第十話:禁忌の術
未だ、派手に術の応酬を繰り返しているティアラとザルベス。
未だ繰り出される炎の彗星に対し、魔術、雷剣を撃ち込み相殺するティアラ。
未だ拮抗する二人の術の撃ち合いだったが、先に手を止めたのはザルベスだった。
炎の彗星が止み、雷剣がザルベスに向かうも、それは奴を覆った闇の障壁に阻まれる。
無駄な消耗を嫌ってか。ティアラも一度そこで術を止めた。
『大きな口を叩いておいて。ウルブス達同様、あっさりやられるとは……』
失望のため息を漏らすザルベス。
だが、その表情には余裕が見える。
……いや。余裕だけじゃねえ。ありゃ何か企んでる奴の顔か。
『まあ、丁度良いでしょう。術の撃ち合いではただの消耗戦。であれば、より獣魔軍らしく貴女を屠りましょうか』
澄ました顔から一転、怪しげな顔を見せたザルベスは、妙に禍々しさを感じる、意味も分からぬ言葉を口にし始める。
何をする気だ?
思わず警戒していると、奴の周囲の地面に、白と黒のみで描かれた怪しげな魔方陣が浮かび上がる。
そして、そこからぬるっと赤黒い闇が姿を見せると、それぞれに何かに変化していったんだが……。
「あれは……まさか……」
「四魔将!?」
エルとアイリが思わず叫んだ通り、そこに姿を見せたのは、闇で形作られた、ウルブス、ウルバス、ドルゴ、シャーミーの四人だった。
赤黒いオーラを持つ四人。その瞳も赤く怪しげに光っている。
が、さっきまでのように生きている印象は感じねえ。
四体ともやや猫背気味な姿勢で、ティアラに虚な瞳を向けている。
「……傀儡の、悪霊……」
ティアラがぽつりと呟くと、ザルベスは少し感心した顔をする。
『ほう。貴女は星霊術にも精通しておられるようですね。その通り。彼等の死に哀しみなどしませんが、役立たずにもう少し働いて貰うため、呼び出させていただきました』
「くそっ!」
片膝を突いたまま、苦しげな顔のアイリが咄嗟に手を伸ばし、ドルゴの霊に聖術、悪霊祓いを撃ち込む。
腕から放たれた激しい光。が、それは奴に直撃したものの、やつを仰け反らす事すらできない。
『無駄ですよ。死しても彼等は四魔将。そんな物で祓われる程弱くはございません。それに、彼等は召喚者の力を得て、術抵抗が非常に高まっておりますので』
確かに。そこにある気配は、間違いなくさっきまでやりあっていたあいつらと同じ。
だが、アイリやエルは疲労困憊。俺だってデルウェンに隙を見せる訳にはいかねえ。
……ちっ。面倒な事になったな。
俺は内心舌打ちする。
相手が四魔将である以上、ティアラの魔術や神術だけで、あいつらをどうにかするのも辛い。
しかも、これでアイリやエル、俺に直接仕掛けられたら、否が応でもやりあうしかなくなるが……。
俺がそこ動向を見守っていると、ザルベスが厭らしく笑う。
『手負いの者達など後から始末すれば良い。まずは私にとっての脅威である、貴女から始末してくれましょう!」
奴の言葉に、四魔将だった傀儡達が身構えると、一気にティアラの周囲を囲むように展開する。
……ちっ! 流石にこのままじゃやべえ!
俺が思わず動きそうになったその時。
「ヴァラード様」
ティアラは静かに俺の名を口にし、行動を制してきた。
「貴方様は、私を信じると仰った。ですから、どうか信じてくださいませ」
信じるったって……。
この状況、あいつだけでどうにかできる気はしねえ。だが、あいつは悲壮感を感じさせながらも、未だ諦めたような顔もしちゃいねえ。
俺の戸惑いに一瞬だけ微笑んだ後、あいつは凛とした立ち姿のまま語る。
「……私は、師匠である貴方に教わりました。勝ちに貪欲になれと。ですから、私はどんな事をしても、この戦いを制します」
『ふん。強がりもここまで。死になさい!』
ザルベスがばっと手を伸ばし、四魔将達が動き出すのと、ティアラが魔導書を開いたのは同時だった。
一気に踏み込んだ傀儡の四魔将が、前後左右からティアラを襲う。
それぞれの爪や武器を、神術、光の防壁が食い止める。
が、やはり闇の力を強く持った四人の力。
奴等の力押しで、少しずつ障壁にひびが入っていく。
「ティアラ!」
このままじゃあいつが殺られちまう!
思わず俺がティアラの名を叫ぶと、それを合図にしたかのように、あいつは動いた。
すっと魔導書の紙の端に指を走らせ指を切ると、滴る血で魔導書に素早く何かを書き記していく。
その間にもより大きくなっていく障壁のひび。
そして、障壁が砕けそうになった瞬間。ティアラは魔導書の上にあったであろう、人差し指と中指の間に挟めた、血で書かれたサインの入った一枚の紙を手に叫んだ。
『魔女の魂よ! 我に力を貸し、彼の魂を蠱惑せよ!』
澄んだ音と共に砕け散る障壁。同時にぼっと青白い炎を上げ燃え尽きた紙。
ニヤリと嗤うザルベス。襲いかかる闇の四魔将達。
その鋭い爪や牙がティアラに触れる直前。奴等は動きを止めた。
ティアラの身体から湯気のように怪しげな青白いオーラが立ち上り。あいつの金色の髪がすーっと白銀色に変わっていき、その瞳が真紅に染まる。
俺は、その光景に思わず息を飲んだ。
まるでメリナやマリナさんを思い出させる変化。
そして、あいつから感じる、人外とも思える強い圧。
『な、何!?』
ザルベスが目を見開き、その変化に驚きを見せる中。
「ティアラ。お前、まさか……」
俺は、そこにある現実に愕然とした。
『何故だ! 何故その女を殺さない!』
……殺せるもんか。
さっきまでのお前達は互角。だが、今あいつは、その封印を解いている。
『……本物の四魔将なら、こうもいかなかったでしょうけど。ただの傀儡であれば、操るのなど容易き事』
人が変わったかのように、冷徹な口調で話すティアラ。
だが、それもそのはずだ。今そこにいるのは、ティアラじゃねえ。
勿論、俺もそこにいるのが誰だかは分からねえ。が、あいつじゃねえのだけは、はっきりと分かる。
そして、そいつが蠱惑の魔女の一族の者だってのも。
『ザルベス。たかだか星霊術師として悪霊を操れる程度で、私を殺せるとでも?』
『ふ、ふざけるな! 貴様は一体何者──』
『蠱惑の魔女、サルファーザ』
『サ、サルファーザ!?』
その名を聞いた瞬間、ザルベスがまたも目を瞠る。
そして、それは俺も同じだった。
蠱惑の魔女、サルファーザ。
それは古の時代、ファインデの森に幽閉された、魔女の一族の始祖の名だ。
だが、ティアラは一体、何故サルファーザを召喚できたんだ?
あいつが魔女の一族なはずねえってのに……。
予想外の事に、俺もまた唖然としたまま、この先の展開を見守るしかできねえ。
そんな中、サルファーザが、ティアラが絶対しないであろう、妖艶な笑みを見せる。
『さて。この娘の望み、叶えてあげましょうか。あなたは無能だと口にした仲間達に、どう切り刻まれるのかしら?』
ぱちんと指を鳴らしたサルファーザに従うように、彼女を囲んでいた四魔将がくるりと反転し、じわりじわりとザルベスに迫る。
『だ、誰がそんな者達に!』
あいつが慌てて仲間だった奴等に、炎の彗星を叩き込む。
そこに巻き起こる炎の渦。だが──。
『何!?』
ゆっくり、静かに炎から四魔将がゆらりと姿を見せた。
まったくの無傷。そんな現実に、ザルベスは開いた口が塞がらない。
『あら。既にあなたの元仲間は、私の反魂で私の下僕よ。確か……傀儡の悪霊は、術者の力が宿るのよね?』
嘲るような言葉に、奴の顔がどんどん青ざめ、身震いが酷くなる。
『さあ、あなた達。食事の時間よ』
『や、止めろ……』
迫る四魔将の影に、後退りするザルベス。
だが、この中で最も身体能力が低いのは間違いなくあいつ。
気づけば一瞬で、さっきのティアラのように囲まれた。
『この娘はちゃんと、彼らを止めたわよ。さあ。あなたも頑張りなさい』
『や、止めろぉぉぉっ!!』
瞬間、四人が一斉にザルベスに飛びかかると、術を放たせる隙も与えず、奴の四肢を噛まみ、派手に出血を起こさせ、部位を噛み千切っていく。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!』
暫し繰り広げられる惨劇と、戦場に響く悲鳴。
唯一デルウェンだけが表情を変えず見守る中、ザルベスが仲間に殺され塵となって消えると、傀儡となっていた四魔将もまた、静かにその場から消え去った。




