第八話:期待外れ
「……ええ」
アイリとの戦いを見た後だ。
立ち上がったエルにも、色濃い緊張が伺える。
それでも、あいつはゆっくりと広場へと歩き出す。
「アイリ。参りましょう」
「……師匠。ありがとう、ございました」
「ああ」
ティアラに肩を借り、顔を上げる事もできずに、力なくゆっくりと退場するアイリ。
……だが、顔に浮かんでいたのは悔しさ。
なら大丈夫だ。
こいつはちゃんと、強くなれる。
未来ある若者の心意気に、内心安堵しながら、俺は表情を変えず、新たな若者に向き合う。
「さて。エル。お前にも勿論、俺を殺す気で来てもらうが、俺が体術で張り合ったんじゃつまらねえ。だからこうするか」
そう言うと、俺は小剣を俺の前後左右で振い、広場の地面に俺を囲うように四角を描き出す。
「おい。誰かエルの側に、演習用の矢筒を置いてやれ。勿論用意する矢は実戦用の奴を百本きっかりだ」
「……ディバイン。頼んでもいいか?」
「は、はい! みんな、行くぞ」
「はい!」
アルバースの頼みで、ディバインとその仲間が地面に立てる矢筒を二つ置き、そこに矢を五十本ずつ入れていく。
それと合わせ、俺の側に落ちたアイリの武器と盾も、しっかり引き揚げられた。
「これが私が攻撃を仕掛けられる数。そして師匠はそこから出ないでそれを避ける。合っているかしら?」
「半分はな」
準備を待ちながら状況を確認してくるエルに、俺はそう口にすると、丁度準備を終え、ディバイン達が離れた矢筒に短剣を投げつけた。
それが見事に矢筒に刺さった瞬間、その場から短剣は消え去り、周囲の奴等がどよめく。
「以前ガラべ戦で見たかもしれんが。こいつは無限の短剣って言ってな。投擲者の意思で手元に戻せる便利な古代魔術具だ。お前が隙を見せたら、俺は迷わずお前をこれで狙い打つから、その覚悟はしておけ。
お前が俺に一度でも矢を掠めさせ、傷を付けたら勝ち。できなきゃ負けだ。勿論、矢が尽きる前にお前が怪我をし、動けなくなってもそっちの負けだからな」
「……わかったわ、師匠」
表情にある迷いを、青いポニーテールを後ろに払うと同時に捨てた奴は、左手に弓を手にすると、立てている片方の矢筒から、自身の背と腰の矢筒に丸々移す。
わざわざそこまでするって事は、あいつはちゃんと、機動力を駆使し仕掛けてくる意思表示、か。
「周囲の奴等は流れ矢に気をつけろ。野次馬するのは構わんが、死んでも知らねえからな」
あいつから視線を逸らさず、そんな忠告をすると、周囲から「どうする?」と言ったひそひそ声がする。
……そんな事で迷ってたら、戦場じゃ命取りだってのに。
まあいい。今は稽古に集中だ。
「エル。好きに始めてくれ」
俺の言葉に頷いたエルは、静かに一本の矢を手にし弓に番えると、弦をぎゅっと引き絞る。
その姿勢で構えたまま、矢が急に突如雷光を帯び迸りだした。
ほう。雷撃射か。開幕から本気を感じるいいチョイスだ。で。どこを狙う?
俺は矢尻の向き先を見ながら、その軌道を読む。……肩か。まずは本気の小手調べって所だな。
避けりゃ、背後の兵士達に被害が出るか。
「行くわ!」
そんな思案をしていると、叫びと共にあいつは一気に俺の側面に展開し、そのまま雷撃射を射った。
「エル!?」
「何やってやがる!」
予想外の声を上げたのはルークとバルダー。
ま、そりゃそうだ。エルと俺を結んだ先。俺の背後にいるのは、ブレイズ王子や仲間達だからな。
受けなきゃ背後の奴等が危険に晒されるか。
面白え!
俺めがけ放たれた矢を、俺は小剣で強く弾きあげた。刃が触れた瞬間、放電したような光がすっと消え、くるくると天に舞うと、そのまま重力に引かれ地面に落ちる。
残念ながら、射手が矢に乗せる効果は魔力を使う。つまり術と特性は同じであり、だからこそ無の解放で掻き消える。
「くっ!」
俺の小剣の効果を察したんだろう。少しだけ歯痒そうな顔をしながらも、あいつはその位置を維持しながら、技を惜しむ事なく、連続で矢を射続けた。
普通の矢を素早く正面から、時に頭上に流星射を放って俺を多角的に狙い、合間に雷撃射や激流射を射る。
通常の矢の素早い連射で、大技の溜め時間を作り、隙を見せないようにする。その考え方は見事だ。
だが、そこには俺が望むだけの疾さが足りてねえ。
最初の内は、敢えて手にした短剣で普通の矢を、小剣で魔力の乗った矢を、素早い剣技で叩き落としていたんだが。結局物足りなくなった俺は、合間に短剣を投げ、途中で矢を落とし始めた。
流石に全てを短剣を投げて落とすのは無理だが、この程度なら合間で十分合わせられる。
何よりあいつは結局背後の奴等を利用し、ほぼ俺の正面からしか仕掛けてねえからな。
バラバラと俺の周囲に落ちていく矢。
だが、どれも未だ俺の身体に触れる事はない。
そして、最初の五十本が底を突き、一旦エルの攻め手が止まった。
「……ここまで、凄いのね。師匠は」
「そりゃどうも」
軽く汗を拭いながら、エルは冷静な表情のまま、再び矢を補填すべく、立てた矢筒の元に戻って行く。
「す、すげえ……」
なんて野次馬の声が兵士達から漏れ聞こえる。
どっちに掛けた声かは知らんが、この程度で驚いてたら、この先が思いやられるぞ。
さて。今の所、エルはあれを見せちゃいねえが、奥の手にしてるのか? それとも……。
暫しの休戦に、俺はあいつの実力を測る。
確かに今でも十分実力はある。が、それはあくまで冒険者としてだ。
俺が望むのはもう一つ上の世界。
アイリは残念ながら、そこに届かなかった。ま、理由は分かってるが。
そしてエルもまた、物足りない結果しか出せていない。
……期待外れ。
何となく、俺の勘がそう告げる。
そして、それは現実となった。
今度は俺の周囲を動き回り、全方位から仕掛け始めたエル。
だが、多少の疲労もあるだろうが、矢の本数が減ってきた焦りもあってか。何とか状況を打破したいと、魔力を乗せた大技が増えていく。
確かに、受けさせるならそれはあり。
だが、手数が減れば、こっちに余裕を与えるだけ。
結局、そこまでの間に放たれた矢を全て落としながら、俺は残り本数が心許なくなる頃合いを狙って、曲芸を繰り出した。
雷撃射を小剣じゃなく、短剣で強く弾き上げた刹那。俺は矢尻がエルを向いた瞬間またも短剣で弾き、流れで短剣を鋭く投げ付ける。
雷撃射は駆け抜けようとしたエルの進行方向に対し、疾さと威力をそのままに飛んでいく。
矢返し。
前衛の技術ながら、普通はまず覚えも使いもしねえその技を、俺はエルに見せつけてやった。
「えっ!?」
予想外の反撃に、咄嗟に踏み止まり、矢の直撃を避けたエルだったが。同時に放たれた短剣までは意識できなかったんだろう。その刃があいつの頬を掠め、すっと傷を作る。
……俺にとっちゃ狙い通り。
つまり、俺はあいつを殺せた。
そんな落胆を乗せた白い目をエルに向けると、あいつの顔が悔しさに歪む。
「残り五本って所か」
手元に短剣を戻しつつ、俺が決着へのカウントを伝えると、ぎりっと歯軋りしたあいつは、弓にその五本全てを同時に番えた。
そして。
「まだ!」
悲壮感と共に、あいつは一気に俺との距離を詰め駆け込んでくる。
……ふん。もう少し早くそれを選択すりゃ良かっただろうが。びびってたな。
そう心で愚痴を言った俺は、素早く地面に伏せると、目の前に落ちた多くの矢の下に小剣を差し込み、剣を勢いよく剣を振り上げた。
あいつの突貫を邪魔するように、派手に跳ね上がり舞い散る矢の数々。
それに思わず目を瞠り、視線を奪われた瞬間。俺は覇気を乗せ、小剣で空を一閃した。
魂の一閃。
本来の刃以上に伸びた、まるで長剣のようなオーラが、舞い上がった矢ごと、エルが構えた弓を真っ二つにする。
「あ……」
持ち手と弦を同時に斬られ、番えていた矢が地面に落ち。戦いの終止符が打たれたと知ったエルは、茫然としたまま、力なく両膝を突いた。
「……ったく。情けねえなあ」
静まり返った広場で、俺は腰に短剣と小剣を戻すと、ひとりそんな事を口走り頭を掻く。
が、これは別にアイリやエルに言ったもんじゃねえ。
こいつらには十分に素質があるし、まだまだ強くなる伸び代がある。
そう。伸び代があるってのに、この程度で成長が止められている事に愚痴っただけ。
俺は静かに向き直る。
こいつらを、この程度の実力に留めた元凶に。
「バルダー。ルーク。お前達はどれだけ器が小せえんだよ」
「は? 何言ってやがる。負けたのはこいつらの実力だろうが」
「そうだ。二人がまだ未熟だった。それだけじゃないのか?」
説教くさい俺の口調に、カチンときた二人が怪訝な顔をする。
が、もう俺の言葉は止まらなかった。
アイリとエルには、もっと強くなってもらわねえといけねえからな。




