2話
誰にも言えない隠し事があった。
最初にソレに気付いたのは小学生4年生の時だった。
消し跡の残る黒板を背に、焦げ茶色の板が規則的に並ぶ。
本来その板の前に座るべきそこに、児童達の姿はなく、その更に奥、白い木組みの穴に色とりどりのランドセルが詰められた棚の前に児童達は集まっていた。
誰もが自然と綺麗な輪になるように、黄緑色のプラスチックの上に白い格子が組まれたカゴの中を、児童達は何を発すれば良いのか、言葉に詰まった沈黙の中、ただただ見つめていた。
ケージと言われるその飼育カゴの中には、ホワイトオークのおが屑が敷き詰められ、飼育する動物を指し示すように格子に廻し車が取り付けられていた。
クラスのみんなで名前を決めて、クラス替えとともに育て始めたマスコットキャラクターのような存在だった。
「生き物係」だった僕は、当時は教壇に立ってこの動物の名前を決めるアンケートをとったが、文句を言う友達がいたり、言い合いの喧嘩が始まったり、中々名前が決まらず難儀したのをよく覚えている。
特によく覚えているのは、半分泣きそうになりながら縋る思いで見つめた先で、にこにこ笑いながら何も言わない担任教師の顔だった。
結局話し合いは纏まらず、最後の最後で責任という名の助け船を放り投げた担任教師のせいで、僕が名付けることになった。
誰かが言った名前を付けると余計なやっかみを生むであろう事は容易に想像出来たし、悩みに悩んだ僕が付けた名前は、至極安直な、それでいて誰も付けないような名前だった。
避難殺到の中決まった、その動物の名称から取った「じゃが」という名前は、飼い始めのころは後ろにイモを付けてバカにする生意気な子もいたが、俺としては今でもいい名前だったと思う。
おが屑の上で横たわるソレを、皆が見つめ、堰を切ったようにクラスメイトが口々に声をあげる。
「かわいそう」
誰かが呟いた。
「エサが足りなかったのかな」
誰かが原因を考えた。
「死んじゃったね」
誰かが悲しみの声をあげた。
「埋めてあげようよ」
誰かが今後を、僕にとっては理解不能な暴言を吐いた。
僕は理解出来なかった。
何故みんなこんなに悲しむのだろうか。
漠然と、ただ単純に、自分でも根拠が分からないまま、僕は思った。
壊れたなら直せばいいのに
ー次の日
朝、登校すると大騒ぎになっていた。
僕は今日、みんなの反応をとても楽しみにしていた。
驚くだろうと、喜ぶだろうと。
「なんで!?」
「怖い!やだ!」
「動いてるよ!?」
昨日の輪とはまるで違う、その存在から離れるように、分からないものに畏怖するように、誰もが恐怖の表情で、そのケージを囲んでいた。
ケージの中には土に塗れたハムスターの姿があった。
恐怖し、泣き喚き、後から来た担任教師でさえ、ケージの中で走り回るその存在に、狼狽えた。
普段は授業開始の合図として鳴るチャイムが、小さな小さなBGMのように流れる喧騒の中、
「困惑」
「畏怖」
「不安」
「嫌悪」
様々な視線を受けるケージを、教室の出入口に立ったまま、呆然と見つめた僕は、静かに、はっきりと理解した。
あぁ、これは、、このちからは、使ってはいけないんだ。
誰にも知られてはいけない。
こんなことはあってはならない。
もし知られれば、次にその目で見られるのは僕なんだ。
それから僕は、誰も近付かないケージと、卒業までずっと一緒に過ごした。