第九話:勝ちへの執着
「私が卑怯者だと!?」
予想外の言葉に、ディバインを始め、皆が愕然とする中。俺は冷たい視線を向けたまま、大いに語り始めた。こいつらの馬鹿さ加減を。
「ああ、そうだ。ディバイン。お前は俺を警戒しておきながら、昨日は馬鹿正直に勝負を受け、今日もたかだかマント一枚脱がせる事しかしなかったな。だが、俺は違う。俺は自分が勝つ為に、昨日勝負を吹っかけた時点から、こっちが優位に立つ事だけを考えていたぜ。道具を使える状況を残しながら、お前を煽ってこのルールで勝負を受けさせて。今朝も怪しまれないよう丸腰でお前達の前に立ったが、実際はもっと前。村にいる時点で、使える道具である麻痺毒を爪に仕込み、戦いに備えたんだ。俺はそこまでしてこの優位を手にし、勝ちをもぎ取りにいったんだぞ? それがなんだ。お前は大した事もしてねえくせに、自分が受けたルールで負けりゃ、相手を卑怯者呼ばわりしてごねるだけ。俺からすりゃ、そっちの方がよっぽど卑怯者だぜ。何もせず、お前達の得意な舞台に上がり戦えなんて、都合のいい押し付けをしてくる時点でよ」
その言葉に一理あると感じたからか。ディバイン達は反論できずに、歯がゆそうに奥歯を噛み。アイリやエルも、気まずそうに俯くだけ。
はん。中途半端な騎士道を振りかざすからこうなるんだよ。自業自得だ。
「ディバイン。お前達はアルバースに、負けたら卑怯だと言えって教わったのか?」
「……そんな事、教わるはずありません」
「だろうな。あいつは卑怯な手に掛かっても、己の騎士道を貫き戦い通し、それでも勝てなきゃ、それを己の未熟さと認め笑う。そんな男だ。そして、奴なら絶対に、卑怯な手を使われようが、己の信念を曲げず、それを貫けるだけの強さを極め、勝利をもぎ取ろうとするだろう。俺が知ってる真の騎士道ってのは、そういうもんだ」
ほんと。今思い返しても、アルバースは温和でなだけじゃなく、とにかく誠実で実直な奴だった。
俺が唯一認めた聖騎士なんて、あいつくらいのもんだぜ。
「ま、お前達がどんな騎士道を貫こうが、俺を卑怯者呼ばわりしようが、そんな物はお前達の勝手だ。だが、もしこれが、本当の命のやり取りだったとしても、お前達は同じ言い訳をする気か? もしそうだって言うなら、さっさと騎士なんて辞めちまえ。どうせお前達は、自分達の弱さを盾に、後悔をして死ぬだけだ。大事な仲間すら護れず、言い訳ばかりの騎士道に無力さを感じてな」
そう言い切った俺の肌を、普段より冷たい風が撫でる。
もう少しすりゃ、この辺りにも雪が降るか。じゃ、ちゃっちゃと言いたいこと言って、ずらかるとするか。
俺は顔を上げないディバインを一瞥した後、草原に置いていた武器やマントを拾って装備すると、今度はアイリとエルを見た。
「アイリ。エル。お前達もそっち側だ。ディバインが負けた今、この先もう顔を合わせるつもりもないからな。餞別がてらに教えてやる」
ゆっくりと、気落ちした顔の二人が俺を見る。
ふん。そんな顔をした所で、同情なんてしないからな。
「お前達に、師匠と呼ばれたくないもうひとつの理由。それは、こいつと一緒で温いからだ」
「僕達が……」
「温い、ですって?」
「ああ。この間の悪魔の山羊の戦い。エルは最初、アイリに無駄に気を遣い、加勢をしなかっただろ。真っ向勝負に手を出せば、後でアイリが愚痴愚痴うるさいって理由でな。結果、敵は本気を出して挑みかかってきたが。俺からすりゃ、あの時点で有り得ねえ。一対一の、手の内をすぐ明かすべきじゃない戦いならともかく。二体一ならもっと楽に倒せるって時に、そうしなかったお前達の戦い方には反吐が出るぜ」
「で、ですが、結果として僕達は、ちゃんと無傷で勝利したではありませんか!」
「そうよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「はっ。そんなのたまたまだろうが」
勝った過去なんてのは結果論。
だが、未来と同じとは限らない。そんな事にも気づかねえのかよ。
冒険者として名を挙げたはずの、こいつらの温い思考に、俺はやれやれと呆れ、ため息を漏らしてしまう。
「じゃあ聞くが。もし敵が隠していた実力が、お前達を凌駕するものだったらどうする? 戦いが長引いた結果、他の仲間や助けるべき者達に危害が及んだら、お前達は後悔しないのか? お前達はそうならないと自信を持って言える、相手の実力や戦局を見切れる、神がかった才能でも持ち合わせてるってのか?」
「そ、それは……」
エルが言葉を濁し、アイリは何も言わずに目を泳がせる。
が、この反応こそ、こいつらの答えだ。
「いいか? 俺が卑怯者と呼ばれようが勝ちに貪欲になったのは、別に盗賊だからって訳じゃねえ。手を抜き、相手を侮って、大事な奴等を護れず後悔するのが嫌だからだ。お前達は、たまたまそんな戦いを経験せず、そんな相手と戦っていないだけ。だからそんな温い考えを持つんだよ。自分達の実力を鼻にかけ、自分達のわがままを押し通し、周りを危険に晒すかもしれない可能性を自ら生みだしている時点で、そんなのたかが知れてる」
俺はマントの前を閉じると、ティアラに俺に並ぶよう目配せする。
アイリ達を心配そうに見守っていた彼女は、俺の視線に気づくと、頷きこっちに歩き出した。
「……悪いが、そんな温い考えしか持ってねえお前らに、師匠呼ばわりされてたまるか。お前達は勝手にそうやって己を貫き、自己満足に浸ってろ。あいつらと一緒で、後で絶対に後悔する日がくる」
俺が非情にそう告げると、二人はまたも沈黙し目を伏せた。
エルもショックを隠しきれてないが、アイリに至っては、あまりにストレートな俺の言葉に、茫然自失みたいだな。
……ま、これでこいつらもわかったろ。
俺がどれだけ酷い奴かってよ。
「……あと二時間もすりゃ、この辺は雪景色だ。そうなる前に、さっさと村に戻れ。じゃあな」
俺は誰一人返事をしない状況を無視し、ティアラと共に山道に戻ると、家路を急いだ。
俺の家はハイルの村より遥か北。勿論北に行く程、雪は降りやすいんだが。
この世界の雪ってのは、水と氷の精霊の戯れで起きるもの。だからこそ、南から降り始め、北に向け順に雪が降る事も多々ある。
今回はその典型。いわゆる、後追い雪ってやつだ。
俺達の方が、家にたどり着くには遠いが、雪に降られるのはあいつらが先。
正直あの場所はハイルの村まで遠くない。奴等は雪から避難するのに問題ないだろう。だが俺達は、降られる前に家に着かなきゃ命に関わる。
だからこそ、歩みを止めてはいられない。
隣を無言で歩くティアラの、神妙な顔付き。それを見て、少しだけ申し訳無さを覚える。
こいつはアイリ達と同郷の仲。それなのに、俺はあいつらを受け入れなかった。
そのせいで、こいつらが同じ道を歩む機会を奪ったのかもしれないし、心労だって絶えなかっただろうからな。
「……幻滅したか?」
俺がそう尋ねると、はっとした彼女は俺の方を見ると、首を横に振った。
「いえ。逆でございます」
「逆?」
「はい。私もまた、まだまだ未熟だと痛感致しました」
少し寂しそうに笑ったティアラは、歩きながら前を向く。
「私も、ヴァラード様の行動を見た時、内心アイリやエルと同じ気持ちでございました。ですが、確かに貴方様が仰っしゃられた通り、己を貫くあまり、大事な者を危険に晒す事もございます。大事な者を失った貴方様だからこそ、厳しくあられている。だからこそ、私が共にいたいという申し出に、一度は厳しく接されたはずですのに。側に置いていただきながら、貴方様のそのような気持ちを未だ理解できていなかったのかと、反省しきりにございます」
……ふっ。
ほんと、こいつは真面目だな。
「気にするな。お前達の考えが至って普通。俺が異常なだけだ」
「……ふふっ」
俺が自嘲すると、ティアラもまた、小さく笑う。
「やはり、ヴァラード様はお優しいお方ですね」
何となく、その笑みと言葉から、内心を見透かされたような気がして、俺はマントの襟で顔を半分隠すと、そっぽを向くかのように顔を向く。
「うるせえ。それよりさっさと行くぞ。後追い雪に追いつかれる訳に行かないからな」
「はい」
こうして俺達は、再び寒さの厳しくなっていく道を、足早に歩いていったんだ。




