その4 デートの誘い
ちょっとラブコメチックに話は進んでいきます。
この次くらいから物語の色合いが変わってきますので、引き続き読んで頂けると、嬉しいです。
これは、いわゆる、恋に落ちるぎりぎりの所ではないだろうか?
はっきり言って、料理の味もわからんのに、凄いハッピーな気分になっていた。
「それで、雅くん。今日、食事に誘ってくれたのって、こういうことを狙ってたわけじゃないんでしょう?」
料理の終わり、レアチーズケーキにバニラアイスのデザートを食べている時に、綾さんがそう俺に聞いてきた。
うん、魂胆はばれていた。
でも、そんなことを聞く必要がないくらいに、俺は美女と酒に酔っていた。
しかも、次に行く店を頭の中で考えながら、どう誘うのがスマートか?というようなことをイメージしてしまっていた。
「ああ、別に大したことじゃないんですよ。今回のバグの件。とりあえず、PCが止まらないように、例のパスワードをブロックしただけなんですけど、裏画面は動いてたんで、もっと根本的に中のプログラムを直した方がいいかと思ってまして。できれば経理課のPCに関するマニュアルを貸してもらえたらなあ~と。」
そう言った瞬間、綾さんの身体が不自然に固まったような気がした。
でもすぐに、その強張った表情が消えて、さらに妖艶な笑みを湛えて俺を見た。
「そうね、そうできるんだったら頼もうかしら。今週中には、課長の許可を取って、渡せると思うけど…。雅くんの業務の支障にならない?」
「それは全然。時間は結構作れますので。」
「わかったわ。それじゃあ、それ、お願いしようかな?それと、この後、一緒に、どう?」
魔女のような妖しい瞳でそう言われ、俺はただ頷くだけだった。
「一つ質問してもいいですか、大貫せ…、綾さん。」
「はい、いいれしゅよお~、可愛いきょうは~いく~ん。」
先輩に誘われたのは同じホテルのラウンジバー。
大貫せん…、嫌々、綾さんだっけ。
俺もこの呼び方になれない自分に、ちょっとイラッとしてしまっていた。
俺は既にアイスコーヒーを飲んでいるのだが、綾さんは3杯目のカシスオレンジを飲み干そうとしている。
結構酔っていて、ろれつが回らなくなり始めていた。
明日が休みなら付き合うとこだが、そうも言っていられない。
今日のトラブル対応で、自分の仕事も少しきつくなっている。
といっても外注先から上がってきた仕様書のチェックではあるんだが、結構分厚い紙の束だったことを思い出し、急速に酔いが醒める感覚があった。
「なんであんなパスワードを設定したんですか?」
純粋な酔っ払いに成長した綾さんに、どうしても聞きたかったことを切り出す。
これが素面な場合だと、絶対恥ずかしがって教えてはくれないと思われたからだ。
「えっ、だって、わたすぃはあ~、えいえんのぉ~、JKなんだもん♡」
聞いた瞬間、心が苦しいくらいに痛くなった。
言った本人は、エヘラと可愛く笑っていた。
可愛いんですけど…………。
酔っ払いと分かっていながら、その赤い顔は、可愛いんですけどお……!
普通であれば、絶対に言わないことだろう。
トラブル時のパスワード発覚の時も、耳まで赤くしていた。
ああ、これは……、イタイ!
非常に、イタイイタイイタイイタイ…………。
涙が出そうになってしまった。
本日のこの姿は、非常に美しい女性だった。
にもかかわらず、浮いた噂を聞かなかったのは、あの地味系の格好というだけではなかった。
俺はどうすればいいんでしょうか?
この状態の美女はお持ち帰りが基本なのだろうか?
でも、大丈夫!
この俺は、そんじょそこらにいる青少年ではない。
なんと、いまだかつて女性と交際経験のない、純粋培養、生粋のDT野郎だ!えへん!
あっ、今、俺の生命エネルギーがごっそり持って行かれた。
いわゆる自爆、オウンゴールウウウウウウ!
自分の中で華麗に散った自尊心を、懸命に立ち直らせながら、今にも眠ろうとしている大貫せ…、綾さんをどうしたもんか、考えていた。
究極のヘタレ野郎の俺が、お持ち帰りなどという高等技術が使えるわけもない。
いっそ、ウー〇―イーツにでも頼みたい心境だった。
「起きましょうよ、永遠の女子高生綾さん!」
この文句は聞いたようだ。
「永遠の女子高生」綾さんが、ガバッとカウンターに突っ伏していていた上半身をあげて、俺を見た。
まだ酔っているせいか顔は真っ赤…、いや、これは……。
「今、なんて言ったあああああああ!」
うん、知ってた。
そのつもりで使った言葉、「永遠の女子高生」は綾さんの羞恥心にクリティカルヒットした模様。
「よし、起きてくれたね、綾さん。」
「あっ、えっと、…うん。」
大声を出したことに、かなり恥ずかしい様子。
そんなことを言いつつ、俺にしなだれかかってくる。
「あ、そうだね、もうこんな時間、なのね…。ごめんなさい、もう帰らないと……。」
なんていう割には、立ち上がろうともせず俺に身体を預けたまま、上目遣いで頬を赤らめながら見てくる。
あっ、その表情はダメだよ、綾さん。
DTのガラスのハートが砕かれそう。
「食事の時にみょ、言ったけどね……。う~ち、この近くなんだよ、雅く~ん。」
それは、いわゆる、お誘い、のことびゃ?
あっ、心の中でも噛んじった。
「そ、そうでしたね、じゃあ、送りますよ。」
「うん…ありがとう。」
そう言っても立とうとしない綾さんを、両脇から抱きしめるような格好で持ち上げ、何とか席から立ち上げた。
女性の化粧品の匂いと、甘ったるい体臭がミックスしたような香りが俺の鼻腔をくすぐり、あまつさえ、綾さんのスーツの上着を脱いだ白いブラウス越しの柔らかくも張りのある体に、俺の愚息が硬くなりはじめるのを感じていた。
くっ、この攻撃は、やばい。
俺は綾さんの小さなバッグと上着を持ち、綾さん自身を支えつつ会計を済まして、この洒落た空間から外に出た。
綾さんが少し震えてたので、そっと上着をかける。
あ、俺って、なんか、紳士だ。
そう、紳士はこのまま綾さんをお宅に送り届ければならない。
こちらも、思ったより酔っていてなかなか力が入らなかったが、綾さんの指し示す方向に、何とか歩いていく。
そして目の前に、少し古めのマンション。
でもオートロック機能付きだ。
すかさず、綾さんが自分の鞄からカギを出して入り口のドアを開けた。
そして、俺を見る。
既にこの時には綾さんはしっかりと一人で立っていた。
ああ、よかった。
本音である。
あわよくば綾さんの部屋まで一緒に…、という邪な思いがなかったわけではないが、この状態は、ちょっとまずい。
DTで、経験値がないというのもさることながら、この酔って疲れた体で、綾さんちにお泊りとなった場合に、体力の保証が出来ない、と俺の理性が警告を発していたからだ。
俺がその場にたたずみ、ドアが開いてそちらに向かおうとした綾さんが、自分に続かないことに気付いたようだ。
振り返って、俺を見る。
「少し寄っていかない?」
綾さんの言葉と、その眼が誘ってる。
でも、彩さんの膝が少し震えている気が…。
そう言われて、少し躊躇ったが…、かなり勇気を振り絞った綾さんの行動なのかもしれない。
そうも思った。
でも、俺にはこのまま雰囲気に流れてというのは…。
「行きたいんですけど、今日の件で明日の仕事が溜まってしまって…。」
そう言って、頭をかいた。
据え膳食わぬは男の恥。
そんな言葉も頭に浮かんだんだが…。
それでも、自分の言った言葉をなかったことにする気はない。
俺の言葉に、綾さんが明らかに落胆した表情を見せた。
俺のハートが苦しくなる。
「あ、でも、この続きは、今度の土曜で…。デ、デート、しませんか?」
自分の中に埋もれて埃まみれの勇気の欠片を懸命に集めて、嚙みながらも、なんとかそう綾さんに言った。
その言葉に、ちょっと驚きながらもコクンという感じで頷いてくれた。
「あ、じゃあ詳細は、明日にでも。」
俺はそう言うと、180度ターンして、速やかに綾さんのマンションから撤退した。
なんか自分の名を綾さんが呼んでたような気もしたが、きっと気のせい……。
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