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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
19/21

その7 手紙

 三神真由子の魂を回収したその翌日には、その魂は俺の「魂の貯蔵庫」の中で安定化した。

 そしてその魂に、娘である石動(いするぎ)真奈に会いに行くことを告げた。

 真由子さんはそのことについて幾分緊張したものの、同意した。

 もっともそれが彼女の望みなのだから今更否定はないはずなのだが。

 魂となり、しかも俺に吸収されていても、まだその自我は娘に会いに行きたい気持ちと、拒否される恐ろしさに混乱しているようだった。


 メゾンリバーサイド。

 それが三神真由子の一人娘、石動真奈の家族の住んでいるマンションの名称だ。

 すでに築年数がかなり経っており、今では標準のオートロックやエントランスに入る前のセキュリティーといったものは全くない。

 いってみれば507号室の前まではなんの苦もなく辿り着けるというものだ。

 俺は事務所の中の押し入れから引っ張り出してきた宅配業者を模した衣装に着替えた。

 そして、大倉のコネの一つである管轄の警察署の刑事の一人、箭内悟(やないさとる)から三上真由子の叔父の所在地を聞き出してあり、その叔父から託されたものを薄汚れた事務所のテーブルに広げた。

 

「貯蔵庫」にいる真由子の魂は(かたく)なにその託された物、3通の手紙の中身について、喋ることを拒否した。

 それがいかに重要なものか、その反応で容易に推察できた。

 宛名は全て自分の子供である石動真奈宛。

 すでに「石動」姓を書いてある事からも、帰国してから認めたものであることは分かった。

 住所まで記し切手も貼られているのだが、結局のところ投函することはできなかったらしい。


 そのことが俺やチャチャまる、ヨネちゃんの好奇心をくすぐった。

 娘に会って謝るだけ、と思っていた俺たちに、その手紙の内容は大きな意味を持っているに違いない。

 そう思ったのだ。


 しかし当の三上真由子は口を開かない。

 そして封をされた手紙を強引に開けるわけにはいかない。

 これが真由子の叔父が、半ば強引に俺たちにこの手紙を押し付けた理由だろう。

 俺たちは三上真由子の生前に雇われていた興信所の職員を名乗った。

 「生前に」というのは真っ赤な嘘だが、それ以外は本当のことだ。

 真由子の意思を引き継いでいる。

 そして、自分が死んだ時に娘にメッセージを伝えるという依頼内容を伝えたのだ。

 その話を最初は胡散臭そうに聞いていたその男は、メッセージを伝えるという依頼に急に笑顔になりこの手紙を文字通り押し付けてきた。

 実はこの手紙を直接石動真奈に渡そうとしたらしいのだが、拒否されたということだった。


 そんないわく付きの手紙3通が、俺の目の前に並んでいる。

 この内容は知っておいた方がいい。

 これは俺と、大倉の魂の珍しく一致した見解だった。


「これ、読むことってできないのか?」


 俺の膝の上で丸くなっているヨークシャテリア、死神のチャチャまるに話しかける。


「それは必要なことか、マサヒロ」

「真由子さんの娘に会う前には見ておいた方がいいと思うんだよな、これ。」

「本人はなんと言ってる?」

「頑なに何も言わない。」

「そうか。じゃあ、どうしようもないな。開けるしかないんじゃないか?」


 このチャチャまるの言葉に、真由子さんの魂が明らかに動揺した。

 人に宛てた手紙を第三者が勝手に開けていいわけがない。

 だが、そんな常識よりも真由子さんの動揺が気になった。

 やはり、ここには重要なことが記されているようだ。


「死神のチャチャまるにはわからんだろうが、他人宛の手紙を勝手に封を開けて読む、なんてのはマナー違反なんだよ!」


 俺の言葉に動揺を見せていた真由子さんの魂が少し落ち着いた。

 だが、次に繰り出されたチャチャまるの言葉にパニックになった。


「封を開けずに読めればいいんだろう?それぐらい、造作もない。」


 死神の言葉は彼女の魂を絶望に突き落としたようだ。





 俺の心の中、「魂の貯蔵庫」の中で真由子さんの魂が相当に暴れている。

 それを大倉が必死に宥めている。

 外からでは全くわからないはず俺の心の中の騒乱を、死神は面白そうに見ていた。

 が、暴力少女ヨネちゃんはあまりの内容に呆然としていた。


 3通の手紙のうち1通には予想通り娘に対する謝罪の言葉が記されていた。

 ただしそれは1通目の話だ。

 あとの二つには夫であった早川満のことと、そして真奈の夫である石動毅についてのことが記されていた。


「人とは本当に業が深いものだな。」

 

チャチャまるが呟いた。

 ヨネちゃんはディスサイズに寄りかかるようにして、かろうじて立っていた。

 真由子はとうとう観念したように静かになった。

 俺もまた想像力が足りなかった。

 真由子さんの魂の未練は確かに娘に会い、謝ることではあった。

 だがそれだけではなかったのだ。

 チャチャまるが俺の膝から飛び降りた。


「さて、準備はいいか、マサヒロ。」


 死神が俺を促す。

 すでにこれからのことは俺だけで対処は可能だ。

 というか、できれば誰か別のやつに動いてもらいたいほどだが、仕方がない。

 俺に対して暴力で会話をしてくる半分生きている少女、ヨネちゃんこと死神の助手を務めるレイがここで(うずくま)っていても問題は無い。

 俺を促す死神であるヨークシャテリア・チャチャまるも一緒に来る必要はないのだが、ことの終わりを見届けるつもりなのだろう。

 というか、かなり興味津々でついてくるようだ。

 今回の俺は宅配業者に返送していくわけだが、一緒に子犬が歩いてるというのは世間一般で許されるものだろうか?


「それについては問題はない。この姿は確かに実態ではあるが、他の者に気づかれない術は心得ておる。それよりも、おまえさんがことの成り行きで死ぬようなことになっては困るのでな。」

「おい、まだ俺に隠してることがあるのか、この駄犬!」


 ただ、真由子さんのメッセージを伝える、いや、最悪この封があいていない手紙を渡せば全てが済むのではないか。


「おまえさんは人間の魂の力というものを甘く見過ぎなんじゃよ。この未練の塊の魂とその大元となる娘の邂逅がどう言った事態を生むかわからんのだ。しかも先ほど、我輩が行った「透視」での手紙の内容が、常軌を逸しておることぐらいはわかっとるじゃろう。」

「それは、まあ、確かに、そうなんだけど…。」

「娘の方はその事実を全く知らない。そして、その内容が読むに耐えないものであれば、その怒りの矛先を、マサヒロ、おまえに向けてくる。その結果、お前さんの中の三神真由子の魂がその娘の怒りに共鳴などしようものなら、おまえの肉体をも暴走させるかもしれん。わしがその場にいなければ、対応のしようもない。」


 暴走、するのか?


「さあ、早くいくぞ。おっと、我輩用のハーネスとリードは忘れずにな。」


 本当にこの犬が死神なのかと疑いたくなる。

 どう見ても散歩に連れて行って欲しい子犬にしか見えない。


 俺は雑居ビルの近場にある駐車場に足を向けた。

 そこにはかなりの年月が経過した白いワンボックスカーが置いてあった。

 一応はメンテナンスをしてはあるが、如何せんAT車ではない。

 最初のうちはクラッチを切るタイミングが掴めず、よくエンストさせてしまった。

 「魂の貯蔵庫」の大倉に運転を教えてもらうことになったものだ。

 チャチャまるを助手席のキャリーバックの中に入れて、目的地に向かった。


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