エピローグ③:九英雄
「……アイリ。エル。ティアラ。お前達は何でそんな顔をしてる?」
尋問する訳じゃねえが、警戒心から自然と俺の声に、真剣味が帯びちまう。
それが気持ちを萎縮させたのか。よりその身を縮こまらせたあいつらが、互いに顔を見合わせると。
「す、すいませんでした!」
「ごめんなさい」
「申し訳ございません」
と、三者三様に頭を下げてきやがった。
……が、奴等からその先の理由を語ろうとしねえ。
こいつらが俺を生き残らせようとしたってのは分かる。
が、この反応は一体なんだ?
俺があいつらを見ながら戸惑っていると。流石に三人を不憫に感じたのか。
ブレイズが代わりに俺に説明を始めた。
「彼女達は万能霊薬を使ってでも、ヴァラードさんを助けて欲しいと懇願なされ、父上はそれを条件付きで認められたのです」
「条件付きだと?」
「うむ」
俺の問い返しに、ブランディッシュのおっさんが静かに頷く。
「幾ら死にかけていたとはいえ、国でも貴重な一品。おいそれと万能霊薬を与える訳にもいかなかったのでな。それで、代わりに彼女達にとある依頼をしたのだ」
「依頼だと?」
「そうだ。デルウェンや獣魔軍の脅威は去ったが、この国は幾つか問題を抱えておってな。その解決を幾つか」
落ち着いた口調で語っちゃいるが、その表情には何かを企んでいる空気がぷんぷんする。そのきな臭ささに、俺の眉間に自然と皺が寄る。
「それで。どんな依頼だよ?」
「詳細は後でレムナンにでも確認するがよい。が、内容としてはSランク冒険者でも手に余るような代物。だからこそ、実力あるお主の弟子達にそれを解決するよう──」
「待て待て待て待て!」
思わず俺は身体のだるけも忘れ、前のめりになると、思わずおっさんを睨みつけた。
何でそんな横暴な依頼をしやがった!
そんな依頼の仕方をすりゃ、危険だろうとこいつらが断れるわけねえだろうが!
内心腸が煮えくり返りそうになるのを堪えようとした。が、それでも溢れた怒りが抑えきれず、俺は思わず叫んだ。
「何を勝手に話を進めてやがる! こいつらが俺を弟子と呼んでいいのは決戦が終わるまで。既に師弟関係なんてねえんだよ! それに万能霊薬だって、こいつらの願いがあったとはいえ、使われたのは俺だろうが! それをこいつらの良心を逆手に取って、勝手に契約なんぞしやがって。ふざけんじゃねえ! 俺が認めてねえ依頼なんて無効だ! そんなもん、俺一人で何とかしてやる! だからこいつらを危険に巻き込むんじゃねえ!」
そうさ。今回の戦いだって、俺はあいつらを利用しただけ。
それなのに、何でまたこいつらを危険に駆り出さなきゃならねえんだよ。
そんなの許せるかってんだ。
「師匠……」
「ヴァラード様……」
俺の叫びを聞いて、アイリとティアラから声が漏れる。
見れば、何も言わず惚けるエルを含め、三人とも……何で嬉しそうな顔をしてるんだよ。
拍子抜けし、思わずぽかんとした俺を見て、ふっと笑みを浮かべたおっさんは、視線をアイリ達に向けた。
「……だそうだが。お主達はどうする?」
俺を見ていた時とは一転、優しい顔になったブランディッシュの言葉に、はっとした三人は、しっかりと真剣な目でこっちを見つめてきた。
「師匠! 師匠が僕達を想ってくれる気持ちは凄く嬉しいです! ですが……僕達はそんな危険な依頼でも、師匠と共に行きたいのです!」
「そうね。師匠のお陰で、私達は四魔将という強敵を倒し、デルウェンに止めを刺す事ができたわ。でも、私達はまだまだ未熟。だからこそ、あなたと共に行き、成長し、もっと力になれるようになりたいの」
「……私は以前より、貴方様に付き、人としてより成長すべく歩んで参りました。それは未だ志半ば。ですから、共に参らせてください」
三人の凛とした態度に迷いはねえ。
つまり、ブランディッシュから話を受けた時点で、心を決め、覚悟もしてたって事か。
……あのおっさん。最初っからこいつらの想いを知って、こんな話を振りやがったな。
ブランディッシュもまた、愛した奴と添い遂げられずに後悔した。
だからこそ、こいつらの想いを察し、感化されたのかもしれねえが……。
思わず自然とため息を漏らすと、やれやれといった顔で、バルダー達が話しかけてきた。
「ヴァラード。諦めろ。悪いがこいつらはしつこいぜ。鍛え込んでやった時に散々味わったからな」
「そういう事。いいじゃないか。お前も認めた実力者達。俺達を連れて行くよりよっぽど優秀だぞ?」
「本当だね。本当は私達が一緒に行っても良かったけど、王都での仕事もあるし」
「我々も立場を捨てられはせんし、お前も俺とパーティーなど望まんだろう。であれば、彼女達を連れて行くのも良いのではないか? 未だ師匠と慕われているようだしな」
あいつらもそう口にすると、昔のように笑いながら俺を見る。それが心に少しだけ懐かしさを生み、そこにメリナがいないことに、少し寂しくも思う。
……ったく。
せっかく生き残ったんだ。後はゆっくりメリナを葬いながら、静かに暮らそうと思ってたんだがな。
「……ちっ。わーったよ」
俺は大きなため息を吐くと、頬杖を突きながら、不貞腐れたままそっぽを向いた。
その言葉に、場の空気が和み、みんなが互いを見てほっと安堵する。
……ちらりと見たその光景に、俺は内心呆れつつ、また騒がしくなるであろう旅路を覚悟した。
§ § § § §
それから数日後。
快晴の青空の元、獣魔王デルウェンを倒した祝典が大々的に執り行われた。
聖女の墓碑の前に並ぶ、四魔将、八獣将を倒した英雄達に国王や王子とその家臣に、護衛の兵士達。そして、距離を置きそれを囲うように集まった群集達。
既にそこでは勲章の授与が行われていた。
アルバース、バルダー、セリーヌ、ルーク。
恭しく跪く彼等に対し、それぞれ順におっさんが勲章を首にかけると、あいつらは慣れた感じで、落ち着いた表情のまま会釈する。
そのまま流れで同じように跪いていたアイリ、エル、ティアラも、彼等に倣い勲章を授与されていく。
が、露骨に緊張している姿は、やはりまだまだ若くて経験もねえって証拠。ま、初々しくていいだろ。
俺はそんな光景を、群集の中から見つめていた。
背中には既にリュックを背負い、旅の準備を整えてだ。
既に体力も随分と戻った俺は、一足先に旅立ちを決めた。
といっても、流石にアイリ達に黙ってってわけじゃねえ。どうせそんな事をしようとしても、メリナに先読みされてそうだったんでな。
一人先に旅に出る理由は単純。先にマリナさんに挨拶に行こうと思ったからだ。
あいつらを同伴したんじゃ落ち着いて話もできなそうだったしな。
だからこそ、あいつらに導きの光を預け、先に向かうことにしたのさ。
ま、祝典の後は城で祝いの舞踏会。
あいつらもそこでの接待がある。それも英雄の大事な仕事だ。
俺はまっぴらごめんだがな。
「……ヴァラード様は何故、あの場に立つのを固辞されたのですか?」
俺の脇に立っているディバインが、俺にそんな疑問を投げかけてくる。
何でこいつがここにいるかといえば、俺と二人で話をしたかったらしくてな。ただ、城じゃ結局ずっとアイリ達がいてそんな機会もなかったから、この機を利用したらしい。
「……俺は盗賊だ。ああいう眩しい舞台が苦手だし、似合わねえと思っただけだ」
「ですが、あなたはそれだけの事を成した」
「ふん。たまたまだ。それよりお前、蒼翼騎士団を指揮してうまくやったそうじゃねえか」
「あなたのお陰です。あの時アルバース様に進言いただけたからこそ、強くなる手応えを感じ、あの戦いに挑めました」
「……ったく。お前は俺に騙されてるんだ。感謝なんぞするもんじゃねえ」
「いえ。感謝しています。あなたが戦いの厳しさも、それでも想いを貫く術も、教えてくださりましたから」
「おいおい。そういうのはアルバースに感謝しとけっての」
俺の呆れ笑いに、あいつも自然と笑う。
ま、俺みたいなおっさんが役に立ったってなら、それはそれでいいがな。
「静粛に」
と。勲章の授与を終えた国王があいつらの前に立つと、進行役のレムナンが群集を鎮めた。
「ブランディッシュ王。皆様にお言葉を」
「うむ」
促されたおっさんが、周囲を一瞥すると、ゆっくりと語りだした。
「この度の獣魔軍との戦い。イシュマーク軍の誰もが命を削り、活躍したからこそ無事勝利できた。が、その中でもより活躍した者達こそ、ここに立つ七人。そして、ここに立つことを嫌った、五英雄の一人、ヴァラードだ」
俺の名が出たことで、周囲から「おおっ」とどよめきがあがる。
「ヴァラードを始めとした、十年前に国を救いし英雄達は、此度もこの国を救うべく奔走した。そして、新たにその実力を示し、この国の力となったルーク、アイリ、エル、ティアラの四人もまた、英雄と肩を並べるに相応しい活躍を見せた。まずはこの者達に感謝する」
そう国王が口にすると、周囲から歓声があがる。
「そして。十年越しの戦いに未来を託すべく、我等に神言を遺した聖女メリナ。彼女にもまた、敬意と感謝を評し、ここに集う者達を、この国の九英雄として後世まで讃えようと思う。いかがかな?」
国王の言葉に応え、群集がより大きな歓声を上げ、皆が各々に英雄となった者達の名を叫ぶ。
「……何時か、私もあの場に立ちたいものです」
羨ましそうにそう呟いたディバイン。
「ま、本当はそんな機会なんぞない方がいいんだが……」
俺は奴の肩をぽんっと叩くと、
「世界じゃ何時何が起こるかも分からねえ。その日までしっかり牙を研いておけ。そうすりゃお前も何時か、日の目を見る時が来る」
そう言い残し、くるりと踵を返す。
「またお会いできますか?」
「縁がありゃな。それまで死ぬなよ」
「はい。ありがとうございました」
「ふん。盗賊に頭なんぞ下げるな。格が下がるぞ。未来の騎士団長殿」
そう冗談じみて言ってやるも、肩越しに見えたあいつは頭を下げたまま。
やれやれ。まったく律儀なやつだ。
ま、これで国も安泰だろうけどよ。
俺はディバインをその場に残し、そのまま人混みを避けながら、華やかさな世界から逃げるように、一人王都の外に向け歩き出した。




