第四話:弟子達の実力
俺が若かった時、どれだけの実力があっただろうか。
冒険者の中でも地味で不人気。世間的にもあまりよく見られる事のない盗賊を選んだのは、決して裕福ではない、当時の自分の食い扶持を考えた結果だった。
当時はまだそこに、夢も希望も持っちゃいなかったからな。
生きる為に必死だったあの頃。今思い返しても、そこにあるのは苦い思い出だけ。
そんな人生だったからこそ、俺は羨ましく思う。
この若さで、これだけの実力を見せるこいつらを。
『はっはっはっはっ! やるな小娘!』
「そっちこそ!」
愉悦。そう表現するのが相応しい、アイリとガラベの攻防。
そこでアイリは、その才能を強く輝かせていた。
相手する悪魔の山羊は、悪魔に相応しい破壊力。だが、それだけじゃない鋭く疾い斧捌きは、もはや大斧を使った動きじゃねえ。
だが、アイリはそんな奴の刃や柄の攻撃を、大剣と盾で見事に弾き、一歩たりとも退く事なく打ち合ってやがる。
しかも、弾くという言葉は誇張じゃない。
逸らすでも往なすでもなく、あいつはあんな華奢な身体で、その全てを真っ向から受け、弾いてやがる。
そりゃ、ガラべがあんな褒め言葉を口にしたのも納得だ。
両手で振るっていた斧を片手に持ち替え、空いた手に闇の手斧を持ち、二つの斧で攻撃のリズムを変えていくガラベだったが、それに物怖じもせず、アイリは大剣の動きを加速させ、ただただ強く弾いていく。
流石にあいつも、ただの脳筋じゃないって訳か。
ガラべは更に、手斧を投げ、飛去来器のように使おうとしたが、そこはエルが見事に矢で射抜いて阻止してやがる。
きっとこのサポートを信じているからこそ、アイリはしっかり前だけを見ているに違いない。
とはいえ、未だ均衡が崩れないのは、エルが思ったより支援してないのもあるんだが……。
「エル。何でもっと手を出さないんだ?」
「あの子は何時もそうなのよ。一対一は戦いの華だなんていって、真っ向勝負を譲らないわ。後で愚痴愚痴言われるのも嫌だし、余程じゃ無い限り、直接手出しはしないわ」
俺が奴の背中にそう問いかけると、こっちに顔を向ける事なく、彼女は前に流れた青いポニーテールを後ろに払う。
一瞬ため息が聞こえたのは、アイリへの呆れからか。
まあ、その気持ちは分かる。
俺もかつての仲間にそんな奴がいたからな。
血の気が多くて、一言目には強さ強さとうるさい、戦闘強の戦士が。
とはいえ。こうも実力が拮抗してたんじゃ、埒も明かないだろうに……。
『光の神サラよ。闇を祓う為、彼の者達に力と疾さを与えよ!』
っと。
俺の背後から、まるで歌声のような澄んだ詠唱が聞こえたが。これはティアラか。
神術、攻撃強化と敏捷強化の合わせ掛けか。
その効果が発動したのか。アイリとエルの身体が淡い光に包まれた。
「おお! これはティアラか!?」
「はい! 心ゆくまで剣をお振るいください!」
「ありがたい! いくぞ!」
眼鏡の下の目を、より楽しげに細めたアイリは、ついにその場から動いた。
『むっ!?』
あいつが開幕見せたのは、まさかの斧の下を潜ってのダッキング。そしてそのまま──は? 盾でのアッパー!?
「食らえ! 壁衝!」
って、おいおいおいおい。
そりゃ護りの技だろうが!
思わずそう突っ込みたくなるが、虚を突いたその技は、予想以上に疾い踏み込みも相成り、ガラべの度肝を抜いたんだろう。
盾を胴体にもろに受け、あいつの巨体が浮き上がった瞬間。アイリは盾をそのまま手放すと、大剣を両手に持ち変え、流れるように斬り上げた。
「閃光剣!」
まるで刹那の一瞬を斬る程の、光を帯びた一閃。
『ぐぬっ!』
ガラべは咄嗟に空中で身を捻り、大斧でそれを逸らそうとした。が、疾さで勝るその技は、斧ごと腕一本吹き飛ばした。
「なっ!?」
しかし、直後にアイリもまた、ガラべが繰り出した蹴りを思わず大剣を盾代わりに受け止め、一気に後方に滑る。
悪魔の山羊らしからぬ身のこなし。確かに八獣将と言われても納得だ。
とはいえ、腕一本は実力が拮抗している中じゃ、十分痛手。
このまま終われば勝負あり、と言いたい所だが……。
『はぁっはっはっはっ! 面白い! 面白いぞ小娘!』
ま、そうはいかないよな。
片膝を突き、片手を失った肩をもう一方の手で抑えていたガラべが愉しげに叫ぶ。
『滾る戦い! 厄災を求め、ここきた甲斐があったというもの!』
「うるさいわね。もう死になさい!」
怪しき気配を感じたのか。
咄嗟にエルが、再度激流射を撃ち込んだんだが。
「なっ!?」
彼女の驚きの声が示すように、それは突如ガラべを包んだ禍々しい赤黒いオーラに阻まれた。
『さあ、小娘! もっと吾輩の血を滾らせよ!』
そう奴が口にした直後。
オーラの中で赤き眼光が強く光ると、その闇が奴の姿を変えた。
身体は今までと変わらないが、闇のオーラが、奴の腕のように伸びると、そこに骨で形成された腕が現れた。
しかも失った腕だけじゃない。残った腕と合わせて、六本の腕。
その一本一本に、闇のオーラで創られた大斧を持つその姿は、中々の禍々しさだ。
『行くぞ!』
「受けて立つ!」
目標はアイリのみ。
さっきよりも素早い動きで駆け寄るガラべに、アイリも駆け出すと、合間に落ちていた騎士盾を拾い、再び打ち合いに挑みにいく。
っていうか、アイリも目を爛々とさせて挑んでるが、正直そのまま戦うのは分が悪いだろ。
そろそろ俺も手を出すべきか?
そう感じ、思わず前に出ようとした時。
「師匠。高みの見物で良いって言ったでしょう?」
そんな俺をエルが咎めた。
「ここは私達の戦い。手出し無用よ。ティアラ。あなたも師匠の弟子なら、私達に手を貸しなさい。アイリに聖なる鎧を。いける?」
「は、はい! 勿論です!」
名を呼ばれたティアラは、緊張した顔でエルに並ぶと、さっき同様に詠唱を始める。
既にアイリとガラべは接敵し打ち合いを始めた。
六本の腕から繰り出される攻撃をことごとく受け、返すセンスは流石だが、流石に反撃の糸口もなく防戦一方。少しずつ押され下がっていく。
『光の神サラよ。彼の者に何者も貫けぬ、神の奇跡を与え給え』
そんな中。ティアラの詠唱が終わると、アイリの身体に神々しい光が宿る。
と、瞬間。
「いくわよアイリ。流星射!」
エルは天高く弓を構えると、光の矢を空高くに撃ち放った。
それはかなり上空まで飛ぶと、放物線を描き、光の尾を引きながらガラべの頭上を急襲する。
これは奴にとって完全に死角。
だが。
『小賢しい』
ガラべはそれを上の腕二本の持つ斧で見事に払い落とす。
そこまでやるか。こいつも相当できるな。
そう思ったものの、エルは気にも留めずに流星射を撃ち続けていく。
……ほう。こいつ、ちゃんと考えてるじゃねえか。
仲間を誤って射抜くような下手はうたず、確実にガラべの頭上を狙う。
これで上二本の腕の自由を奪いつつ、アイリの邪魔もしないって寸法か。
この状況下で、エルが直接正面から仕掛けないのは、こいつらの余裕の表れなんだろう。
「アイリ。聖なる鎧の効果は、三回分にございます!」
「十分だ!」
聖なる鎧が掛かったアイリもまた、状況を理解しニヤリと笑う。
聖なる鎧は、受けきれなかった攻撃を三度まで無効化する、神術の防御系の術の一つ。
重ね掛けもできないし、術に使う魔力もかなり消費する為連続できるもんじゃないが、相手のどんな一撃ですら無効化する、神術最高位の術だ。
しかも、未熟な奴だと最大回数まで付与できない事も多いんだが……ティアラの奴、流石だな。
さて。若い三人はこの戦い、どう決着をつける?
俺の視線の先で、エルの矢を弾きながらも、手を休めないガラべ。
『ふん。小細工を』
聖なる鎧の弱点は、威力の低い攻撃だとしても、一度受け損なえば発動し、一度とカウントし消費する点。
会話から状況を判断してか。アイリを狙っていたガラべの中下段の腕四本が手にしていた闇の大斧が、するっと変化すると、手斧程の大きさになる。
『そんな物、すぐに吹き飛ばしてやる! 死ね! 血の豪雨!』
そして仕掛けたのは僅かな時間差を加えた、ほぼ同時の斬撃。
武器を小型にした事によるコンパクトな振りは、今までにない疾さ。
対するアイリは、瞬間ぐっと歯を食い縛ると、その場でぎゅんっと一気に前のめりになり、より深く踏み込んだ。
ガガガガインッ!
耳に届いたのは、四連続で斧が弾かれた音。
そして次の瞬間、アイリの持っていた盾と、ガラべの腕が三本、宙を舞った。
いや、それだけじゃない。
『何……だ、と!?』
きっと生半可な実力者なら、その無数の斬撃に気付けなかったんじゃなかろうか。
直後に、ガラべの胴は袈裟斬りにされ、薙ぎ払われ、残りの腕や脚が胴より離れ。
身体がゆっくりと、その場にバラバラとなって崩れ落ちた。
あいつの背後に抜けたアイリの聖なる鎧は消えていたが、彼女は無傷。
三発は敢えて受け、たったひとつを盾で止め前に出たか。
『これ……は……』
「千の嵐」
ふうっと息を吐いたアイリは、構えを解くと、半身だけ振り返り、バラバラのガラべに目をやる。
『はっ……お前が、厄……さ、いか……』
うつ伏せとなった頭の付いた胴部で、顔を横にしたガラべが口から血を吐く。
流石に、勝負ありだな。
瞳の光を失い、静かに息絶えたガラべは、そのままさらさらと灰となり、風に吹かれて消えていった。
……ったく。見事なもんだ。
そこまでは教えてやったのか。
アイリの奥義を目の当たりにし、少しだけ心の熱が冷める。
確かにあの技は見事だった。きっとあのキレなら、奴ともいい勝負をするだろう。
「どう? 私達の実力は?」
ふうっと緊張の糸を解いたエルが俺に振り返ると、自慢げに微笑んでくる。
こいつの弓技も、誰が鍛えたかは分かる。構えから撃つまでの流れに、あいつの面影が過ぎったしな。
まあ、普通に考えて、この若さでここまでの実力を付けたのは、賞賛に値する。
……が。それだけだ。
俺は、はあっと大きなため息を漏らした後、自慢げな彼女の鼻っ柱を折るかのように、はっきりとこう言ってやったんだ。
「そんな戦い方で、俺の弟子なんか名乗るな」
ってな。




