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誘拐狂想曲  作者: 卯月絢華
4/7

Phase 03

 目が覚めたら、時計は正午を少し回っていた。それだけ、僕は疲れていたのだろうか。まあ、芦屋から豊岡に来てすぐに飲み会に誘われたら、そりゃ疲れるか。スマホを見ると、沙織ちゃんからメッセージが入っていた。


 ――昨日は飲み会に付き合ってくれてありがとう。

 ――朝のニュースは見たかな?

 ――ニュースによると、被害者は黒崎英玲奈という名前の中学生らしいのよね。

 ――今まで4人被害に遭っているとして、男女交互に狙っているのはたまたまなのかな?

 ――でも、なぜ4人目はなぜ攫わずに殺したのかがよく分からないんだよね。アヤナンはどう思う?


 僕は、とりあえず短いメッセージを沙織ちゃんに送った。


 ――彼女に対して、何らかの感情を抱いてしまった……とか?


 まあ、フリーランスな僕と違って沙織ちゃんは普通の社会人だし、恐らく返事が来るのは午後5時以降だろう。そう思いつつ、僕は自分の家から持ってきたダイナブックの電源を入れた。もちろん、件の殺人事件の詳細を調べるためだ。

 ネット上の情報は玉石混交(ぎょくせきこんごう)だが、たまに有益な情報を(もたら)してくれるサイトがあったりするのも現状である。僕が今見ているサイトは、一連の誘拐事件及び殺人事件の詳細をまとめたサイトである。サイトの運営者は、SNSでも有名なインフルエンサーらしい。それにしても、ここまで詳しくまとめてあると兵庫県警の仕事が無くなってしまうのではないのか。そう思いつつ、僕はこれまでの事件を整理することにした。


【第1の事件】

・被害者 新田鎧亜

・クラス 2年1組

・部活動 野球部


【第2の事件】

・被害者 宮島花音

・クラス 2年3組

・部活動 女子バスケットボール部


【第3の事件】

・被害者 古澤龍太

・クラス 2年6組

・部活動 男子卓球部


【第4の事件】

・被害者 黒崎英玲奈(死亡)

・クラス 2年1組

・部活動 美術部


 共通点といえば、全員中学2年生といったところか。恐らく、14歳という年齢も関係していそうな気がする。それにしても、犯人はなぜ中学2年生に固執しているのだろうか。閲覧していたサイトには、盗撮したと見られるそれぞれの生徒の顔写真も掲載されていた。普通にプライバシー違反及び肖像権違反だろうと思いつつも、被害者の見た目も確認した。校則が厳しいのもあって、それなりにきれいな身だしなみをしている。特に問題になるような身だしなみではない。特に野球部の場合、丸坊主という暗黙の了解の元に成り立っている。その時、僕はある「考え」に至った。

 ――もしかしたら、連れ去られた場所が何か関係しているのでは?

 3人が連れ去られた場所は駅前のショッピングセンターの中にあるゲームセンターだったな。とりあえず、そこに向かってみるか。

 僕はバイクを走らせて、駅前のショッピングセンターへと向かった。昔と違って、ゲームセンターの規模は縮小していたが、矢張り親子連れで賑わっていた。その一方で、件の事件も関係しているのか、それぞれの学校の見張りの先生が監視していた。僕は、見張りの先生の一人に声をかけた。

「あの、吉岡先生ですよね? 僕です。神無月絢奈です」

「おお、絢奈か。久しぶりだな。元気にしていたか? 何か気になるぬいぐるみやフィギュアでもあったのか?」

「そうじゃないんです。沙織ちゃんに頼まれてある事件を調べているんです」

「ああ、ウチの学校の生徒を狙った連続誘拐殺人事件か。でも、沙織が首を突っ込むって、どういうことなんだ?」

「どうも、宮島花音の姉が沙織ちゃんの友達らしいんです。宮島愛梨といえば分かるでしょうか?」

「もちろんだ。宮島花音と宮島愛梨は姉妹だからな。それに、花音は俺が部活でバスケを教えている」

「じゃあ、吉岡先生って矢っ張り今でも女子バスケットボール部の顧問なんですね」

「そうだ。県大会でコンスタントに結果を残している限り、俺は北中学校の女子バスケを引っ張っていく存在だからな」

「それで、怪しい人物は見つかったんですか?」

「うーん、これが全然ダメでね。一応バイトの兄ちゃんに頼んで監視カメラもチェックしてもらったんだけど、特に怪しい人物はいない。もしかしたら、監視カメラの死角を狙っているのかもしれない」

「その可能性はありますね。監視カメラの映らない所で攫って、どこかに監禁している。僕はそう思いますね」

「なるほど。まあ、今日の午後6時に兵庫県警を交えた保護者会を開くつもりだ。残念だが、絢奈は部外者だ」

「そこをなんとか……」

「ダメなものはダメだ。諦めるんだな」

「そうですよね。僕は大人しく事件の結末を見守っています」

 とはいえ、僕は杉本先生と午後6時に合う約束をしている。そういえば、杉本先生は古澤龍太の担任だったな。ならば、保護者会が終わるまで体育館の裏で待つしかないのか。正直、体育館の裏というのは僕にとっていじめのトラウマでしかないのだけれど、「そこで待っていろ」と言われたら仕方がない。ゲームセンターの近くにあるフードコートでサンドイッチを注文して、僕は午後6時まで時間を潰すことにした。

 サンドイッチを食べ終わって、スマホの時計を見る。現在時刻は午後5時30分である。そろそろ北中学校へ向かったほうがいいか。僕はそう思って、バイクのギアを入れた。そして、そのまま北中学校まで向かうことにした。

 北中学校は、兵庫県警のパトカーが停まっていて物々しい雰囲気に包まれていた。恐らく、刑事さんが来ているのだろう。まあ、殺人事件が起きてしまった以上、保護者会に警察関係者が来るのは当然だろうか。僕はそう思いつつ、体育館裏で沙織ちゃんと杉本先生を待つことにした。

 当たり前の話だけど、先に体育館裏に来たのは沙織ちゃんだった。

「あっ、アヤナン。来たのね」

「当然だ。僕が約束を破るわけがない」

「そうだよね。杉本先生は恐らく保護者会で忙しいだろうから、体育館裏でこっそり話を聞きましょ」

 こうして、僕は体育館裏で保護者会の様子を見ることにした。

 保護者会は紛糾していた。守れたはずの命が守れなかったから当然だろう。責任能力が問われたのは、被害に遭った生徒側ではなく、生徒を護る存在である教師側だった。それぞれの先生の窶れた顔が、僕の目には可哀想に見えた。結局、保護者会が終わったのは予定の時間よりも1時間以上オーバーした午後8時頃だった。

「絢奈ちゃん、沙織ちゃん、ごめん。予定よりも遅くなっちゃった」

「まあ、知ってたけど」

「アタシもそう思っていたわ。それで、今回の課外授業って一体何なの?」

「そうだ。今回の課外授業に対して、スペシャルゲストを用意した」

 杉本先生が声をかけると、ショートカットの髪型が印象的な女性がこちらにやってきた。

「初めまして、兵庫県警捜査一課の浅井仁美と申します」

「僕は神無月絢奈だ。よろしく頼む」

「アタシは西澤沙織よ。よろしく」

「まあ、僕と仁美ちゃんはさっき保護者会で出会ったばかりの関係だけど、結構優しい刑事さんだ。もしかしたら、仁美ちゃんに対して情報提供をしたら捜査の協力ぐらいはしてくれるはずだ」

「杉本さんに言われると何だか緊張しちゃいますけど、あなたたちが事件の被疑者ではないことは善く分かりました。改めてよろしくお願いしますね」

「それで、仁美ちゃんは情報収集出来たのかな?」

「それが……みんな事件について黙っているんです。恐らく誘拐事件に対して心的外傷を抱えているんだと思うんですけど……」

「なるほど、心的外傷か。一応2人目が誘拐されてから学校の方でもスクールカウンセラーを用意したんだけど、正直焼け石に水でね……矢っ張り、生徒たちの心を開かない限りこの事件は解決しそうに無いみたいで」

「杉本先生、スクールカウンセラーの名前を教えてくれないか」

「そうだな、名前は松岡孝宏(まつおかたかひろ)と言う。年齢は……君たちと同じぐらいかな?」

「そういえば、僕の同級生にそんな名前がいたようないなかったような……忘れた」

「そうね。アタシもその名前に聞き覚えがあるけど、忘れちゃったわ」

「まあ、15年も経ったら記憶も薄れるが……そのうち思い出すだろう。今日は課外授業が遅くなって申し訳なかった。明日も課外授業があるから、午後6時に校門の前で待ち合わせだ」

「それじゃあ、僕はこれで」

「アタシも帰るね。今日はありがと」

 こうして、僕はバイクで北中学校を後にした。それにしても、松岡孝宏か。どこかで会ったような気がするんだけど、一体どこなんだろう。思い出そうとすると、何だか頭の中で靄がかかってしまう。まあ、今はまだ思い出す時じゃないのだろうけど。

 家に帰ると、麻衣の旦那さんが野球中継を見ていた。

「あっ、紹介したっけ? アタシの旦那ちゃん。新垣博己(あらがきひろき)っていう名前よ」

「君が噂の絢奈ちゃんか。僕が新垣博己だ。よろしく」

「こちらこそよろしく。野球が好きなのか?」

「まあ、巨人以外ならどこでも好きだが、矢っ張り地元が名古屋だからどうしても中日に肩入れしちゃうんだよな。相変わらずBクラスに沈んでいるが……」

「そうだな。阪神は絶好調で優勝マジックももうすぐ点灯するんじゃないかって言われている。でも、夏に弱いのが阪神なんだよな。今年はどうなるか……」

「絢奈ちゃんも野球が好きなのか?」

「まあ、それなりに。でも、巨人戦で映画が繰り下がるのは嫌いだな」

「あー、それ分かるわ。どうにかして欲しいよな。今も『となりのトロロ』待ちで仕方なく巨人戦を見ているんだけど、このままだと繰り下がりそうだ」

「矢っ張り。まあ、僕はスタジオヅブリがあまり好きじゃないからさっさとシャワーを浴びて寝ようと思っているんだけど……そういえば今日は何曜日だ?」

「アンタ、そんなことも分かんないの? 今日は金曜日よ。ほら、金曜ロードショーあるじゃん」

 その時、僕の頭の中で「何か」が弾けた音がした。

「ちょっと待った。第1の事件っていつ発生したんだ」

「えーっと、確か、6月の水曜日だったわね。それがどうかしたの?」

「犯人は、もしかしたら部活の無い日を狙って犯行を重ねているんじゃないかって思って」

「あっ、言われてみればそうかもしれない。北中学校は基本的に水曜日の部活が休みだったわね。アタシは剣道部だったから、善く覚えているわ」

「部活の無い日に生徒が溜まり場として利用する場所といえば……駅前のショッピングセンターだな。本来は生徒だけでの入店が禁止されているけど、制服さえ脱いでいたらお咎めなし。確かに気づかれないな」

「でも、時間がなくて制服のままでショッピングセンターに行ったとしたら……」

「そうか! 絢奈ちゃん、これはでかしたかもしれないぞ! 犯人は水曜日に北中学校の部活が休みであることを知っていたんだ!」

「じゃあ、早速刑事さんに連絡するか」

「け、刑事さん!? アンタいつの間にそんなコネクション持ったのよ」

「まあな。これぐらいチョロいって」

 僕は、早速浅井刑事に連絡を取ることにした。

「もしもし、浅井刑事でしょうか。僕です。神無月絢奈です。先程はありがとうございました。それで、事件について少し気づいたことがあるんですけど、一連の事件って水曜日に起きていませんか?」

「あっ、絢奈さんですね。ちょっと待ってください。えーっと、犯行時のメモは……これだ。確かに、6月の中旬から水曜日の度に北中学校の生徒が攫われていますね。ちなみに、殺人事件が起きたのは確かに2日前、つまり水曜日です」

「そこから導き出される犯人って分からないんですか?」

「うーん、私じゃ何の力にもなれないですね……お役に立てなくてすみません」

「いいえ、大丈夫です。僕も推理に行き詰まっていたので」

浅井刑事と話をしている時だった。野球中継の映像が、突如ニュースセンターに変わった。

「今入ってきたニュースです。兵庫県豊岡市で、女性の遺体が発見されました。遺体の身元は不明ですが、学校の制服らしきものを着ていることから、兵庫県警では一連の誘拐殺人事件との関連性を調査しているところです」

 待てよ、今日は金曜日だな。今までの犯行は水曜日に行われていたが、臨時ニュースの遺体が北中学校の生徒だとしたら、随分とイレギュラーな犯行スケジュールになってしまう。これは、兵庫県警への挑戦状、もしくは挑発なのだろうか。それとも、模倣犯、即ちコピーキャットなのだろうか。仮に後者だとしたら、厄介だ。そんな事を思っている時だった。杉本先生からスマホに連絡が入ってきた。


 ――しまった!

 ――またウチのクラスの生徒がやられた!

 ――さっきの臨時ニュースは見たな。

 ――被害者の身元は不明との報道だったけど、今さっき兵庫県警から「生徒名簿を見せてほしい」との連絡が入ってきて、僕は2年生の全生徒の名簿を兵庫県警に見せたんだ。

 ――そうしたら、僕のクラスの生徒だった。

 ――名前は神田明海(かんだあけみ)だ。

 ――絢奈ちゃん、これ以上事件に深入りしたら、君の命が危ない。

 ――一刻も早く引き下がるんだ!


 そんな事言われても、僕は引き下がれない。もうここまで来てしまった以上、事件に首を突っ込まざるを得ない。だから、この手で犯人を捕まえるんだ。でも、どうすればいいのだろうか。正直、僕は分からなかった。そして、杉本先生のメッセージを読んだ僕は、浅井刑事に返事をした。

「それで、絢奈さんは情報提供に協力してくれるんですか?」

「もちろんです。これ以上、遺体は増やしたくないです。攫われた人たちも救わないといけないですし」

「そうですね。では、よろしくお願いします」

 杉本先生には申し訳ないと思いつつ、僕は浅井刑事との電話を終えた。

 私、こんなつもりじゃなかったのに、どうしてこんな所にいるんだろう。暗くて、ジメジメしていて、7月だというのに冷たい。雨音だけが、響き渡っている。目の前にいるのは、確かに私の事を善く思っていた人だった。とても優しくて、イケメンで、中学校でも一目置かれていた存在だったのに。どうして、どうしてこうなっちゃったのよ。来ないで。どうせ私を犯してそのまま殺す気なんでしょ。お願いだから、来ないで。来ないで。来ないで。来ないで。来ない……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!

「被害者は神田明海。年齢は……恐らく14歳だな。北中学校の制服を着ているところから、一連の連続誘拐殺人事件の被害者と思われる。遺体は下半身が脱がされた状態で放置されていたところから、被疑者は恐らく相手を犯してから殺害したものと思われる。それにしても、酷い殺害方法だな……」

「警部、お疲れ様です」

「ああ、浅井君か。現在、鑑識課によるホトケの臨場が行われている所だ。それにしても、子供のホトケが増えるのは心苦しいな。私にも子供がいるが、出来ればこういう事件に巻き込まれて欲しくないのが願いだ」

「それは私だってそうです。実際、生田署時代に組織犯罪対策課の捜査で何度も犯されそうになりました。でも、こうして今でも生きているじゃないですか」

「そうだな。生田署時代の君の頑張りは私が一番善く分かっている。だからこそ、浅井君には期待しているんだ」

「そうですよね。私、ちょっと自信無くしていました。いの一番に捜査に加わったのはいいんですけど、事件は解決するどころか混迷を極めるばかりです。それって、私がポンコツってことですよね」

「浅井君、そんな事はない。それはこの私が保証する」

「本当ですか?」

「本当だ」

 正直、仁美は自信を無くしていた。自分が捜査の足を引っ張っているんじゃないかって思ったからだ。所詮自分は新米刑事、何の役にも立っていないという自覚が芽生えていたのだ。けれども、林部警部からの励ましで、仁美は燃えていた。

「こんなところで落ち込んでいたら、刑事失格ですよね。私、頑張ります」

「そうだ。その調子だ」

 仁美は、改めて北中学校で聞き込み捜査を行うことにした。もちろん、聞き込み先に選んだのは2年6組である。

「2年6組の生徒のみなさん、こんにちは。私は兵庫県警捜査一課の浅井仁美と申します。今日は、皆さんに聞きたいことがあってこのクラスにやってきました。先日、神田明海さんが何者かに殺害されたのはご存知ですよね。そして、兵庫県警では古澤龍太さんが攫われたのも同一犯による犯行であると見ています。そこで、お聞きしたい事があるんですけど、クラスにおける神田さんや古澤さんの存在って、どうだったんでしょうか?」

「ちょっといいでしょうか?」

「はい」

「神田さんについてですが、彼女は所謂『特待生』と呼ばれる子でした。なんというか、スクールカースト上位と言ったら良いんでしょうか。学力テストでも常に上位で、先生からも良い目で見られていました。それと、彼女って、とある理由で特別に長髪が許されていたんですよね。北中学校の校則では基本的に女子も短髪じゃないとダメなんですけど、確か病気が関係していたような……」

「もしかして、白血病かな……」

「そうです! それです! 神田さんは幼い頃に白血病を患って、短髪を嫌っていたんです。それで杉本先生に懇願して長髪の許可を得たんです」

「なるほど。善く分かりました」

 その後も2年6組に対する聞き込み捜査は続き、結局のところ仁美が捜査を終えたのはホームチャイムが鳴る頃だった。

「うーん、白血病かぁ……確かに、小児がんや白血病を患うと髪が生えにくくなるとは聞いていたが、実際ブラック校則に引っ掛かると迷惑な話ではあるよなぁ……待った。そういえば、1人目の被害者である新田鎧亜って、学校でも有数の不良だったな。2人目の被害者である宮島花音も確か頭髪検査の日にパーマをかけて登校して先生を困らせたとかなんとかって言っていたな……あっ」

 よく考えたら、あのサイトが全て事実とは限らない。中学生は誰しも入学時の男子は丸坊主で女子は短髪だ。ならば、何らかのきっかけがあってグレて髪を伸ばしたりパーマを当てたりしたのだろうか。僕も、少し髪が伸びてきたな。僕は昔から長髪を嫌っていたから、別に短髪でも問題は無かったのだけれど、矢張り長髪に憧れたことはあった。でも、長髪は手入れが面倒だ。そういえば、世の中には「毛髪フェチ」という存在もいるんだっけ。まあ、そういう性的嗜好はあまり考えたくないのだけれど。そんな事を思っているうちに、スマホの時計は午後5時30分を指していた。杉本先生からは「これ以上事件に首を突っ込むな」というメッセージを受け取ったが、僕はもう引き返せない所まで来てしまった。ならば、北中学校の校門へ向かうべきか。僕は迷わずバイクにギアを入れた。そして、北中学校へ向かって走り始めた。この時期はジメジメしていて蒸し暑いはずなのに、バイクで走っている時はそんな事は忘れていた。やがて、北中学校の校門が見えてきた。バイクから降りると、浅井刑事と杉本先生が立ち話をしていた。

「――それは本当か!?」

「本当です。私の見解が正しければ、犯人の狙いは恐らくそこにあると思います」

「僕も、その話を聞かせてほしい」

「絢奈ちゃん! これ以上事件に首を突っ込むなと言ったろ!」

「いや、僕はこの事件を解決するまで芦屋に帰らない。それぐらいの覚悟は決めた」

「なるほど。絢奈さんって、中々面白い人なんですね」

「もちろん、アタシも協力するわ」

「さ、沙織ちゃん!?」

「アタシも一連の事件でピーンと来ちゃったってわけ。まあ、本当に合っているかどうかは分かんないけど」

「まったく、仕方ないなぁ。15年越しの課外授業、開始だッ!」

 こうして、杉本先生による「特別課外授業」が本格的に始動することになった。受講者は、僕と沙織ちゃん、そして浅井刑事だ。

 

 ――それがどんな結末になろうとも、僕にとっては遅れてきた青春でしかなかったのだけれど。

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