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小池蒼汰、愕然とする

 その男、佐久間裕典(さくまゆうすけ)が何相のドアを叩いたのは、石田が丁度、退勤しようとしていた夜の九時だった。


 色あせた作業着がパツパツの佐久間は、所在なさげに椅子に座る。脂ぎった髪が丸い顔の上に貼りついている。パイプ椅子が軋む。

 石田が差し出した炭酸飲料の缶を、一気に飲み干すと、彼はポツポツと喋り出した。


「じ、実は俺、いや、ぼ、ぼ、僕、ゆ、ゆ、指を……ひ、人の指を、きっ切りました」



 佐久間は吃音を抱えており、時々緘黙(かんもく)にもなり、石田が話の全容を聞き出すまで、二時間ほどかかった。


 発端は、佐久間宛の一通のメールだった。


『簡単で高額なバイトをしませんか』


 迷惑メールの様な件名だったが、佐久間はいくつかの派遣会社に登録していたので、あまり気にせず読み進めた。


『実験用に、人間の死体の指が必要です。死体の場所を教えます。』


 佐久間は特殊清掃のバイト経験があったので、死体と聞いてもあまり驚かなかった。

 提示されているバイト料は十万円。これは破格だ。

 死体があるという場所の町名と番地は、丁度佐久間の土地勘が、ある所だった。


 施錠していない戸を開けると、何種類かの悪臭に襲われた。

 特殊清掃時に使用していたマスクをしていても、吐き気を催す臭いだった。


 土足のまま臭気の元となっている部屋へ入る。


 無数のゴミ袋に囲まれて、布団が敷いてある。

 掛け布団からはみ出す、白髪と手首。

 手指はピクリとも動かない。


 依頼された死体なのだろうと佐久間は思い、布団に触れずに指を切った。

 死体の手の下には、キャッシュカードがあった。


「切ったのは、人差し指でしょうか?」


 石田の問いに佐久間は首を傾げる。


「あ、ああ、そ、うかな。に、二本切った」


 石田の目が、すっと細くなる。


「なるほど、二本切ったんですね。切った指を、佐久間さんはどうしたのですか?」


 その後の佐久間の行動は、全て依頼人の指示によるものだ。


 銀行のATMにカードを入れて、切った指で指紋認証を図る。

 どちらの指もエラーが出たので銀行から外に出て、発泡スチロールに保冷剤と切った指とカードを入れて、駅の近くにある大きなマンションの、宅配用ボックスに納めた。その隣のボックスに、教えられていた暗証番号を打ち込むと、十万円入りの封筒が置いてあった。


「なるほど、だいたい分かりました。でも佐久間さん、なぜその奇妙なバイトのことを、お話する気になったのですか?」


「こ、怖くなった、から」


 佐久間は両膝のあたりを握り、俯いて答えた。


「何が、怖いのでしょう?」


「も、もし、ゆ、指切った人が、い、生きてたら……」




 小池が石田の元に駆け付けた時には、佐久間はいなかった。

 佐久間の行動は死体損壊に当たるものだが、彼の特性を考えると、合理的な配慮が必要である。

 厳つい刑事たちに囲まれての事情聴取は、おそらく難しいと判断した石田は、佐久間の家族と福祉事務所に連絡を取り、同行人と一緒に、明日警察署に行くことを勧めた。


「石田さん、その指を切られた死体って…」

「ええ、佐久間さんの話を総合すると、おそらくは、篠田文さんでしょうね」


 石田は小池に薄い朱色の飲み物を出す。

 咽喉が乾いている小池は、一気飲みする。


 甘い……。


「ナツメ茶です。肝臓に効くんですよ。飲んだ後とか」

「あ、すいません! 酒臭かったですね」


 掌でパタパタ顔を扇ぐ小池に、石田の口元が緩む。


「これで篠田さんの件は、概況が掴めました。動悸は不明ですが」

「あの、死体が消えたっていうのは、一体……」

 

 石田はこめかみを押さえる。


「それもいずれ、分かるでしょう」




 深夜近くになって、小池はようやく住まいに戻る。

 すると。

 隣室のドアの前に、体育座りをした隣人がいた。


 小池の胸は鳴る。


「あ、帰ってきた!」


 小池に気付いた隣人、牧村が、顔をあげる。この前よりも化粧気がない。


「ま、牧村さん、どうしたんですか?」


「どっかに鍵を落としたみたいで、帰って来るまで気が付かなくて……。この時間だと管理会社にも連絡つかなくて困ってたんです」


 牧村は立ち上がり、小池の手を取る。

 小池の脈は跳ね上がる。

 今日の牧村はTシャツにジーパンというカジュアルな服装である。


「それで、ウチの部屋の窓は鍵かけてないので、お隣さんが帰って来たら、入れてもらおうかと思って」


 えええええ!!!

 小池はバクバクする胸をなだめながら、牧村を見る。


「このマンション、ベランダ同士、繋がっているでしょ?」


 あ、まどから入るつもりなのか。なるほどね。

 はあ、驚いた。


 適度に散らかっている部屋だが、致し方ない。

 牧村を迎い入れ、自室の窓まで案内する。

 小柄な牧村は、するするとベランダを移動する。


 どうやらうまく窓から入れたようだ。

 心配しながら小池は見守っていた。


 牧村は、ひょいと窓から顔を出す。


「ドア開いてます。良かったらどうぞ。ウサギいますよ」


 良いのか、良いのだろうか。

 一人暮らしの女性の部屋に、深夜訪問するなんて……。


 牧村の部屋のドアノブを握る、小池の手は震えた。


「どうぞ。ウサギはこっちです」


 家具の少ない部屋だった。

 壁際に、大きなケージが置いてある。

 そこにウサギがいるのだろう。


 ふと、小池は違和感に気付く。


 部屋干しの下着は、ボクサーパンツだけだ。

 あれって女性用なのだろうか。

 ジロジロ見るのも失礼だが。


 更に部屋の隅では、どうみても髭剃り器が充電されている。


「あ、ごめんごめん。洗濯モノ、出しっぱなしだったね。ま、いっか。男同士だし」


 オトコ、ドウシ?

 

 はい?


 えええええええ!!!

次回、牧村の境遇に涙する小池と、死体を追う石田の話。

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