第三話:メリナの想い
俺は、マリナさんに案内されるまま、メリナの部屋に入った。
勿論これが初めてじゃない。以前冒険の谷間に何度かここに足を運び、その度にこの部屋に入っているからな。
とはいえ、十年経ったはずなのに、そこには十年前とまったく変わらぬ光景が広がっていた。
こぢんまりとした、少し窮屈さを感じる部屋。
そう感じさせる理由は、間違いなく本の虫だったあいつらしさのせいだ。
整えられた布団が敷かれたベッドの脇には、ベッドボードや本棚以外にも、部屋のあちこち多くの本が置かれたまま。
部屋の奥には窓の側に机があるが、そこもメリナが雑多に置いた本や紙が置かれ、机に備え付けられた棚には、薬草の瓶も並んでいる。
今でもそこに誰かが住んでいる。
そんな生活感を感じてしまい、俺は少し哀愁を覚えてしまう。
「……いいかい? あんたがこの部屋を荒らそうが、あの娘は怒りゃしないだろうから自由にしな。ただし、あまり汚すんじゃないよ。こっちだって掃除が大変なんだからね」
扉の横に捌けていたマリナさんは、部屋を見回していた俺にそう言い残すと、やれやれと言った顔をしつつ部屋を出ていき、扉が閉まる音と共に、ここには俺だけが残された。
……想い出の部屋に浸っていたいのは山々だが、目的は果たさねえとな。
ベッドの側の床に荷物を下ろした俺は、ゆっくりと部屋の奥、机に向け歩いて行く。
──「何か本ばっかりあるな」
──「これでも勉強熱心だったのよ」
──「へー。今のお前からは考えられねえな」
──「もう。こんな知的な女性そうそういないでしょ?」
机の椅子に座り、俺の皮肉に珍しく不貞腐れるメリナ。
一瞬そんな過去が脳内に過ぎり、ぐっと奥歯を噛む。
……ったく。感傷的になってんじゃねえ。
俺は上を向いて大きく深呼吸し、涙が溢れそうになるのを堪えると、机の椅子にゆっくりと腰掛けた。
ぱっと見目に留まる本は、魔術や神術について書かれた魔導書に、何が書かれているか文字すら読めねえ古文書。
他にも薬草について綴られた本や、この国の歴史を記した古い本なんかもある。
ぼんやりと机の上を見渡していると、一冊の随分古臭い本が目に留まる。
これは、童話の絵本か。
何気なく手に取り、中身を読む。
内容は、一人の寂しい魔女が、森で迷子になった子供を助けたのをきっかけに、森の外で色々な人に出会い、助けられ笑顔になっていく話。
……マリナさんより前の魔女が描いた物だろうか。
一人ってのは、きっと寂しさもあるんだろうな。
俺はそっと本を閉じると、机の上にある他の本も物色し始めた。
といっても、魔導書の類には大した情報はねえし、古文書は専門外でさっぱり読めねえ。
まあ、こっちは後でマリナさんに見てもらうしかねえか。内容をちゃんと教えてくれるかは分からねえが……。
そんな心配をしつつ、まずは手が届く範囲で、手当たり次第に書物を斜め読みしたものの、日が暮れるまで読み漁っても、有用な情報は手に入らなかった。
机の上。その奥側にある棚。
机の袖にある二段の引き出しも開けてみたが、目ぼしい物は特にない。
ま、すぐに発見できない可能性を考慮して、早めに訪ねたんだ。まだまだ始まったばかり。
メリナだったらきっと、俺の考えを占いで察し、何かを遺してくれている。
そう信じていたんだが……。
§ § § § §
あれから三日。
「で。何か見つかったのかい?」
「いえ。これといった物は、特に……」
マリナさんの手料理をご馳走になりながら、夕飯時の俺は、彼女の質問に冴えない顔で応えた。
パンを口にしながら、温かな湯気をあげるシチューをスプーンでかき混ぜつつ、ぼんやりと考える。
何か残されているとすれば、彼女の部屋。
そう思い、ここ数日入り浸って探し続けたが、結局部屋を粗方見回しても、それらしい物は見つからなかった。
古文書については念の為マリナさんに何が書かれているか確認したが、この国の歴史や文化が書かれた物に、幾つかの遺跡の場所が示された地図紛いの物しかないと言う。
勿論俺が読めない以上、マリナさんに嘘を吐かれている可能性もある。が、何となく、メリナがわざわざ俺が読めない文字で何かを遺す事はない気がして、そこに嘘はないと決め込んだ。
手紙のように夜光花で何か書き残していないかも気にしたが、深夜の真っ暗な部屋で、何かが輝くような事もない。
このまま手掛かりを探しても、埒が明かねえか?
俺はこの先の事を考えながら、シチューを口にする。
「どうだい? 味は?」
「はい。美味しいです」
「はん。嘘つけ。今のあんたは、飯の味もまともに感じちゃいないだろ」
「す、すいません」
俺の気のない返事をはっきりと感じたんだろう。がっかりした顔をするマリナに、俺はただ平謝りするしかできなかった。
「……きっとマリナは、あんたに死んでほしくないのさ」
「……それは、そうかもしれませんが……」
心配そうに声をかけてこられたが、俺は気が利く台詞も返せない。
そんな俺を見て、マリナはふっと優しく微笑んでくる。
「ヴァラード。あんたは今回の件で、神言は使ったのかい?」
「え? あ、はい。以前の仲間に力を貸してほしいと頼まれたんで」
「だったらきっと、それがメリナの言葉の真意さ。あんたの神言で皆が戦い、デルウェンを退ける。そんな未来を望んでるのさ」
……マリナさんの優しい言葉。
メリナが生きていた頃から、まるで本当の母親のように、俺にも優しく接してくれた。
元々孤児だった俺にまで、こんな優しさを向けてくれた母娘。だからこそ感謝しているし、マリナさんを疑いたくはねえ。
が……どうしても、俺はこの状況に納得できなかった。
「そう、なんですかね」
「きっとそうさ。我が子が考えそうな事だよ」
冴えない反応の俺に笑みを崩さず、彼女はシチューを口に運ぶ。
俺も釣られてパンを口に運びながら、そんな彼女に心配をかけないよう、笑顔を心がけた。
§ § § § §
夜。
風呂も入り終え、俺は独り、ランプの火を吹き消した後、メリナの部屋のベッドにごろりと仰向けになると、頭の後ろに両手をやった。
あいつがいない寂しい部屋。だが、どこかあいつがいるような気にもなる、懐かしい部屋。
俺はそんな部屋の天井を見上げながら、ぼんやりと頭を整理する。
俺が望んでいる情報。
それは、聖女についてだ。
闇神ラーグの力に対抗するには、光神サラの加護を得た聖女の力が必要。
だからこそ、メリナはデルウェンを封じることができたって聞く。
だが、俺はそれを、皆の話でしか聞いていない。
メリナの身体から放たれた、無数の光の帯がデルウェンを包み込み、それらはまるで光の華を咲かせるように、その場にその力を封じ、光の華となった光の帯の力で、一帯は魔獣が入れぬ土地となり、奴も封印された。
それだけの力がなければ、太刀打ちできないであろう獣魔王デルウェン。
闇神の与えし再生の力。それを聖女は封じたと言ってもいいはずだ。
武人としての腕も一流。それは最悪何とかなるが、再生する身体に、無尽蔵に近い体力。
当時アルバースとバルダーは、二人がかりでもまともな傷は残せず、ほぼ防戦一方だったと言っていた。
だとすれば、何らかの方法で動きを止め、再生を凌駕する一撃を与えられればデルウェンを倒せるはず……。
だが、仕掛けた術も悉く抵抗され、ほとんど意味をなさなかったとセリーヌからも聞いていた。
つまり、そんな相手を何とかする為に、聖女の力、ないしは同等の力が要ると俺は考えている。
その力とは何かをを探り、聖女がいない世の中でも何とかできないか。
そのための記録か古文書なりがないかを、俺は探しに来た。
考えてもみろ。
自分が聖女だと知ったとする。だが、それを知っただけで、何らかの力を扱えるなんて考えにくい。普通の術だって零から生み出すなんて無理に近いんだからな。
であれば、何者かに師事するか。でなきゃ、古文書なんかから聖女について理解しなきゃいけねえはずだ。
勿論、聖女についてマリナさんから教わる選択肢も十分考えられる。
が、メリナは何気に勤勉だった。
であれば、一人教わった事を振り返る。そんな記録が残っていてもおかしくねえだろ。
十年先を、予言として遺したんだから。
……だが、マリナさんは口を割るわけがねえ。
あの人は優しい。だからこそ、俺に危険な事から手を引いて欲しいと願っているんだしな。
あの人は魔女。
だからこそ、既に俺があの人の術中に嵌っている可能性も考えた。
が、こっそり無の解放で腕を刺してみたが、何かが解除された雰囲気もねえ。
つまり、マリナさんはシロ。
「……くそっ」
俺は焦ったい今の状況に、独りごちるとごろりと横を向き、窓の方を見た。
カーテンをしていないからこそ、そこから入る青白い神秘的な光が、部屋を明暗にわけている。
その幻想的な雰囲気に、俺は少しだけ探し物について考え込むのを止める。
……メリナ。
このままでも、お前が望む未来は成せるのか?
俺の役目はここまでってことなのか?
心でそんな事を呟く。
が、やはり返事なんてない。
……ったく。俺はどれだけあいつをこき使う気だ。
こんなんじゃ、あいつもゆっくり眠れないだろうに。
気づけばメリナに問いかけている自分の弱さに苦笑すると、俺はごろりと反対の壁に寝返りを打ち目を閉じる。
そして、そのまま俺は静かに眠りについた。




