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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
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その6 約束の反故

 次の日の早朝。

 まだ夜が開けはじめた頃、やはり三神真由子はあのベンチに居た。

 今まで通りの疲れ切った姿。

 そして俺たち以外には誰にも気づかれていない様子だ。

 もっとも、仮に見つける人間がいたとしても、誰にも喋ることはできないだろうし、そのことを聞いた人間がこの幽体を見ることができなければ、その精神面を否定されかねないという不安を持つはずだった。


 真由子がこちらにその顔を向けた。

 相変わらずの疲れ切った表情だ。

 が、俺の表情に何かを読んだのだろう。

 疲れているはずのその瞳に、まるで生きているかのような光が垣間見れた。


「おはようございます、三上真由子さん。」

「おはようございます……。確か大倉さん、でしたね。」

 

 その真由子さんの言葉に軽く頷き、また横に座る。

 チャチャまるは汚れた足のまま俺の腿に駆け上り、そのまま蹲った。


(おい、土足で上がってくんじゃねえよ、この犬やろう)

(この方がいいじゃろう。レイが鎌を振うのに、邪魔になるからのう)

(俺の足は切られてもいいと?)

(避ければ良いじゃろうが、マサヒロ)


 丸まっているチャチャまるの背中を睨みつけながら、もう一度視線を真由子さんに向けた。


 幽霊なのにも関わらず、その緊張が俺に伝わってくる。


「あなたの望みを叶えてあげますよ、三上真由子さん。」


 俺の声がそう真由子さんに伝えると同時に、ヨネちゃんこと死神の助手(アシスタント)レイが、その両手に持っていた大鎌、死神の鎌(ディスサイズ)を振り上げた。

 俺を見ていた真由子さんがヨネちゃんに向く。

 そして瞼を閉じる。

 自然とその両手が祈るような合掌をし、顔が上を向いた。

 瞬間、俺を巻き込むような勢いで、斜め上からディスサイズが振り下ろされた。

 俺は慌ててその大鎌に触れないように体を避ける。

 これは絶対にわざと俺ごと刈り取ることを目的としたディスサイズの動きであることを直感した。

 そう、俺に対しての殺気が籠っていたのだ!


「あぶねえんだよ、この暴力女!」


 そう叫んだ俺を、明らかな殺意を込めた瞳が見つめていた。


(まあまあ。マサヒロもそう怒るでない。無事に魂がこの世との(ことわり)から解放されたんじゃからな)


 気づけば振り切られた大鎌(ディスサイズ)により、隣のベンチにいるはずの真由子さんの体が地面から切り離された。

 そう、真由子さんの体が浮遊していた。

 しばらく、そうして浮かんでいた。

 そのことに気づいた真由子さん本人が優しく微笑むと、その体が急速に縮みはじめた。

 そして、ピンポン玉よりも少し小さいくらいの柔らかな光を発するほどになると、俺の胸の辺りを目掛けて吸い寄せられるように接近してくる。

 俺の体に触れた途端、淡い光の球は消失した。

 同時に、体に微かな重みが加わるのを俺は感じた。


 約21g。

 魂の重さは普通感知できるほど重くはないはずだが、俺の気持ちはしっかりとその重さを感じていた。


「三上真由子の魂、回収終了です、殿下。でも、今後の対応、この強姦魔に任せてよろしいのですか?」

「だからさ、ヨネちゃん!俺はDTなんだから強姦魔はやめろって!」

「そんなこと、胸を張っていうことではないだろう、マサヒロ。」


 チャチャまるがチャチャを入れる。

 いや、全然面白くなええよ、このダジャレ。


「任せるも何も、この後の行動に移さなければ、我々はただの嘘つきで、この三上真由子の魂に対する信用を失うのじゃ。現時点では綺麗に拐取できたが、まだ三神真由子としての意識があるうちに信用を失くせば、強引に魂を狩るより酷いことになる。」


 チャチャまるが深刻そうにそう言った。


「そうしたらどうなるんだ?」


 チャチャまるの言葉にヨネちゃんが少し項垂れたようにしているのを横目に見ながら、俺はそう聞いてみた。


「今はまだマサヒロの「魂の貯蔵庫」に慣れていないために、ほとんど我々の会話は意識できないはずだから言っても問題ないだろう。」


 チャチャまるが助手アシスタントであるヨネちゃん、半分生きている少女レイに確認するかのように言った。

 彼女がその言葉に軽く頷く。


「マサヒロは知らないことだから説明しておく。今後、同様の事案はあるだろうからな。」


 そう言うとチャチャまるは俺から飛び降りて、俺に相対するように地面に座る。


「極力綺麗な魂を回収する。そのためには未練ある魂はその未練を解消する。ここまでは以前説明した通りだ。では未練があるママ魂を回収した場合、何が起こるか覚えているか?」

「魂の残渣がその場に残ってしまい、この世に障害を残す可能性がある、ってことだったよな。」

「そんなとこだ。通常、と言うか今までは未練を断ち切ってから魂を回収してきたわけだが……。今回は先に魂を回収して、これからその未練を断ち切るという順番になったわけだが。」

「その約束を反故にすると、何が起きるんだ?」

「未練を解消すると言う前提で魂を回収している以上、約束は絶対だ。それを無視すれば当然ペナルティが課せられる。それは現世でも一緒だろう?」

「一応はそう言うことになっているけど、現実としては、な。」

「そうだな。逃げる奴がいる。そしてバチが当たらずに終わることもある。だが、この死神の世界、と言うか神々の世界でそんなことが許されると思うか、マサヒロ。」


 小さなヨークシャテリアのくせに、そう言った時のチャチャまるの眼光は鋭かった。


「天罰が当たる、と。」

「それは我々神のものにも同じく執行される、と言うことだ。」


 死神も神の一派か。


「ねえ、変態。今殿下に対して、かなり不埒な考えをしたよね。」


 暴力少女がそう俺を脅してきた。

 そうだった。

 俺の思考はこいつらに読みやすいんだったっけ。


「まあ、良いさ、レイ。話が進まんからな。でだ、今回のように約束をした上で魂を回収した。それを破った場合、貯蔵庫の中で、その魂は腐るんだ。」

「腐る?」

「そう、腐る。つまり、悪い状態に一気に行く。当然だろう。魂自体はその想いゆえに現世に留まっていた。その想いを踏み躙るんだ。それは汚濁のようなものに変質し、さらに周りの魂も巻きこむ。その貯蔵庫たるものの魂、つまりマサヒロ自身も汚染されていく。ある種の伝染病のようにその汚濁は広がり、皆、自死していく。」

「な、なんだそれは……。」

「大抵の場合、その状況は戦争時の異常状態に近い。集団ヒステリーとも言われてる。」


 チャチャまるの言ってることの意味を理解しはじめた俺の心が、一瞬ブラックアウトしそうになった。


「今言ったことは最悪の場合だ。今のお前さんの貯蔵量は多くはないからそこまでいくことはないが、お前を含め「神の怒り火」による浄化をしなければならないだろうな。」

「何怖いことを平然と言いやがる、このバカ犬が!」


 俺が腰を浮かし殴りかかろうとしたところに、ディスサイズの黒い輝きが遮った。


「殿下は真実を語ってる。何とち狂ってんだ、この変態!」


 ヨネちゃんの罵声が俺に降りかかってきた。

 その罵る声が俺を正気にさせた。


「レイ、やめなさい。マサヒロ、もう一度言うが、今言ったことは最悪の事態だ。単純に約束したことを実行すればなんの問題もない。三神真由子の魂が安定したら彼女の娘に会いに行けばいい。それだけだろう?」

「ああ、確かに。この案件はそれで済む話だった。だが、これからことを進めていくときに、こう言うこともあるわけだろう?先にそのことは説明しておいて欲しかったってことさ。」

「そうだな、そのことに関してはこちらの不手際だった。悪かったよ、マサヒロ。」


 思っていたよりもこの荷は重い気がしてきた。

 だが、生きるため、それと自分自身の死の真相、そしてそうなった事態を引き起こした者に少しでも後悔させなければ納得ができない。

 その思いが俺を駆り立てた。


「では、この魂が安定して話ができるようになり次第、この件を片付けよう。それで良いよな、チャチャまる、ヨネちゃん。」


 俺の言葉にヨーキーと半透明の少女が頷いた。


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