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オスカー様との夕食も無事に終え、料理は過去一番に美味だった。
今日一日でオスカー様への恐怖は少し和らいだ。手を触れるくらいは大丈夫。
スキンシップが多く、夕食後に部屋まで送られて手の甲にキスをされ、びっくりして手を払い除けそうになったが耐えた。
──耐えたが、ぶわぁぁあと全身鳥肌がたった。
今はバスタブの中。
髪を洗ってもらって、こんな贅沢をしていいのかと不安になる。
明日はドレスを仕立ててくれる、外出禁止なら必要無いのに。
バスタイムが終わり、侍女たちがマッサージをしてくれてよい香りの香油を塗ってくれた。
オスカー様の好きな香りなのだろうか。
ん?・・・まさかね。
だって私は今日ここにやって来たばかりだもの。
可愛らしい薄手のナイトドレスに着替えると「ご主人様はすぐに来られます」と言って侍女たちは部屋を出て行った。
慌てて赤いガウンを羽織る。
オスカー様は何をしに来るんだろう。
落ち着かずウロウロしていると扉がノックされて、返事をするとオスカー様が訪れた。濃いグレーのガウンを羽織り、少しお酒の匂いがした。
向かい合ってソファーに座るとテーブルにはワインとグラスが置かれている。
「今日はどうだった?ここの暮らしに馴染めそうか?」
「はい、とても良くして頂きました」
「そうか」
オスカー様は微笑んで二つのグラスにワインをトクトクと注いだ。
「リアナも少し飲むといい、その方がリラックスできる」
──リラックス?
「では少しだけ頂きます」
高級ワインだ。お酒の味は分からないから義兄に飲ませてあげたい。
私がワインを口に含むとオスカー様は満足そうに頷き「寝ようか」と言った。ワインを吹き出しそうになったが、のどに流し込む。
「ここで、一緒にですか?」
「ああ、明日は仕立て屋が来るから、無理はしないつもりだ」
オスカー様は立ち上がると傍まで来て私の腕に触れたので、また全身に鳥肌がぶわぁああと立った。
「ど、ど、どうして」私は今日ここに来たんですよ?
「早く後継者の子が欲しいからな」
「こども?」
「今更、純潔だなんて言わないでくれよ」
「うっ!純潔です・・・私は男性とそういった行為は全然ないです」
本当だ。スコット家で1年過ごしたがアランと手を繋いだこともない。
「なんだと?」
オスカー様の表情が曇る。酔って、さっきまでご機嫌だったのに。
「嘘だろう?・・・純潔だと?」
「神に誓って本当です!」
侯爵は私の『淫乱』という悪い噂を信じているんだわ。
酷い!そんな女じゃないわ。
泣きそうになって掴まれている手を振り払った。
「嘘だろう・・・」
恥ずかしながら19歳の乙女だ。両手で顔を覆うとカァ~ッと顔が熱くなる。
「キスは?・・・あるよな?」
「ないれふ」
なぜか私の唇が震えだした・・・怖い。
「あいつら、何をやってたんだ」
ハワードとアランの事かしら?
「何も・・・おかじゃりの・・婚約ひゃれひた」
オスカー様はグラスに残ったワインを飲み干して──
「予定変更だ!こんなはずでは・・・」
「あの・・・」
「いや、すまなかった。失礼する」
逃げるようにオスカー様は去っていった。
「たふかった~」
好きでもない女性を男は抱けるのね。
お互い大嫌いだったはずよ。
歯がカチカチと鳴って、全身でオスカー様を拒否している。
でも予定変更って・・・婚約解消されるのかしら?
それならそれでいい。
義姉の犠牲になってアランと婚約し、2年間スコット家に尽くした。
ああ、でも、義兄の顔が浮かんだ。奥さんのデイジー姉様に三人目が生まれる。冷酷な父とダイアナとは違って、義兄とデイジ姉様は普通に接してくれた。
どうしよう。予定変更ってなんだろう。
気になって部屋をしばらく歩き回ったが眠れそうにない。
聞きに行った方がいいだろうか。
残ったワインをグイッと飲んで、部屋を出ようと扉を開けた────
「オスカー、どうしたの?」
廊下の離れた場所で女性の声が聞こえ、続いてバタンと扉の閉まる音。
──オスカー様の部屋を女性が訪れたようだ。
そうか、予定変更って、他の女性と今夜は過ごすのね。
愛人?まさかメイドの中に?
だってこんな時間に逢うなんて愛人に違いないわ。
でも平気よ。オスカー様なんてちっとも好きじゃないもの。
「ふわぁぁ~」
安心したら欠伸が出て、落ち着いた私は寝心地の良いベッドに体を沈めたのだった。
読んで頂いて有難うございました。