その2 大貫綾
この時には俺は要注意人物として疑われていたのかもしれない。
大貫先輩の指定した店は雰囲気のいいホテル最上階のレストラン「ブルースカイ」。
でも約束は午後7時。
もう秋と言っていい季節だ。
ブルースカイって時間ではないな。
仕事終わりなんだから仕方ないけど。
とはいえ、都内のいい場所のホテルの最上階のレストラン。
ちょっとお財布君が悲鳴を上げてる気がする。
対応したウエイターに名前を告げるとすぐに窓側の席に案内された。
大貫綾さんは既に来ていた。
来ていたと思う。
案内された席に既に女性が座っていたからなんだが…。
そこにいたのは美貌の女性だった。
少し色の入った髪、インナーカラーというのだろうか、が軽く波打つようにウェーブがかかっている。
アイラインが少しきつめにかかり、その目がかなり力強い。
細めの眉、長いまつ毛がさらにその目の印象を強烈にしていた。
鼻は平均的に低めなものだが、唇の色がオレンジがかったピンクで、少し落とし気味の照明ですら煌びやかに反射していた。
そう、一番の印象を変えていたのは眼鏡をかけていなかった。
顔つきには大貫先輩の印象が垣間見えるが、明らかに数段レベルを上げてきた美女がそこにいた。
俺が呆然としてそのテーブル近くで固まっていると、その美女は座席から立ち上がり、儀礼的とは思えない親愛を偶像化した笑みを俺に向けた。
「お疲れ様です、清元さん。」
「あ、ああ、どうも、です。」
美女の挨拶に固まった口元を無理矢理動かし、何とかそれだけ言えた。
本当にひどい返しで、とても一人前の社会人とは思えない。
それでも、返事が出来ただけまし、という状態ではあった。
何せ大学は工学部の男子の園のようなところだった。
女子がいないことは無かったが、いわゆる「理系の女子」達である。
趣味嗜好は似通っていた。
中には自分を綺麗に着飾る女子もいたが、そんな奴は俺たちなど眼中にないし、もしくは多くの崇拝者を生み出す女王様と化していた。
この総合商社に入社しての研修期間は、俺のような者たちには地獄だった。
自分の周りに見ることのない、綺麗に見える女子たちに、恐れ戦いていたのだ。
研修期間にグループを組むこともあったが、俺はただひたすら、文系学部出身の男たちがそんな煌びやかな女子と軽口をたたいてる横で黙々と課題をこなしていた。
そんな俺を同期の奴らが裏で「便利くん」と呼んでいたっけ。
というわけで、基本的に俺にはあまり対女性用の装備は持ち合わせてはいない。
社会人になればどうしてもそう言った普通に煌びやかな女性との接触は避けられないが、仕事であれば対応は可能だった。
今回、食事に誘ったのも、地味目の女性に見えた大貫先輩だからこそだ。
大体が、自分から女性を食事に誘ったことがあるのは、かれこれ10年近く前、大学1年のサークルで出会った女性以来な気がする。
その女性には手ひどく振られ……、黒歴史が蘇り、吐き気がしそうだ。
会社に入ってからは、課や部の飲み会で同席する程度で、無難な会話に終始していた気がする。
「清元さん、大丈夫?顔、青いけど…。」
そんな美貌の女性に化けた大貫先輩が、俯いている俺の顔を覗き込むように見てきた。
また、今回の大貫先輩の格好も…。
ホワイトベージュのタイトなスーツ。
膝上のスカートの下には黒いパンストがなぜかキラキラしていた。
そのスーツの上着の下には、意外にも結構な高さを誇る二つのお山のラインが…。
黒いブラウスの胸元のデコルテラインも美しく、さらに俺の顔を覗き込んだその態勢だと結構深めの肌色の谷間が展開してるううううううううう~~~~~。
「あ、いえ、だ、大丈夫ですから!」
「そ、そう、大丈夫なら、いいけど…。」
そう言って、大貫先輩は自分の席に座りなおした。
あまりの大貫先輩のきらめきに従来の陰キャ体質である俺が、太陽光線に焼かれる吸血鬼のように霧散していきそうだ。
なんとか大学1年の時に俺を一撃で粉砕した女子の顔を思い浮かべ、その時の暗い情念を湧き立たせることで、その場に崩れ落ちそうな自分を支えることに成功した。
座席の背もたれに寄り掛かるようにして身体を引き寄せ、何とか着席に成功。
自分の中のモブ清元たちの大喝采を受けて、やっと大貫先輩に視線を戻した。
俺が顔を向けたタイミングで大貫先輩が口元を少し上げた軽い笑顔を向けてきた。
その瞬間、俺の鼓動が壊れた目覚ましのような狂った動きと音を奏でた。
これが、美女のみが使えると言われる伝説の魔法、スマイルフラッシュか!
どんな堅物の親父でも一瞬で恋に落とし奴隷のように貢がせる、トップキャバ嬢の必殺技!
ちなみに、俺は悪友や同僚に誘われてキャバクラという戦場に一兵卒として赴いたことがあるが、あまりの煌びやかさと、マシンガントークに対応できず、終始うつむいていた記憶しかない。
なので、必殺技、スマイルフラッシュを受けたことは無いのだ!ハハハハハ………。
あっ、俺の脳内がバグった。
大体、慣れないことはしない方がいいとはよく言ったものだ。
俺が大貫先輩の初手によって壊滅的な精神状態の中で、当初の目的を思い出した。
今回、自分でもなんとか話せる女性にデートを誘い、あわよくば彼女いない歴=年齢という壁を壊そうとしたわけじゃないんだった。
もっと純粋な好奇心だった。
「本当に大丈夫?ここの代金を君に全部払わせる気はないから安心して。今回はお礼なんだから、ここは私が奢るわよ?」
何という素晴らしい女性なんだ、大貫先輩は!
てっきり奢られる立場だからと言って、無茶苦茶値の張る場所を指定してきたと思ってた!
「あ、そういう訳じゃなくて、ですね。僕、あんまり女性と、二人きりでこんな場所に来ることないんで、会社帰りのこの格好で大丈夫なのかなって言うのと…。」
「それは大丈夫よ、清元さん。ここは見た感じこういう雰囲気だけど、ドレスコードはないから。」
いや、ドレスコードがあったら、俺絶対ここに入ってこれないですから。
「それより、他にも何か言おうとしてたよね。他にも不安、ある?」
「あ、それは…。」
ああ、対女性装備低級レベル(しかも対美女装備0)の俺には適切な武器がおもいつかないよおおおおお~~~~~~~。
「あの、あのですね。大貫先輩が、ですね。」
「えっ、私!」
「そう、そうなんですけど…。経理の時と、ですね。なんか、その、雰囲気が…。」
「うん、うん。」
そう相槌を打ちながら、なんか楽しそうな顔になってきた。
これは、俺が何を言いたいか、充分理解してやがるな、この人。
わかってて揶揄って来てんだ。
絶対、今の自分が他人からどう見られてるか、計算している!
「その、失礼かも、何ですが…。」
うわあ~、この人、にっこり笑いかけてきたあ~!
ああ、歯が綺麗に並んで、白く輝いてるよおお~。
何なんだよ、この美貌の女性は!
俺になんか恨みでもあるのかよ!
俺、俺はなあ、そんな、自分がどれくらい美人かって、わかってるやつなんかなあ~。
「別にそんなこと思わないよ?清元君、なんか可愛いから。」
お前なんかなあ~~~~~~~~~~、しゅき…。
「すごく綺麗な人がいて……。」
「それ、私のこと?」
好きです、大好きです!
「いつもの、大貫さんが、なんていうか……、凄くて……。」
「ふ~ん、そういう風に思ってくれるんだ、私のこと。なら、頑張った甲斐があったかな?」
「えっ、頑張った?」
俺は思わず、オウム返しに行ってしまった。
「そう、頑張ったのよ、これ。実はね、私の住んでるところって、会社からはそんなに遠くないの。5時の終業後にすぐ美容院に予約入れて、家で着替えて、コンタクトしてね。コンタクトって、ちょっと違和感あって好きじゃないんだけど、せっかく食事に誘ってくれたんだもん。めい一杯のおしゃれしたかったんだよね。このホテルのレストランも、1,2度しか来たことないんだけど、兄貴のお供で入って、結構雰囲気が気にいってたんだよ。だからね、清元君が食事にって言われたときに、すぐにここが思い浮かんだの。」
「お兄さん、いるんですか?」
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