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誘拐狂想曲  作者: 卯月絢華
6/7

Phase 05

 取調室で、僕は浅井刑事と面を向き合って話していた。相変わらず、コミュ障の僕にとってはこういうシチュエーションは緊張してしまう。

「あの後、私と絢奈さんはそのままファミレスを後にした。それは分かっていますね」

「当然です。じゃないと、僕のアリバイが証明できなくなります」

「それで、沙織さんもファミレスを後にした。つまり、私と絢奈さん、そして沙織さんはその時点で杉本さんが攫われたことに気づかなかったと」

「そうなりますね。僕は何も悪くありません」

「うーん、こうなるとますます杉本さんが攫われた理由が謎になりますね。何も手掛かりが無い状態でお呼びしてすみませんでした」

「大丈夫です。この事件はきっと解決できますよ」

「そうですよね。一刻も早くこの連鎖を止めなければいけませんよね」

「あっ、浅井刑事」

「林部警部、どうしたんですか?」

「杉本恵介のスマホのGPS情報から、被疑者及び被害者の所在地が分かった」

「それは本当ですか!?」

「GPS情報が正しければ、被害者はここに監禁されているはずです」

 地図アプリに示されていたのは、円山川(まるやまがわ)を挟んで反対側にある場所だった。でも、そんな場所あったっけ? まあ、そんな事を考えても仕方がないので、僕は浅井刑事と共にその場所へと向かうことにした。

 ここは、どこだ? 何だか暗くてジメジメしているな。絢奈ちゃんや沙織ちゃんとファミレスの駐車場で別れた後に顔に袋を被せられて、その後の記憶が抜けている。幸いにも、スマホのバッテリーは生きているようだ。僕は、スマホのライトを照らした。すると、見覚えのある姿が見えた。古澤龍太だ。しかし、手足は縛られている。猿轡(さるぐつわ)がされていないだけマシなんだろうか。

「杉本先生、助けてください! 僕たちを攫った犯人は――間違いなくあの人です!」

「そうだな。まずは、そのロープを外すことだな」

「杉本先生、私のロープも外して下さい!」

「僕もお願いします!」

 生存者は僕を含んで4名か。黒崎英玲奈と神田明海に関しては残念だったが、恐らく犯人の狙いは僕が担任した生徒だろう。古澤龍太は2年6組の生徒として現在担任を受け持っているが、新田鎧亜と宮島花音は僕が1年5組を担任していた時の生徒だ。そうなると、犯人は間違いなく僕を恨んでいる人間だ。しかし、僕を恨むような人間がいるのだろうか。僕はこの中学校で教師として働いて15年以上経つが、そんな人間がいた覚えはない。それにしても、なぜ僕だけ縛られていなかったのだろうか。犯人は、敢えて僕に生徒を助けさせようとしたのだろうか。それはそれで不自然だ。何か裏があるに違いない。それはともかく、とりあえず誘拐されていた生徒を保護したので、僕は順番に話を聞くことにした。

 パトカーが、田園地帯を駆け抜けていく。円山川を挟んで向こう側というのは、殆ど畑と田圃(たんぼ)しかない。そして、昔ながらの家が点々と散らばっている。こういう田園地帯というのは、大体車の代理店があったりするのだけれど、杉本先生のスマホのGPS反応は、ここから来ていた。

鶴亀(つるかめ)モータース……ここだな」

「名前の通り、車の代理店ですね。田舎によくあるような感じの車屋さんでしょうか」

「そうだな。恐らく、誘拐された生徒と杉本先生が監禁されているのは……このガレージの中だ。何かこじ開けられる道具は持っていないのか?」

「レスキュー隊呼びましょうか?被害者の保護にも繋がりますでしょうし」

「そうだな。とりあえず救護要請を出すとしよう」

 林部警部は、レスキュー隊に救護要請を依頼した。その間、僕は怪しいところが無いか隈なく見渡していた。鶴亀モータースは廃業しているようで、中は荒れていた。色褪(いろあせ)せた車のポスターやカタログが、あちらこちらに散らばっている。辛うじて生活の痕跡が見当たるとすれば、給湯室にカップラーメンと空き缶のコーヒーが置いてあることだろうか。恐らく、犯人は給湯室で食事を取っていたに違いない。それにしても、(かび)臭いな。まあ、長年放置されていた場所だったら仕方がないか。そんな事を思っているうちに、レスキュー隊がやってきた。

「えーっと、刑事さん、このガレージを開けてほしいと」

「そうですね」

「すぐに開けますので、ちょっと待っていて下さい」

「なるほど、そういうことだったのか。善く分かったよ」

 監禁されていた生徒から「なぜ(さら)われたのか」という事情を聞いている時だった。何か、金属が擦れる音がした。当然、生徒は怯えている。

「杉本先生、私たち、殺されちゃうんでしょうか……」

「大丈夫だ。きっと僕たちを救おうとしているんだ」

「本当ですよね?」

「本当だ。僕が保証するよ」

 そして、シャッターの開く音がした。外では、絢奈ちゃんと浅井刑事が待っていた。

「あ、絢奈ちゃん!? それに浅井刑事もいますね」

「そうだ。杉本先生のスマホのGPS情報から、監禁されていた場所を割り出すことに成功した。ほら、中学生はスマホを持っていない子が多いからな」

「言われてみればそうだな。そうだ、みんなスマホはどうしているんだ?」

 新田鎧亜の場合。

「僕は持っていませんね」

 宮島花音の場合。

「私も持っていません」

 そして、古澤龍太の場合。

「僕は持っているけど……学校への持ち込みが禁止なので家に預けています。攫われた時はスマホを家に忘れていました」

 攫われた3人の中でスマホを持っていたのは古澤龍太だけで、攫われた時はたまたま家にスマホを置いて出てしまったようだ。そして、杉本先生は当然ながらスマホを持っている。だから監禁場所の割り出しができた。犯人も、この辺の詰めが甘かったようだ。

「それで、犯人はどうなんだ?」

「残念だが、ここにはいないらしい。監禁場所に廃業した自動車代理店を選んだのは、犯人の趣味なんだろうか」

「犯人がこの辺に住んでいるとか? ここって北中学校の校区だよな」

「確かに、北中学校の校区だ。ただし、城崎(きのさき)との境界線を越えると流石に校区外になってしまうが」

 その時、僕の中である「地図」が出来上がったような気がした。そして、浅井刑事を介して聞くことにした。

「改めてみんなに聞きますけど、全員正法寺(しょうぼうじ)在住で合っているんですか?」

 その質問に、新田鎧亜が答えた。

「はい。僕たちは正法寺に住んでいて、小学校の頃から仲も良かったんです。それで、『みんなで同じ中学校に行こう』って約束して、北中学校を選択しました。正法寺は校区が選べましたからね」

 ――矢張り、犯人の狙いはそこか。

「それで、みんなに聞きたいことがある。スクールカウンセラーのお世話になったことはないか?」

「ちょっ、絢奈さん! いきなりどういう事なんですか?」

「まあ、静かに聞け」

 その質問に真っ先に答えたのは、宮島花音だった。

「私、ストーカー被害に遭っていたんですよ。それも、同じクラスの男子から。それで、厭になった私はスクールカウンセラーに相談したんです。結果的に、その男子への忠告もあって私に対するストーカー行為は止んだんですけど」

「そうか。ありがとう」

「どうしたんですか?」

「ああ、一連の事件の犯人が分かった」

「絢奈さん、それってもしかして……」

 しかし、僕の推理を遮るような悲報が入ってきた。

「浅井刑事、大変です! 7人目の被害者が出ました!」

「一体誰でしょうか?」

「多分、そこの僕っ子の友達だと思います」

「さ、沙織ちゃん!?」

 しまった! もしかしたら犯人は沙織ちゃんを狙っていたのでは!? 心臓の鼓動が早鐘を打つ。僕はたまらず胸を押さえた。

「絢奈さん、大丈夫ですか!?」

「……とりあえず、紙袋を……持ってきてくれ……」

「分かりました」

 過呼吸を起こした僕は、浅井刑事に頼んで紙袋を持ってきてもらった。ハンバーガーチェーン店の紙袋だったが、無いよりはマシだろう。恐らく、僕の推理が正しければ犯人は沙織ちゃんを殺す気だ。このままだと拙い。呼吸を落ち着かせて、僕はある場所へ向かうように指示をした。

「浅井刑事、いいか。僕の話を聞いてくれ。僕の見解が正しければ、恐らく犯人が潜伏している場所は正法寺からひたすら真っ直ぐ行った所にある山の中だ」

「つまりそれって……」

「まあ、話すより実行したほうが早い。警官を配備しろ。僕はそこへ向かう」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。僕が保証する」

「仕方ないですね。では、林部警部、合図をお願いします」

「――兵庫県警捜査一課に告ぐ! ホシは正法寺の山の中にいる! 全員、配備につけ!」

「神無月絢奈さん……でしたっけ。これで良いのか?」

「もちろんだ」

「それにしても、君の推理が正しければこれはファインプレーだ。表彰状をあげたい」

「この周辺に関しては土地勘があるからな」

「なるほどねぇ。矢っ張り地元の人間に聞いてみるものですよ」

 正直、沙織ちゃんの件に関しては不安だったが、僕の見解が正しければ恐らく犯人の潜伏先はそこだろう。


 ――僕は、母親の葬儀の時以来にあの山の中に入ることになった。そこで何が待ち受けていようとも、死ぬよりはマシだろうと思っていた。

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