第一話:四人の決意
どれだけの決意をしようが、人は結局腹が減る。
……こんな時間か。どうせだし、あそこにでも顔でも出すか。
痛む頬を摩りながら、俺が部屋の扉を開けると、反対側の壁に寄りかかった三人の少女が目に留まる。
「……師匠……」
露骨に心配そうな顔を向けてくる三人。
まあ、こいつらも俺の失態を見ていたんだ。慰めの言葉も浮かばず、戸惑っているんだろう。
「お前達、部屋に戻っていなかったのか?」
「はい。あの……僕達、師匠の事が、その……心配で……」
露骨に憂いを見せながら、上目遣いで見つめてくるアイリ。
「……失礼致します」
多くを語らず俺の脇に回ったティアラは、腫れた頬に手を当てると、何も言わずに回復で怪我を癒してくる。
「……師匠。その……私達なんかじゃきっと、あなたの哀しみを分かち合ってあげられないかもしれない。でも、それでも、話して楽になるって言うなら、一緒に聞くから」
エルも憂いを見せつつも、真剣に俺に申し出てくる。
……こいつらにも心配を掛けたか。
ほんと、情けない師匠だぜ。
「悪い。が、そんなに心配するな。もう大丈夫だ」
そう言って笑ってやるが、こいつらの表情を変えられない。
……ったく。
「お前達。何そんな辛気臭い顔してやがる。俺はもう大丈夫だ。お前達は気にせず部屋に戻れ」
肩を竦めながら、俺がそう口にすると。
「……どこかに出かけられるのでしたら、お供いたします」
頬の治療を終えたティアラが、俺の前に回り込むと、じっとこっちを見つめてきた。
「僕も、ご一緒します」
「勿論私もよ」
彼女に並び立つアイリとエルもまた、不安を隠せないものの、俺に必死に食い下がろうと真剣な目を向けてくる。
……このままじゃ、埒も明かないか。
まあいい機会だ。こいつらにはきっと、知る権利があるだろうしな。
「じゃ、飯に行くぞ。付いて来い」
「え?」
元仲間に見せた酷い姿なんてなかった。そう言わんばかりの普段通りの態度で声をかけてやると、拍子抜けしたあいつらのペースも考えず、俺は一人宿屋の階段に向かい始めた。
「あ、待ってください!」
アイリの声と共に、慌てて三人が俺の後に続く。
「いいか? 外じゃあまり変な事を口走るなよ?」
階段を下りながらそう釘を刺すと、宿を出た俺は迷わず歓楽街地区に向け歩みを進めた。
夜道とはいえ流石は王都。軒を連ねた多くの店が、夜九時を回っても開いており、とても賑やかだ。
昔も夜遅くまで明るいイメージがあったが、そこは十年前となんら変わらないな。
「あの、師匠」
「ん? 何だ?」
「日中の件、まさか演技だった訳じゃないわよね?」
おずおずと尋ねてくるエルに、俺は肩越しに笑って見せる。
「当たり前だ。あれを演技でできたら、詐欺師も真っ青だ」
「では、何故そこまで平然となされているのですか?」
「平然? そんな事ねえよ。内心今でも落ち込んでるぜ。十年前、決断を誤った自分にな」
「師匠。やっぱりその……無理してるんじゃないですか?」
「そうだ。悪いか?」
あまりに俺を心配するあまり、ネガティブな問いかけが多過ぎて流石に嫌気が差し、俺は歩みを止めると、ため息を吐いた後に振り返る。
街灯に照らされた、未だ戸惑いの最中にある三人。
真っ直ぐ、優しく育ったであろうこいつらに、俺は一旦表情を引き締めると、周りに勘付かれないよう言葉を選び、こう伝えた。
「アイリ。エル。ティアラ。お前達に言っておく事がある」
俺の真剣さが伝わったのか。
三人は緊張を露わにしながら言葉を待っている。
「……この先、俺を師匠だなんて言いつつ付いてくるって事は、それだけの危険に首を突っ込むのと同じだ。……それでも、付いてくる気か?」
これは奇跡の神言なんかじゃなく、ただの俺の本音だ。
獣魔王デルウェン率いる獣魔軍との戦いは、決して楽なもんじゃねえ。
それでなくとも聖女がいない中、奴を倒す必要があるんだ。生半可な覚悟じゃ無理だろう。
そして俺は、同時に思っている。
こいつらが覚悟を決められなきゃ、この戦いは負けだと。
「何時ぞやにお伝えした通り、私はどんな時にでも、貴方様と共に参ります」
肩に掛かった金髪を後ろに払い、小さく頷くティアラ。
その青い瞳は、揺らぐ事なく俺を見つめている。
ライトに婚約破棄された時のこいつは、もっとか弱いお嬢様だったと思っていたんだが。
ほんと、人は見かけによらねえもんだ。
「僕も、それでも一緒に戦います! どんな相手にも負けません! 勝って、師匠の恩に報います!」
眼鏡をぐいっとあげ直し、髪と同じ赤い瞳に情熱を乗せ、しっかりと俺に視線を重ねる。
ちょっと暑苦しい奴だが、この真面目さは賞賛に値する。
「……二人がこれだけやる気を見せているのに、置いていかれるのは癪ね。私が師匠の役に立てるというなら、私もお供するわ。あなたの役に立てるなら本望だもの」
腕を組みながらも自然と頷き、青いポニーテールを揺らすエル。
本当はこいつにも恐怖はあるだろう。
だが、それでもここまで言い切ってるんだ。覚悟はできてるって事か。
「……ふん。後で酷い奴だと泣き言言っても聞かねえぞ」
「大丈夫です! 僕は師匠を信じてますから!」
「私もよ」
「私も、信じております」
俺は微笑みを答えとすると踵を返し、再びこいつらと歩き出す。
……そうだな。
俺も腹を括るしかねえ。
この先、間違いなくこいつらの力がいる。本当は巻き込みたくはねえが、この国の、ひいてはこいつらの家族を護る戦いをしなきゃいけねえんだ。
……大丈夫。絶対に死なせやしねえ。
それだけはさせねえ。
街灯の灯りで生み出された明と暗の中を歩きながら、俺はそんな想いを心に刻んでいった。




