小池蒼汰不眠に悩む
本作は「春の推理2023」参加作品です。
「春の推理2022」参加した「『中途半端な都市』伝説は、桜の花と共に風に散った」と同じ登場人物が出てきます。
でも前作を知らなくても、大丈夫です、多分。
小池蒼汰は悩んでいた。
その悩みとは、お金がないことでも、女性にもてないことでもない。
まあ彼が、金や女について、全く悩んでいない、という訳でも勿論ない。
小池の悩みは不眠である。
正確に言えば、深夜に中途覚醒して、再度入眠することが出来ないという悩みである。
何故か。
深夜二時頃。
拍子木を打ち鳴らしたような音が響く。
タ――――ン!
次いで、糸ノコで何かを削り取るような音が、持続する。
ガリガリガリガリ……。
この音が続いている間、小池は眠れない。
音はおそらく、隣室から発している。
何の音だろう……。
何をしているのだろう……。
考えれば考える程、小池の目は冴える。
隣室は確か、先月入居したばかりの女性である。
引っ越して来ても、先住の入居者に挨拶回りなどはしない地域だ。
小池も女性であるらしいとしか分からない。
女性が、深夜に糸ノコで何をしているのか。
まさか……。
まさかと思うが、死体の解体とか、しているんじゃないよね。
切断して、ベランダのプランターなんかに、埋めたりしてない、よね。
なまじ知識があるから、不安に襲われる。
チキンハートな小池だが、一応県警職員だ。事務職だが。
謎めいた事件の解決に、関わったこともある。
不安を抱えてしまうと、寝つきが悪くなり、やっと寝付いても途中で目が覚める。
一体、どうしたら良いのだろう。
上司にでも相談するか。
それともアパートの管理会社が先か。
あ!
そう言えば!!
何でも相談できるところが、あるじゃないか!
悩むこと一週間。
赤い目をしたまま、小池は勤務先すなわち県警本部の側の、とある事務所を訪れた。
それは『県民の命と安全を守るための何でも相談できる事務所』という。
◇音の正体◇
「お久しぶりですね、小池さん」
『県民の命と安全を守るための何でも相談できる事務所』、略して「何相」の所長、石田優至は朗らかに小池を迎えた。
そう言えば。
桜の下に幽霊が出る噂の真実を、石田と一緒に解決したのも、去年の今頃だった。
一緒に、と言っても、ほとんどは石田の能力で解決出来たのだ。
石田は相変わらず、スマートないで立ちである。
小池は市内の名産、「白兎」という和洋折衷的なお菓子を石田に渡す。
白あんをホワイトチョコレートでコーティングした、糖分高めの菓子である。
「手ぶらで来て下さいね。でもコレ、わたしの好きなお菓子ですから、有難くいただきます」
石田はお茶を淹れてくれた。
「どうぞ」
「と、杜仲茶ですか?」
「いえ、これはあずき茶です」
にっこりと笑う石田は、五十代らしいが皺がない。
若返り効果でもあるのだろうかと、小池はあずき茶を飲んだ。
飲みやすく、ほんのりと甘いお茶だった。
「それで、小池さんのお悩みとは、一体どのような?」
悩みで来所したのが分かるのか。さすが何相の所長。
「そりゃあ小池さん、お若いのに目の下に隈が出ていますし、気まぐれに立ち寄るほど、暇なお仕事ではないでしょうから」
相変わらず、柔らかい雰囲気の石田に、ほっとした小池は不眠の悩みを打ち明けた。
「音が、気になるのですね」
「ええ。最近、県内で、ばらけた人骨が見つかったとかいうニュースもあったので」
「ああ……。なるほど」
石田は、机上のパソコン画面を小池に見えるようにする。
「お話を伺って、思い当たるものがあるので、ちょっと観てください」
動画が再生される。
タイトルは『アニマル沢野の小動物小噺』だった。
「ペットアニマルの動画配信者として、有名な方らしいです」
石田の声を遮るような音が、いきなり聞こえた。
タ――――ン!
タ――――ン!
小池の肩が動く。
この音だ。
深夜響いてきた音は!
「い、石田さん、これ、これって!」
「ウサギだそうです」
「えええええ!!」
ウサギ?
ウサギって、こんな音出すの?
配信者の沢野が語り始める。
サングラスをかけているので顔貌はわからないが、声からすると若い女性であろう。
『これは、ウサギのスタンピングというものです』
ウサギのスタンピング。足ダンとも言う。
「ウサギが後ろ足を地面に叩きつけて音を出すことだそうです。仲間に危険を知らせるためのコミュニケーション手段と言われていますね」
ほおお。
何相の所長は、小動物の生態にも詳しいのか。
小池は感動した。
「ちなみに、小池さんのお住まい、集合住宅は、ペット可なのでしょうか?」
「はい。ケージで飼えるものなら」
「では、ウサギの出す音で、間違いないと思います。ガリガリ音も、木か何かを齧っているのでしょう」
とっても簡単に、小池の悩みは解決しそうだ。
「じゃあ、お隣さんがいる時に、ちょっと聞いてみます。でも石田さん、動物についても詳しかったんですね」
石田の口元が緩む。
「元々、動物好きですから。それと……。現在県下で、野生獣の被害が結構あるので、その手の相談が増えてます。それで少し、勉強してます」
「野生の獣って……熊とか?」
県庁所在地はモロ平野部だが、県内の丘陵や山地では、鹿とか熊とか生息している。
「はは。さすがに熊はこの辺では出ないですね。アライグマ、猪、鹿、猿、ハクビシンなどの起こす被害額は、一年間で九千万円になりますよ」
ウゲッ!
きゅ、年間九千万円の被害!
「それで、農業支援課や環境管理事務所と協力しながら、相談事例にあたっています。……ああ」
石田が小池に目を向ける。
「そういえば、直近で受けた相談は、県警とも協力する必要がありますね」
「え、野生の獣の関係で、ですか?」
「はい。ばらけた人骨を見つけてしまったお宅から、相談を受けてます。事件性があり得るかもしれません」
「人骨と……獣?」
こうして、小池は再び、石田と一緒に何がしかの事件に巻き込まれていく。
それほど長い作品ではないです。
出来れば最後まで、お付き合い下さいますと嬉しいです!!