第四話:闇夜の鷹
サファイアの店を出た俺は、来た時以上に暗い夜の街を、宿に向け進み始めた。
結局あれから六時間以上経ち、時は既に深夜。多くの店が既に閉店してるし、住民も寝静まり建物から漏れる明かりの数も相当減っている。
唯一開いている酒場も、もう少しすれば店仕舞い。そろそろ街が一気に寝静まる時間だ。
ティアラは実家で寝泊まりだろうからいいが、宿に泊まるアイリやエルには、帰りが遅いとどやされそうだな。
まあ、部屋は別に取ってあるし、疲れて先に寝ていると信じたい所だが。
そんな事を考えながら夜道を歩いていると、ふととある気配を感じ、俺は音を立てずに素早く近くの建物の影に隠れると空を見た。
残念ながら今日はやや雲が多く、影に入った月の光も心許ない、なんてのはどうでもいい。
あれは……蝙蝠人か?
俺の視線の先を飛んでいったのは、五体の蝙蝠人。蝙蝠の翼を持つ、小柄な夜行性の魔獣だ。
世界のあちこちにいるとはいえ、元々あまり力のないこいつらは、人の住む場所を避け、森や山岳でひっそり暮らす魔獣なんだが。
何でこんな所にいやがるんだ?
じっと視線を切らさず見つめていると、飛んでいく先は、俺達が滞在する宿と同じ。
……まさか。
ふと過ぎる嫌な予感。その真意を確認する事にした。
……あの辺ならいいか。
俺は裏路地の建物同士の間隔が狭い場所を見つけると、二つの建物の壁を音も立てず交互に蹴り、器用に屋根に駆け上がる。
そこからさっきの奴らの方を見ると……やはりか。
あいつらは俺達が取った宿の上に集まっていた。
さて。お誂え向きに雲の多い、暗がりの多い夜。
これでも昔は『闇夜の鷹』なんて通り名で有名だったんだ。
その名に恥じない所でも見せてやるか。
俺は静かに息を吐いた後、そのまま建物の屋根を疾走する。
勿論気配を消し、音一つ立てず。素早く、だが慎重に奴等の側まで迫ると、俺達の宿を見渡せる、大通りの反対側の建物の屋根の影に陣取り、奴等の様子を伺う。
この辺は既に酒場も店仕舞いしていて静か。
そんな中、一体の蝙蝠人が、巻物らしき物を手に取り、何かを静かに詠唱した。
と同時に、一気に上空に広がった赤黒い魔方陣が、俺の頭上をも覆う。
同時に俺を襲う強い眠気。
この感覚、死への誘いか。
俺は迷わず小剣を手にすると、その刃先で左腕をちくりと刺す。
僅かに走ったほんの僅かな痛み。
同時に眠気が一気に吹き飛ぶと、俺の頭を再び覚醒させる。
……蝙蝠人はそこまで術に適性がある訳じゃねえ。
凄腕の術者が直接使ったならともかく、蝙蝠人ごときでこの辺一帯に効果を与えられる巻物って事は、相当術に長けた何者が作ったって事になる。
しかも、掛けた術は死への誘いか。
恐ろしい名前の割に、実際は術に掛かった相手を深い眠りに落とすだけの術。
ま、敵の前で寝りゃ、そりゃ死は目前。その名に偽りはないがな。
仲間以外の範囲内の奴等は否応なく術の餌食になるが、これでもそれなりに腕の立つ俺にすら、しっかり眠りを与えようとしたのは中々にやばい。
きっと、一帯のほとんどの奴が、これで眠りについたに違いないだろう。
ただ、こういう術は最初に影響さえ受けなきゃそれで終い。
つまり、これだけ強力でも、抵抗しちまえばこっちのもんって事だ。
ま、術にかかった奴等は騒音や叫び声を聞いてもまず起きやしねえ。この一帯に掛けたってなら、こっちにとっちゃ好都合だがな。
あいつらは宿屋の最上階のバルコニーの柵の上に止まると、内二体がちらちらとアイリとエルが泊まる部屋を覗いたり、窓に耳を当て聞き耳を立て始めた。
うら若き女子の部屋を覗き見ってのはよろしくないからな。少し説教でも喰らわすか。
蝙蝠人達は中の様子を確認したんだろう。
一旦バルコニーから飛び立つと、中央に飛んだ一体が身を仰け反らせ、口から炎を吐こうと身構える。
瞬間、俺は音もなく跳躍すると、奴の頭上を越えながら、腰から抜いた小剣で頭から胴にかけて一閃した。
『ギャァァァァッ』
近所迷惑になりそうな断末魔をあげ、蝙蝠人は炎を吐く事も叶わず、そのまま身体が闇に包まれると霧散する。
『ナ、ナンダコイツ!?』
「おいおい。レディーの部屋に入るのに、窓からなんて随分と礼儀知らずだな」
周囲の蝙蝠人の狼狽えっぷりなんてお構いなしに、そのままバルコニーの柵の上に舞い降りた俺はあいつらに向き直る。
「で。ここに泊まる奴に何か用か?」
『オマエニハ、カンケイナイ! ヤッチマエ!』
おいおい。さっきの登場で実力差を感じねえとは。案外抜けてやがるな。
数を活かせば勝てる。そんな心持ちなのか。指示を出したリーダーらしき奴の言葉に、他の奴等も落ち着きを取り戻し、臨戦体制に入る。
さて。
一対四。しかも相手は飛行持ちか。
とはいえ、昔の獣魔軍でもこいつらは偵察隊に配置されるような、戦闘には不向きな種族だ。
普通にやりゃさくっと終わるが、こいつらの目的を知りてえからな。勢いで全員殺してはい終わりって訳にもいかねえか。
それに、宿に被害があっちゃ、それはそれで後々面倒。まずは被害を抑えつつ、頭数を減らすか。
俺が何時も通り、右手に小剣、もう一方に短剣を構えると、それを開戦の合図にしたかのように、奴等が一斉に口から火炎弾を放ってきた。
ふん。俺ごと部屋をふき飛ばし、アイリ達を殺す算段か。
理に適っちゃいるが、その願いは叶えさせねえよ。
迫り来る複数の火炎を、俺は手にした小剣の刃で素早く払い除けていく。
薄っすらとオーラを放つ透明な刃に火炎が触れると、炎は激しく爆発──なんて一切起こらず、その場ですっと消失していく。
ほんと、相変わらず便利な古代魔術具だぜ。
こいつの名前は無の解放。
こいつの刃には、どんな術の効果も無効にする、術消失の効果が付いている。
魔獣が繰り出す火炎弾やらドラゴンのブレスなんかも、結局は術同様、魔力を源に放っている。だからこそ、こんな風に爆発させずに消し飛ばせるって訳だ。
因みに、さっき俺が短剣じゃなくこいつで自分を刺したのも、この効果を利用して眠気を払おうとしたから。
ま、何でも無にすると言わんばかりのこの名前、伊達や狂酔じゃねえって事だな。
『コ、コイツ!』
お。あまりに軽快に火炎弾を払い除けてやったからか。奴らの顔色が変わったな。
流石にこれじゃ埒が明かないと気づいたか。
リーダーだけが口からの火炎弾を止め、腰にぶら下げていた別の巻物を取り出す。
さて、今度は何をしてくるか……っと。そう来るか。
『キキィィィッ! コロス! コロォォォス!』
あいつが巻物を使うと、その身体を闇が覆い、一気に瞳に狂気が宿る。
と、同時にその身体が一回り大きく、上半身がかなりごつくなった。
術がダメなら力押し。まあ判断は悪くねえ。
この変化は多分、悪霊降臨か。
その名の通り、その体に悪霊を宿す、悪霊の力を借りた星霊術なんだが、元々星霊術は巻物にするのが非常に困難。そんな価値の高い巻物を蝙蝠人がぽんぽん使ってくるって事は、やはり相当実力のある奴か、権力のある奴が裏で糸を引いてるってのは間違いなさそうだな。
っと。感心してる場合じゃねえか。
後ろの三体が一旦火炎弾を止め、上と左右に散開すると同時に、叫び声をあげて迫るリーダー。
直後に散開した奴はまた火炎弾を撃ち始め、悪霊を宿した奴は、力任せに腕を振り、伸ばした鋭い爪で襲い掛かってきた。
多角的な同時攻撃とは。中々連携ができてるじゃねえか。
これらは余裕で避けられるが、宿に被害が出て、アイリ達が怪我でもしちゃ堪らねえからな。
たまには何処ぞの師匠師匠うるさい聖騎士様でも見習ってやるか。
俺はそれぞれの手に持っていた短剣と小剣を、俺の身体の前で軽く放り投げ宙に浮かす。
炎は数が多いから小剣で打ち消し、あいつには短剣で挑む!
そこから俺は、未だバルコニーの柵に立ったまま、その全てに仕掛けた。
宙に浮いた小剣を手にし、一方の火炎を捌いたら素早く放り投げ反対の手でもう一方を捌く。
その一方、空いた手には短剣を手にし、奴の攻撃の出端を挫きに掛かる。
腕を振り切らせたら力負けするし、ここで受けたら不利しかねえ。
だからこそ俺が選択したのは重投による短剣投げだ。
短剣らしからぬ重い一投。
それは振りかぶろうと動き出した瞬間の爪を的確に撃ち、弾き返した。
俺の無限の短剣は目の前にすっと返ってくるからな。懲りずに仕掛けてこようとする奴に同じ事を繰り返し、腕を振らせなんてしねえ。
宙に舞う小剣と短剣を軽快に持ち替え、炎と爪を捌く今の俺は、まるでジャグリングする曲芸師。
だが、後の先でカウンター気味に弾くアイリとは違うものの、先の先で完全に出端から止める俺の技もまた弾き。
こういう老獪な戦い方ができりゃ、今のスタイルのままでも、あいつはもっと伸びそうだが……まあ、そこまで手塩に掛けてやる必要ねえか。
俺は別に、あいつの師匠でも何でもねえしな。
そして、流石に予想外の動きに翻弄されてか。リーダーを始め、蝙蝠人達が色めき立ってるな。
ふん。お前達程度に遅れなんて取らねえよ。
とはいえ、このまま拮抗を演じてても埒が明かねえな。できりゃあ少しでいいから火炎弾が収まりゃ、リーダーを余裕で引っ捕らえられるんだが……。
そう思いながら戦い続けていたその時。
突然感じた強い気配と共に、まるで雷鳴のような轟音が、俺の耳に届いたんだ。




