後のことをお話しします。信じるんならそう言う行動をしてください、清元雅弘さん。」
本当に時間がたっていた。
子犬を抱きつつ、近くにある時計を見ると3時を過ぎている。
早く帰って、明日?今日?の仕事に備えないと。
「そういうことです。では話を戻します。貴方はこの1週間以内に死にます。もう驚くリアクションはいいですから。ですが、あなたの魂は非常に強い。」
「魂が強い?」
「はい。この10年間で、こんなに強い魂は見たことがありません。そこで、私たちにとって非常に都合のいい事態が発生しました。」
「都合のいい事態?」
「あまり詳しく言うことが出来ないのですが、これほど強い魂であれば、代わりの肉体を用意できれば、すぐにその意識と記憶を保持した状態でその肉体の元の持ち主となって生きることが出来るのです。」
「生まれ変わり、ってことでいいのかな。」
「そう思ってもらって構いません。その前提で、この二日以内でしておいた方がいいことを言っておきます。」
言っている意味は分かる。
ただ荒唐無稽だ。
と言っても本当に死期が迫っているのならできることはしておいた方がいい。
自分の健康状態は良好だと思っている。
3か月前の会社の健康診断でも異常はない。
突発的な病気という線を考えるよりも、事故死とみておいた方がいいのだろう。
俺はその少女の言葉に頷いた。
「あなたが移り住む相手の候補は何人かいるのですが、皆貧困にあえいでいます。つまり貧乏、という事です。ですので、あなたに貯蓄があるのであれば、今すぐ現金化してください。当然、いくらあなたの魂が生きていても、全くの別人になりますので、銀行などから引き落とすことはできません。死んですぐに口座は凍結されます。また、株などの有価証券を持っている場合も速やかに現金化することをお勧めします。とは言っても、株などの場合、現金化するにはそれなりの日にちがかかりますので、その前に亡くなった場合は諦めてください。」
非常に事務的に淡々と述べる少女が、見たままの年齢ではないことがわかった。
仮にこの抱いている子犬がそう言った知識があり、それを伝授していたとしても、あまりにも滑らかだ。
すでに何度かこの説明をしているという事だろう。
「不動産などを所有している場合は、時間切れです。諦めてください。続いてその現金に関してですが、出来れば自分の住まいに隠すことをお勧めします。但し、現金化された額が多い時は、家に帰るまで充分気を付けてください。銀行などの場所は、結構な人がいます。多額の現金を引き出した場合、それに目をつけるものがいないとも限りませんから。」
「確かにそうだな。気を付ける。」
「そして現在の住んでいるアパート、確か一人暮らしだと思いますが、合鍵を準備してください。ない場合は、極力速やかに作ってください。」
「ん~、あったかな。一応借りる時に2つ預かったはずだけど。」
すでにそのアパートは今の会社に決まった時に引っ越して、もう4年になる。
その間一人きりで、誰かに預ける、といったことはしなかった。
とりあえず探してみよう。
「清元さんのアパートの鍵ならすぐにできます。探すより早いかもしれません。時間がないという事を意識してください。その合鍵を見つけにくい場所、でも第三者が自然に手に入れられるようなところに隠してください。」
あまりにも突飛なことを言い始めた。
「それって、現金を盗んでくれと言っているようなもんだろう?」
「その通りです。」
「おい、ちょっと待てよ、それって俺から金を盗みたいだけじゃねえのか?」
こいつら、俺から金を盗むために、こんな小細工を……、ん、小細工?どうすれば半透明の少女と、喋る犬を用意できるんだ?
「言葉が足りないぞ、レイ。」
俺に頭を撫で続けられながら、胸元に抱いている子犬が大あくびをするついでに少女に注意してくる。
もう、俺はこの状況を理性的に考えることは放棄している。
この子犬の手触りを存分に楽しませてもらおう。
「申し訳ありませんでした、殿下。言い直します。清元さん、あなたは全くの別人になります。それが前提です。」
「ああ、そう言ってたっけ。」
「その人物がどうやってあなたが今まで稼いだお金を手にできると思いますか?」
「別人なんだろう?それは……、そうか、盗むしかないか……。」
「そう言うことです。そのための準備をしていただくわけです。現金化できる貯蓄がどのくらいあるかわかりませんが、出来ればスポーツバッグくらいの大きさにしてもらえるとスムーズに事が運ぶでしょう。」
そう言われて、俺は自分の預金額を思い出していた。
自分の勤める企業、総合商社ムツイは世間的には一流企業だ。
俺自身がやりたい仕事ではないが、給料は同年代に比べてかなりいい。
そして彼女がいたことは一度もなく、さらに女子の少ない世界で生き続けてきたためか、いわゆる大人の夜の店にも先輩に連れて行かれる程度で、はまったことが無い。
だからそういう女性に貢いだこともない。
趣味はゲームとアニメ、ラノベ。
といっても課金をすることもなく、アニメもサブスクリプションといっても月500円程度だ。
ラノベも小説サイトがメイン。
たまに気に入った書籍を購入するくらいで、たまる一方。
親の影響で、株は確かにやっているが…。
すべてを現金として持っても十分スポーツバッグには収まる。
「もしも、どうしても持っていたいというものがあれば、そのバッグに入れておくのもいいかと思います。」
少女は俺が自分の家の中を思い出してることを察してか、そう言ってきた。
強いて言えば、ノートパソコンくらいだろうか。
でも、アカウントは俺自身のものだ。
サブスクはもう一度別アカウントを作ればいいが、クラウド内のものを見ようとすれば、俺名義のもので動かすことはやめるべきか。
「そうですね、それが賢明かと。あとは、最後の言葉を伝えたい人がいるのなら、遺書を書くことも出来ます。ただ、清元さんのお年では、逆に遺書があることは不自然ですけども。」
「それは、そうだな。」
「特に生きていることを匂わせるのは、あまりいいことではありません。」
やはり心を読まれてる!
遺書に、両親に対して心配しないように書くべきかと思ったけど、こうすぐにそこを指摘されてしまうと、心が萎えてしまうな。
「という事なんだけど、了解してくれるかな、お兄さん。」
説明すべきことが終わったという事なんだろう。
少女が少女らしい態度に変わった。
やはりよく似ている。
しかも、別れた時とほぼ同じような顔立ちだ。
もう10年以上前だというのに。
今の思考を読んだのかどうか。少女の顔に少し陰りが出た気がした。
だがすぐにまたその想いを振り払うかのような笑顔を見せた。
「殿下、いうことは言ったよ。いい加減帰らないとまずいんじゃない。私はこういう身体だけど、殿下は実態を持つ犬なんだから。」
「ふん、解っておるワイ。」
そう言うと、俺の撫でる手を振り払うようにして、首をもたげ、さっさと俺の腕の中から飛び降りた。
「じゃあお兄さんまたね。」
少女がそう言い、子犬、死神のチャチャまるが、ぶるっと体を震わせる。
「夜に事が起きる確率が高いからな。充分に注意しろ、清元雅弘。そう言っても、まず間違いなく死ぬことになるだろうがな。」
死神を自称するヨーキーがトコトコと歩道橋を降りていく。
その後を、大きな鎌、ディスサイズを肩に担ぐ半透明の少女がついて行く。
歩道橋を降りる時に一度振り返り、少し悲しそうな顔をした。
その意味が俺の決定した死に対するものか、それとも……。
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