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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
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その5 未練

「それがあの川向うに見えるマンションという事ですか?」


 俺は一通りの話を聞いて、この三神真由子の未練の意味が分かった。

 それは死神・チャチャまるにもわかったようだった。

 自分たちが出来ることは少ない。

 既に三神真由子は死んでしまったのだ。


「そう、あの5階の507号室に住んで居るのよ。でもね、勇気がなくて、ここから見ているのが精一杯。運が良ければ洗濯物を干すときや取り込む時の様子が見えるってことくらいね。」


 そう言われて俺は少し頭をあげ、マンションを見た。

 そう高くないマンション。

 8階建て。

 見る限り築年数も長そうだ。

 とはいえ、きっと俺が今寝床にしている事務所兼住居の雑居ビルよりはずいぶんよさそうだ。


 もう陽ざしがかなり傾いて、夕刻と言っていい時間だから洗濯物は干されてはいない。

 仮に、ここから見たとしても、そのベランダに出てきた人の顔が判別できるかどうか、ギリギリというところか?

 さりげなく隣の幽霊である三神真由子を見た。


 白髪で疲れ切った表情。

 皺も結構ある。

 着ている服は死んだ当時のままなのだろう。

 別に魂だけの霊体なのだから、このような生前のままでなくてもいいのに…。

 と言っても、その魂自身に未練があるのだ。

 だからこそ死んだままの状態が俺の目に映っている。


 さんざん輪姦され、殺された女子高生の魂はボロボロの制服に、切り刻まれた体のままでそこにいたのだ。

 それに比べれば明らかに綺麗なのだが、生前の苦労がその顔や体付きに出ている。

 きっと、アメリカに行く前の三神真由子は、幸せに満ちた美人だったのだろうと想像できた。

 それがまだ52なのにもかかわらず老婆のような姿になってしまった。

 本当にこの世は何がきっかけで不幸に転ずるか分からない。

 自分のことを振り返りながらそんなことを思った。

 俺は彼女の足元に座る死神、ヨークシャーテリアのチャチャまるを抱き上げて、自分の膝にのせる。


「どうしたもんかな、この状況。」


 そう、独り言のようにつぶやく。

 どう考えても、このまま彼女の未練を解決はできない。

 彼女の未練は…。


(そうじゃな、ここにいては絶対にその未練は晴れない。しかも、その未練を自ら発することはできないんだ)


 チャチャまるが心の声で俺に言ってきた。


(ここ迄話を聞けば、問題なく魂の刈り取りは出来る。お前さんの「魂の貯蔵庫」に納めた後に行動すれば問題ないのだが…。問題は、その娘さんはこの三神真由子の遺体の引き取りをかたくなに拒否したという事だろうな)


 そう、結果的に警察はその調査力を駆使して、現在生きている唯一と言っていい三神真由子の血縁である叔父にあたる人物に引き取ってもらったらしい。

 真咲の知り合いの所轄の刑事からそう聞いたらしい。

 既に真由子の両親は鬼籍に入っている。

 一人娘の真由子は二人の葬式に参列を許されなかったらしい。

 それほどまでに三神真由子は孤立していたという事だった。


 出来れば三神真由子の身辺をもう少し掘り下げたいところではあるが、既に死後半年を経過している。

 見たところ三神真由子の魂に劣化は見られないように思っていたが、時間はそうないらしい。


(死亡してからできれば、数か月で回収したいところなんじゃよ。今回は、お前さんにその霊体についてのトレーニングも兼ねて状況を見ていたが、そろそろ回収をした方がいい。未練の言葉を発することが出来ないという事は、かなりあの土地に侵食されている)

(それはどういうことだ?)

(祟り神という言葉を聞いたことがあるか?)

(ああ、まあ)

(その土地にはもともと大いなる意志というべきものがある。私も詳しくは知らないが、この日本には八百万の神という思想があるだろう。即ちすべからく、全てに神が息づいているという話なんだが)

(それは理解できるが)

(その大いなる意志ともいうべき存在が、地縛霊となってある程度の年月を過ぎると、その土地の神に影響されて変質してしまうというものだ。大抵は大いなる意志に吸収されるというものなんだが、他の魂に悪影響を与える存在に変わってしまうものがいる。そうならないために、我々のような死神、まあ魂の回収者が必要なんだが)

(それはわかった。だが、未練の言葉が言えないというのは?)

(考えてもみろ。そこに執着するという事は未練が強いという事だ。それを言葉として伝えられないという状況、つまり…)

(魂の変質が始まっている、という事か)


 その俺の心に頷くようにチャチャまるが「ワン」と吼えた。




「早川真奈は結婚して、今は石動真奈(いするぎまな)と名前が変わっている。住所はあの川の向こうのマンションのリバーサイドマンションナカイ507号室。夫は石動毅(いするぎつよし)、37歳で大手家電量販店勤務。子供は一人。娘がいて名前は理沙で今年3歳だそうだ。」


 俺は大倉の職業スキルともいうべき役所職員への接触、多少の金銭的な報酬で難なく三神真由子の娘の個人情報を取得できた。

 大倉はこの興信所での勤務という事で多くのコネを持っていた。

 しかも本人がレクチャーしてくれるから、こういった事案は楽でいい。

 本来の自分は若干コミュ障なところのある陰キャだった。

 とてもこの肉体を持ったとしてもこうもスムーズにはいかないだろう。


(おお、しっかりと感謝してくれていいぞ。報酬はタバコを吸ってくれればいい)

「吸わねえって言ってるだろう!」


 思わず、大倉の挑発の言葉にキレかかった。


「まあ、そう言うなって、マサヒロ。役に立っているのは事実だ。」

(タバコは我慢する。そのかわり俺と感覚を共有してさ、ちょっと女をさ)

「ホント、男ってサイテー!」


 言うと同時に少女の持つ大鎌が俺目掛けて振り下ろされた。

 俺はソファから転げるようにして、死神の鎌ディスサイズから逃れた。

 こともなげにその大鎌を揮った少女、「半分生きている」霊体レイが肩に担ぐようにしてディスサイズを持ち、俺の目の前に立っている。

 チャチャまるはそんな彼女の足元に座っていた。


「俺が言ったんじゃねえだろうが!危ないんだよ、その大鎌は‼」

「でも、言った本人の身体でしょ、その身体。」

「そ、それはそうだが…。」


 だからと言ってディスサイズで切りつけられれば、その痛みは俺を襲うのだ。

 本当に勘弁してほしい。


「そのくらいにしてやってくれんか、レイ。話が進まん。」

「失礼しました、殿下。」


 子犬の死神にはこうも礼儀を弁えているのに、なぜ、俺にはこうも暴力的なのだろうか?

 俺は体を起こし、ソファに座り直す。

 その横にヨーキーのチャチャまるが駆け上り、俺に身体を預けるように寝転がった。

 暴力少女レイは、ディスサイズを壁に立てかけて、本来は来客者用に用意した一人用の椅子に座った。

 今日のレイの服装はテック柄のミニワンピ。

 どっからこういった服を持ってくるのか、不思議ではある。


「それで、これから三神真由子の件はどう対処する気なんじゃ、マサヒロ?」


 チャチャまるがその愛らしさとは全く合わない、親父臭い声でそう俺に言ってきた。


「うん、まあ、とりあえず俺に取り込むのが一番かな、って思ってる。」

「じゃあ、なに?未練のある状態で刈り取るの?魂の欠片が残らないかしら。」


 暴力少女が立てかけてあるディスサイズを撫でながら、俺にそんな疑問を投げかけてきた。


「う~ん、ヨネちゃんの心配も解るけど…。」


 一瞬俺の「ヨネちゃん」呼びに何かを言おうとしたようだが、諦めたような不貞腐れた顔を俺に向けるだけで止まった。

 やっと、何を言っても無駄だと思えたらしい。

 まあ、ミニスカで足を組み替えた時に見えたモノについては黙っておこう。

 それを言うとまた一悶着起きるに決まってる。


「おそらくその問題はないじゃろうな。マサヒロはもう解ってると思うが。」

「まあね。未練が娘に対して謝りたいってことだとは思うんでね。それが出来ると言えば問題ないと思ってる。」

「えっ、あの人、いえなかったんじゃないの?自分の未練。」


 レイが驚いて俺とチャチャまるを見てきた。

 いや、話の流れで、三神真由子が言いたいことって、わかるんじゃないか?


「レイはそう言う人の機微というもがまだわからんのじゃ。マサヒロもそんな目でレイを見るな。」


 あれ、そんな変な目で見ていたかな?

 と思ってレイに目をやると、ディスサイズを振りかざす姿が視界に入ってきた。

 すぐにチャチャまるの上に倒れるように、身体をかわした。

 そのすぐ上を大鎌が横切った。


「あっぶねえな、ヨネちゃん!それ、シャレにならねえぞ!」

「フンッ。」


 ディスサイズをまた立てかけ、ドサッと椅子に座った。


「はよ、身体をどかさんかい、この馬鹿垂れ‼」


 体の下からチャチャまるがキャンキャン騒いでいた。


「ああ、ワリい。でもなあ、悪いのはヨネちゃんだぜ?」

「にしても、お前が変に挑発するからじゃろうが。で、彼女の魂を回収後、その後はどうすんじゃ?」


 体を起こすと、下に潰されたチャチャまるが、ブルっと体を震わせて言ってきた。


「娘さん、石動真奈さんに会いに行く。」


 俺の宣言に、チャチャまるがやれやれと言う顔をした。

 向かいのレイは、その言葉に何故かふくれっ面をしていた。


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