表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/6

小池蒼汰ハクビシンを知る

 菓子を堪能すると、徐に石田は小池に訊く。


「小池さん、今日はお休みですか?」

「ええ、代休で」

「夕方、何かご予定ありますか? 彼女さんとデートとか」


 ない。

 そんなものは、かれこれ二十年以上ない。

 ちなみに、小池の年齢は、二十代前半だ。


「予定は、……調整出来ます」


 つい見栄を張った小池に、石田は微笑みながら頷く。


「では、ばらけた骨の出た現場、一緒に行ってみませんか」

「はい、行きます! ぜひご一緒させてください」




 石田の運転で、小池は現場へと向かう。

 道すがら、石田は事件の概要を語った。


 それは十七号にほど近い、閑静な住宅地で起こった。

 そこに住むこと六十年余りという、篠田宅。

 高齢の女性、篠田文(しのだふみ)は、一人暮らしであった。


 時折、町内自治会の役員や、介護支援員が訪問し、生活のサポートをしていたのだが……。

 ある時から、いつ自宅を訪ねても文からの応答はなく、屋敷には異臭が漂うようになった。


 文には三人子どもがいたが、いずれも消息は不明。

 異臭に関して近隣からの苦情が相次ぎ、行政が動いて、ようやく一人の息子と連絡がついた。

 それが三ヶ月前のことだ。


 五十代の息子は、渋々家に足を踏み入れた。

 屋敷の中はゴミだらけ。

 鼻をつく異臭に、息子も同行した介護専門員も、耐え切れなかったという。

 そして、文が寝起きしていた部屋の万年床に、文の姿はなかった。

 


「では、文さん、行方不明ってことですか?」


 小池の問いに、石田は頭を振る。


「まだ続きがあります。異臭は、天井裏から発生していました」


 専門の清掃業者に依頼したところ、天井裏には、ハクビシンが巣を作っていることが分かった。

 異臭の正体は、ハクビシンの糞尿だったのだ。

 

「その糞尿の中から、人間の骨らしきものが見つかったのです」


 小池の顔色が変わる。


「ちょ、ちょっと待ってください。それって、文さんの骨、なんですか? 文さんは、獣に食べられた? ハクビシンて、肉食獣ですか?

そもそも

ハクビシンって何?」


小学生のような小池の質問に、石田はそれこそ学校の先生みたいに滔々と答える。


「ハクビシンは元々、東南アジアなどに生息しているジャコウネコ科の動物です。鼻が白いので、白鼻(はくび)の名で呼ばれてますね。肉食というより、雑食です。人間を食べるかどうか、検証はされていないと思います」


 関東圏では八十年代から、目撃されるようになったハクビシンの被害は年々拡大し、小池が奉職するこの県においては、駆除対象となっている。


「これから現地でお会いするのは、有害獣の駆除などを担当している方と、文さんの息子さんです」


 そろそろ、陽は西に傾き始めている。

 

「ハクビシンも、夜行性なんですよ。ウサギと同じで」



 小池と石田は、行方不明と思われる、篠田文の自宅へ着いた。

 戸建ての多い住宅地である。

 鬱蒼と茂る林や、草原が広がっている場所ではない。


 こんな住宅地に、有害指定をされた獣が跋扈しているのだろうか。


 文の自宅の門の前に、男性が二人立っていた。

 門の向こう、家屋全体はブルーシートで覆われている。


「ああ、石田さん、お手数おかけします」


 灰色の上着に「上田」という名前が刺繍されている男性が、頭を下げる。

 県の担当者のようだ。

 その隣にいる、仏頂面の男性が、どうやら篠田文の息子らしい。


「篠田さん、こちらが県の……」


 上田が篠田息子に石田を紹介する。


「ええと、あなたは……?」


 上田が小池に訊ねる。


「あ、自分、県警から参りました小池です」


 県警と聞き、篠田息子は眉が動く。


「警察は、母の失踪を事件と捉えたのですね」


 篠田息子、篠田学(しのだがく)が小池を見据えた。

 小柄だが、華奢な雰囲気はない男性である。

 声も低い。


「あ、いえ、なんというか……」


 どもる小池に代わって。石田が言う。


「今日は現場を見るように、上司から指示されているそうです」


「ふん、なるほど。じゃあ、どうぞ。中には入れないですけど」


 石田の説明に軽く頷き、篠田学は門を開ける。

 雑草が目立つ庭は、草いきれ、というものとは違う、何かムッとした臭いがした。


「警察から、見つかった骨のDNAは、母、文のものと一致したと連絡がありました」


 ぽつぽつと篠田学が喋る。

 

「では、やはりハクビシンによる、被害でしょうか?」


 石田が訊くと、上田が答える。


「ううん、どうでしょう。腐肉を食べることはあるようですが。見つかった骨は、おそらくは手の指、第二指骨(しこつ)と聞きました。そこだけ食べたというのも、不可思議な話です」


 室内に腐乱した跡はなかったのだ。


「母は……」


 篠田学が遠くを見た。


「母は、野良猫に餌をやったりすることが、よくありました。まさかと思いますが、此処に棲みついた野生の獣に、餌を与えたり、していたのかもしれません」


 自らの手で、餌を与えていた文の手を、野生の動物が食いちぎったとでも言うのだろうか。


「ところで篠田さん」


 石田が篠田学に訊く。


「学童期もこのお宅で、過ごしていたのですか?」

「ええ……」

「では、南中?」

「いえ、川辺一中に通っていました」


 

 一通り、庭から家屋全体を見て、小池と石田は帰ることにした。

 石田に自分のアパートまで送ってもらいながら、小池は訊いた。


「あの、石田さん、質問なんですけど」

「なんでしょう」

「石田さんが篠田息子さんに訊ねた、出身中のこと、あれ、何か意味があるんですか?」


 石田の言動には、何がしかの意味があることを、前回の事例で小池は学んでいた。

 

「篠田学さんの年齢の頃、越境入学は少なかったんですよ。あの辺りなら、校区は南中ですが、川辺中というのは、古い言い方で『ナンバースクール』というもので、公立でも進学実績が高い中学なんです」


 ということは、篠田家というのは、意識高い系のお宅だったのか。

 

「また、何かありましたら、小池さんのお力を借りることがあるかもしれません」


 リップサービスでも嬉しい、石田の一言だった。

 小池が自室のドアを開けようとした、まさにその時、騒音発生源と推定される、隣室のドアが開いた。 

お読みくださいまして、ありがとうございます!!

感想、大変嬉しいです!! 返信は少々遅くなると思いますが有難く拝見しております!!


参考文献:鳥居春巳「ハクビシンの食性について(1)」静岡県林業技術センター研究報告、21号、1993

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふうむ、骨は文さんのじゃないのかな?( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ