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葉桜

作者: しづこ

待ち合わせに遅れた彼の本当の理由から現実を知る彼女

階段を上がる足音

トントン カカン トン

普段より10分遅れで彼の到着。

ピンポン

「はーい。電車乗り遅れたの?」

玄関を開けると強い風が飛込んだ。

「ハハッ。何ちゅう顔!」

一瞬目を閉じた私の鼻先をキュウと摘んで彼は部屋の奥へと入って行った。

いつもの彼のポジションに腰を下ろすなり大きな溜息ひとつ。

私はコーヒーカップを両手に

「どうしたの?」

テーブルに近付いた

「んー、よしっ!飲んだら出掛けるか!」

「うん。でも着いたばかりだよ。」

家でゴロゴロするのが好きな彼だけに外への誘いに驚いた。

「遅れたからなぁ。お詫びだよ!お詫び」笑いながら舌を出し前髪をいじると桜の花びらが落ちた。

「珍しいね!もう散っちゃって葉っぱなのに頑張って咲いてる桜がいたんだね!」

「だなぁ。じゃーよ頑張って咲いてる桜を探すツアーだな!」

彼は笑いながらコーヒーを飲干した。

「本当に(ゆう)の煎れるコーヒーは美味いな!ありがとな。」

空になったカップを見つめていた。

「何それー。今日はキモいよ。」

私もコーヒーを飲み終えた。

「じゃ行くか」

お揃いのキャップを被り靴を履く。

彼は振返り部屋を見渡し一礼したように見えた。

「何?大きな溜息といい、外行くって言ったり、頭下げたり。」

鍵をかけ彼の顔を見上げると寂しい笑顔にドキッとした。

「俺が遅刻を反省し、溜息ついて、お詫びに外出。留守を頼むと部屋の神さんへの一礼がそんなにおかしな事かねぇ。」

リズムある口調に乗せられた。

「ハイハイ。そうでございました」

彼の腕を掴んで階段を下りた。


桜並木をゆっくり歩く四月も半ば、咲き遅れた桜はなかなか見つからない。

「上ばかり見過ぎて首が変になりそうね。」

「鼻血止らない奴等みたいな!」

「やだぁ何それー!」

彼は優しく私の鼻先を摘んだ。

なかなか見つからない同じ風景に飽きた私は線路沿いの桜並木に行こうと切り出すが彼は線路沿いを嫌がる。

「電車の通る音がうるさいじゃん。」

「んー確かにね。会話も聞えなくなるね」

線路沿いには行かず同じ一本道を進んだ。

ふと踏切音が鳴りっ放しに気付いた。

「なんかずっとカンカン聞えるね。開かずの踏切だったっけ?」

「駅の側だしなぁ」

「そういえば、本日の遅刻の理由は?」

踏切音で聞えないのか彼は黙っている。

「ねー。なんで遅刻したの?電車乗り遅れた?」

「あっ?!寝坊だよ。何?根に持ってんのか?」

「そうじゃないよー」

私は彼の腕をギュゥと掴んだ。

踏切音は途切れず鳴り続けている。

カンカンの音の間にサイレンも響いてる。

少しだけ背中に寒気がした。


駅前通りの商店街をゆっくり歩く。彼と外での待ち合わせで利用する馴染みの喫茶店で休憩する事にした。

オレンジティの美味しい店だ。

「やっぱり四月も過ぎれば桜ないねぇ。」

「なー。だからこそ見つけないと気が済まなくねぇか。」

「ムキになり過ぎだよー。」

ストローで氷を掻き回しながら笑った。

歩き疲れた体をオレンジティが癒す。

久しぶりの外でのデート。

煙草の煙りが私にかからないように横向いてはフゥー。

下唇を突き出して上向きにフゥー。

「煙草吸うのもたいへんね!」

苦笑いしながら灰皿で火を消した。

「俺ちょっとトイレな」

「うん」

煙草臭い指で私の鼻先をキュウ。

「煙草臭いってば!」

「ハイハイ」

席を立ち私の頭を軽く叩いてトイレへ歩いた。

私は窓の外から聞こえるサイレンを気にしながら辺りを見渡した。

(サイレンの数も増えたみたい。事故でもあったのかしら…)

先程よりも外が騒がしくなった気がした。

彼はまだトイレから戻らない。

(大きい方かな?)

クスッと笑ってストローを噛んだ。

店内のテレビから

『午前10時頃○○駅にて人身事故がありました』

(やっぱり事故があったのね)

『~転落した少女を助けようと近くにいた男性が線路内に飛び降りて~少女は足を骨折したものの命に別状はないようです~男性の身元が収容先の病院で判明したもようです。白木勇さん(しらきゆう)24歳~』

(えっ?)

店内のテレビ画面に映っているのは目の前の駅と彼と同じ名前、年齢。

(えっ?)

トイレにいる彼の元へ席を立つ。

コンコン

ドアをノックするが返事がない。

「勇?どうしたの?開けるよ」

ドアを開けると強い風が吹いた。

一瞬目を閉じる。

(何いまの?)

目を開けると彼の姿はない。

(えっ?)

予測不可能な涙が溢れた。

体の自由が奪われたかのようにガクガク震えた。

座っていたテーブルに目をやる。

オレンジティのグラスひとつ。

おしぼりひとつ。

お冷やひとつ。

テーブルの隅に置いたキャップひとつ。

灰皿の中の吸い殻無し。

(何これ…)

今居る場所は夢か現実か。

止らない涙が床を濡らす。

震える手を押さえ勘定を済ました。

喫茶店を出てからどの位歩いたのだろう。

私は電車事故にあった人。

そう、彼と同じ名前の人がいる病院の自動ドアの前にいた。

『白木勇さんの身内の方ですか?』

沢山のマイク。

眩しいカメラのフラッシュ。

私は病院の入口で意識を失い倒れた。


幼い頃の夢を見た。

私達は施設で育った。私達の名前は施設の親(先生)に付けてもらった。

名字の頭に色がつき、名前は『ゆう』


私の名前、赤木優

彼の名前、白木勇

施設で育った仲間達も○木ゆう。

みんなが

『ゆうちゃん』

だった。

遠くから

「ゆうちゃん、ゆうちゃん、優ちゃん!」

懐かしい声に私は目を覚ました。

「先生?」

先生は涙を堪えながら私の手を握り唇を震わせながら暖かい笑顔を見せた。

「大丈夫よ。大丈夫」

まだ私は事態を把握していない。

ここが育った施設だと思っていた。

「先生?私どうしたの?」

「うん。優ちゃん少し疲れちゃったみたいね。だから元気になるまで休みなさいね」

「はーい」

先生の目頭が赤く今にも涙がこぼれそうだった。

けれど決して笑顔を崩さなかった。

私は目を閉じた。


彼は峠を越したが意識は戻らない。

私は倒れてから二日後にようやく出来事を理解した。

先生が優しく話し始めた。

「優ちゃん。今から話す事を受け入れてね。泣くのは今日で終わりにしましょ。勇くんの前では決して涙を見せては駄目。先生と約束よ」

事故当日の彼の所持品を手渡された。

「先生?」

声が出なくなる。

涙で彼の血まみれの服が濡れていく。

あの日会ってないのに知ってる服、私が掴んだ服。

そしてお揃いのキャップ。

あの日被っていたキャップ。

まだ彼の匂いが残ってる。

「勇…ゆうー」

キャップをひっくり返すと桜の花びらが付いていた。

「先生?私ね…あぁ」

あの日、私と彼は確かに会っていた。

外で遅れ咲きの桜を探し歩いた。

でも説明出来ない出来事。

「勇くんは女の子を助けられて良かったね。勇くんは名前の通りに勇気ある正しい行動をとったのね」


私の頭を撫でながら先生は話した。

「女の子の命を救った時にね、勇くんは…勇くんは腕をね…腕を失ったの。肘から下が無くなっちゃって…右手は無理だそうよ。左手は繋げたけど、どこまで動かさせるから、意識が戻らないと…」

彼の優しい手が無くなった。

私の鼻先をキュウと摘む癖。

私の頭をポンポン叩く癖。

愛しい彼の手が無い。

そして今、彼の命さえ消えそうになっている。

(お願い。私の心と彼の命を助けて下さい)

先生にしがみつき泣いた。

先生はずっと私の頭を撫でていた。

そのまま朝を迎える。

「勇くん待ってるよ」

先生は私の手を引き彼の居る病室へ歩いた。

事故から4日目の朝だった。

彼のベットの横に腰を下ろす。

「勇。おはよう。いい男が顔中傷付けて…バカねぇ」

震える唇を噛締めた。

傷だらけの顔を撫でながら、あの日の説明出来ない時間を思い出していた。

優しい手を、煙草臭い指を思い出していた。

(頑張る桜を見つけたら奇跡は起きる?)


5日目

「勇。美味しいコーヒーだよ。私が煎れるコーヒーは美味しいんでしょ!」

彼の側にコーヒーカップを置いた。

「私ね、一人でも頑張って咲いてる桜を探すツアーに行って来るね。見つけないと気が済まねぇって言ってたもんね!」

施設の先生もコーヒーを飲みながらうなずいて私の背中を軽く叩いてくれた。

「コーヒー飲んだら行って来るね!先生居てくれるから何も心配しないで休んでね!」

先生はニコっと昔と変わらない笑顔を見せてくれた。

あと一週間すれば5月見つからない桜を探し歩いた。


6日目

「おはよう。はい!コーヒー」

私と先生が会話を止めれば

『ピッピッピッピッ』

『スーシュコスーシュコ』

彼の命を繋ぐ機械の音が心を締付ける。

その音が聞こえないように私と先生は懐かしい施設の話し、施設を出てからの話し、たくさん話し続けた。

コンコン

彼が助けた少女と両親が訪ねて来た。

ご両親はひたすら頭を下げた。

「申し訳ない。ありがとうございます」

車椅子に座った少女がタンポポを私に差し出した。

「お兄ちゃんありがとう」

小さい手が黄色のタンポポを握り締めていた。

(この子が線路に落ちなかったら…この子が勇の手を奪った…)

私の中の醜い気持ちに先生が気付いた。

「ありがとうね。お兄ちゃんも頑張ってるからね。元気になったらまた会いましょうね」

優しく少女に話した。

私は何も言えなかった。

先生は少女からタンポポを受け取ると病室の外まで見送った。

私は醜い心の自分に腹がたった。

(あの子のせいじゃないのに…)

タンポポ

そう桜が散ると沢山のタンポポが花開く。

(その前に桜を探さなきゃ)

病室のカーテンを開けた。

「んー。今日も良い天気だねー!」

空気の入替えをしようと窓を開けた瞬間、強い風が飛込んだ。

(あっ。この感じ)

目を開いた。

事故から一週間も気が付かなかった。

窓から見える駐車場に桜の木。

「あっ!」

と同時に

「優?」

振り向くと、やっと会えた彼の笑顔。

「勇!!」

飛び付いて泣いた。

私を抱き締める手はもうない。

鼻先を摘む煙草臭い指もない。

頭を軽く叩く手も無い。

けれど、優しい笑顔が戻った。

大切な人が戻った。

奇跡が起きた。

見つけた。頑張る桜。


ここにいるよ

私の人生で大切な人

ここにいるよ

大勢からは注目されないけれど

私が見つけるから

どんな時でも


リハビリが始まった。

彼が助けた少女も歩行練習している。

彼は使い慣れない左手のマッサージや指を動かす練習を毎日繰り返し、額から汗を流しながら、時にはうまく動かさせない指に腹をたてて眉をとがらし、毎日毎日繰り返しの日々を過ごした。

少女は松葉杖で歩けるまで快復した。

そして彼は箸で物を掴める様になり退院の日を迎えた。


今までの仕事は出来ない。

仕事探しに疲れてきた頃、施設の先生が子供達の世話を私達に任せたいという話しがきた。

先生も歳を重ねて体力の限界だと言った。

私達は悩む事もなく先生からの話しを引き受けた。


新しい生活の始まり。

二人で施設の門をくぐった。

懐かしい風景に心が落ち着く。

私達は笑っていた。


「優。この先不便かけると思うけど…俺と結婚してくれるかな?」

「もちろん!」

彼が照れくさそうに笑った。

その時、強い風が吹いた。

無い彼の右手で鼻先を摘まれた感じがした。

「勇。今私の鼻摘んだでしょ!」

「わかった??」

「うん!」

私達はオデコをくっつけて笑った。


三月下旬

私達は施設で子供達に囲まれて結婚式を挙げた。

どこからかき集めたのか桜の花びらをふわっと投げあげた。

ピンク色の綺麗な桜の上を歩く。

彼が助けた少女も私達を祝福に訪ねて来た。

「お兄ちゃん!ブランコの横の桜の木にね一つだけ葉っぱに隠れて咲いてるのがあるんだよ!」

「本当に?」

子供達と一斉に走った。

桜の木を見上げると頑張って咲いてる桜がいた。

「ありがとうな!」

彼は嬉しそうに少女の鼻先を摘んで笑った。

お終い


二人の育った環境と結び付きを見守る

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