第七話:同じ
力なく顔を上げたエルに、俺は笑う。
「お前はあの時も、自分の不甲斐なさばかり口にして、自信の欠片も持ってなかっただろ? 再会してからは、どこか強気な雰囲気を出していたから、少しは成長したかと思ったが。結局あの頃のままか」
「……ごめん──」
「謝るな。悪いことじゃねえ」
俺は荷物を綺麗にまとめ直し、バックパックにそれらを仕舞い込むと、改めてエルに向き直り、真剣な顔をしてやる。
「いいか? エル。お前は確かに俺に咎められた。だが、お前もアイリも、ここまでに多くの人を救ってきたんだろ? 『閃光の戦乙女達』と呼ばれるまでになったんだろ? だから自信を持て。俺だって、そんなお前達の腕前は凄えと思ってる」
「でも、あなたに迷惑をかけているのは──」
「あのなあ。誰だって失敗のひとつやふたつあるだろうが」
そう言いながら、俺は肩を竦めてみせる。
「俺だって、今まで散々後悔するような失敗をしてきてるんだぞ。一度や二度じゃねえ。それこそ数えきれないくらいにな」
「そんな。ヴァラード様に限って──」
「おいおい。五英雄と呼ばれようが、別に神でも何でもねえんだ。俺はただの盗賊。同じ冒険者であるお前と何ら変わらねえよ」
「私と、同じ……」
予想外。そんな反応を見せたこいつを見て、俺は察する。
きっとこいつもアイリも、自分が思う以上の速さで成長し、力をつけ、名声を得た。
それは間違いなく栄光の道を歩んでいる。が、だからこそ、俺みたいなこれだけ活躍しても厳しい事しか言わねえ奴と、出会ってこなかったんだろう。
しかも、自分が尊敬してきた相手に、今までにない厳しい目を向けられたんだ。より戸惑ったに違いない。
まあ、尊敬する相手を間違えているってのもあるんだがな。
「そうだ。お前と同じ年の頃なんて、俺は冒険者としてもまだまだで、多くの失敗をし、多くの人達に迷惑をかけてばかりだった。それに比べりゃお前等は十分凄い事をしてきてるんだ。そこは自信を持て」
「でも……結局私がヴァラード様に迷惑をかけているのは、何も変わらないわ」
「はんっ。だから何だってんだ」
あいつのネガティブな発言を、俺は鼻で笑ってやる。
「確かに、ディバインを擁護した時にゃ温いとダメ出ししたし、あの雪の中家に来た時も叱りはした。だが、今回は何を迷惑かけたってんだ? お前は俺を助けに入っただけだ。その怪我を押してでも、迷いなくそう行動したんだろ。俺の為に無茶をさせたとは思ってる。が、別にそれを迷惑だとは思ってねえよ」
「……本当に?」
少しおどおどしながら、様子を伺うように尋ねるエル。
こうやって見りゃ、やっぱりこいつはまだまだ青二才か。
「何だ? 俺の言葉が信じられないのか? だったら端っから射手なんざ目指さなきゃよかっただろ? 違うか?」
「それは……そうだけれど……」
「だったら少しは信じろ。お前達の凄さは理解してるし、手を貸してくれたお前にも感謝してる。それだけは忘れるんじゃねえぞ」
「……ええ。ありがとう。ヴァラード様」
そう言い切った俺が笑ってやると、やっとエルも小さく微笑む。
ふん。
お前もアイリやティアラも、そういう顔のほうが似合ってるんだよ。湿気た面するな。
敢えてそれは口にせず、俺は今までの会話でふと気になった事を尋ねることにした。
「そういや、お前は急に俺を師匠と呼ばなくなったが。考えを改めたのか?」
「そんな事はないわ。ただ、人前ではって条件だったから、二人っきりなら名前でお呼びしようと思っただけよ」
ちっ。やっぱりそんな話か。
まあ、師匠と呼ばれる時間を減らそうとしている辺り、こいつなりに気遣いを見せてるんだろうが。
「俺を師匠と思う気持ちに水を差して悪いが、俺なんかを師匠と呼べば、お前の本当の師匠であるルークの顔に泥を塗る。だから止めておけ」
「……ああ、それで……」
俺は敢えてそんな現実を突きつけたんだが、エルは俺の言葉を聞くと、何かを察したのか。意味ありげな笑みを浮かべた。
「ん? どうした?」
「いいえ。その言い分なら、私もアイリも、ヴァラード様を師匠と呼んで差し支えないわけね」
「は? 何でだよ? お前のあの弓射技術、絶対にルークから教わっただろ?」
「そうね。だけど、ルーク様は私の師匠ではないし、アイリもアルバース様に弟子入りしてなんていないわ」
そう言うと、エルはくすっと笑みを浮かべやがったが……。
いや、流石にそれはおかしいだろ? アイリなんて、アルバースの奥義を使ってたじゃねえか。
納得いかない俺を見て、彼女はその笑みをしまうと、凛とした表情で俺をじっと見つめてきた。
「私もアイリも、互いに技術を教わったルーク様やアルバース様に感謝しているわ。だけど、二人に教えを請う際に、ひとつだけお願いをしたのよ」
「何をだよ?」
「決まってるわ。私達には既に、心に決めた師匠がいる。だから、二人の弟子にはなれないけれど、それでもできる限りの技術を教えて欲しいって」
……それを聞いて、俺は唖然とした。
確かにティアラから話は聞いた。だがそれでも、こいつらがここまで俺を本気で師匠と呼んでいるとは思っちゃいなかった。
そりゃそうだろ。
俺は別に、そんな事考えちゃいなかったんだ。
小さいながらに村の為に命を懸けたあいつらの想いを感じ入り、村を守れるようになりたいという願いを叶えてやりたい。
そう思っただけだってのに……。
「……私達はあの日の事を、一日たりとも忘れた事なんてないわ。無茶をして死を迎えるはずだった私達二人を助けてくれたあなたは、片目を失い、傷だらけになりながらも村も私達も救ってくれて、私達に強くなれる道まで教えてくれた。だからこそ、あなたが私達を弟子だと思ってくれなくても、私達にとってあなたは、紛れもなく、敬愛する師匠なのよ」
そこまで口にした彼女は、またも憂いある顔になり、視線を落とす。
「……分かってるわよ。私達の想いが、ヴァラード様にとっては重いのなんて。アイリなんて、師匠というだけに飽き足らず、酒の勢いとはいえ、あそこまであなたに想いを伝えているし……」
そこで吐いたため息に、俺ははっきりと別の意味合いがあると感じる。
当たっていてほしくはないが、こいつも所々そんな反応をしていたからな。
……別にうぬぼれちゃいねえが、こいつもほぼ間違いなく、アイリやティアラと同類だ。
ま、そういう話をすれば、色々面倒になるから今は触れねえが。師匠の件は、流石に何も言わない訳にはいかねえか。
「……ったく。いいか? ティアラにも言ったが、俺の五英雄の肩書きなんて飾りだ。俺はただの盗賊。決して褒められた事はしてきてねえ。だから師匠だなんて思うな。お前達の栄光に傷がつく」
「別にそんなの構わないわ。『閃光の戦乙女達』なんて、別に私達が呼ばれたくて付けた異名じゃないし。私達は寧ろ、ヴァラード様が師匠である事を誇りに思いたいもの」
「それでも世間はそうは思っちゃくれねえ。だから、王都で俺の本名を語って良くなったら、俺のことを師匠だとは呼ぶな。いいな?」
「……ええ」
俺はそう言って立ち上がると、バックパックを片方の肩で担ぎ、ベッドの方に歩き出す。
が、あいつのため息がしたのと同時に、その歩みを一度止めると、振り返らずにこう言ってやった。
「但し。お前達が内心どう思ってるかなんて、俺の知ったこっちゃねえ。思うだけならタダだ。そこは勝手にしろ」
「え?」
……ったく。柄にもないことを言うもんじゃねえな。
勝手に気恥ずかしくなった俺は、赤くなった顔を誤魔化すように頬を掻いた後。
「手当ては終わったんだ。さっさと部屋に戻って休め。明日に響く」
ぶっきらぼうにそう口にすると、ベッドの側でバックパックを降ろす。
「……ありがとう。ヴァラード様」
「感謝なんていいからさっさと寝ろ」
「ええ。おやすみなさい」
「ああ」
俺は振り返らずに腰の短剣や小剣を外し、ベッド脇のサイドボードに並べ始めると、部屋の扉が静かに開き、閉じる音が耳に届く。
……ほんと。ティアラの時といい、随分と焼きが回ったな。
そんな自分に一人苦笑いしつつ、俺は装備を一式外し終えると、一人ベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じた。




