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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第2話 ベンチのお婆ちゃん
13/21

その1 散歩

この話から主人公が乗り移った身体、大倉という興信所員の日常的な仕事が描かれて行きます。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 このところよく歩く河川敷の散歩道を、愛犬のヨークシャ・テリアであるチャチャまると散歩していた。

 温かな日差しの下、その散歩道にはジョギングしたり、俺と同じように犬の散歩をする人がいた。


「いい天気だ。散歩日和だ。リハビリにももって来い、ってやつだな。」


 隣をトコトコと歩く、垂れ耳のヨークシャ・テリアのチャチャまるが、時折俺を見上げながら、短い尻尾をブンブン振っている。

 相も変わらず、可愛い。

 こんな生活、ちょっと夢見てたな。

 ただし、こんなに体が重く、疲れやすい、息切れしやすい40歳の身体で、とは全く思っていなかった。


 この犬の散歩程度であればまだいいのだが、体を鍛えるつもりでこの河川敷を軽く走ったら、すぐに息が切れ、多量に発汗した。

 その汗が自分でも臭いと思った。

 汗自体は通常無臭で、その汗腺に潜む細菌類によって臭いが出るらしい。

 だが、この体の臭いは長年の喫煙習慣によるものだ。

 もともとタバコを吸う習慣の無い俺にとってはなかなか苦行である。


 しかもこの体は、習慣で喫煙してたものだから、俺の意思に関係なくタバコを吸おうとする。

 まだ馴染めなかった頃、気付いたら煙草を吸って、肺にまで紫煙が吸い込まれたため、大いに(むせ)た。

 俺自身は幼少の頃に喘息を患っていて、呼吸がうまくできないことに関してはトラウマレベルだ。

 心臓発作で死にかけたこの体を無理矢理動かし、残っていたタバコをすべて捨て去り、さらに灰皿に山のように残っていた吸い殻も捨て、灰皿をきれいに洗った後、これも捨てた。

 吸殻を残しておくと、その吸い殻に火をつけて吸おうとするこの体に、喫煙者の業を知った。

 本当に中毒とは怖い。

 いくら意思を持ってやめようとしても、体が勝手に動いてしまうのだから。


 この体の本来の持ち主は、タバコを一切排除した時に、俺の中で悲鳴を上げていた。

 こんな病んだ体は、根本から鍛えなおさなければならないのだろうが、俺自身は理系の陰キャ、つまり明るくスポーツに打ち込む明るい青春は送っていない。

 太ってると言うほどではなかったが、筋肉量は同世代に比べれば格段に少なかった。

 特に喘息の時の息苦しさを彷彿とさせる運動による息切れは、極力回避していた。

 つまり、体の鍛え方というものに全くなじみがなかった。


「橋綱興信所」を再開し、広告をポスティングする作業だけで体が悲鳴を上げた。

 事務所には旧型のPCとプリンターしかなく、しかも壊れていた。

 ネット環境など、どこの世界の話かというくらい、事務所としての機能をはたしていなかった。

 仕方がないので、本来の自分の家から持ってきた(盗んだともいう)現金を使い、事務用品をそろえ、以前この「橋綱興信所」と関係のあったデザイン会社に、チラシの広告を依頼した。

 ポスティングはリハビリがてら、自分でやったが、かなりきつかった。

 以前の自分、26歳の身体なら、ここまで疲弊しなかっただろうに。

 広告会社に頼もうかとも思ったが、自己資金の目減りが心配になってしまった。

 本当に、あと1日生き延びていたら、あと300万を下ろすことが出来たのに…。

 株を売り、出来た資金はタッチの差で俺の元には来なかった。


 俺の、清元雅弘の両親は健在である。

 妹はまだ大学生だ。

 悲しんでいるのかどうか、怖くて自分が死んだ後の状況は半年たった今も、見に行くことが出来ない。

 自分の中の心の整理がついたなら、一度実家の様子は見ておきたいところだ。


 だが、会社に関しては、俺の死に何らかの形でかかわっている。

 ポンコツ美人で地味な大貫綾さんに会いたい気持ちはあるが、状況だけ見れば、大貫先輩も俺の死に無関係かどうか、判断が出来ない。

 俺に対しての接し方もすべて演技だとしたら……。

 そして、俺がまだ生きているなどとばれてしまったら……。


 会社には当分近づけないと思っている。

 せめて、この病んだ体を普通の健康な体に戻したのち、最低限の護身術なり、信頼できる後ろ盾、今の場合は警察官僚の相沢真咲さんとしっかりとした絆を作らないと、会社と事を構えることはできない。

 そう考えている。


 そんな俺の状態だが、広告の効果か、仕事が来るようになった。

 これには死神のチャチャまるの力が大きい。

 犬という嗅覚の武器が、如何(いかん)なく発揮された。

 特に犬や猫という逃げたペットの捜索が抜群に良かった。

 ペットの捜索を依頼してきている人たちは、そこそこ裕福な家の人間である。

 しかも、他に依頼してうまくいかなかった人が藁にも(すが)る思いで、うちの興信所にやってくるのだ。

 その半分諦めている依頼者に対して、目的のペットをすぐに探し当ててしまうのだ。

 チャチャまるの嗅覚で大体の場所を特定したのち、死神の能力の一つ、結界を張り巡らせて、あっさり捕獲が出来るのだ。

 もともと設定した金額以上に感謝のしるしとして、そこそこの礼金を置いて行ってくれる。


 そのおかげで、初期投資は回収して、何とか維持費を出しても貯金が出来るまでにはなっていた。

 もっとも、ペットはまだいいのだが、人の捜索はやはり難しい。

 チャチャまるの管轄内なら苦はないのだが、その範囲外だと他の死神に頼まなければ、捜索が出来ないというネックがあった。

 その死神同士の関係というのはよくわからないが、かなりチャチャまるが嫌がっていたのが印象的だ。


 捜索とは別に、素行調査に至っては、こちらは全くの素人だ。

 大倉が助言を与えてくれているが、うまくいくことの方が少ないというのが実情だ。

 だが、人の捜索、そして素行調査は、本業ともいえる魂の回収には非常に有利だ。

 既に何個かの魂は見てきた。

 大部分は、普通に亡くなり天上界に行く途上のもので、我々の目的のものではない。

 その場所に固定されたり、浮遊しているだけで、天上界に向かおうとしない魂も数個だがあった。


 浮遊魂はヨネちゃんの振るうディスサイズで、無事に昇天していく。

 だが、固定した、いわゆる地縛魂の場合、そう簡単にはいかなかった。

 まず未練があってそこに囚われている。

 それを関係なくディスサイズで刈り取れば、魂の少なくない部分がそこに残ってしまう。

 魂とは生命のエネルギーそのもの、らしい。

 そこにエネルギーの少なくない残滓が残ると、魂自体の生命力も損なわれるし、エネルギーの残滓がその部分に悪影響をもたらすことが多いらしい。

 ある意味、震災時の原子炉のメルトダウンによる放射性物質をばらまいて、その多いところをホットスポットと言われたことがあった。

 魂の残渣はそれに似ている。


 エネルギーを放ちつつ、その波長が合うものについて行こうとする習性がある、とチャチャまるが言っていた。

 例えば俺の強力な魂は、そのエネルギーを取り込んでしまうらしい。


 あれ、俺の魂って、強力ってよりも、すでに最強じゃないのか?


 逆にその魂のエネルギーに取り込まれる者もいる。

 そういった者は、その魂の残滓の影響をかなり受けてしまうらしいのだ。

 何度も言うが、その地に囚われている魂というのは、未練の想いが大きい。

 影響とは、その未練、負のエネルギーを甘受してしまうことに他ならない。

 いわゆる霊障という現象が出るのだとか。

 その点は俺に対して、チャチャまるは全く心配していないのだ。


 事実、俺はすでにその刈り取られた魂を3つ、大倉の魂を含めれば4つを、俺の魂の中でぬくぬくとしているのだ。

 強力な魂の中は、まるで母親にあやされている時の赤子のような気持ちなんだとか(大倉さん個人の感想です)。


 そういう点で、死神チャチャまると半透明暴力少女「ヨネちゃん」は、非常に効率のいい魂再生機を得ることが出来たというわけだ。

 って、俺のことじゃないか!


 だから二人は焦って、俺に死ぬ前に接触してきた。

 これは強力な魂の持ち主が俺、清元雅弘であることの確認と、半透明少女を俺が見えるという事。

 これが重要だった、らしい。

 死神たちを司る、この地域の総合管理者でもある、黄泉の王閻魔やハデスでも人の死を正確には特定できないとのことだ。

 これは、この世界でさらなる人類の進化の芽を摘み取らないためらしい。

 しかし、死期が近いもの、具体的には地球時間で1週間の間に死ぬ者はレイ、つまり「ヨネちゃん」が見えるという事であった。


 幸か不幸か、俺はヨネちゃんが見えてしまった。

 死神たちにとっては幸運。

 俺にとってはこの上ないほどの不運だった。

 そして、死神たちは俺を取り込むための策をめぐらす。

 単純なことだ。「ヨネちゃん」が始終俺に張り付く。

 死に瀕した状態になった時にすぐチャチャまるを呼んで、魂の入れ替えともいえる、死にそうで弱っている魂の持ち主に俺の魂を注ぎ込むことだった。。


 ただ、俺に始終張り付くのは強烈な反発があったらしい。

 通常は巷にあふれる浮遊魂や、その地に囚われている地縛魂の回収だけでよかったはずなのだ。

 別に刈り取った魂が不完全だろうかなんて気にしない。

 後はチャチャまるの仕事なのだから。

 俺に4日間張り付いた結果、俺の自らの慰め行為を2回も目撃してしまったらしい。

 そして、俺の魂の強力さゆえ、俺の心は簡単に見てしまえるようで、何を俺が見て、()()いるかがわかってしまった、ようだ。

 一回は動画のお世話になったが、もう一回がかなりの妄想で、大貫先輩とのデートからの初めての夜を思い描いたのである。

 少女には刺激が強かったらしい。

 その結果が、「変態、スケベ、強姦間」のワンセットとなったのだろう。


 俺はため息をつきつつ、チャチャまるとの散歩を続けた。

 そして、俺はいつもベンチに座る高齢の女性を、この日も見ることになった。


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