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小池蒼汰、冬の海を垣間見る

 牧村に勧められるまま、小池は畳に腰を下ろす。


 牧村も畳上で胡坐を組み、タバコに火を点けた。

 ストローよりも細い、メンソールだ。

 持つ指のネイルが光青い。


 横顔を見ると、確かに男の線を感じるが、はあっと煙を吐き出した牧村の笑顔に、小池はドキっとする。


「あ、お茶も出さないでゴメン」


 牧村は冷蔵庫からペットボトルを出し、湯呑茶碗に注いだ。


「あ、どうも……」


 ウサギはケージの中で、ぴょこたん跳ねている。

 黒い毛並みの小さなウサギだ。


「子ウサギ?」

「ううん。小さい種類なの」

「名前は?」


「ゲン! 元気が一番。コイツも男の子」

「ウサギ、好きなの?」

「動物、好きだよ、全部」


 ゲンに向ける牧村の視線は、春の海のように穏やかだ。


 なんで、配信者やっているのか。

 しかも、女装までして。


「オレ、家族ってもう、誰もいなくてさ。元手いらずに食ってける仕事、探してたんだ」



 ケージの隙間から出る、ウサギの鼻を指で撫でながら、ポツポツと牧村は語る。


「お袋はオレを祖母(ばあ)ちゃんに預けたきり、何処かへ逃げたみたい。親父なんて名前も知らないし。ずっと祖母ちゃんと二人で生活してたんだけど、オレが小五くらいの時、祖母ちゃんが寝たきりになった」


 牧村は以来、祖母の介護がメインの生活になったと言う。


「学校へは、あんまり行かなかった。先生も文句言ってこなかったし。給食費払ってなかったから、なんか行きにくかったしね」」


 五年くらい、牧村は祖母の介護をしていた。

 祖母は死ぬ間際、牧村にお願いとした。


「指を。祖母ちゃんの指を切って、海に流して欲しいって言われたんだ。なんでも、祖母ちゃんの死んだ親父さん、俺の曽祖父(ひいじい)さん? その人は昔、戦争で海に沈んだんだって」


 小池はドキリとする。

 牧村が自身の動画で語っていた、「指切り」は、やはり実話だったのか。


「実際は、切れなくってね。流石に自分の頭を何回も撫でてくれた指を、切り落とすなんてさ……。代わりに、祖母ちゃんの髪をちょっと切って、海に流したよ。あれは、冬だった、な」


 小池の脳裏には、一人海岸で祖母の遺髪を波に乗せる、中学生の男子が映った。

 寒風が遺髪を散らしていく。

 その行く末を見つめる、中学生の牧村。


 どんな想いで、彼は祖母を見送ったのだろう……。

 小池の鼻の奥がツーンとなる。


 小池は頭を振り、訊いてみる。


「あ、えと、お葬式とか、どうしたの?」

「ああ、特殊清掃業って言うんだっけ。一人で死んじゃったりした人の後始末する人。そういうトコに頼んだ」


 特殊清掃……。

 どこかで聞いたような気がする。


「そこの清掃員のオジサンと仲良くなってさ。その人に勧められて、配信やることになったの」


「女性の格好するのも、その人の勧め?」

「うん。バレても『男の娘』で構わないだろうって言われて。名前もオレ透也(とうや)なんだけど、ちょっと女のコっぽいのが良いからって、オッサンが名付けてくれたよ」


 小池の眼が開く。

 ペットボトルの普通のお茶で、酔いは完全に醒めたようだ。


「そのオッサン、俺も紹介してもらえるかな」


「へえ、配信やってみる? 小池さん、イケメンだからすぐ人気出るよ」


 イケメンと言われて小池は照れそうになる。

 だが、「そんなわけあるか、バーカ」という及川の声が聞こえてきて、すぐに冷静になった。





◇◇



 小池が牧村と交流を深めた、三日後のことだ。


 石田は、佐久間の事情聴取に立ち会った、社会福祉士の清川から、その内容を手に入れた。

 清川はアラフォーの女性である。石田は社会福祉事務所とも連携を取ることが多く、清川知聖(きよかわちせ)とは顔なじみである。


「聴取時間かかったよ。通常の三倍くらいかな」


「お疲れ様でした」


 石田はバームクーヘンと紅茶を清川に出す。


「あら嬉しいわ」


 清川がバームクーヘンをパクついている間、石田は聴取内容を読み進める。

 一文目から、目を離せなくなる。


『僕は、前から篠田さんを知ってました』


 何故知っていたのか。


『中学の時の友だちが、篠田さんの息子さんでした』


「中学時代、佐久間は篠田の息子、学と友だちだった? 川辺一中に通っていたのか」


 確か、篠田学は川辺一中に通っていたと言っていた。

 川辺一中は、公立であるが難関と言われる高校への進学率が高い中学だ。

 篠田学は、越境通学をしていたらしい。


 石田の呟きに、清川は答える。


「ほら、川辺一中って、昔から『支援級』持っていたのよ。インクルーシブ教育の草分け的存在なの」


「佐久間は、川辺一中の支援級に通っていた、ということですか」

「そうみたい。所謂、通級指導を受けていたってわけ」


 なるほど。

 佐久間のウェクスラー式成人知能検査は百十を越えており、知的水準は低くない。

 ただし、能力にバラツキがあるため、社会的適応が難しい面を持っている。


 もちろん、緘黙や吃音も、適応度合いを下げている要因だ。


「私ね、いろいろな適応度合いを見てきたけど、ちょっと今回衝撃だったわ」

「何が?」


「彼、佐久間氏は言ったのよ。『指を切ったけど、篠田さんの家で寝ていたけど、あれは篠田文さんじゃない』って」


「え?」


「あれは、篠田文さんの手相じゃなかったって。佐久間氏は一度、篠田文の手相を見たから覚えているんだって」


 篠田文の死体でなかったなら、誰の死体なのだろう。

 そして、篠田文の死体は、何処へ消えたのか。


 石田の脳は、急速に回転を始めていた。

点と点が線になる時、隠されていた謎が明らかになる!

なんつって。

あと少し続きます。

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