Phase 00
この時代、何かを蒐集するということはよくあることである。例えば、ロボットアニメのプラモデルを蒐集したり、好きなアイドルのグッズを蒐集したり、極端な例になると自分が乗った電車の切符を蒐集したりする人もいるという。20年間で「オタク」という言葉は市民権を得て、今ではすっかり馴染みのある言葉になった。しかし、世の中にはあまりにも迷惑な「オタク」がいるのも事実である。学校の制服を無断で蒐集していたとして逮捕される事件がたまに報道される。所謂「制服フェチ」というモノである。蒐集するのは制服だけじゃない。他人の唾液が付着したリコーダーや、最悪のケースだと人を殺して体の一部を蒐集しようとする蒐集家もいるという。当然、殺人は立派な犯罪である。あまりにもセンセーショナルな事件だと、大々的に報道される事が多いのだけれど、人間の記憶というのは、徐々に風化されてしまう。1997年に神戸でとある猟奇殺人事件が発生したのを僕は覚えているのだけれど、明確に覚えている訳では無い。確か、子供をバラバラにしたとかそういうような事件だった気がするのだけれど、犯人が「酒鬼薔薇聖斗」と名乗っていた事以外は記憶から消えている。所詮、人間の記憶力というのはその程度でしかないのだ。
そして、今、目の前に「酒鬼薔薇聖斗」をトレースしたような犯罪者がいる。当然、僕にこの犯罪者を捕まえる権限はない。権限を持っているのは、飽くまでも兵庫県警である。僕は、スマホで110番通報をしようとするのだけれど、ここはスマホの圏外である。このままだと、犯罪者の思うままだ。
「――どうして、僕が人殺しだと気づいたんだ」
「まあ、なんとなく。沙織ちゃんの手助けもあったんだけど」
「沙織ちゃん? 誰だ?」
「友達がいない僕にとって、唯一の親友だ」
「そうか。君には友達がいたのか。僕には友達なんていなかった。『見た目が気持ち悪い』と言われてから、ずっと虐められていた。それは、僕の容姿に問題があったからなのか。見た目が悪いと、ジメジメしていると思われるからな。それよりも、どうして絢奈さんが僕の領域に踏み込んだんだ」
「成り行きだ。そもそもの話、沙織ちゃんが君による誘拐事件に興味を持って、それが殺人事件へと発展したのをこの目で見ているからな」
「じゃあ、君もこの子供たちのように『僕のコレクション』にしてあげるよ。生憎僕は君のような大人には興味がないんだけど、それ以上口を割るようだったら僕がこの手で安らかに眠らせてあげるよ。そして、天国のお母さんに会わせてあげる」
「確かに僕は死にたがっているけど、そういうのは趣味が悪い。僕は、誰にも知られていない所で死ぬのが本望だ」
「そうか。なら、この話は無かったことに……するわけがねぇんだよなぁ! 俺は人を殺すことに性的な快感を覚える! 特に子供を殺すことに対して快楽を感じるんだ! だから、お前には死んでもらう!」
「勝手にしろ。僕を殺した所で、誰も弔ってくれる人なんていない」
そこから先のことは、善く覚えていない。多分、僕の中で記憶から抜け落ちていたのだろう。まあ、ここは警察署だから刑事さんの話を聞いているうちに思い出すはずだ。
「でも、絢奈さんがいなければこの連続誘拐殺人事件は解決しなかった訳ですし、我々兵庫県警としては感謝しているんですけどね」
「そうですか。生憎、僕は解決したくて事件に首を突っ込んだ訳じゃないんですけど」
「では、絢奈さんには改めて事件を振り返ってもらえないでしょうか? それで分かることもありますでしょうし」
「そうですね。それでは、一から順番に説明していきましょうか」
「お願いします」
――こうして、僕は刑事さんに詳しい話をすることにした。それは、僕宛てに送られてきたとある1通のメッセージから始まった。