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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
22/22

その10 お婆ちゃんの想い

次回、最終回と書きながら3ヶ月も経ってしまいました。

すいません。

しかも1万字を超えていて、つい、2分割しちゃおうかと思ってしまいました。

なんとか「ベンチのお婆ちゃん」最終回です。

「私を置いていったな!」

「悪い、悪い。」


 俺に対して、心なしか息の荒いヨークシャー・テリアの姿をした死神が突っかかってくる。

 確かに、あの雰囲気に負けて俺が逃げ出したのは事実だが、こいつはどうやって逃げてきたんだ?


「ドアを開けっぱなしで出ていったのは誰だ!私が後ろ足で懸命に閉めたんだぞ!」


 そんな小さな体で器用なもんだ。

 3キロくらいしかないその体躯を見ながら感心していると、明らかに怒りの表情を俺に向けてきた。


「あの雰囲気に居た堪れなかったのは仕方ない。だが、私を置き去りにして車で帰るとは何事だ!」

「いや、悪いとは思ってる。でもな。」


 後頭部に衝撃を感じた。

 一瞬、記憶が無くなりそうになる。

 その後に激しい痛みが頭部を突き抜ける。


「殿下に何をしてるんだ!」


 ミニスカートで巨大な鎌、ディスサイズをふるう少女、ヨネちゃんが、またその柄で俺の後頭部をなぐったことがわかった。

 このままでは2度目の死を迎えそうだ。

 「ま、待て、ヨネちゃん!その大鎌は死者の魂に使うもんじゃねえのかよ!なんで生きている俺に向かってぶつけるんだ!また死ぬのは嫌だ。」

「なんの問題もありません。なぜなら、生者にこのディスサイズを振るってっも通り抜けるだけ。効果のあるのは死した魂だけですから。」

「だからそれが問題なんだよ!」


 本当にこいつは!


 半分死んでる俺の魂は十分その大鎌の対象だろうが!

 柄で殴られている分には大倉の体が傷つくだけだが、鎌の方を振られると、魂が持って行かれちまう。

 このミニスカ暴力娘は何考えてんだ!


「殿下を蔑ろにしていたのはあなたですよ?わかってるんですか?」


 今日は薄い水色か。

 そんな邪念を生み出すように、鎌を俺に向け、片足を俺の横の椅子に上げている少女のミニスカの中がモロ見えになっている。


 俺の視線に気付いたらしい。


「この変態!」


 言葉と同時に大鎌の柄が俺の喉目掛けて突いてきやがった。

 俺は右手で払うようにしながら、上半身を倒れ込むように避けた。

 間一髪その柄はソファを貫いた。

 もっともソファには突き刺された穴どころか、傷ひとつない。

 世の無情を感じた。つまり、魂のみに干渉する凶器ということをまざまざと見せつける結果になった。

 何度目だろう、ため息をつくのは。


 別に俺はこの半分生きている少女、死神の言うところのレイ、俺の呼ぶヨネちゃんが嫌いなわけではない。

 だが、彼女が俺に敵意を剥き出しにしてくる。


 何故なのだろう?


 半分生きている少女について考えようとした時だった。

 埃をかぶってる電話が鳴り響いた。


 大抵は俺が持つ携帯で十分だったが、インターネット接続のためだけに固定電話を置いていた。

 普段、ほとんど鳴ることはない。

 あっても、大抵は不良マンションの斡旋がほとんどだ。

 だが、非常に稀にまともな電話がかかることがある。

 そう、たとえばこの興信所の連絡先が書かれている大倉名義の名刺を見た人物とか、である。


「はい。」


 俺は受話器をとり、短く言う。

 いかんせん、まだ悪徳業者からの電話の線は消せない。

 普通の健全な営業所であれば、始末書ものの対応だ。


「先ほど名刺をいただいた石動です。」


 彼女、岩動真奈はこちらが名乗ってもいないのにそう言ってきた。

 これだけで彼女がかなり思い詰めていることが分かった。


「そろそろかかってくることだと思ってました。」


 俺としては五分五分くらいだと思っていたのだが、さもできる男を装うようにそうハッタリをかます。

 隣でヨークシャテリアの格好の死神が、器用に犬の顔でニヤリと笑った。

 スピーカーの設定のないこの固定電話で、聞こえるはずがないのだが。

 その証拠に隣のミニスカ暴力少女は、この電話のやり取りに興味深そうな視線をこちらに向けている。

 それでもディスサイズは手元にあった。


「あなたはこの話をどこまで知っているの。」


 疲れきった、いや、これは焦燥しきったというべきだろうか、声で言った。


「前にも言いましたが、中身は一切見ていません。」


 俺も嘘に躊躇いがなくなった。


「ただ、あなたが見ていた手紙の一部が見えただけです。まあ、私はあまりいいものでなかったとは思っていますが。」

「それなのに私があなたに連絡を取ると持っていたのね。」


 皮肉にも、力が入らないようである。

 それでも少しは心に力が入ったようで、声音も若干、引き締まっている。


「多少はその手紙を持っていた、身内の方からお話は伺っていますよ。」


 本当に俺は嘘つきになった。

 俺の「魂の貯蔵庫」でおとなしくしていた三上真由子の想いが俺の胸の奥を微かに揺さぶっていた。


「それで、私どもに何かお手伝いできることがありますか?」






「ここはいいところだな、マサヒロ。」


 周りに人がいないことを確認して、チャチャまるが俺の足元で囁いた。

 俺は自分には似合わない雰囲気のこのカフェで、足元にじゃれつく仔犬を見た。


 最近増えているペット可のカフェはまだ始業して間もないため、客は俺たちだけだ。

 かなり使い古されたカバンから、メモ帳とボールペンを取り出す。

 聞き取ったものを書くためでもあるが、きっと違う使い方になるだろう。

 すでに大倉からの情報で、この橋網興信所と縁のある弁護士事務所には連絡済みだ。


 待ち合わせまではまだ少し余裕がある。

 彼女は子供を預けてからくるはずだ。

 今日はパートの仕事も変わってもらったと言っていた。

 だが、今後のことを考えると仕事について、早めに定職につくべきだろう。


 岩動真奈とここでどのような話になるかはわからない。

 ただ、最低限の条件として離婚は避けては通れない。

 きっと、本人もそれは十分にわかっていると思う。


「さて、どうやって言いくるめるかだよな。」

「なかなか、悪どい言い回しだな、マサヒロ。悪役がいたについている。」


 犬用のケーキを貪りながら、死神が俺に向けて言ってきた。

 確かに、今の言い方はまるで詐欺師だ。

 俺はいつからこんなふうに考えるようになったのか?


(クックック)


 明らかに大倉の意識が笑っている。


「そういうことだ。その体の持ち主に引きずられてるってことだよ。」


 死神が、速攻でケーキを食い終わって俺に向かってそう言った。

 心の中で軽くため息をついた。

 さっきから遠目に、ここのウエイトレスが胡散臭げに俺たちを見ていた。

 もしかしたら、ヨーキー姿の死神の声が届いたのかもしれない。

 それよりも俺の見てくれの方が、不審かもしれないのだが。


 くたびれたスーツを着て、見た目可愛いヨークシャテリアを連れての来店。

 ギャップがあり過ぎる。

 清元雅弘としての俺は、商社勤めということもあって、外回りはほとんどなかったが、それなりのスーツを何着か持っていた。

 だが、この大倉という男の着衣は、事務所の見えないところに放り投げられている状態で、スーツはこの1着しかなかった。

 洗ってる暇はなかったので、とりあえず、いつ使ったのが最後かわからないアイロンを使って皺だけは伸ばしてみた。

 だが、出来上がったものは、良くて失業者が何日も着た、ハローワーク通いが身についたような出来上がりだった。


 萎びたスーツを着た男が、毛並みのいいヨークシャテリアを連れている絵は、昔の俺は笑いを堪えるのがさぞ大変だっただろう、と想像させてくれた。

 まあ、とりあえずこの仕事が終わったら、まともな服を買いに行こう。

 ある意味ラノベでお馴染みの「服を買いに行くための服がない」という状況に近いモノはあるのだが。


 犬を連れているのと、あまり人に近くにいてもらいたくないのが理由で、俺は屋外のテラス席にいた。

 目の前にはチャチャまるを散歩させている川沿いの遊歩道が見えた。

 三神真由子が死んでいたベンチからはさして遠くない場所だ。

 聞いた話では、ここの常連客が倒れている三神真由子の発見者らしい。

 確かに木に隠れてはいるが、かろうじてあのベンチは見ることができた。


 また、俺の胸の奥の方にチクチクする感じが起こる。

 そう思った時、このテラスに通じる扉が開いた。


 昨日よりもさらにやつれた感じのする石動真奈が現れた。


 結構、温度も上がってきて、湿度も高い。

 テラス席には川からの風で幾分涼しいのだが、白いTシャツにジーンズという爽やかなコーデにも関わらず、石動真奈の周りには黒い雲がかかったようなモヤが見えるようだった。


(かなり思い詰めた感じだな)


 チャチャまるが、彼女の出現に心の会話に切り替えた。

 胸の奥のざわめきは、さっきより強い。

 三神真由子の想いが俺の精神に影響を与えているようだ。


(あまりいい話ではないけど、背中を押すぐらいにはなるだろう、なあ、婆ちゃんよ)


 俺とチャチャまるを見つけた彼女は、かなり重いモノでも引きずっているような感じで、このテーブル席に近づいてきた。

 しんどそうに頭を下げる。

 その手には昨日渡したと思われる手紙を持っていた。

 その手紙をテーブルに広げる。

 その動作も、非常に緩慢だった。

 いかにこの1日に石動真奈の心を苦しめたか、想像に難くない。


「あなたは、このことを知っていたのですか?」


 思ったよりもしっかりとした口調で、彼女は言った。

 テーブルの手紙はきっと3枚目の手紙なのだろう。

 何度も読み返したのか、かなりくたびれた感じになっている。

 チャチャまるは俺の足元で聞き耳を立てている。そ

 して俺の肩くらいの位置に、半透明の少女、レイことヨネちゃんが浮いていた。

 当然、彼女には見えない。

 だからと言って、ディスサイズの刃先を俺の首元に当てるのは、やめてもらいたい。


(結構美人じゃない、このおばさん。あなたならきっと襲うに違いない。だからあの人に被害が及ばないようにしている)


 俺は心の中で何度目かのため息をついた。

 中空に浮いてるから、ミニスカートの中が見えるんだ。

 俺のせいではないのに…。


 刃先が1mm俺の皮膚に食い込む。

 おい、ここから血が出たら、明らかにおかしいだろう!


 半透明のヨネちゃんは、普通の人には見えないし、物理的にも影響は及ばさない。

 ただし、俺にはその原則は当てはまらない。

 ヨネちゃんにしろ、チャチャまるの本体の死神にしろ、死期が1週間に迫ると見えるらしい。

 と言っても見えるだけで、本当に死なないと死神の大鎌は役に立たないそうだ。

 唯一、俺にだけ物理的ダメージを与えられるというのは、どういう摂理なんだろうか?


「何度も言いましたが、私は業務を知り合いの興信所から請け負っただけです。詳細は全く知りません。」

「そんなの、そんなの、おかしいでしょう!こんな重大なこと、絶対、絶対に、私に届けなきゃならないって内容でしょ!だから、あの人が死んでからも、依頼を達成しようとしたんじゃないの!」


 俺の立場を自分で整理する。

 と言っても人に語れるように設定を作っただけなのだが…。


 依頼者、これは三神真由子自身だ。

 日本に戻ってきて、すぐに何軒かの興信所に「野崎浩介」の身辺調査を依頼していた。

 正確な数字はわからないが、三件から五件くらいには同じ依頼をしていたと「橋網興信所」の所長、橋岡新造と親しい興信所の所長が言っていた。

 一匹狼の色が強い興信所という職業だが、依頼内容では一つの事務所だけでは賄えない場合も多い。

 ということで数は多くないが協力関係のある興信所はいくつかあった。


 橋岡所長は、まだ入院している。

 どうやらかなり症状が重いらしい。

 会いに行けばしゃべることはできるという程度。

 文字起こしは俺がやって、最後に署名だけお願いしている。

 最近ではそれすら辛いらしい。

 今後は俺が所長の動画撮影しかないかな、と思い始めている。


 当然のことながら、石動真奈がこの三神真由子の手紙の受け取りを頑なに拒否していた。

 それは内容が、自分への謝罪と、大好きだった父親である早川満の誹謗中傷が描かれていると思ったのだろう。

 内容的には全くその通りなのだが、さらにそこには、娘である真奈の現時点の夫のことも書かれているとは露ほども想像していなかった、というところだろう。


 実際に、三神真由子は自分の死後、なんとしてもこの手紙を石動真奈に渡したかったはずだ。

 だからこそ、あのベンチで地縛霊となってしまった。

 それほどに後悔の念が強い。


 託された興信所の一つが、あまりにも頑固だった石動真奈に辟易して、叔父にあたる人物を探し出し、あの3通の手紙をほぼ無理やり押し付けた。

 押し付けられた叔父は、石動真奈に渡そうとしたが断念した。

 というわけで、俺が尋ねて行った時に、喜んで、得体の知れない興信所の所員に、こんな重要な手紙を安易に渡したということになる。

 その気持ちはわからなくもない。

 受け取ってくれないが、捨てるわけにもいかない。

 そこにその手紙を本人に渡したいという奇特な人物が現れた。

 俺もその叔父の立場なら、嬉々として押し付けるように渡して、その記憶を封印することだろう。


「私どもも、あくまで前任の興信所からの依頼で、あなたにこの手紙を渡すように言われただけですので。お恥ずかしい話ですが、私ども「橋網興信所」は、あまり依頼がないのです。こういう案件を回していただいて、なんとか営業している次第で…」


 俺が愁傷な顔で言った。


「そもそも、岩動さんがこの手紙の受け取りを頑なに拒否したと聞いておりますが。」


 俺の言葉に疲れ切った顔にさらに暗鬱な表情が加わった。


「とりあえず、この手紙を読んでもよろしいですか?」


 今回の相談の本質であるはずの問題の手紙だ。

 すでに内容を知っているのだが、もう一度読み直そうと思って、石動真奈に了解をとった。


「読んでもらわないと話ができないのよ、本当は他人には見られたくはないけど…」


 本音だろう。

 この内容を知ったことだけでも心痛甚だしいのに、その恥ずかしい内容を第三者に見せるのだから。

 恥ずかしい、か。そういう次元の話ではないと思うんだが。

 俺は、正式にそのくしゃくしゃな手紙を読み始めた。






 長々と思い出話を書いてしまいましたね。

 ごめんなさい。

 本当に書きたかった内容は、ここから書くことです。

 これは私ではなく、真奈、あなたと、そして子供の未来に関わってくる内容よ。


 「野崎浩介」


 この男はあなたにとって親身になってくれる大切な人であったことでしょう。

 私にとっては人生を滅茶苦茶にした悪魔以外の何者でもありませんでしたが。


 あなたは知らないと思いますが、あなたの夫である岩動は、「野崎浩介」の恋人です。


 思い起こしてください。

 私が最初に書いた手紙の内容を。


 彼は真性の同性愛者です。

 それはその人のプライベートな問題であって、普通は非を唱える問題ではないのでしょう。

 ですが、そのために傷つく人があれば話は違います。


 真奈、あなたが

「異性の問題ではないから許す。旦那さんの趣味であり、十分、自分が愛されている」

 ということであれば、私もこのような手紙を認める必要はなかった。

 ですが、根本的に「野崎浩介」という男には欠陥があります。

 彼は自分の恋人を他の人に渡す気はさらさらなかった。

 そして、自分好みの恋人を自分の手で育てるという、信じられない思想があったの。


 私が早川満さんと結婚したのも「野崎浩介」の策略。

 「野崎浩介」には同性愛者ではないかという噂が付き纏っていた。

 その頃、部下の満さんが恋人ではないかという、噂とも言えない囁きが出始めていたらしいの。

 今でこそLGBTなんて言われて、性的マイノリティーを表立って攻撃できない風潮があるけれど、40年くらい前では、出世に響きかねない状態だった。

 そこで、私と結婚させて、数年間海外に出張させたのち、帰国後離婚。

 それが単純なシナリオだったようね。


 でもすぐに、そのシナリオの修正を迫られた。


 そう、真奈、私があなたを妊娠したの。

 「野崎浩介」は、まさか満さんと私の間に子供ができるなんて考えてなかったようでね。

 しかも、満さんの海外赴任に、私があなたと一緒についていくとは思わなかったらしいの。

 そこで「野崎浩介」は、アメリカで起業したはいいけど、資金繰りに困っていたロジャー・リック・サウスランドに目をつけた。

 資金提供を餌に私を誘惑させようとしたらしいわ。


 本当に冗談じゃない。

 人の心を弄ぶ悪魔なのよ、あの「野崎浩介」は。


 私は何度かロジャーにモーションをかけられたけど、ロサンゼルスでも、この東京でも。

 どんなことがあっても私ははねつけてたのよ、あの絶望を与えられた日までは。


 結果的に私がロジャーについて海外に行ったことで、「野崎浩介」は大満足で、特別ボーナスがでたと言う調査結果をもらったわ。


 これまでの話が信じられないと思います。

 これは私が帰国後、ロジャーのあまりにもおかしな言動が気になったせい。

 離婚に際して、「金のためにお前を誘惑して、結婚したんだ」、なんて言われたの。

 それでアメリカで必死に貯めた貯金を使って、6社の興信所を使って「野崎浩介」の身辺調査をしてもらったの。

 酷い興信所もあったけど、その総合的な話から、こう言う結論に至ったわ。

 本当は、直接あなたに話したかった。


 話を戻します。


「野崎浩介」は、合法的に私を満さんから遠ざけて、離婚させた。

 幸運だったのは、真奈が女の子だったことね。

 「野崎浩介」は人の良い上司のような顔で、よく家に泊まっていたと思います。

 それは満さんと情事を繰り返すため。

 あなたがそれを知っていたかどうかはわからないけど…。


 でも、きっと満さんにはストレスが、かなりかかっていたと思う。

 仕事は大変だったと思うけど、真奈を愛していたことは間違いない。

 その心は信じていいと思うの。


 そして、その娘を裏切り、仕事場でも「野崎浩介」は情欲のままに満さんを犯していたことでしょう。

 あの日、私が目撃していたように。


 正確な病状については私はわかりません。

 興信所の方が調べても、病名は心不全としか判らなかったのですから。

 満さんが何を望んだかはわかりません。

 それでも、「野崎浩介」の欲望の犠牲者だった。

 私はそう思います。


 あなたの夫である岩動毅さんと、あなたがどう出会ったかはわかりませんし、その前後だかも不明ですが、「野崎浩介」の恋人であることは間違いありません。


 ここ数年、あなたの生活を見守ってきました。

 きっと幸せな時もあったと思いますが、今のあなたから幸せな表情を見ることができません。

 すぐにでもあなたに会って、この事実を伝えたかった。

 でも、きっとあなたは私の顔など見たくないでしょうし、話も聞いてくれないでしょう。

 この手紙もあなたの元に届くのがいつになるのか、正直不安です。


 ここから書くことは、かなり憶測になります。

 先に記したことですが、「野崎浩介」の欲望は際限がなくなってます。

 彼はどうやら自分好みの恋人を自分の手で育てようとしている傾向があります。

 この意味がわかるでしょうか?

 この憶測が外れることを祈る気持ちでいっぱいですが、人の希望は潰えることが多いのも事実でしょう。


 あなたと岩動毅の子供、そう、私にとって孫でもあるのね、政秀ちゃんを「野崎浩介」は自分の愛人にしようとしている。あなたの隙をついて、ね。


 そう、嘘だと思うわね。

 私もそう願ってる。

 でも、政秀が生まれた時の「野崎浩介」の喜び方に違和感を持たなかったかしら。

 真奈、あなたを実の娘のように思っていたとしても、その喜びようが異常だと、聞き込みをした興信所が皆、意見として添付してあったのよ。


 真奈が生まれた時は、すぐに私を排除しようとした。

 でも、今回の「野崎浩介」にその動きはない。

 ある興信所の所員が言ってたわ。

 私がいなくなって子育てが大変な満さんを亡くした時の「野崎浩介」の絶望について、ね。

 大きくなっていたあなたは、一人で暮らせるようになっていたから、まだしもだけど、今回毅さんを失うことを怖がっていた。


 ただ、もう一つ。

 どうやら「野崎浩介」は女性というものに憎しみを抱いているらしい。

 単純に言えば、子供を作れないこと。

 政秀ちゃんが大きくなって、「野崎浩介」と関係を持った時、あなたに夫と息子が自分の恋人であると告白して、縁を切らせる。

 真奈、あなたに絶望を与えようとしている。

 ある意味、満さんの心を奪い、子供を作った私とその娘に対する、復讐と言えなくもないのかしら…。





「何をしているんですか!」


 石動真奈の低い、それでいて怒りに満ちた声に、俺は目を覚ました。

 覚ましたのだが…。


(自分を取り戻したか、マサヒロ)


 意識は取り戻した。

 だが、全く自分の体を動かせない。

 というより、視覚情報を信じるなら、俺の左手が勝手に手紙に何かを書き込んでいっている!

 左手?

 なんで俺左手で文字書いてんだ!


(落ち着け、マサヒロ。少なからずこういうことが起きるかもしれないと思っていたんだが…)


「やめてください!これは、これは………。」


 石動真奈はそう言って、じっと俺の手元を見ている。


「ど、どういうこと?筆跡が、筆跡が…同じ?」


 無理矢理俺の手を止めようとしたのだろう。

 立ち上がり、俺の方に上半身を倒している。

 だが、その動きが止まった。

 俺を驚愕の眼差しで見ている。


「あなた、誰?」


 いや、誰と言われても、すでに名刺渡してるはずなんだけど。

 話そうとしたが、口が動かない。

 いや、大倉の体を全くコントロールできないことがわかった。


(今は三神真由子に体の主導権を奪われた状態だ。しばらくマサヒロはこの大倉の体を動かすことはできないんだ)


 チャチャまると言う名の死神が、解説してくれた。

 つまり、今のこの大倉の体は、三神真由子が乗っ取った、と言うことらしい。

 だが、急になぜ?確かに石動真奈と会ってるとこから、胸の中がざわつく感じはあったのでが、まさか乗っ取られるとは。


 俺の視界が石動真奈の瞳をとらえた。

 口が動きそうになりながら、言葉を発することがなかった。

 言葉を発することができない?


(いや、結局は大倉の体だからな。声も男の掠れたものになる。仮に三神真由子だと名乗っても、逆に疑われることがわかってるのだろう。)


 筆談用に持参した筆記用具。

 そうなることは理解していたのだが、まさかこちらの意思関係なしに、体を奪われるとは思っても見なかった。


(魂の力の優劣によるのだよ、マサヒロ。おまえさんの魂の力は強い。だが、想いの力は稀に、おまえさんの力を凌駕することがあるんだよ)


 俺はため息をついた。

 知らないことが多すぎるな。

 今は、三神真由子にこの場を託そう。


 私はあなたの母親、三神真由子です。


 俺が用意したメモ帳に、綺麗な字で左手で書かれていた。

 俺も大倉も右利きだったよな?


「嘘、うそ…」


 三神真由子が死んでいることは知っていたはずだよな、確か。


 信じられないのはわかります。

 今、私はこの大倉という人の体を使って、メッセージを真奈、あなたに送っています。


 文字がつらつらと書かれていく。

 俺もここ最近は自分で字を書くことが増えたが、生前はほとんどPCにキーボード入力だった。

 字もかなり下手になったと思っていたところだ。


「ここに今書いたことは本当なの?」


 私も信じたくはない。

 だけどあの悪魔、「野崎浩介」はそのつもり。

 私の肉体は消えたけど、魂になってわかったものもあるの。

 興信所に作ってもらった報告書と、その元になった資料を貸金庫に預けてあります。

 私の死後、10年は預かる契約になっているわ。

 あなたなら私の娘だから、開けてくれるはずです。

 そのために必要なカードがあるところに置いてあります。


 さらにその秘匿場所が書かれた。


 早川満の墓石の隙間。


 そこで急に自由になった。

 急速に三神真由子の存在が消えていく。


(成仏できたようじゃな、マサヒロ。三神真由子はもう出てくることはないぞ)


「あ、ああ………、母さ、母さん、お母さん〜〜〜」


 石動真奈が泣き崩れた。






 その後、石動真奈はひとしきり泣き、三神真由子が書き残した手紙とメモを持って帰っていった。

 それが1週間前だった。


 不思議な状況について、なんの説明も求められなかったのだが、これでおそらくよかったのだろうとは思う。

 俺の呼びかけにも「魂の貯蔵庫」に戻った三神真由子が反応することはなかった。


「これでよかったのだろうか。」


 俺は誰に言うともなく、呟いた。


「三神真由子は自分が伝えることを愛する娘に伝えた。もう、心残りはなかったと言うことであろう。石動真奈も衝撃が大きかったことと、母親とのコミュニケーションが取れた喜びとで、混乱していたようだが。」


 足元にチャチャまるが擦り寄りながらそう言った。


「とりあえずは、魂の回収成功おめでとう、マサヒロ。」


 チャチャまるはそう言って俺の膝に乗ってきた。

 頭を撫でてやる。

 嬉しそうにくうーんと鳴いた。

 犬に発声器官はないはずなのに、普通に喋れるのはなぜなのか?

 疑問に思うだけ無駄なのだろう。


「それに、無事、貸金庫の書類は手にはいったみたいで、よかったんじゃないのか」

「あれから1週間だからね。ご丁寧に連絡きたよ。資料の中に信頼できる弁護士まで書かれていたそうだ。本当に三神真由子は娘を想ってたんだな。おかげで弁護士先生に謝るハメになった。」


 チャチャまるが俺の手の甲を舐めている。


 石動真奈が雇った弁護士は三神真由子の事情も十分知っていた。

 かなりの腕前の弁護士のようで、離婚条件も石動真奈に非常に有利な条件を勝ち取ったようだ。

 それも数日で。


 「野崎浩介」も定年間近での醜聞を非常に嫌っていたようだ。

 当然だろう。

 GLBTが叫ばれている昨今でも、部下の旦那を拐かし、さらには部下の娘の息子までをも狙っているとなれば、刑事告発はできなくとも、週刊誌ネタには十分だ。

 大企業の重役となれば尚更だろう。

 石動真奈親子の生活を十数年は賄える金額を手にしたはずだ。


「まあ、あなたもまあまあ、仕事ができると言うことは、認めるわ。」


 俺の近くで中空に浮いているヨネちゃんが言った。


「ああ、ミッション・コンプリートってやつだな。」


 と、ソファに背中を預けようとしたら、ディスサイズの刃が喉元に突きつけられた。


 なぜ?


「今、おまえが私のスカートの中を見たでしょう?」


 冤罪だし、いつも俺の上に浮いてるからだろうが!


やっと、終わりました。

次回は時系列を遡って、大倉の体に乗り移った時のエピソードになります。

また長くなると思いますが、付き合ってくれると嬉しいです。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

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