エピローグ④:幸せ
祝典から更に数日後。
俺は再びファインデの森に足を踏み入れた。
流石に導きの光がねえから、多少の迷子も覚悟してたんだが。森の奥に入ってすぐ、急に顔を出した動物達が、俺を導くように進み始めてな。
それを追っている内に、あっさりと森の奥に抜けることができた。
こないだ来た時と変わらない、暖かさを感じる春の景色。
柔らかい日差しを感じながら山を上っていくと、まるで俺が来るのが分かっていたかのように、メリナの墓碑の前に、マリナさんが立っていた。
「お久しぶりです」
「そうじゃないだろ。帰ってきた時は何て言うんだい?」
「……そうですね。ただいま帰りました」
「ああ。お帰り」
メリナと同じように微笑んだあの人に笑い返すと、俺はメリナの墓碑の隣にできた、新たな墓碑に目をやった。
「……あいつは、逝きましたか」
「ああ。ここに戻って来た後、役割を終えたと言わんばかりに、メリナの墓碑の脇で横になってね。安らかな顔で死んでいったよ」
「そうですか……」
俺はあいつの墓碑の前に跪くと、目を閉じ祈りを捧げる。
暫くして、目を開けた俺は、マリナさんに顔を向けず、こう問いかけた。
「……俺を救ったのは、あなたですよね?」
その言葉に、少しの間返事はなかったが、「はぁ……」っというため息の後。
「ああ」
そう短い返事が返ってきた。
「どうして気づいたんだい?」
「……ブランディッシュ王が気づいていたんですよ」
「は? あの人が?」
「ええ。他の仲間はみんな、メリナが助けたと勘違いしてましたが。やはり、あなたを愛する男は違いますね」
そう。俺は元々疑問に思ってはいたんだが。
依頼のやりとりの後、一度おっさんと二人っきりになった時に、向こうからそう口を開いたのさ。あれはマリナさんだって。
──「皆は気づかなかっただろうが。あの声を聞き間違いなどせん」
そういって幸せそうな顔をしたおっさんの顔を見た時、俺は思っちまった。
きっと、逢えないと思った人に逢えた喜びを、はっきりと感じちまったんだろうってな。
くすっと笑った俺が立ち上がりマリナさんを見ると、驚きを隠せなかった彼女は、その現実を知り、恥ずかしそうに視線を逸し頬を掻く。
「ですが、どうやって幽閉を解いたんですか?」
俺の疑問に、彼女は表情を少しだけ寂しげなものに変えるとこう言った。
「サルドのお陰さ」
「サルドの……」
「ああ。あいつは霊馬としての力を使い、この森まですぐさま戻ってきて、私を倒れているあんたの元に案内したのさ。急ぎ術で応急処置を施したが、私でも助けられない。せめて万能霊薬があればって悔やんだ時。サルドはその生命を削り、一時的に幽閉を解き、私を外の世界に解き放ってくれたのさ」
少し涙ぐんだ彼女は、俺の脇でしゃがみこむと、墓碑を優しく撫でる。
「……最期までこいつは、無茶したんですね」
「ああ。でもあれだけ穏やかな顔をして死んだんだ。きっとあんたを助けられて本望だったはずさ。ま、どうせ今頃、メリナを独占して喜んでるだろうしね」
「確かにそうですね」
気丈に笑うマリナさんの姿に、俺も釣られて笑う。
ほんと、あいつには頭が上がらねえな。
しばらくはメリナを独り占めさせてやるから、それで勘弁しろ。
俺は二人の墓碑を眺めながら、そう心で感謝した。
§ § § § §
それから二日後。
思ったよりも早く、アイリ、エル、ティアラの三人がここにやってきた。
勿論マリナさんには事前に話をしておいたんだが、こいつらを見た矢先。
「で? どいつがヴァラードの恋人だい?」
なんて悪戯っぽく煽り、あいつらをしどろもどろにさせていた。
まあ、俺が全否定してやって事なきを得たがな。
メリナの墓碑の前で祈りを捧げた後、あいつらもマリナさん宅で一泊させてもらう事になったわけだが。予想通り、賑やかな一日になった。
特に夕飯時には酒を入れちまったせいで、アイリが何時もの酒癖の悪さを発揮し、
「マリナ様! どうかメリナ様を説得して、ヴァラード様を僕にください!」
なんて言い始めた。
「アイリ。あなた、抜け駆けは許さないわよ。ね? ティアラ?」
「そうですね」
エルも悪酔いしたのか。ストレートではないものの、想いを隠せてない発言が増えだし、少し困りながらティアラが苦笑する、なんて一幕もあり。三人が盛り上がっている中、
「あんたも苦労しそうだね」
なんて、マリナさんに小声で誂われちまったりもした。
ほんとに困ったもんだぜ。
アイリとエルが先に酔い潰れた後、ティアラは深淵の魔導書をマリナさんに返そうとしたんだが、それはあの人が断った。
「私はヴァラードを信頼してる。だから、こいつが選んだあんたなら、これからもそいつを正しく使えるはずだよ。だからこれからも、こいつの力でヴァラードを支えてやんな」
「……わかりました。では、ありがたく頂きます」
マリナさんの言葉に、ティアラもしっかりと頷く。
しかし、まるで娘に話しかけるような優しい口調になったのは、きっとあの人もまた、ティアラにどこかメリナの面影を重ねちまったのかもしれねえな。
§ § § § §
そして翌日。
旅支度を整えた俺達は、メリナの墓碑に最後の祈りを捧げると立ち上がり、マリナさんを見た。
「マリナ様! お世話になりました!」
「こっちこそ。楽しい時間をありがとね」
「またこちらに遊びに伺ってもよろしいかしら?」
「ああ。ヴァラード。また連れて来な」
「え? 俺も一緒にですか!?」
「当たり前だろ。な? ティアラ」
「はい。また皆で参りましょう」
たった一日一緒に過ごしただけだってのに、既に親しい間柄を見せるマリナさんとアイリ達。
ほんと、こいつらは人見知りってもんをしねえな。
四人のやり取りを感心して見ていると、マリナさんが俺に歩み寄ってきた。
「ヴァラード。いいかい? ちゃんとメリナの為に生き、ちゃんと幸せになりな。あの手紙にあった言葉。忘れるんじゃないよ」
「……あいつがいない世界で幸せになれるかはわかりませんが、善処します」
「ったく。あんたは悪なんだろ? 少しは色気を出しな」
俺の言葉に、両手をあげやれやれと言った態度を見せた彼女は、そのまま俺に手を伸ばす。
「元気でね」
「はい。マリナさんも」
握手を交わしつつ、少しだけ切なげな顔をしたマリナさんを見て、俺もまた少し憂いを見せる。
が、湿ったいのも嫌なんでな。
すぐに表情に笑みに浮かべ、静かに手を離した。
「では、行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい」
俺が頭を下げると、アイリ達も同じように頭を下げる。
そして俺達は互いに手を振りあった後、マリナさんを残して山を下り始めた。
「……山で一人で暮らすのって、やっぱり寂しいわよね」
少しして、脇を歩くエルが、ぽつりとそんな事を口にする。
「まあな。だが、あの人には森の仲間もいる。心配ねえよ」
「そうですね」
「師匠! また遊びに来ましょうね! みんなで一緒に!」
花畑の合間を歩きながら、一人前に出て後ろ歩きしつつ、アイリが屈託のない笑みでそう言ってくる。
こういう優しさはいいんだが……。
「おい。俺が旅に出る前に行っただろ。師匠と呼んでいいのは決戦が終わるまでだってよ」
俺は悪びれずに師匠と言い続けるアイリに、そう苦言を呈した。
マリナさんの前で小言を言うのは悪いと思い、ここまで我慢してきたが。流石にもういいだろうと思ってな。
だが、こいつらはそんな俺の言葉に、生意気にも反論してきやがった。
「あら。私達にデルウェンを倒させるため、あそこまで煽ったのに?」
「確かに。師匠は私達にあそこまでの事を仰ってくださったではありませんか」
「前から言ってるだろ。俺は悪だぞ? だからお前達を利用する為、ああやって焚き付けただけだ」
「と言う事は、師匠の弟子である僕達が、悪になってもいいんですよね?」
「はっ? 何言ってやがる」
俺が怪訝な顔をするが、三人はどこ吹く風。
悪戯を楽しむように、笑顔を見せたまま。
「確かにそれは名案ね。何なら英雄として売り出さない? そうすれば師匠にもより箔が付くと思うのだけど」
「ふざけんじゃねえ! 俺は師匠とも英雄とも呼ばれたくねえんだよ!」
「ふふっ。ヴァラード様が照れるお姿は、やっぱり可愛らしいですね」
「おい! ティアラまで急に何を言い出してんだよ!」
急に色々と捲し立てられ、俺が思わず動揺を見せると、三人は互いに顔を見合わせふふっと笑い合った後、こっちに微笑み掛けてきた。
「師匠ってやっぱり真面目ですよね。マリナ様と話していた時の落ち着いた口調。本当に紳士的で、凄くかっこよかったです!」
「ブランディッシュ王の依頼の事でも、私達が危険に巻き込まれないように必死になってくれたものね。思わず惚れ直しちゃったわ」
「マリナ様から伺いましたが、メリナ様は貴方様にモテてほしいと書き遺されたそうですし。師匠や英雄とお呼びする代わりに、私達と恋仲になるのも──」
「却下だ却下! ふざけやがって!」
くそっ。お前達までメリナみたいな事を言いやがって。
あまりにストレートな発言に顔を真っ赤にした俺は、それを誤魔化すように不貞腐れた顔で腕を組み、そっぽを向く。
……何でこんな人生になっちまったんだか。
……いや。
メリナが俺の哀しみを癒す為、きっとこいつらに逢わせたんだろうな。お節介が得意だったもんな。
こっちはずっと、お前だけを想ってきたってのに。
知らねえぞ。この先俺が、多くの女に手を出しても。
──『それでも良いわよ。私が愛した男だもの。その代わり、その女性達も幸せにしてあげてね』
ふっと、耳元に聞こえた懐かしい声に、はっとして横を見る。そこに立っていたのはメリナ……ではなく、ティアラ。
「どうか致しましたか?」
「……いや。別に」
俺が急に顔を向けた事に気づき、首を傾げたあいつに、俺は自嘲しながら前を向く。
ったく。
……まあいいさ。
「ちゃんとお前らは、俺が幸せに──」
「……え?」
そこまで言いかけた俺は、人生で初めて、奇跡の神言を抑え込んだ。
が、突然の言葉に、三人がきょとんとした顔を見せる。
「──してくれる男を見つけてやるよ」
神言を無理矢理言い換えて、平然を装いそう言ったんだが。
「あら。私はこのままでも十分幸せだけれど」
「僕も、師匠といられれば幸せです!」
「勿論私も、幸せにございますよ」
結局こいつらはこう言ってくるか。
散々悪い男に騙されたってのによ。
まあいい。
暫くは退屈凌ぎに、依頼をこなしてやるよ。
この先どうなるかなんて、知りゃしねえ。
なるようになれってんだ。
ただ、メリナ。
これだけは忘れるんじゃねえぞ。
俺がそっちに行った時にゃ、散々愚痴って、俺がモテた話を嫌って言うほど聞かせてやる。
そして……やっぱりお前が一番だって、笑ってやるからな。
〜Fin?〜
というわけで、こちらはこれで無事完結となります。
個人的にちょっと異色の師弟物、かつしょぼんさんらしからぬ、ちょっと悪な主人公を書きたかった本作品。
自分なりに満足する形では書けたのですが、いかがだったでしょうか。
もし気に入っていただけたら作者冥利に尽きるなと思います。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!




