第四話:それぞれの理由
あの後、一通りアイリ達の着替えが済んだ所で、俺は順番に二人を俺の部屋のベッドに寝かせ、額に濡れタオルを乗せ、身体に毛布をかけてやった。
凍傷の危機は去ったにしても、結局風邪を引いたような熱がある。今晩はこのまま安静にしとかないといけないからな。
ティアラには休むように告げ、俺は薄暗い部屋の中、徹夜で彼女達の看病をした。
彼女も手伝うと譲らなかったが、流石に旅の疲れに術による疲労もある。体力だけなら俺の方があるし、職業柄夜にも強いからな。
「こいつらのためにも、俺達が同時に倒れる訳にはいかねえんだ。朝になったら交代する。だから、ここは我慢しろ」
そんな真っ当な理由を話し、彼女には渋々納得してもらって、今この部屋には俺だけが残っている。
定期的に薪を焚べ、暖炉の火を絶やさないようにし、額のタオルを変えてやる。
「……し、しょう……」
タオルを変えた瞬間。アイリがうなされながら、そう口にする。
何となく、それが誰に向けられた言葉かを理解し、俺は少しだけ奥歯を噛みつつ、静かにその場から椅子に戻り、腰を下ろす。
……ったく。何でこんな雪の中、わざわざ俺達を追ってきやがったんだ。
折角助けてやった命を、ここでみすみす捨てる気だったのか?
そんな愚痴が頭に浮かぶ。が、それは今考えても仕方ないこと。
俺はふうっと息を吐くと、ランタンの灯りに照らされる二人の寝顔を見た。
その内、心の中に生まれたのは、ちょっとした葛藤。
その感情は少しずつ大きくなり、鬱々した気持ちが膨れ上がる。
が、それらを吐き出す先もなく、俺は感情をごまかすように、薄暗い部屋の中、ただ静かに二人の介抱を続けた。
──どれくらいの時間が経っただろうか。
多少ぼんやりとした頭に、僅かに扉が軋む音が届き、静かに視線だけをそっちに向ける。
「……起きていらっしゃったのですか?」
できる限り静かに扉を開け、顔を覗かせたティアラは、俺がじっと見ていたのに気づき、少しだけ驚きを見せた。
「そりゃな。それより、まだ三時半じゃねえか。起きるには早いだろ?」
「そうなのですが……」
静かに部屋に入り、扉を締めたあいつは、おずおずとそう口にすると、俯き申し訳無さそうにため息を漏らす。
「二人が心配で寝付けなかったか?」
「……申し訳ございません」
「……同郷の仲なら仕方ねえさ。立ち話もなんだ。座れ」
「はい」
俺がそう促し、側にあった椅子を脇に並べると、ティアラはゆっくりとそこに腰を下ろす。
「病状は……」
「凍傷は回避できているし、残った風邪も、こいつらならすぐ治る。心配いらねえよ」
俺が気を利かせ、安心させるようにそう言葉にしたんだが。
「では、何故そのようなお顔をなされているのですか?」
あいつは俺に不安そうな顔を見せながら、そんな事を口にした。
……ったく。俺は盗賊だってのに。感情すら隠せてねえのかよ。
やれやれ、と俺は自身に呆れ首を振ると、ティアラに自嘲してやった。
「……何。大した話じゃない。こいつらがこうなったのは、俺のせいじゃないかって思っちまっただけだ」
「そんな。貴方様は、何も間違ったことはしておりません」
「かもな。だが、俺がわざわざあいつらに逢いに行こうとしなきゃ、結果こんな事にはなっていないだろ?」
後悔をため息に変え、俺は言葉を続ける。
「……俺はこの十年、できる限り、人と深く関わるのを避けてきた。ハイルの村やサルドの街なんかにたまに顔を出すが、そこの奴等との付き合いだって、良い人ぶった上辺だけ。だからこそ、ある程度割り切れはする。が。お前達みたいに踏み込んでくる奴と接するのは、今でも正直怖い。こいつらやお前も、メリナみたいに、俺より先に死ぬんじゃねえかってな」
「そんな……」
そう口にしながらも、言葉に詰まるティアラ。どんな声を掛けるべきか、分からないって顔をしてる。
「……悪い。困らせるつもりはなかった」
「……いえ……」
俯き、少し哀しそうな顔をする彼女をそのままに、俺はぼんやりとランタンの灯りを見る。
「……きっと、褒めてやるべきだったよな」
その言葉に、ティアラがこっちを見たような気がするが、俺は視線を向けはしなかった。
「アイリもエルも、助けた日に掛けた言葉だけを信じ、心の支えとしてここまで来た。それなのに、俺に口にされたのは、褒め言葉どころかダメ出しだけだ。ほんと、碌でもないったらありゃしねえ。こんなんだから、俺は師匠なんかにゃ向かねえんだよ」
吐き捨てるように、そんな情けない言葉を口にした俺が、何処か鬱々としながら、ぼんやりとしていると。
「……二人が、何故ヴァラード様を師匠と呼ぶか、知っておりますか?」
ティアラがそう尋ねてきた。
「俺が口にしてやった言葉で強くなった。それが理由じゃねえのか?」
俺がそう返すと、あいつは静かに語り出す。
「それもございますが、もうひとつございます」
「他に何があるってんだ?」
「お二人は、助けていただいた貴方様のお名前を聞かずに別れた事を、子供ながらにとても後悔なされておりました」
ちらりと横目でティアラを見ると、とても優しそうな顔で、アイリ達を見る目を細めていた。
「そこで、お二人はこう決めたのです。命の恩人であり、成長の橋渡しをしてくださった貴方様を、師匠と呼ぼうと。名を知らずとも、ヴァラード様への尊敬の念を忘れないように、と」
「……ったく。馬鹿な奴等だ。こんな奴を尊敬だなんてよ」
自然と自嘲した俺もまた、あいつらに顔を向ける。
静かな寝息を立てている二人は、未だ目を覚ましてはいない。
「……ティアラ。あいつらは何故、ここに来たと思う?」
「……あくまで憶測にございますが。ひとつはディバイン様の代わりに、ヴァラード様を説得に。そしてもうひとつは、貴方様に謝罪しに、でしょうか」
「そんな所だろうな。……なあ。俺は、こいつらに応えてやるべきだと思うか?」
正直自分でも、ティアラを困らせる酷い質問をしたと思ってる。
だが、あいつは俺に向き合うと、こいつらしい真摯な答えを返してきた。
「私は、アイリやエルの過去も、ヴァラード様の過去も知っております。ですので、どちらを取るべきとは申しません。……ただ私は、貴方様が参る場所に、共に参りますので」
その答えに、俺はふっと頬を緩めると、立ち上がって肩を竦める。
「中々厳しい事言うじゃねえか。お前らしい答えだが」
「いえ。ヴァラード様はお優しき方。どちらを選ぶにしても、何も問題はないと信じております。私もまた、貴方様の優しさに助けられた一人ですので」
にこりと微笑み応えるティアラ。
そこに一瞬、メリナの姿が重なる。
──「いい? あなたは悪ぶっても、結局お人好しよ」
あいつはあいつで、俺によくそう言っていたな。
……お人好し、か。
正直、どうだか知らねえし、別に自分を優しいなんざ、思った事もねえ。
ただ、ティアラが言った、貴方様が参る場所って言葉。
それはつまり、俺がここじゃない何処かに行くって言ってるようなもの。
その時点で、俺が取る行動がわかってるって事か。やれやれだぜ。
「どちらへ?」
「スープを温めてくる。まだ夜は長い。夜食のひとつでも食わねえと、体力が持たねえからな」
俺はティアラ達を背にし、振り返る事なく部屋の出口に歩き出す。
……王都にいるアルバース達の事を思い返すと、正直胸糞悪い。
あいつら自身が動こうとせず、アイリやエル、ディバインを寄越すなんてのもふざけてる。
が、それならそれで、こいつらを責めたり愚痴ったりしたって始まらねえよな。
部屋を出て扉を閉めた俺は、頭を掻き生欠伸をしながら、気を紛らわせるように、一人静かにキッチンで夜食の準備を始めたんだ。




