小池蒼汰、酒を呑む
翌日のことだ。
パソコン画面をひたすら見つめるだけの小池に気付いた、県警情報分析課の課長及川は、読んでいた雑誌を筒状に丸め、小池の頭を叩いた。
パコ――ン!
「中身が空洞だと、良い音がするな」
「パ、パワハラだ! 暴力反対! 暴言ヤメレ!」
叩かれた小池は振り向き、課長に叫ぶ。
「喧しいわ! 仕事しない税金泥棒なんぞ、故郷へ帰れ!」
小池はすぐさまカバンに荷物を詰める。
「はい。命令に従い、即行帰ります」
及川は小さく舌打ちをしながら小池に訊く。
「帰るって、お前、故郷何処だ?」
「湘南藤沢、と言いたいところだけど、S山です」
「ほおほお。イイトコじゃないか、茶所で」
「藤沢だったら、迷うことなく神奈川県警受けてましたよ。埠頭で派手なガンアクションしたかったし」
「いや、君、事務職だから。我が県の県警では不満か? 不満なのか?」
「不満は、ないけど。大泥棒追いかけるパトは我が県警の文字付いてるし」
「じゃあ、朝から呆けているのは何故だ? 言うてみろ、聞いてやるから」
態度も顔もデカい上司に詰め寄られ、小池はキョドる。
で、結局、なんだかよく分からない上司と部下は退勤後、駅近の居酒屋に入った。
「何を、悩んでいたんだ、小池」
課長の及川忠文の見た目は熊。「COBOLの鬼」と呼ばれて幾星霜。
見た目は厳ついが、部下の面倒見は良い。
小池がアホなことを言ったり、やっちまったりしても、生温く見守っている。
「実は……」
小池は不眠に悩み、何相で石田に相談したこと。そして一緒に、無人の独居老人の家まで行ったことを及川に伝える。
更にそのあと、不眠の原因と思われる、兎を飼っている隣人の女性、すなわち、牧村塔花との出会いを話す。やや脚色しながら。
及川は、マヨネーズを付けたスルメをガシガシ噛んでいる。
時折、「ほお」とか「へえ」とか相槌を打つ。
「そしてお前は、そのウサギ女に惚れた、と」
「なっ! ち、違いますよ。それに何その、ウサギ獣人みたいな言い方」
「え? 惚れてないの? アホなの? フツウ惚れるっしょ」
小池の顔は茹蛸になる。酒のせい、だけではない。
そうか。
やっぱり、惚れるのか、普通。
「だいたい小池さあ、何でもかんでも、石さんに相談するなよ」
「はあ……」
「小池の五十倍くらい仕事してるぞ、石さん。あれで独身じゃなかったら、家庭は崩壊……」
「え、ええ?」
小池は素で驚いた。
勿論、直接訊いたことはないが、石田が独身だったとは。
なんとなく、自分よりも年上の男性は、誰もが結婚しているように小池は感じていた。
それに、あの石田である。
カッコいいし、優しいし、女性がほっとかないだろうに。
とは言え、石田に所帯じみた雰囲気は微塵もないのも事実だ。
ちなみに及川課長は、嫁さんと、子どもが二人いるそうだ。
たまに保育園にお迎えに行っている。
良いパパ、してるんだろうなあ。
見てくれは熊だけど。
「まあなあ、石さん、元々は、ウチの県警本部長から国会議員になった奴の、筆頭秘書だったからな。若い頃は忙し過ぎて、恋愛している暇なんぞ、なかっただろう」
えええええ!!
小池は声に出さずに驚愕した。
てっきり、ソーシャルワーカーかカウンセラーが本職だと思っていたのだが。
石田の優しさに甘えていたけど、本当はとっても偉い人なんじゃなかろうか。
枝豆を摘まみながら、小池は石田の顔を思い浮かべた。
「というわけで小池よ。結婚相手は慎重に選べ。訳あり相手だと、警察の仕事に差し支えるぞ」
「は、はい……。あの、結婚相手の身辺調査って、本当にするんですか?」
「ん? ああ、たまにな」
そろそろお勘定の時間となる。
「あ、二千円でいいぞ」
及川が言う。
奢りじゃないんかい、と小池は思う。
小池が財布を取りだそうとしていると、スマホが震えた。
石田からのショートメッセージだ。
『篠田文さんの死体損壊を行ったらしき男性から連絡がありました』
一気に良いが醒めた小池は、くるりと向きを変え、石田の元へと急いだ。
『その男性、介護関係の仕事を転々としていたようです。地元のSNSで見つけた、奇妙なバイトの話に乗った結果、どうやら死体の一部を損壊してしまったと言っています』
死体の一部損壊……。
一部とは、指のことだろうか。
次回、小池は篠田文の事件と、牧村塔花の闇を見る、か!