第五話:拷問
雷鳴って表現が誇張でもなんでもねえ程の轟音と共に、雷に覆われた矢が、上方を飛んでいた蝙蝠人の身体を見事に撃ち抜く。
『ギャァァァァッ!』
さっきの雷鳴といい勝負の断末魔。
予想外の奇襲に、残った蝙蝠人が驚愕した顔で、仕掛けてきた奴を目で追っている。
……射手が魔力を乗せて放つ、鋭く疾い一射。雷撃射。
威力を見りゃ、あいつの実力のヤバさが分かるってもんだ。
そしてこの隙を逃しちゃ、闇夜の鷹の名が泣くからな。
「エル! 他の二体も落とせ!」
「分かったわ!」
俺は屋根の上に立っているであろうエルにそう指示を出すと、宙に浮いた短剣は腰に戻し、同時に小剣を手にし、正面にいる、少し離れたリーダーに素早く投げつけた。
余所見をしたあいつは、俺の咄嗟の攻撃にハッとするが、反応が遅いぜ。
小剣がしっかりと肩を打ち抜くと、悪霊降臨が無の解放の力で無に帰していく。
『グゲッ!?』
苦しみながら、元の姿に戻り始めたそいつに対し、俺は腰の鉤爪付きロープを投げ付けると、奴の身体の周囲をぐるぐる回る鉤爪に合わせ、ロープが奴を雁字搦めにしていく。
そして、最後に鉤爪が身体に巻き付いたロープに引っ掛かりしっかりロックされた所で、俺ば一気に奴をこっちに引っ張り一気に引き寄せた。
『グギャァァァァッ!』
雷鳴と共に届いた二度目の断末魔。
残るは俺が捉えた一匹と、空を飛ぶ奴が一匹。
流石にこれには分が悪いと感じたのか。
慌てて飛んでいた奴が俺達に背を向け逃げ出そうとしたが、僅かな希望を断ち切るかのように、その背中にもまた雷撃射が放たれ、奴を貫くと、あまりの威力に声も出せずに霧散していく。
しかし、ほとんど明かりのないこの状況で、比較的小柄な蝙蝠人を的確に撃ち抜くとは。アイリやティアラに負けず劣らず、恐ろしい才能を持ってやがるぜ。
『ハナセ! ハナセェ!』
っと。感心してる場合じゃないな。
正直あまり好きじゃねえが、ここからは手荒くいく。
「エル。絶対にこっちを見るなよ。耳も塞いでおけ」
「え? どうして?」
蝙蝠人をバルコニーの床に倒した俺は、エルの方を見ずにそう口したんだが、頭上の方からエルの疑問の声が返ってくる。
まあ、『閃光の戦乙女達』と呼ばれる程の活躍をしているんだ。無惨な光景はそれなりに経験しているかもしれないが。ここから俺がする事までは経験していない可能性が高いし、経験すべきもんでもねえしな。
「お子様に見せるにゃ早いからだ。終わったら肩を叩いて知らせる。だから絶対に見るのも聞くのも止めろ。分かったか?」
「……ええ。分かったわ」
俺が口にしたふざけた理由。それでもエルが素直に頷いたのは、真剣さを声にしたからだろう。
……さて、やるか。
「おい。どいつの差し金だ?」
『ダ、ダレガハナスカ!』
俺はドスの利いた声で尋ねるが、蝙蝠人は口を割らない。
ま、ここまでは予定通り。いや、この先もな。
俺が動いた瞬間。
『グギャァァァァッ! イテエ! ヤ、ヤメロォォォッ!』
さっきまでの威勢はどこへやら。ロープに縛られたままの蝙蝠人が断末魔を上げ泣き叫ぶ。
そりゃそうだろうな。俺は奴の肩に刺さっていた小剣をグリグリと捻り、傷を抉るように押し込んでやったからな。
そう。
俺がやっているのは、勿論拷問だ。
正直、獣魔軍と戦ってから、魔獣への憎悪を強く持っちまってる。だから罪悪感なんて欠片もねえ。とはいえ、幾ら俺が悪だとしても、これをエルに見せる必要はねえだろ。
「口を割る気になったか?」
『ウググ……』
やつは俺の言葉に、開いていた口を閉じ、恨みの籠もった目を向けてくる。
が、再び小剣の柄に手をかけた瞬間、恐怖にその目を見開く。
「強がるなって。どうせ厄災らしき女達を監視し、隙きあらば命を奪えとか命令されてたんだろ?」
『ク、クソッタレガ……』
痛みと命令の板挟みの中、何とか悪態をつく蝙蝠人。
中々根性はあるようだが。話さねえなら……。
『ギャァァァァッ!』
俺が小剣をもう一捻りすると、またも耳障りな断末魔が響き渡った。
「いいか? 人思いになんて殺す気はねえ。痛みで死ぬか。正直に吐いて解放されるか。どっちがいい?」
『オ、オマエ、オレヲニガスキカ!?』
「ああ。今日の俺は機嫌がいいんでな。聞くこと聞ければ解放してやる。ま、もし俺の前にまた顔を出したら、お前の首を一発で刎ねるがな。で? どうする?」
『ウググ、ソ、ソレハ……』
正直、敵の言う事なんて、素直に受け入れるもんじゃねえんだがな。
蝙蝠人は結局弱い種族。それは力だけじゃなく、臆病だってのも理由。だからこそ、心が揺れ動いているはずだ。
ここが押し所か。
「……どうせ四魔将の誰かなんだろ?」
俺がそう耳元で囁いてやると、あいつは図星と言わんばかりに目を見開く。
……ガラべは八獣将。今の所、その上の奴等がいるかはまったく分からねえから、敢えて鎌をかけたんだが。こうも分かりやすい反応を返さるとはな。
「四人のどいつだ?」
『ソ、ソレハ……ダ……ガッ!?』
四魔将なら把握済み。そんな知ったかぶりで相手の名を探ろうとすると、蝙蝠人が誰かの名を口にしようとしたんだが。
その瞬間。突如奴の額に浮かび上がった謎の文様と同時に、漆黒の闇が奴の首に現れると、一気に首を締めた。
『ダ! ……ダスゲ……デ……』
苦悶の表情を浮かべ、何とか声を絞り出すも、それは一瞬。
すぐさま蝙蝠人の首から上がもげ落ちると、死を迎えた身体と共に、ゆっくりと闇に溶けるように霧散した。
キンッキキンッ
刺さっていた身体が消え去り、バルコニーに落ちた小剣が虚しく澄んだ音を立てる中、俺は警戒したままざっと周囲を見渡し、敵の気配を探る。
が、強い魔力を持つような相手の気配はどこにもない。
もし術者がいれば、直接俺やエルを同じ術で狙えたはず。発動時に文様が浮かび上がったって事も考えると、今のは事前にこいつに刻んでおいた、口封じ用の呪術って所だろうな。
俺は他に敵がいないことを改めて確認し警戒を解くと、鉤爪付きロープをまとめ腰に戻すと、床に落ちた小剣を拾い上げ、腰の鞘に戻す。
っと。そういやエルはどうしてる?
俺はバルコニーから屋根を見上げると、やや急な屋根の上に踏みとどまっている、肩に弓を担いだエルがいた。
ちゃんと指示に従い、目を閉じ耳を塞いでいたようだな。
俺は素直なあいつの行動にほっと胸をなでおろすと、彼女のいる屋根まで、軽快に駆け上がっていった。




