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【完結】奇跡の神言《口からでまかせ》を言う盗賊のおっさんは、師匠とも英雄とも呼ばれたくない  作者: しょぼん(´・ω・`)
第六章:未来への鍵

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第四話:違和感

 翌日。

 俺はマリナさんと二人、ファインデの森へと足を踏み入れた。

 互いに会話を交わす事なく、俺はマリナさんの後に続く。


 鬱蒼と茂り、人々を遮る木々や草。

 それが、彼女の為と言わんばかりに避け、道を譲る光景は何時見ても圧巻だ。

 これこそが、ここに幽閉され、ここで永く生きる魔女の一族の力なんだろう。


 マリナさんに案内されたのは、森の一角にある、ちょっとした開けた場所だった。

 生い茂る木々のせいで昼間でも暗い森にあって、そこだけ木漏れ日が足元の草木を照らし出す。

 そして、木漏れ日に照らしだされているリスや狐、小鳥、熊などの動物達は、そこで横たわっている一体の大きな馬を心配そうに見守っている。


「サルド。お客さんだよ」


 優しいマリナさんの呼び掛けに、ゆっくりと、サルドは震えながら首を起こし、こちらに顔を向ける。

 釣られて動物達もこっちを見たが、俺達を見ても逃げようとも、襲い掛かろうともしてこなかった。


 漆黒の身体に、白いたてがみ

 その何処か威厳を感じる雰囲気。が、痩せ細った姿に、十年前に共に戦場を駆けた頃の勇ましさは感じられない。


 蠱惑の魔女共々、この森を守護するとされる霊馬、サルド。

 マリナさん同様、この森で生きる者だ。


「よう。久しぶりだな」


 俺が声を掛けると、あいつは嬉しそうに目を細める。だが、立ち上がってはこない。何処か痛々しい姿に、俺は少し寂しい気持ちを覚えた。


「まずは飯にしようかね」


 マリナさんはリュックを下ろすと、そこから空の器を出しサルドの側に置くと、家で拵えた薬草を別の袋から入れてやる。


「不味いからって残すんじゃないよ」


 諭すような言葉に、あいつも素直に従いむしゃむしゃと薬草を食べ始めた。

 そんなこいつを慈しむように、目を細めた彼女はその首を優しく摩る。


「……メリナが死んでから、こいつもめっきり元気をなくしてね。そのせいか。霊馬のくせに大病を患っちまった」

「そうですか……」


 俺もサルドに歩み寄り、その場にしゃがみ込むと、あいつは薬草を食うのを止めると、俺に顔を向けてきた。

 やつれていながらも、未だ澄んだ瞳は健在。

 こいつの瞳を見ていると、何かを見透かされたような気持ちになる。


「ったく。お前らしくない顔しやがって。俺を忘れちゃいねえよな? 相棒」


 そう声を掛けると、あいつは俺の顔に自身の顔を擦り寄せてきた。


「……まったく。マリナさんを心配させてどうする。やんちゃがお前の取り柄だったろうが」


 俺がそんな奴の顔を、昔を懐かしむように撫でると、まんざらでもない顔をしつつ鼻を鳴らす。


「……本当は、お前とまた駆け回ろうかと思ったんだが。無茶はさせられないな。長生きしてもらわなきゃ、涙脆いマリナさんがまた号泣しちまう」

「何だいその言い草は。あんただってそうだろ」

「否定はしませんよ。ま、お前もだけどな。サルド」

「ヒヒィィィン!」


 俺に強くいなないたサルドが、不貞腐れるようにそっぽを向く。

 それを見て、俺とマリナさんは顔を見合わせ笑った。


   § § § § §


「……長くはないんですか?」


 一通り世話を終えた後、再び森を離れた俺達は、ゆっくりと家まで続く花畑の間を進んでいく。


「ま、生きているのが奇跡って所さ。そこは霊馬らしいがね」


 隣を歩くマリナさんの表情に、はっきりと翳りが見える。

 やはり、永らく共に生きたが故に、別れが近づいている淋しさがあるんだろう。


「あいつもそろそろ、あのの所に行きたいんだろ」

「……確かに、サルドはメリナにべったりだったですもんね」


 昔、何かとあいつに懐くサルドの姿を思い出し、切なさを感じながらも、自然と頬が緩む。


 ……あいつは十年前、俺の愛馬として戦場を駆けた。

 結局そのせいで、サルドもメリナを護ることができなかったんだよな。

 本当は、あいつにも今度の仇討ちに連れて行きたかったが、これも十年待たせた結果。仕方ないか。

 まあ、その分しっかりと仇は討ってやるさ。

 そう心に決意を刻みつつ、俺はマリナと家に戻っていった。


   § § § § §


 昼間の内に、俺は家の周囲やメリナの墓碑、近くの花畑などを見回りながら、何か少しでもメリナが何かを遺した痕跡がないかを探してみた。

 しかし、やはりそれらしい形跡は一切見つける事ができぬまま、気づけば日は西に傾き始めていた。


 花畑を赤く染める夕日の美しさに目を奪われるものの、それが心を晴らす訳じゃねえ。

 俺は、無意味に日が進んでいく事に内心焦りを覚えつつ、独りマリナさんの家に戻り始めた。


 途中、通りがけにあるメリナの墓が目に留まり、自然と足を向けた。

 夕日を受けて、遥か下の麓の森に向け影を伸ばす墓碑。

 その前に立ち、暫く墓碑を眺めた俺は、ゆっくりと裏側に回り、墓碑の裏に寄りかかると、共に夕焼けに染まる森を眺める。


 きっとこんな姿を見たら、死者を冒涜してるだの言う奴もいるだろうが。

 情けない話だが、墓碑の感触にすら、俺はメリナを求めてしまっていた。


「……なあ。これで、デルウェンを倒せるのか?」


 独りごちった言葉。その裏にあるのは不安だった。

 確かに俺は、奇跡の神言(口からでまかせ)で仲間を導こうとしている。

 きっとこれで、仲間達は強くなるはず。それは確かだ。

 だが、どうしてもそれだけで良いような気がしねえ。勘でしかねえが、何かが足りねえんだ。


「……どうすりゃいいんだ、メリナ」


 情けない声を出した俺は、そのままぼんやりと景色を見ていた……はずだった。


   § § § § §


「ん? メリナ。何してるんだ?」


 タオルで頭を拭きながら俺が部屋に入ると、あいつは何かを机の袖の引き出しの三段目。一番下の引き出しに仕舞っている最中だった。


「ヴァ、ヴァラード! 私の部屋に入る時くらいノックしなさいよ! それでなくたって足音すら立てないんだから」


 俺としては自然に声を掛けたつもりだったが、あいつは慌てて引き出しを閉じると慌てて立ち上がり、不貞腐れた顔で両目を閉じ、そっぽを向く。

 と言われても、昔から盗みに手を出していたからな。足音を立てずに歩くのはもう癖になっていてどうにもならねえんだが。


「悪かったよ。で、そこに仕舞ったのはなんだ?」

「別に何だっていいでしょ? 幾ら恋人でも、見せたくないものだってあるの」

「ん、ああ。そりゃそうか。済まねえ」


 頭を掻きながら、俺が申し訳無さそうに謝ると、片目を開けちらりとこっちを確認したメリナは、


「ふふっ。じゃ、許してあげる」


 なんて言いつつ、表情を一転しふっと笑った。

 それを見て俺がほっとすると。


「でも、絶対に勝手に見ちゃだめよ」


 と、人差し指を立てながら念押しをしてくる。


「そんな事しねえよ。安心しろって」

「ほんとに?」

「本当だって」


 おい。ちょっとしつこくねえか?

 思わず嫌な顔をしちまったが。


「……あなたがどうしてもって言うなら、見せてあげてもいいわよ?」


 少し悪戯っぽい笑顔を向けてくる。

 ……こいつ。俺をいちいち試しやがって。


「別にいいって。お前が嫌がることなんてしたくねえし」


 今度が俺が不貞腐れた顔をしてやると、少しだけ俺をじーっと見たあいつは、優しく微笑んでくる。


「……ふふっ。やっぱり、あなたは優しいわね」

「……んな事ねえよ」

「ふふっ。照れちゃって。可愛い」


 赤くなった顔を誤魔化すように、顔を背け目を泳がせていると、あいつはゆっくりとこっちに歩み寄ると、俺をぎゅっと抱きしめてくる。

 そして、あいつはこう耳元で、優しく囁いた。


「……何時か、見せてあげるから」


   § § § § §


 ……!?

 はっとした俺の目の前には、さっきまでと変わらない夕焼けと景色。

 ……俺は寝ていたのか。それすらも分からない。


 ……さっきのは、一体……。

 俺は、白昼夢にも感じたさっきの幻想を振り返る。


 あれが記憶にあるかといえば……あった。

 十数年前、初めてここに顔を出した時の事だ。


  ──「母さんに会ってくれない?」


 俺達が付き合う事になってすぐ。ある冒険が一段落ついた頃、急にメリナからそんな申し出があったんだよな。

 理由はその場では話してもらえなかったが、正直それまで恋愛経験なんぞなかったし、俺は惚れちまってた身。

 だからこそ断りもしなかったんだが、そこで連れてこられたのがここだった。

 ファインデの森が目的地と知ったのは、二人で駅馬車で移動し始めてから。

 それはそれで驚かされたっけな。


 あいつが俺をマリナさんに会わせたのは、俺を見定めさせたかった訳じゃねえ。逆に俺に、自分が蠱惑の魔女の一族である事を話す為。

 世間的に知られたくねえ事実だろうが、メリナなりに、俺が真実を知り嫌になるんじゃって、気を遣ったのかもしれねえな。


 結局、あいつがマリナさんに怒鳴られた後、


  ──「あんた、いいのかい? こんな魔女の娘と付き合って。この先絶対困らされる。考え直してもいいんだよ?」


 なんて逆に心配されたが。


  ──「マリナさん。俺なんてただのワルな盗賊ですよ。そんな奴と、娘を付き合わせるなんてってのほか。そんないぶかしむ気持ちを持たれないのであれば、俺は別に」


 なんて言ったもんだから、彼女は目を丸くして驚いてたっけな。

 ふとその時の事を思い出し、俺は笑みを溢してしまう。


 確か、さっき見たのはその日の夜、風呂を借りた俺が、メリナの部屋に戻った時の光景だったか。

 あの時のあいつの焦りっぷり。あれは貴重だったな。


 とはいえ、結局あいつがいなくなってから、身勝手にそこを開ける事になるとは──。

 感傷に浸っていた、その時。俺はふと疑問に思う。


 俺が初日に袖机を開けた限り、あいつが隠したそうな物なんて入っちゃいなかった。

 だが、あいつは何かを隠していたはず。

 何故、出てこなかった?

 

 ……そういう事か。

 そこまで考えて、やっと理由を理解した俺は、すっと立ち上がると、振り返り墓碑を見る。


「……ありがとな。メリナ」


 きっとこの想い出を思い出させてくれたであろうあいつに感謝すると、そのまま足早にそこを後にしたんだ。

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