その6 ヨークシャーテリア
そこには小さなワンコ、いや、子犬がいた。
あら可愛い。
雑種には見えない。
確か、どこかで見た犬種だな。
この年でDT、つまり女の子に相手にされない寂しさが、犬猫に癒しを求めて何が悪い!
でも、俺のアパートはペット禁止。
結果、ネットで可愛い犬猫の動画をあさってる。
大人の動画の方が閲覧回数多いけど……。
ああ、この感じの子犬は、ヨークシャーテリア。
いわゆるヨーキーだな。
と言っても、血統書付きのヨーキーがこんなとこにいるとは思えないんだが。
野良犬ってほとんど見なくなったから、もしかしてどこかの飼い犬が逃げ出したか。
「私を見て、何を考えてるかは想像つくが、逃げてきた飼い犬ではないからな。」
逃げたわけではない。
とすると、リードがついていて、もっと奥の方にこの飼い主がいる?
「でだ。リードでつながれてもいないし、話しかけているのは私だ。」
そうだよな。
周り見渡して、人影が見当たらないんだから、飼い主はいないってことは、そう、解ってた。
でも、ヨーキーだとすると、こんなに背中が黒いのはまだ生後4~6か月くらい?
でもなあ、耳が垂れてんだよな、この子犬。
って言うとミックスかな。
「清元雅弘。お前は私がしゃっべってることに驚かず、このプリティーな身体ばかり見おって、どこの変態じゃ。いい加減、この状況を考えろ。とりあえず結界張って、他の人間を入れないようにしてはおるが、そんなに長い時間は無理なんじゃよ。」
結界張ってんのか。
道理でさっきから人が来ないと思った。
ここ、それなりに人通りあるんだよな、駅から近いし。
ん、結界?
なんでそんなことできんの?
それより俺、誰と喋ってる?
違う、俺、声出してないじゃん!
もう一度、その垂れ耳ヨーキー(?)をみた。
やっぱ、可愛いなあ。
飼いたいなあ。
「いい加減ヒト、ん、違うか。私の話を聞かんか!」
うわあ~、この子、喋れるんだあ。
いいなあ、子犬としっかり意思疎通が出来るのって。
ちょっと、待て。
犬がしゃべる?
「犬がしゃべってる!」
「今頃かい、あんた。驚くの遅いよ。まあ酔っ払いだからしょうがないか。」
「な、な、なんで?いや、俺、酔い過ぎだな、これは。これ、みんなげんかく、っつうか、夢だな、夢、うん、夢できま、ゴフッ。」
半透明の少女が持つ大鎌、ディスサイズの柄が俺の腹に突きを喰らわせてきた。
「あら、痛かったかしら?じゃあ、夢じゃないよね、雅く~ん。」
「お、お、お前、グフッ。どうして、ハア、ハア、ハア、その呼び方…。」
「夢じゃないことがわかって何よりだ、清元雅弘。少しは冷静になれたか?」
子犬のヨーキーがそう言いながら、半透明の少女の打撃に歩道橋の上にへたりこんだ俺のもとに寄って来る。
俺のことをクンクン嗅いだと思ったら、ぺろりと頬をなめられた。
思わずその子犬を見る。
う~ん、可愛いなあ。こんなの飼いたいなあ~。
「また、何か良からぬことを考えてそうだが…。話が進まんので、勝手に話させてもらうぞ。」
この可愛い子犬の声が、こんなおっさん臭い声はひどいなあ。
「いいから聞け、清元雅弘。お前は近いうちに死ぬ。それを伝えに来た。」
「へっ?」
俺はその声の意味に、思わずまたしても変な声を上げてしまった。
「さっき私が言ったでしょう、ある特殊な人のこと言ったの、覚えてる?」
少し、腹の具合もよくなってきた。
俺の前に仁王立ちしている半透明の少女を見上げた。
フレアスカートは膝上しか丈がないせいか、この間近で仁王立ちされると下着が見えそう…。
グギャ。
今度は少女のスニーカーが俺のあごを捉えた。
蹴られたらしい。
なんとか歩道橋のコンクリートの床に後頭部をぶつけることは避けた。
代わりに左頬に擦り傷が…。
ただ、その足が当たる直前に、しっかりと水色の布が……。
激痛が右頬に走った。
今度は声すら出せない。
少女の持つディスサイズの柄が俺の右頬を強打していた。
「本当に雅く~んはスケベだよね。私の下着を何度見ようとしてんの?魅惑のお姉さんにはヘタレで何もできないくせに!」
何で、そんなに俺の動向に詳しんだよ!
「それは仕方ないだろう。こちらはずっと君を追ってたんだ。君は非常に特殊な男だからな。」
またウルンとした瞳の子犬がおっさん声で俺に話してきた。
「特殊?俺が?さっきからそこの暴力少女からも言われてるけど、まだDTだけど、30にはなってないぞ、俺。」
「それはいったい何の話だ?」
初めて犬の不審げな表情というのを見た。
こんなに可愛いので、声があまりにも残念だ。
「ああ、それは殿下、日本のラノベで出てくるただのギャグです。忘れてもらって構いません。」
半透明の少女は俺とは全く違う礼儀正しく子犬に向かって敬語を使っている。
ということは、俺の存在はお犬様以下という事か。
でも、こんなに可愛い子犬なら仕方ないか。
「そこは認識が間違っている。この格好は確かに私の好きでやってるが、もともとこの体ではない。」
いい訳臭いんだが、それより聞きたいことがある。
「俺が特殊って言うのは、じゃあ、何なんだよ?」
「あなた、もうすぐ死ぬの。死期が迫った人の一部には私たちが見えることがあるの。殿下が言ってる特殊な能力とは違う事だけどね。普通、死期が迫った人の所に顔は出さないようにはしてる。でも今回はいろいろこちらにも事情があって、わざわざ接触しに来たの。特に今、酔ってるから警戒感がなくなってコンタクトしやすかったから。さっきのお姉さん、大貫さんだっけ、に対する態度で安心してたけど、これほどの変態さんだとは思わなかった。」
「はあ、人をさっきから、ヘタレだ、変態だと言いたい放題言いやがって。お前が勝手に見せてんだろう。お前の方が変態の露出狂だろう。や~い、露出狂、露出狂。」
やってること、言ってることはほとんど小学生男子の女子へのからかいと大差がない。
「ムカつく、この男。今度はその首を…。」
「おっと、また露出狂さんは水色のぱんちゅ、見せる気かな~。」
「えっ!」
一気に半透明の少女の顔が真っ赤になった。
「本当に見えたんだ……。この変態、DT、痴漢!」
俺が見た事実を知ってしまった少女の顔が、般若のような恐ろしい形相に変わった。
あ、これ、やり過ぎたってこと?
言わなきゃよかった、と思ったが、後の祭りである。
半透明の少女が、鬼のような闘気を纏って、ディスサイズを振りかぶっていた。
「やめなさい、レイ!」
子犬が、その体にそぐわない重厚な声で少女に命令した。
「ディスサイズは死んだ者の魂を本体と切断するときに使うもんじゃろうが。まだ生きてるものを切りつければ、せっかくのこの強靭な魂の力を削ぐことになる。我々の使命にも支障がで出るぞ。」
その言葉に、真っ赤になった顔が急速に色が引き、振りかぶったディスサイズを下ろした。
そして盛大にため息をついた。
「見られた、見られた、見られた~~~。好きな人にだって見せたことないのに~~~。」
なんか、すんごい罪悪感に襲われる。
だがよく考えてみれば、俺が見ようとしたわけではなく、この少女が俺の顎を蹴り飛ばすから見えただけだ。
自分から見せといて、何言ってんだろう?
半透明の少女が、俺をキッと睨んだ。
そして、またため息を吐く
「はあ~、なんでこの男なんだろう。スケベな男なんて全滅すればいいのに。」
「何を言っておる、レイ。スケベな男がいなくなれば、子供が出来ず、人間は全滅だぞ。」
「それはそうですけど。」
半透明の少女とおっさん声の子犬が、非常に物騒な話をしている。
しかも、俺との話は全然進んでいない気がする。
もうどうでもいい。
さっさとこの茶番から逃れたいと思った。
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