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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
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その9 手紙

今回でこの話を終える予定が終わりませんでした。ごめんなさい。

よろしければ読んでください。

 岩動真奈はその心情を顔に出していた。顰めっ面だ。それでも三上真由子の手紙に目を通し始めた。


石動真奈様


あなたがこの手紙を読んでくれることを信じて、この手紙をしたためます。


ごめんなさい、真奈。

いくら考えてもこの言葉しかありません。


まだ小さかったあなたを、結果的には捨てるようなことをしてしまいました。できることなら一緒に連れて行きたかった。でも、それだけの時間がなかったの。


あなたが母親である私を憎んでいることは十分理解しています。存在すら認めたくないと言うこともわかっています。それでも、これから書くことを読んでください。きっとあなたが聞かされていることとは違う事実があると思います。

信じるか信じないかはあなたの自由です。それでも最後までこの手紙だけでも読んでください。

もしこの手紙に少しでも信じられる箇所を見つけられたら、他の2通も読んでもらえたら、もう悔いはありません。


あなたのお父さんで、私の夫だった早川満さんとは上司の仲介で結婚したの。同期だったから、顔くらいは知っていたけど、当時私部署である経理部の部長だったのが野崎浩介。そう、私が別れた後に何かとあなたと満さんの父子家庭を援助してくれた恩人ね。

でも私にとっては、憎しみの対象でしかない。


恋愛結婚というよりは見合い結婚の色合いが強かった。顔は知っていたけど、ほぼ他人だったから野崎浩介がいなければ結婚しなかったし、あなたは生まれてはこなかったと言うことになるのかしら?


真奈、あなたを愛していることには嘘はありません。そしてあの3人での生活、ほんの一時でしたが、幸せでした。その後に来る悪魔の様な真実を知るまでは。


元々、満さんのアメリカへの転勤は決まっていました。あなたには記憶がないかもしれませんが。そのために私との結婚を急いでいた様です。そう、それは私でなくてもよかった。ただ計算違いだったのは結婚してすぐにあなたが生まれてしまったことらしいの。結果的にはそのために1年以上もロサンゼルスへの赴任が遅れる結果になった。彼にとってはそれが忌々しい事だったみたい。


そして私たちは、いえ、私は出会ってしまった。ロジャー・リック・サウスランド。それが私の2番目の夫の名前。私を、間接的にはあなたを不幸にしていく最初の一石だった男の名前。


この書き方でわかるかしら?全てはシナリオ通りだったと言うことが。


きっと、あなたはこの書き方に非常に不快な思いを抱いているのだと思う。

だって書いている私自身が嫌な気分になっているのだから。


当時ロジャーは、自分でPCのリサイクルの事業をしていた。

その時はなぜかわからなかったけど、転勤先のロスアンゼルス支局は彼の会社と取引があった。

細かい内容は私にはわからなかったわ。満さんの転勤に同行するために、私は会社を辞めていたから。

と言うよりも、会社としては夫婦で一緒に転勤なんてさせてくなかったし、上司の野崎が、今思えば必死に私を辞めさせようとしていた。退職条件をかなりの厚遇にしてね。だから満さんの業務内容なんてわかるはずもなかったの。


満さんもロジャーを気に入った様で、よくホームパーティーに参加していたのよ。

帰国が決まってからかしら。やけに熱心にロジャーが私を誘う様になったの。

私には満さんも真奈、あなたもいるんだからそんな話には全く乗らなかったし、一応は夫の親しい人ということで最低限の礼儀だけの接し方だった。


それでも帰国後、月に1~2回、こちらに来ては私に声をかけてきていたのは事実よ。

でもね、その時に二人で会う様なことはしなかったし、誘われても決してOKは出さなかった。それどころか、露骨なデートの誘いには突っぱねたし、満さんにも報告して、私に近づかないようにしてもらおうとした。

でもね、「わかった、言っておくよ」というものの、その後も少し控えめにはなったけど、誘い自体はなくならなかった。

それもそうよね、私との情事はロジャーにとって死活問題だったのよ。そうしなければすぐにもロジャーの会社は潰れることになったのだから。


ここまで読んでくれてありがとう、真奈。

今まで書いた話に嘘偽りはありません。それだけは信じてほしい。この先は離婚について書いていきます。きっとあなたにとっては信じたくない事実を書くことになるけど、お父さん、満さんがあなたを愛していたことだけは、おそらく間違いありません。そして、私もね。それだけは忘れないで。


私と満さんの離婚は、私がロジャーと浮気したから。

きっとそう聞かされてると思います。

間違ってはいませんが、なぜ私がそんなことをしたのか?その理由が完全に抜け落ちています。


しつこいと言っていい、ロジャーの熱烈なアピールが功を奏した、というわけではないのです。


初めてロジャーと二人だけで会った日、その直前に私にとっては衝撃で信じられないものを見てしまったのです。


その日、珍しく満さんから連絡があって、忘れた書類を会社まで届けて欲しいと言われたの。

以前勤めていた会社だったから、行き方は問題なかった。

ただ、まだ小さかったあなたを預けないといけなかったので、当時仲の良かったお隣さん、中谷さんという人なんだけど、にお願いしたの。

私が通勤していた家とは変わったけど、久しぶりの通勤に少しワクワクしたのだけは覚えてる。それはその後のこととも関連していたせいでもあるけど。


長くなってしまいそうだから、結論だけ書きます。

私が書類を届けるために行った部長室、部長の野崎の業務の部屋で満さんがキスをしていた。

そう、先に不倫していたのはお父さんなの。それだけでも私にとっては信じたくない思いだった。でも、それだけではなかった。


その口付けの相手が、直属の上司である野崎部長だった。


間違いなく野崎は私が覗いてることをわかっていた。

わかっていて焦るでもなく、満さんの体を引き剥がして、ひざまづかせたの。


その時の私には意味がわからなかった。

野崎は完全に私にその顔を向け、見下す様な笑みを浮かべてた。

吐きそうだった。でもそれで終わらなかった。


満さんは私に全く気づかず、恍惚の表情で野崎を見つけて、その指を野崎のスラックスのチャックに伸ばして、おろした。


野崎の醜悪な男性器を愛しそうに引き出して、舌を這わせたのよ。



 読み続ける石動真奈の目が見開かれ、口に右手を押し付ける様にして走ってトイレに駆け込んだ。

 吐き出す音がこの部屋に響いた。


 俺は足の踏み場のない床を注意してキッチンに向かい、汚れのなさそうなグラスに水道水を満たした。

 それでなくても疲れていたであろう。

 戻ってきた真奈のさらに焦燥し切った表情を見ない様にして、水の入ったグラスを差し出す。

 少しだけ俺に視線を向けたのち、すぐにグラスを受け取った。


「私に何をさせたいの…、あなたに言ってもしょうがないんだけど。」

「ええ、俺には依頼者の、三神真由子さんの意図はわかりません。もうお亡くなりになってますからね。それでも、この手紙だけは読んで欲しかった、ということです。私も、他の興信所からの依頼ですんで。」


(しれっと嘘をつくな、マサヒロ)

(誰もやりたがらないという意味では間違ってない)


 グラスに入った水を半分ほど飲んだのちに、もう一度こちらに視線を向けてきた。


「こ、この、これ、中身、見た…、いえ、内容を…」



 手紙の方に指を向けながら、それでもそれ以上は言葉にならないようだった。

 そうかもしれない。

 こんな内容、おいそれとは口にできない。

 本当はその手紙の書いてあることが真実なのかどうか、確かめたいところだろう。

 だがすでに父親も書いた本人もこの世にはいない。

 まあ、正確には手紙を認めた本人の魂は俺の中でことの成り行きを見守っているんだが。


 正直、この状況に俺は参っていた。


 目の前で今にも嗚咽をこぼしそうな、生活に疲れ切った女性がいるということも俺のメンタルをゴリゴリに削ってくるのだ。

 さらに、俺の中にいるこの女性の母親が恐ろしいほどの力で俺の体を動かそうとしている。

 おそらくだが、目の前で苦しむ娘を抱きしめようとしているのだろうが、本当に勘弁して欲しい。


 三上真由子の気持ちがわからないわけではないが、一旦冷静になってその絵面を想像して欲しいものだ。

 うらぶれた中年の親父が打ちひしがれているか弱き女性を抱きしめる光景。

 目撃者がいれば、間違いなく通報レベルの事案だ。


 1枚目の手紙では、確か、真由子の浮気の真実と夫と上司の関係について書かれていたはずだ。


 2人の情事の目撃後、タイミング良くロジャーに声をかけられてそのまま午後のホテルで行為に及んだことまでだったと思う。


 2枚目にはアメリカでの事情が書いてあったはずだ。

 問題は3枚目の内容。


(そろそろここを出た方がいい)


 死神がそう囁いてきた。

 俺もその言葉に心の中で頷く。

 1枚目の内容もそこそこ衝撃だったが、3枚目はそれを上回る。

 時間もかなり経ってしまった。

 子供の迎えもあるだろう。


「石動真奈さん。少し長居をしてしまった。」


 俺の声に石動真奈が、伏せていた顔をあげた。

 その目には堪えていたであろう涙がうっすらと浮かんでいる。


「そこに何が書かれていたかは、私にはわかりません。ただ、他の手紙もしっかりと読んで欲しいということです。故人の意思は伝えました。もし何かあればこれがうちの連絡先になります。」


 俺は名刺を置き、岩動真奈のその心を写したような荒んだ部屋を後にした。

 そして、部屋を出て扉を閉めた後、俺は一目散に駆け出した。

 まるで怨霊の家から、命からがら逃げ出すように。


次回こそ終わる予定です。思ったより手紙が長くなってしまいました。申し訳なく思っています。

よろしければ次回も読んでいただけると嬉しいです。

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