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死神ヨーキー  作者: 新竹芳
第1話 発端
10/21

その9 右頬

少し長くなりました。まだ発端なんですが、お付き合いしていただけると嬉しいです。

 完全に寝不足だ。

 何とかスマホのアラームで起き上がった。

 久方ぶりの起き抜けの倦怠感が体を覆っている。

 これは昨日の酒、美女の香り、それに伴う悪夢の所為だ。

 起きてからしばらくは動くことが出来ないほどの眩暈を感じる。

 しばらくじっとしていると、だんだん頭がさえてきた。


 どうやって帰って来たかはわからないが、スーツを脱いで、ネクタイを外すことには成功したらしい。

 ワイシャツのまま、ベッドで寝ていた。

 これはまずい。

 昨日は風呂どころかシャワーも浴びずに寝ちまったようだ。

 何とかベッドから自分の身体を引き抜き、よろけるようにして風呂場に入る。

 時期的にはかなり冷たい水を頭から浴びた。

 

 何とか頭の靄が失せたが、と同時に右頬に痛みを感じた。

 シャワーの水を出しっぱなしにして目の前の鏡の中の俺の顔を見た。

 右頬が晴れて青なじみが出来ている。

 これは確か半透明のレイと名乗る死神の助手にやられた後……。


 死神だと!


 夢の内容を思い出した。

 俺が1週間以内に死ぬという事。

 死神と自称する可愛い姿のヨークシャ・テリアのチャチャまる、その助手だという体の透けている少女、レイ。

 そしてこの2日以内にすべきこと。


 夢ではなかったのか。

 俺は右頬をさすりながら呟いた。

 この痛みは、俺が起きた後にあのことが夢ではなく、事実だったという事のために殴りつけた、という事なのだろうか?

 少女の言葉は、先の未来、俺が夢でないことに気付かせるための所業だったのか。


 呆然とした。


 酒の酔いも、寝不足も、一気に消し飛んだ。

 今日は水曜日。

 土曜日には大貫綾先輩とデートの約束をした。

 どのみち、夢か事実か、俺が死ぬのかなんてことを言っている意味はなさそうだ。


 もう一度頭から水を被り、大急ぎで身支度を整える。

 コーヒーを濃く入れて、苦めにして飲み込んだ。

 そして自分のスマホの今日と明日の予定をチェック。

 その仕事を今日と明日の午前に振り分けなおして、午後に有給休暇を取ることにした。

 明日は人と会ったり、重要な会議など入っていないから、今日中に仕事を詰め込めば何とかなる。

 俺はいつもより早い時間にアパートを出た。







 この時間に出社する人は少ない。

 特に電算課は、ある程度のものはオンラインで仕事が可能で、しかも外注が多い。

 その外注先から上がって来る内容の管理が第一義になる。

 納品されたプログラムはパーツごとになっていて、それを俺の上司が統括して、この会社の様々な分野でシステム運用したり、パッケージ化して売り出したりもする。

 その一端も俺は担ってはいるが、全体像は上の職責のものしかわからないようになっているのだ。


 俺の主な仕事は、その外注先から上がってくるプログラムが、こちらの要件を満たしているかどうかの判定と、その外注先の選定、仕様の確認といったことが主な仕事で、まず自分でコード、プログラムを組むことは少なかった。

 今日は上がってきている3件の案件が主な仕事。

 さらに昨日片づけなければならなかったコードの組み換えと、明日の新たなシステムの仕様の案件を発注する先を数社選定するという管理業務を詰め込む予定だ。

 ここまでやれば課長も明日の午後の半休を認めてくれるはずだ。

 急な事ではあるが。


 自分の預金額は、自分では結構なものだとは思うが、決して銀行側がすぐに用意できない額ではない。

 全額下すとなると、使い道を問われるだろうが、すでにその理由は考えていた。

 面と向かって言えば、納得するはず。

 さらに午前中に、自分の所有する株をすべて売却し、銀行口座に移す。

 この銀行は預金の銀行とは違うので、同じ理由が使えるはずだ。

 ギリギリ金曜日には銀行口座に入る…はず。


 あとは、下した金額の一部で、土曜のデート用の服を見繕っておかないと。

 大貫先輩があんなに美人だとは思わなかった。

 そしてとっても痛い人であることも……。


 でもそれは、ある意味俺と同じ土俵といえなくもない。

 かなり親近感がわいていた。


 ただ問題は、昨日酔い過ぎた先輩が、その約束を忘れていないか、もしくは冗談として俺を揶揄(からか)ってこないか心配ではある。

 しかし「永遠の女子高生」というパワーワードがこちらにはある。

 もし、万が一そんなことをするようなら耳元でそう(ささや)いてやる。

 この一言で泥酔状態を一気に覚醒状態にさせるパワーワードだ。


 暫くすると数名の電算課の社員が入ってくる。

 挨拶すると、皆同様にギョッとした目で見られた。

 右頬に貼った大きめの絆創膏と、腫れ。

 そりゃあ、驚くわ。


「だ、大丈夫なのか、清元、その顔。」


 新関課長が声を掛けてきた。

 他の人たちは聞くに聞けないという雰囲気があった。

 喧嘩か何かとでも思ったのだろう。

 ディスサイズの柄で殴られたのだから、まあ事故とは違うな、うん。


「申し訳ありません。昨日、少し飲みすぎて、転んでしまったようで…。」

「どんな転び方をすればそんなに…。でも珍しいな、清元。お前がそんなに飲むなんて。昨日の仕事、急に言って悪かったな。経理課から礼を言われてる。」

「別に何があったわけではないんですが、友達とばったり会って、飲もうとなりまして、申し訳ありません。今日と明日の午前に、仕事は終わらせますので、午後から有休、いいですか?」

「その顔で言われたら、断れんだろう。何なら今日でもいいぞ。」

「いや、経理課の対応してたので、仕事がちょっと…。今日中に終われそうなら、明日1日休ませてもらって病院行ってきます。」

「ああ、いいぞ。後で申請書、あげておいてくれ。」

「よろしくお願いします。」


 どんな理由で休みを取ろうかと思っていたので、ちょうどよかった。

 よかった?

 よくない。急に痛みを感じ始めてきた。


 PCに向かって仕事に向き合う。

 たまに昨日の大貫先輩、色っぽくてイタかったなあ、なんて考えていた。


 ふと自分のモニターから顔を上げた時だった。

 その、今考えていた女性と目が合った。

 はにかむような笑顔をしたと思ったら、すぐに顔を赤らめ視線を外す。

 あれ?

 なんで大貫先輩が、電算課に?


「あっ、えっと、清元さん……、ちょっと、いいですか?」


 事務服に眼鏡、髪の毛を無造作に後ろで束ねているのは、いつもと一緒の地味な先輩。

 でも少し俯き加減で確かめにくいが、口紅の色が少し明るめのピンク、だったような気がする。

 昨日の食事の時ほど、妖艶な感じではないのだけど、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 胸に書類を抱きしめるように立っている。


「あっと、経理の大貫さんだね。清元、お前なんか経理でしでかしたか?」


 電算課のドアの近くにいた2年先輩の色男、前田さんが俺にそう声を掛けた。

 そう悪い人ではないが、仕事でやばそうなものは、極力他人に振る。

 昨日の経理課のPCの不具合も、課長が声をかけそうな時さりげなく課長の視界から外れたのを俺は見ている。


「何したって、昨日フリーズしたシステムの原因を直しただけですよ。」


 正確にはただの応急処置なのだが。

 課長から深くかかわらないように言われていたし…。

 俺は昨日の作業のことを言って、自分のデスクから廊下で待っている大貫先輩の所に向かう。


「あれ、大貫さん、何か顔赤いけど大丈夫?もしかして俺に声掛けられて、照れちゃった?大丈夫、大貫さんは俺の守備範囲外だから。」


 それセクハラですよ!

 心の中でそう思ったが、口には出せなかった。

 そういう小心者だから、昨夜大貫先輩に誘われても、断っちゃうんだよな、俺。

 このままじゃ本当に魔法が使えるようになっちゃうよ。

 いや、その前に死ぬのか?


 急に地味にしている本当は素的な女性先輩が来てくれてるのに、テンションが落ちた。

 可愛いがおっさん臭が漂うヨーキーが脳内に蘇る。

 そして中学の時の同級生だった女子の顔。


「すいません、待たせちゃって…。」


 そう言って大貫先輩に近寄った。

 少し肩が振るわせながら、やっと顔をあげて俺を見た。

 最初はちょっと嬉しそうにした気もしたが、すぐに表情が固まった。


「ちょ、ちょっと、どうしたの、雅くん‼」

「先輩、その呼び方、社内ではやめてください。」

「ああ、ごめん…、じゃなくて、どうしたの、その顔!昨日は。」


 ヤバそうなことを大声で言いそうだったので、先輩の肩を押すようにして電算課を離れた。


「ねえ、本当にどうしたのその顔は!昨日、その、私も、酔っちゃって、はっきりとは覚えてないけど……。」

「この顔って言うか、腫れは先輩を送った後のことでして……。家に帰る途中で、転んじゃったんすよ。アハハ。」


 笑って誤魔化そうとした。

 わかってるさ、こんなことで誤魔化せる腫れでないことくらい…。


「なんか私が付き合わせちゃった気もするし、気になるわ、それ。ちゃんと病院行ったの?」

「見た目の割には痛みは、そん、イタッ!」


 大貫先輩が指で人の腫れた頬を突いてきた。


「ほら、強がっちゃ、ダメだよ♡」


 自分が大きな声を出したせいで、近くを歩いてる社員が俺たちの方を向いた。

 俺はほとんど電算課に引き籠っているので同期以外にはそれほど人付き合いはない。

 だけれども、地味ではあるが決算期に鬼になることが知られている大貫先輩は別だ。

 それなりに有名人である。

 そんな人が、廊下で年下の男性社員に悪戯してる風景が見られるのは、良いことではない気がする。


「先輩、ここ、結構人目がありますよ?」

「あっ!」


 そういううと壁側に身体ごと向けた。耳が赤い。

 まあ、可愛かったからいいか。


「そ、そ、それで、何か用事が……。」


 赤くなっている大貫先輩の背中に、そう声を掛けた。


「あ、そう、そうだよね、これ!」


 そう言うと、胸に抱えていた書類の束を俺につきだすように渡した。


「じゃ、じゃあね、清元君。」


 そう言うと、少し顔を近づけてきた。


「土曜日のこと、連絡します。」


 そう小さな声で言うと、即座に回れ右して、パタパタと小走りに経理課に向かった。

 その背中を見ながら、ああ、やっぱりデートできるんだなと、少しドキドキしてしまった。

 手元に渡された書類。

 「新規システム:経理発注・受注操作マニュアル」。

 昨日頼んでいたマニュアルだった。

 大貫先輩はやはり優秀だ。

 仕事が早い。

 例え「永遠の女子高生」だとしても…。



ここまで読んで頂きありがとうございます。

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またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。

この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。


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