その3 恋
「お兄さん、いるんですか?」
「えっ、そこ?なんか、もっと喰いついてくれそうなこと言ったつもりだったけど…、まあ、いいか。ある意味、清元君らしいし。」
そう言って、大貫先輩はその中毒性になりそうな軽やかなスマイルを、またもや俺に放ってきた。
「私は兄貴とは5つほど離れてるの。だから今は34才だったかしら。ダメだよ、そこで逆算して私の年齢を計算しちゃ!兄貴は結婚して5年目。息子が3歳になるの。凄い可愛いんだよ。本当、私も結婚して、子供が欲しくなっちゃうよ。と言っても、その前に相手見つけなきゃ、何だけど、さ。」
こちらが何も言わないのに、大貫先輩が自分の個人情報をボロボロ喋っている。
綺麗な先輩が、俺を凝視している。
何かを求めるような表情。
「ねえ、清元君。個人的なこと聞くんだけどさ。彼女とか、付き合ってる人っている?」
えっ、この人、俺に何聞いてんの?
いや、言ってる意味は解るんだけど、彼女がいることと、付き合ってる人って同義じゃ……、あ、そういう意味か。
彼女でない人と付き合ってる可能性も考慮してんのか、この美女は。
でも、そんなこと聞くってことは……、俺に気が…あるってこと?
わからん。
恋愛偏差値が30を切るようなDTにそんな高度なことがわかるわけがない。
「お恥ずかしながら…、彼女いない歴が年齢になってしまうもんで…。」
俺の声に、さらにそのまぶしい笑顔が光度を上げた。
「先輩こそ、それだけ美しいんでしゅか……。」
緊張して、かんじまった!
「うふふふ、嬉しいこと言ってくれて。お姉さん本気になっちゃいそう…。」
見事に俺がかんだことをスルーしてくれた。
やっぱ、この人、女神だ。
「でも一つ、清元君に不満があります。」
「えっ、な、何ですか、先輩!僕、なんかしちゃいました?」
「その先輩呼ばわり!こっちが年上と思われちゃうでしょう!」
そう言われても、実際3つ年上なんですが…。
「じゃあ、何と呼べば、……。」
「名前で呼んでほしいな。会社では大貫さんでいいけど、こういう風な時に名前で呼ばれるのって、憧れ、あるんだよね。」
「でも先輩なら…」
そう言ったときに指でバッテンを作られた。
「な・ま・え!」
「あ、はい、えっと…。」
「私の名前、もしかして、知らない?」
可愛い言い方をしてはいるが、その瞳には黒い炎が揺らいでいるように見えた。
「いやいやいや、わかってますよ、当然。大貫せん…、さんは綾さん、でしたよね。」
俺は恐る恐るという感じで、お伺いを立てた。
「そうよ、ちゃんと知ってるんなら、ねえ。」
「は、はい。じゃあ、綾…さん?」
「はい、よくできました。で、何か聞こうとしてたよね、清元君。と言っても、私が名字呼びしてるのもおかしいわね。確か清元君、フルネームは清元雅弘、でよかったよね。」
ああ、この流れはあれか、俺も、なんか、こっぱずかしく呼ばれちゃうってことか、な。
「じゃあさ、雅くん、でいいかな?」
そう言って、ちょっと潤んだ瞳で俺を上目遣いで見てきやがった。
しかも、下の名前をストレートに呼ばずに、簡略というか、愛称というか……。
ダメだ、頭がよく回らない。
かなり距離を詰められたような気が…する。
下の名前を呼ばれただけでも、なんか舞い上がりそうなのに、こんな美女から「雅くん」って…。
こんなの、普通の、対女性用装備を全く持たない俺に、勝てるわけがない。
「はい、それで、結構です…。」
「で、雅くんは私に何を聞きたいのかな?」
そう言って俺を見つめる大貫せん…、綾さん。
が、俺はあることに気付いた。
「あのお、注文って…。」
「大丈夫、コース頼んでるから。とはいえ、乾杯の食前酒がいるわね。ハウスワインの赤でいいかな。」
「はい、それで、いいです。」
綾さんが片手を上げると、背筋を伸ばした男性が音もなく綾さんに近づく。
彩さんが注文するとすぐにいなくなった。
見ていなければ、その存在も確認できない。
俺の緊張はいつまで続くんだ。
これでは大貫せ…、綾さんを誘った目的を見失いそうになってきた。
ハウスワインが俺と彩さんの前でグラスに注がれている。
俺はワインの良し悪しなど分からない。
学生の時と変わらず、安く飲めて、気心の知れた友達とわいわい騒ぐのが好きだ。
ワインも値の張らない代物は飲むが、味はよくわからなかった。
「それじゃあ、雅くんと私の夜を祝して、乾杯。」
何のことやらさっぱりわからん言葉が、艶っぽい綾さんの口から洩れた。
今回は、仕事がうまくいったか、ミスのカバーのお礼じゃないの?
でも、俺も調子を合わせて綾さんのグラスに軽く自分のグラスを合わせた。
それしかできない。
軽い音が響く。
綾さんがその赤い液体を口に含んだ。
事務の制服を着た綾さんは、目の前にいる美貌の女性とは比べ物にならないほど、地味ではある。
地味ではあるが、俺は仕事中の眼鏡をかけた綾さんの方が好感が持てた。
一番の理由がその話やすさだ。
目の前の美女相手に、何を喋ったらいいか、経験値の限りなく低い俺には、全くわからずにいた。
「さっきから何もしゃべらないけど、もしかして、この格好似合わなかったかな?」
急にテンションが下がった綾さんが、そんなことを俺に上目遣いで聞いてきた。
「そ、そんなこと、ないです。ただ、いつもの綾さんとこんなに雰囲気が違って、なんか喋りづらくて…。」
「私は私よ。眼鏡をかけて、薄化粧の経理の私も、今の私も同じ大貫綾。だから、いつも通りで接してほしいんだけど…。」
本当にそう思うなら、先輩呼びを復活させろ!
そんな心の叫びが出そうだったが、踏ん張る。
成功。
俺えらい、うん。
「わかってるんですけど。本当はもっと気楽なとこで一緒にご飯を食べたかったんですけど…。でも、こんなデートふうなのも、たまには、言い、です、ね。」
自分で出したパワーワード。
「デート」。
完全に自分で自分を裏切った。
こんな単語を出してしまったら、俺は固まってしまう。
「デート?そう、デートよね、これ。じゃあ、楽しもう、雅くん!」
そう言って綾さんはグラスに残っている液体をくゆらせたのち、自分の口に含んだ。
その惚れ惚れする飲み方に魅せられていた俺は、急に俺の視線を受け止めている綾さんに気付き、残った液体を俺も一息で飲み込んだ。
俺の身体にアルコールが急速に浸透し、少し体のこりがほぐれる。
次々と料理が運ばれてきた。
来たんだが、俺は目の前の美しい女性に気を取られて、料理の味はいまいちわからなかった。
そんな俺の視線に気づくと、はにかむような笑みを俺に向けてくる綾さん。
これは、いわゆる、恋に落ちるぎりぎりの所ではないだろうか?
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